カテゴリー: 映画

  • 映画「君たちはどう生きるか」 宮崎駿監督のイメージあふれる映画

    映画「君たちはどう生きるか」 宮崎駿監督のイメージあふれる映画

     2023年7月14日、宮崎駿監督の映画「君たちはどう生きるか」が公開された。

     その前に「君たちはどう生きるか」という題は示されていた。しかしそれだけでは、どういう作品が出来るか見当がつかない。

     「君たちはどう生きるか」という題では倫理的求道的な作品のようでもある。エンターテインメントではないようである。

     前作「風立ちぬ」が公開された2013年7月20日から10年たっている。

     その間に宮崎駿監督はどういう方向へ向かったのか?

     どういう映画か明らかにされないまま、公開の日を迎えた。

    自由

     映画のはじめは前作「風立ちぬ」に近いようにも見えた。

     しかし次第に「風立ちぬ」と大きく異なる世界に進んで行った。

     「風立ちぬ」より前の宮崎駿監督の作品に近いところがある。

     宮崎駿監督がこれまでの作品で見せてきた想像力の集大成とも思われる。

     勿論新たな形になってはいる。

     「風立ちぬ」では、宮崎駿監督の想像力が素材に縛られて、自由になっていないのではないかと思ったところがあったが、「君たちはどう生きるか」では、何にも縛られることなくのびのびとしているように見えた。

     その他の作品でも、たとえば原作がある作品で、宮崎駿監督の想像力が原作と対立しているのではないかと思ったところがあったが、「君たちはどう生きるか」では、そういうことはない。

     そのことと関連して、構成は比較的にすっきりしている。

    命が伸びる気持ち

     前作で終わりかと思われた宮崎駿監督が、それから10年後にこのような作品を作ったことをみて、生きる力を受け取った。

     高畑勲監督、大塚康生さんなど、10年前には健在だった人々が、この10年の間に亡くなるということもあった。

     叶精二氏の記事。

    https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g01161/

     昔からのスタッフも集まっている。

     「風立ちぬ」までは、宮崎駿監督は権威のように見えていたが、「君たちはどう生きるか」では違うことを感ずる。

  • 「イースター・パレード」における性別の転換について

    「イースター・パレード」における性別の転換について

     1948年に公開された映画「イースター・パレード」では、性別の転換が重要な意味を持っている。


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     映画終盤にジュディ・ガーランドの演ずる人物がアーヴィング・バーリンの名曲「イースター・パレード」を歌うところは、映画の中で重要なところであるが、そこで性別の転換が行われているのである。

     男性が女性に対して歌うところを、女性が男性に対して歌うようにしているのである。

    Warner Bros. Entertainment
    Easter Parade | Digital Trailer | Warner Bros. Entertainment

     「イースター・パレード」の歌詞は、女性とイースター・パレードに行く約束をしていた男性が、朝、ドアを開けてその女性の美しい姿をみて、気持ちが高まるというものである。

     映画「イースター・パレード」では、その歌をジュディ・ガーランドの演ずる女性が歌っている。

     そのために歌詞を変えているところがある。

     たとえば、相手をレディ( “lady” )とよぶところを、奴( “fellow” )と変えている。

     しかし変えずにそのままにしているところもある。

    帽子

     たとえば、相手の女性の、帽子の上をフリルで飾った姿の美しさを歌うところを、そのままにしている。

     ジュディ・ガーランドがそう歌う時に、前にいるのはフレッド・アステアである。

     フレッド・アステアはトレードマークのトップ・ハットをかぶっている。

     ただしそのトップ・ハットにはピンクのリボンが巻かれている。

     ジュディ・ガーランドはそのピンクのリボンを巻いたトップ・ハットを指しながら、帽子の上をフリルで飾った姿の美しさを歌うかたちになっている。

     そう見立てているということができる。

     そもそもそのリボンを巻いたトップ・ハットは、その直前にジュディ・ガーランドの演ずる人物が、フレッド・アステアの演ずる人物に贈ったものであった。

    膝の上に

     ジュディ・ガーランドが歌に合わせて膝の上にフレッド・アステアを座らせるところがあるが、男性と女性が入れ替わっていると考えることができる。

    ドアを開けて

     そもそも男性ではなく女性であるジュディ・ガーランドが、朝ドアを開けて、出かける前の相手の姿を見に来るところから、性別の転換が行われている。

     男性が女性の美しさを見て歌うのではなく、女性が男性の美しさを見て歌うというかたちになっている。

     相手の部屋に入ってきて、腕を組んで相手をみて、「まだ支度ができていないの? 男はこれだから」( “Aren’t you ready yet? Just like a man.” )と言うところも。

    性別の転換の理由

     何故に性別の転換は行われたのか?

    裏の事情

     裏の事情を考えると、ジュディ・ガーランドに歌わせたかったからであろう。

     「イースター・パレード」の映画では、当然楽曲「イースター・パレード」を歌うことになる。

     フレッド・アステアは踊りの人、ジュディ・ガーランドは歌の人であるから、「イースター・パレード」を歌うのはジュディ・ガーランドになる。

     しかし「イースター・パレード」は男性が女性に対して歌う歌であるゆえに、ジュディ・ガーランドが歌うと、性別の転換が生ずるのである。

    劇中の意味

     「イースター・パレード」の歌での性別の転換は、劇の中で意味があることになっている。

     ジュディ・ガーランドの演ずる人物が性別の転換を行って「イースター・パレード」を歌うことは、その人物がそれまで抱えていた問題を解決することになっているのである。

     その前の夜、ジュディ・ガーランドの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物が好きであるにもかかわらず、つきはなしてしまう。

     しかしやはり好きなので、その夜は眠れずにすごした。

     次の朝、部屋に訪ねてきた友人(ピーター・ローフォード)を迎え入れて、自分の気持ちを述べると、好きな相手には自分の気持ちを伝えればいいと言われる。

     それに対して、そういうことは男性には容易なことであるが、自分は男性ではないので容易なことではないと答える。

     すると、なぜ? と聞かれる。

     それを聞いて、ジュディ・ガーランドの演ずる人物はひらめいたように目を輝かせる。

     その時ひらめいたのが、性別を転換して「イースター・パレード」を歌うことである。

     そしてニューヨーク五番街のイースター・パレードでのデートに誘うことである。

     ふたりは前にイースター・パレードでデートをしようと約束していた。

     そもそもふたりで仕事を始めたのは前の年のイースターの日であった。ふたりでニューヨーク五番街のイースター・パレードをみて、次の年のイースター・パレードの時にはジュディ・ガーランドの演ずる人物がスターになっているとフレッド・アステアの演ずる人物は語っていた。

     ふたりでディリンガムのショーをやることになった時にも、ふたりでイースター・パレードに行こうと言い合っていた。

     ふたりはそのディリンガムのショーで成功した。

     ところがジュディ・ガーランドの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物をつきはなしてしまった。

     そしてどう関係を修復すればいいか、わからなくなっていた。

     そういう状況で、ジュディ・ガーランドの演ずる人物が男性のように振る舞って、「イースター・パレード」を歌うと、関係は修復した。

    第三段階

     映画「イースター・パレード」は、性別の転換だけで終わっていない。

     ジュディ・ガーランドはピンクのリボンを巻いたトップ・ハットを指して歌うが、その歌の途中でフレッド・アステアはトップ・ハットに巻かれたリボンを取り除いている。

     ジュディ・ガーランドはフレッド・アステアを膝に乗せるが、フレッド・アステアはすぐに立ち上がっている。

     フレッド・アステアは女性のようにも振る舞うが、男性に戻る。

     元の歌詞では、男性が相手の女性の美しい姿をみて自分はイースターパレードで最も誇らしい男になると歌うが、ジュディ・ガーランドは、自分たちは最も誇らしいカップルになると歌う。

     いわば男性の目線の歌であったのを、ふたりの目線の歌にしているということができる。

     フレッド・アステアはリボンをとり除いたトップ・ハットを、ジュディ・ガーランドは自分で持ってきた飾りのついた帽子をかぶって、ふたりで部屋を出てイースター・パレードに行く。

     そもそもこの映画は、フレッド・アステアの演ずる人物が女性(アン・ミラー)のためにイースターの帽子を買うところから始まっていた。

     その女性は去って、一年後にフレッド・アステアの演ずる人物にトップ・ハットを贈る女性とともにイースター・パレードに行くことになっているのである。

     そしてニューヨーク五番街のイースター・パレードでは、フレッド・アステアが「イースター・パレード」の後半を歌っている。


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  • 新海誠監督の映画「すずめの戸締り」の感想

    新海誠監督の映画「すずめの戸締り」の感想

     2022年11月11日に新海誠監督の映画「すずめの戸締り」が公開された。

    https://suzume-tojimari-movie.jp/

     2016年の「君の名は。」、2019年の「天気の子」に続く作品。

    全体的に

     個人的には、これまでの新海監督の映画の中で最も観やすかった。

     主人公の女子高校生すずめが話を引っ張るかたちになっているのであるが、その主人公の心の動きにそれほどひっかかることなくついていくことができる。

     部分的にひっかかるところはある。

     学校とあの場所はどれくらい離れているのかなどと思わないでもない。

     「すずめの戸締り」は「ロードムービー」として作られたということで、日本の様々な土地が描かれているのであるが、その「ロードムービー」の部分は甘くできている。愛媛の人とか、神戸の人とか、いかにも都合がいい。

     新海監督のこれまでの映画ではその甘いところが気になった。しかし「すずめの戸締り」では、その甘いところが話の中心とそれほど関係がないせいか、それほど気にならない。

     基本的に明るくコミカルに進んで行く中で、主人公は異様なことに出会って、それを追っていく。そうして話に起伏があるという構成はわかりやすい。急展開があるところもよくできている。

     これまでの新海監督の映画の恋愛要素には気になるところが多かったが、「すずめの戸締り」では、それほど気にならなかった。

    主題

     「すずめの戸締り」は過去に向き合う話である。

     特に、2011年の東日本大震災に向き合う話である。

     映画の中で主人公は過去の東日本大震災に向き合う。

     同時に、新海監督も東日本大震災に向き合っているのである。

    https://www.crank-in.net/news/116479/1

     2022年には、2011年の震災は離れたことのようにも思われる。

     新海監督には焦りがあったという。

    あの日、多くの人々がまざまざと感じた強い揺さぶりを、改めて共有するタイミングは、今でなくては遅くなるのではないかと思いました。

    映画.com 【インタビュー】新海誠監督がエンタメ映画に込めた覚悟 「すずめの戸締まり」で辿り着いた境地

    https://eiga.com/news/20221112/8/

     しかしなぜ2022年なのか?

     新海監督はその間に「星を追う子ども」(2011年)、「言の葉の庭」(2013年)、「君の名は。」(2016年)、「天気の子」(2019年)を作っている。

     その間ではなくて2022年なのか?

    11年の歳月が経ったことで、あの頃の自分たちには作れなかったものが今なら作れるのではないかと思いました。観客にしても、当時ならば震災を描く映画を見たくないと思っていたけれど、今であれば「見てもいい」と言ってくれる人もいるんじゃないかと思うんです。時間が経過し、自分や社会がそうやって変化したことも、直接扱おうと思った理由の一つです。

    映画.com 【インタビュー】新海誠監督がエンタメ映画に込めた覚悟 「すずめの戸締まり」で辿り着いた境地

     「観客にしても、当時ならば震災を描く映画を見たくないと思っていた」ということがあるのであろうか?

     宮崎駿監督は2013年に公開された映画「風立ちぬ」で関東大震災を描いていたが…。

     新海監督はまた「君の名は。」、「天気の子」でも震災を描いていたとも語っている。

    実際にどちらの作品でも、2011年の出来事を、形を変えながら、描いてはいたんです。1000年に一度の巨大な彗星がもらたす災害も、止まない雨がもたらす水害も、自分の中では震災のメタファーでした。世界が書き換わってしまった強烈な記憶がベースとなっていて、「君の名は。」から「すずめの戸締まり」まで、40代の10年間、ずっと2011年のことを考えながら映画を作っていたと言っても過言ではありません。

    映画.com 【インタビュー】新海誠監督がエンタメ映画に込めた覚悟 「すずめの戸締まり」で辿り着いた境地

     よくわからないが、新海監督は震災の5年後の「君の名は。」まで震災を映画に描かず、「君の名は。」、「天気の子」で描いて、「すずめの戸締り」で正面から東日本大震災を描くに至ったようである。

     時がたつとともに新海監督の作品の中で東日本大震災が大きくなっている。

     新海監督は「すずめの戸締り」において東日本大震災に向き合っているのであるが、また、「君の名は。」、「天気の子」という過去の作品と向き合っているのでもある。


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    その他

     映画を観てその他に気づいたこと。

    椅子

     映画を観る前に新海監督自身が書いた「小説 すずめの戸締り」を読んでいた時には、椅子は早すぎるのではないか? と思っていた。

     その後長い間椅子でいなくてはならないことはどうなのか? と思っていた。


    小説 すずめの戸締まり (角川文庫)

     映画を観ると、椅子はコミカルになっていて、早くても問題ないと思った。

    芹沢

     「小説 すずめの戸締り」を読んでいる時に、芹沢という人物には違和感があった。

     しかし映画で観ると、それほど違和感はない。

     声は神木隆之介君。

    引用

     「すずめの戸締り」では、「ルージュの伝言」その他、1970年代、80年代の楽曲が多く出てくる。

     「ルージュの伝言」も「魔女の宅急便」と関係づけられているので、80年代ということができるかもしれない。


    魔女の宅急便 サントラ音楽集

     その出し方が気になる。

     意表を突く絶妙な出し方ではない。

     新海監督が2007年に公開された映画「秒速5センチメートル」で、さりげなくLINDBERGを聞かせていたことと比べると大きく違うようである。


    君のいちばんに・・・

     「千と千尋の神隠し」の引用について↓

    家族

     「すずめの戸締り」は女子高校生すずめの話である。

     第一にその世代に向けて作られているわけである。

     しかしまた子供の話でもある。家族の話でもある。

     子供のいる家族向けに作られているのでもある。

     子供の心をひきつけることができるであろうか?

    東宝MOVIEチャンネル
    映画『すずめの戸締まり』【行ってきますPV】
  • 新海誠監督の映画「すずめの戸締り」公開された本編冒頭12分 感想

    新海誠監督の映画「すずめの戸締り」公開された本編冒頭12分 感想

     新海誠監督の映画「すずめの戸締り」の公開に先立って本編冒頭12分が日本テレビ系列の「金曜ロードショー」で公開された。

     新海誠監督の新作「すずめの戸締り」は2022年11月11日に公開されることになっている。(何故に夏ではなくて11月?)

     その公開に先立つ10月28日、日本テレビ系列の「金曜ロードショー」で新海誠監督の旧作「君の名は。」が放映され、その後に「すずめの戸締り」の冒頭12分が公開された。

     それを観て、内容そのものについてではなく、内容の出し方についてひっかかるところがあった。

    感想

     先に感想。

     私はその前に「小説 すずめの戸締り」を読んでいる。


    小説 すずめの戸締まり (角川文庫)

     予告動画も観ている。

     その上で本編冒頭12分を観ると、大体において小説を読んでいた時に想像していたような感じだと思った。

     作り込まれた映像を想像できたのではないが、そういう感じの映像ができるであろうと想像していたようになっていた。

    過去の作品

     さて、本編冒頭12分を観ていて、ひっかかるところがある。

     「小説 すずめの戸締り」を読んだ時にもひっかかったところである。

     過去の作品を思わせるところが出てくるのである。

    新海誠監督の過去の作品

     まず新海誠監督自身の過去の作品。

     「すずめの戸締り」は主人公の夢から始まる。

     それをみて、また夢から始まるのか、と思った。

     「君の名は。」と似ている。


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     映画版でも似ているのであるが、

     それ以上に「小説 君の名は。」は似ている。


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     映画版は彗星が落ちていくところから始まるが、小説版は夢を見ているところから始まる。

     もっと広く言うと、主人公が過去を振り返るところから始まる「雲のむこう、約束の場所」、「秒速5センチメートル」などとも似ている。

     新海誠監督が同じようなかたちをとりつつ違う映画を作っていくことについて特に言うことはない。

     ひっかかるのは、表現として「君の名は。」に似ているところがあることである。

     主人公の女子高校生がその夢から目を覚ますところなども、外形として似ていると思った。

     そこで心が「すずめの戸締り」から離れて「君の名は。」に行ってしまうのであるが、そのことにどういう意味があるのだろうか?

     わざとそうしたのであろうか? 意識せずにそうなったのであろうか?

     思えば、「小説 すずめの戸締り」を読んでいる時は、主人公を「君の名は。」の三葉の声で、三葉のイメージで思い描いていて、映画もそうなっていたら多くの人をひっぱることができるのではないかと思った。

     実際にはキャラクターデザインも声質も少し違う感じであるが、どうだろう?

    「千と千尋の神隠し」

     次に宮崎駿監督作品。

     「すずめの戸締り」の主人公が登校の途中に、昭和の終わりから平成の初めにかけての大きなリゾート施設に行くところは、どうしても宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」を思い出す。


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     「温泉パイプ」とか、橋を渡った先にあるとか、水の上を歩くとか―。

     そこでも心が「すずめの戸締り」から離れて「千と千尋の神隠し」に行ってしまうが、新海誠監督はどうしてそうしたのか?

     「すずめの戸締り」は「千と千尋の神隠し」のような話ではない。

     考えてみると、「千と千尋の神隠し」ではそれを入り口とするにすぎなかったが、「すずめの戸締り」はそれを問題として向き合ったということもできる。

     映画の感想↓

  • 新海誠監督の映画「君の名は。」が公開された時の評価の対立について

    新海誠監督の映画「君の名は。」が公開された時の評価の対立について

     新海誠監督の映画「君の名は。」は2016年に公開されて、記録的な興行成績を上げた。


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     8月26日、いわば夏の終わりに公開されたのであるが、評判が良くて、記録的な数字を伸ばしていって、ついには「千と千尋の神隠し」に次ぐ邦画歴代2位になった。

     「君の名は。」はそれだけ多くの人に評価されたわけである。

     しかし反対に低く評価する人も多かった。

     「君の名は。」は何故に多くの人に高く評価されると同時に、多くの人に低く評価されたのか?

     新海誠監督はその時に低く評価されたことから、次の映画「天気の子」を生み出したと語っている。

    家で食事をしているとテレビでいわゆる有名人が映画に意見していたり(なんだかディスられていた)、はたまた道を歩いている時でさえも映画の名前が聞こえてきたりした(やっぱりディスられていた)。SNSには膨大なコメントがあふれていて、もちろん楽しんでくれた方も多かったのだろうけれど、激烈に怒ってらっしゃる方もずいぶん目撃した。僕としては、その人たちを怒らせてしまったものの正体はなんだろうと考え続けた半年間だった。そしてその半年間が、『天気の子』の企画書を書いていた期間でもあったのだ。

    「小説 天気の子」、角川文庫、令和元年、205頁

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     「君の名は。」はどうして多くの人に低く評価されたのか、という問題は、その次の映画「天気の子」と関わっているということでも重要である。

    概観

     私は当時「君の名は。」に対して批判的であった。

     「君の名は。」が売れていることは理解できたが、私としては批判的であった。

     そして批判的な人が多くいたのは、私と同じようなところを問題としているのだと思っていた。

     しかし離れてみると、他の人が何故に「君の名は。」に対してあれほど批判していたのか、不思議に思うようになった。

     たとえばタイプ・あ~る氏が2017年1月にそのことについて書いた記事がある。

     この記事では以下の人々が「君の名は。」に対して低く評価する言葉を取り上げている。

    ・是枝裕和(映画監督)

    ・江川達也(漫画家)

    ・矢田部吉彦(東京国際映画祭ディレクター)

    ・富野由悠季(アニメーション監督)

    ・石田衣良(小説家)

    ・高橋秀樹(放送作家/日本放送作家協会・常務理事)

    ・江口寿史(漫画家)

    ・入江奈々(映画ライター)

    ・井筒和幸(映画監督)

    ・堀田延(放送作家)

     たしかにこれだけの人が「君の名は。」に対して否定的に語っていたというのは、異様でもある。

    私の場合

     まず私が「君の名は。」に対して批判的である理由について語っておく。

     私の「君の名は。」に対する不満はストーリーにある。

     揚げ足取りをしたいわけではないのに、ストーリーの粗が気になって楽しめない。

     重要なところでストーリーの粗が目立つ。

     思うに、新海誠監督の作品には内的な主題があって、それを外的な形にしているのであるが、その外的な形に、気になるところが多いのである。

    新海誠監督の以前の作品との関係

     新海誠監督の作家性は、「君の名は。」以前には「君の名は。」以後と違うように考えられていた。


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     特に「秒速5センチメートル」によって印象づけられていた。

    ・主人公の男性の、ぼそぼそとした暗く湿っぽい詩的な独白によっておおわれている。

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    ・愛する人と結局結ばれない。

     それに対して「君の名は。」は大きく変わっている。

    ・全体的に明るく楽しい。

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    「君の名は。」予告

    ・愛する人と結ばれる。

     「君の名は。」以前の新海誠監督は、限られた層に受けるが、その外には受けないと思われていた。

     「君の名は。」はその外に届いた。

     しかし「君の名は。」以前の「秒速5センチメートル」などを高く評価していた人で、「君の名は。」を低く評価した人がいたようである。

     たとえば宮台真司氏等は、「君の名は。」以前の「秒速5センチメートル」などを高く評価していたが、「君の名は。」は大衆に合わせてそれまでの作品のいいところをなくしたものとして、低く評価していた。

     ちなみに私は、「秒速5センチメートル」でも「君の名は。」でも主題はどちらでもよく、ストーリーに問題があると思っていた。

    「シン・ゴジラ」との関係

     2016年には、「君の名は。」が公開される前に、庵野秀明監督の映画「シン・ゴジラ」の興行成績がよかった。

     ところがその後に「君の名は。」が記録的な成績を出してしまった。

     そこで「シン・ゴジラ」に入り込んで人が「君の名は。」に対して厳しく評価したということがあったのではないか。

     堀田延氏などはそうでなかったか。

    宮崎駿監督との関係

     「君の名は。」が公開される前、日本のアニメ映画で最も売れていたのは宮崎駿監督の作品であった。

     「君の名は。」は、その宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」以外の作品の興行成績を抜いた。

     宮崎駿監督には多くのファンがいる。その中で、「君の名は。」に対して厳しく評価した人もいたかもしれない。

    「この世界の片隅に」

     2016年は、「この世界の片隅に」の劇場版が公開された年でもあった。


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     「この世界の片隅に」の劇場版はクラウドファンディングによるもので、関わった人の思い入れは一層強かったと思われる。

     そこで東宝による「君の名は。」に対抗して、クラウドファンディングによる「この世界の片隅に」を応援するということもあったと思われる。


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  • フレッド・アステアの映画「ベル・オブ・ニューヨーク」

    フレッド・アステアの映画「ベル・オブ・ニューヨーク」

     「ベル・オブ・ニューヨーク」( “The Belle of New York” )は1952年に公開されたフレッド・アステア主演のミュージカル映画。

     ダンスのうまいヴェラ・エレンを相手役として、またソロでフレッド・アステアが踊るところをみることができる。

     監督はチャールズ・ウォルターズ。

     作曲ハリー・ウォーレン、作詞ジョニー・マーサー。


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    「ベル・オブ・ニューヨーク」のあらすじ

     1910年代が舞台。

     フレッド・アステアは金持ちの家のプレイボーイの役。

     たまたま救世軍の女性(ヴェラ・エレン)に出会って惚れ込んで近づこうとするが、まじめに働くことをもとめられる。

    フレッド・アステアの思い入れ

     フレッド・アステアはこの映画に対する強い思い入れを述べている。―「ヴェラ・エレンという良いダンサーを相手役として、最高のダンスナンバーができた。~「ベル・オブ・ニューヨーク」は私の好きな映画だ」

    As my partner I had a girl who was a good dancer, Vera-Ellen. And some of the best dance numbers you could ever get. ~ The Bell of New York was one of my favorite films.

    “MGM’s Greatest Musicals” p.366

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     ヴェラ・エレンは当時傑出したダンサーであった。

     そのヴェラ・エレンを相手役として、フレッド・アステアはこの映画のダンスを作ったが、そのダンスは最高のものになったというのである。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」の楽曲

     作曲ハリー・ウォーレン、作詞ジョニー・マーサー。

    “When I’m Out With the Belle of New York”

     町の男たちがヴェラ・エレンに歌いかける歌。

    “Seeing’s Believing”

     フレッド・アステアはこの前の映画「恋愛準決勝戦」で重力に挑戦するダンスをやったが、「ベル・オブ・ニューヨーク」でも違うかたちで重力に挑戦するダンスをやっている。

    “Baby Doll”

     キリストの教えを説くヴェラ・エレンを、フレッド・アステアが口説こうとするところがダンスで表現される。

    “Oops!”

     街路を歩くヴェラ・エレンに、馬車からフレッド・アステアが声をかけて、馬車を使った二人のダンスとなる。

     「トップ・ハット」で馬車の御者に扮したフレッド・アステアがジンジャー・ロジャーズに語り掛けるところが思い出される。

    “Naughty but Nice”

     ヴェラ・エレンが悪女の振りをして踊る。

     ドレスの色彩が鮮やか。

    “I Wanna Be a Dancin’ Man”

     フレッド・アステアが舞台で一人で砂を撒いてその上で踊る。

     フレッド・アステアの重要なダンス。

     「トップ・ハット」での砂の上の踊りが思い出される。

    季節に合わせたダンス

     カリヤー・アンド・アイヴズ( Currier and Ives)風の四季の背景、衣装でフレッド・アステアとヴェラ・エレンが踊るところが見どころ。

     秋の背景でヴェラ・エレンが歌うところから始まる。

     春は緑の背景の中、黄色が印象的な衣装でバドミントンからのダンスでブランコを使う。

     冬はアイススケートで踊る。

     夏は超絶技巧のタップダンス。

    原作

     映画「ベル・オブ・ニューヨーク」は1897年のブロードウェイ・ミュージカル「ベル・オブ・ニューヨーク」をもとにしている。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」のDVD

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    ベル・オブ・ニューヨーク [DVD]
  • ジーン・ケリーのミュージカル映画におけるバレエ

    ジーン・ケリーのミュージカル映画におけるバレエ

     ジーン・ケリー( Gene Kelly )は様々な業績を残した人であるが、アメリカのミュージカル映画にバレエを取り入れて成功させたことは、その中でも歴史的に重要なことである。

    アメリカのミュージカルの歴史とバレエ

    ブロードウェイのリチャード・ロジャース劇場

     タップダンスが主流であったアメリカのミュージカルにバレエが重要な要素として取り入れられるようになったのは、

    「オン・ユア・トーズ」(1936年)―ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲。

    「オクラホマ!」(1943年)―オスカー・ハマースタイン二世作詞、リチャード・ロジャース作曲。

     のような画期的なブロードウェイ・ミュージカルによる。

     ただしミュージカル映画にバレエが取り入れられたのは、それより後になった。

     「オン・ユア・トーズ」はもともとフレッド・アステア主演の映画のために作られたが、フレッド・アステアが断ったので、ブロードウェイで他の人でやったのであった。

     「オクラホマ!」は1943年にブロードウェイで開幕して大ヒットしたが、映画化されたのは1955年であった。

     ミュージカル映画にバレエを取り入れる機会はまずフレッド・アステアにやってきた。

     しかしフレッド・アステアより後に出て来たジーン・ケリーによって行われることになった。

    ジーン・ケリーの映画におけるバレエ

     ジーン・ケリーは1940年開幕のブロードウェイ・ミュージカル「パル・ジョイ」( “Pal Joey” 、ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲)で有名になった。

     映画デビューは1942年の「フォー・ミー・アンド・マイ・ギャル」( “For Me and My Gal” )。ジュディ・ガーランドの相手役であった。


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     ジーン・ケリーが映画で有名になったのは1944年の「カバー・ガール」( “Cover Girl” )。


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     地位が上がるとともに、自分の意見を映画に入れていった。そしてバレエを取り入れていった。

     ジーン・ケリーは早くからタップダンスにもバレエにも力を入れていた。

    「踊る海賊」

     1948年に公開された「踊る海賊」( “The Pirate” )でジーン・ケリーは「海賊」バレエをやった。


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     ジーン・ケリーの演ずる人物が終盤に追い詰められたところで事態をひっくり返すためにやるのである。

    ワーズ&ミュージック

     「踊る海賊」と同じ年、1948年12月に公開された映画「ワーズ&ミュージック」( “Words and Music” )でもジーン・ケリーはバレエをやっている。


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     「ワーズ&ミュージック」は、「オン・ユア・トーズ」( “On Your Toes” )の作者リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの伝記映画。

     リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの伝記の中に二人が作った楽曲、ミュージカルが差し込まれるというかたちになっていて、その中に「オン・ユア・トーズ」のナンバーも再現されている。

     ジーン・ケリーは映画の終盤で「オン・ユア・トーズ」の劇中のバレエ「十番街の殺人」(”Slaughter on 10th Avenue”)をヴェラ・エレンその他とともに再現している。

     「オン・ユア・トーズ」はもともとフレッド・アステアの映画のために作られたが、フレッド・アステアがことわったものであった。それを映画「ワーズ&ミュージック」でジーン・ケリーがやったわけである。

     フレッド・アステアはジーン・ケリーより前にミュージカル映画にバレエを取り入れる機会があったが、その方向に進まないのに対して、後から来たジーン・ケリーがその方向を進めていく。

    「踊る大紐育」

     1949年12月に公開された映画「踊る大紐育」( “On the Town” )にもバレエが取り入れられている。


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     映画の終盤に、孤独になったジーン・ケリーの演ずる人物が、「ニューヨークでの一日」(”A Day in New York”)という芝居の看板をみて、一日を振り返るところで、その頭の中にあることがバレエによって表現されている。

     このように主人公の頭の中にあることがバレエによって表現されていることは、「オクラホマ!」の影響と思われる。

     ジーン・ケリーの相手役は「ワーズ&ミュージック」の「十番街の殺人」と同じくヴェラ・エレン。

     ヴェラ・エレンは映画のはじめにもバレエをやっている。―ジーン・ケリーの演ずる人物等がヴェラ・エレンの演ずる人物はどういう人物か想像するところ。

    「巴里のアメリカ人」

     1951年に公開された映画「巴里のアメリカ人」(”An American in Paris” )は、ジーン・ケリーがバレエを取り入れた映画の中でも特筆すべき作品。


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     「巴里のアメリカ人」でジーン・ケリーの相手役をやったレスリー・キャロンは、ジーン・ケリーがフランスで見出したバレエダンサーであった。

     まずレスリー・キャロンの演ずる人物はどういう人物であるか想像するというところで、「踊る大紐育」でやっていたのと似たバレエがある。

     そして終盤には、ジーン・ケリーの演ずる人物がレスリー・キャロンの演ずる人物との関係について考えることが大がかりなバレエによって表現されている。

     主人公の頭の中にあることをバレエで表現することは「オクラホマ!」の影響と考えられる。

     ジョージ・ガーシュウィンの楽曲「巴里のアメリカ人」、ジーン・ケリーとレスリー・キャロン、そしてその他多くの人による大がかりなバレエ、フランスの印象派の画家の絵をもとにした背景美術が相まって、大変なものになっている。

    「雨に唄えば」

     1952年に公開された映画「雨に唄えば」( “Singin’ in the Rain” )にもバレエがある。―「ブロードウェイ・バレエ」である。


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     ブロードウェイでの成功を目指す若者(ジーン・ケリー)が、魔性の女性(シド・チャリース)と出会うというもの。

     ジーン・ケリーの演ずる人物が提案する映画の企画として出て来るのであるが、「雨に唄えば」の本筋とはあまり関係ない。

    「ブリガドーン」

     1954年に公開された映画「ブリガドーン」( “Brigadoon” )は1947年にヒットしたブロードウェイ・ミュージカル「ブリガドーン」の映画版。


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    「ダンスへの招待」

     1956年に公開された映画「ダンスへの招待」( “Invitation To the Dance” )は、ジーン・ケリーが監督した映画。

     会話はなく、登場人物はダンスと身振りだけで表現するというもの。

     ジーン・ケリーはこの映画によって観客をダンスに関して啓蒙したいと考えていたようである。

     興行的には失敗した。

     VHS。


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     DVD。


    4 Film Favorites: Gene Kelly (For Me and My Gal, Invitation to the Dance (1956), On the Town (Sinatra Tribute), Summer Stock)
  • フレッド・アステアの映画「絹の靴下」 ミュージカル版「ニノチカ」

    フレッド・アステアの映画「絹の靴下」 ミュージカル版「ニノチカ」

     「絹の靴下」(原題は “Silk Stockings” )は、1957年に公開されたミュージカル映画。

     パリに来たソ連の女性の役人に、アメリカ人の映画プロデューサーが惚れ込んで口説く、という話。

     ソ連の女性の役人をシド・チャリース、アメリカ人の映画プロデューサーをフレッド・アステアが演じている。

     「バンド・ワゴン」の次にフレッド・アステアとシド・チャリースが共演した映画で、この映画の二人のダンスも見どころが多い。

     この映画の後、フレッド・アステアはミュージカル映画に出演しなくなる。(その次は10年後の1968年)


    絹の靴下(字幕版)

    「絹の靴下」の話

     映画「絹の靴下」は、1939年に公開された映画「ニノチカ」をもとにしている。


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     問題を解決するためにソ連の女性の役人ニノチカがパリに来る。

     パリでその問題に関わっていたフランスの侯爵は、ニノチカが資本主義的な享楽を否定することに驚くが、惚れ込んで口説く。

     「絹の靴下」の話は大体において同じ。

     ただしニノチカを口説くのは、フランスの侯爵ではなく、アメリカの映画プロデューサーになっている。

    主題

     話が変わったことによって主題も変わっている。

    対立

     「ニノチカ」は、資本主義に反対するソ連の文化と、資本主義を代表するバリの文化との対立を描いていた。

     「絹の靴下」は、資本主義に反対するソ連の文化と、資本主義を代表するアメリカの文化の対立をパリを舞台として描いている。

    アメリカ文化

     主人公をアメリカの映画プロデューサーとしたことによって、「絹の靴下」はアメリカの文化を正面から扱うことができた。

     アメリカ映画はアメリカの文化を代表するものである。

     そういうアメリカ文化がソ連の文化と対立する。―たとえばソ連の音楽と対立する。

    ソ連の文化

     ソ連の文化が資本主義と対立するものと描かれていることは同じ。

     「絹の靴下」ではソ連の音楽の特殊性が問題となる。

     また、ソ連がバレエの国として特徴づけられている。―そのことによってシド・チャリースのバレエが生きる。

    「ニノチカ」から「絹の靴下」へ

     1939年に公開された映画「ニノチカ」はヒットした。

     そこで映画「ニノチカ」をもとにしたミュージカルが作られた。

     音楽はコール・ポーターが作った。

     そうしてできたブロードウェイ・ミュージカル「絹の靴下」は1955年に開幕した。

     映画「絹の靴下」はそのブロードウェイ・ミュージカルをもとにして作られて、1957年に公開された。

    「絹の靴下」ということ

     日本語の題は「絹の靴下」とされているが、原題は “Silk Stockings” 、シルクのストッキングである。

     シルクのストッキングが、資本主義的な享楽を象徴するものとされているのである。

     映画「ニノチカ」では、そのことは帽子によって表現されていた。

     ニノチカがシルクのストッキングを履くところに、コール・ポーターは「絹の靴下」( “Silk Stockings” )という楽曲を作った。

     映画「絹の靴下」では、ニノチカがそれまで着ていた服を脱いで、絹の靴下を身に着けていくところは、シド・チャリースのバレエによって表現されている。

     豪華なホテルの中で豪華な下着姿の伸びやかな踊りが美しいところ。

     しかしその下着姿での踊りは、撮影当時、ヘイズオフィスの検閲によって問題があるとされたと言われている。

     映画「絹の靴下」の日本語版のポスターには「おシャレをしたい女性はゼヒ!コウ奮したい殿方もゼヒ!」と書いてある。(「華麗なるミュージカル映画の世界」、98頁)


    ’S Wonderful―“Musical” The Graphic Work 華麗なるミュージカル映画の世界。

     そういう映画でもある。

     映画女優役のジャニス・ペイジが下着姿で「サテンとシルク」( “Satin and Silk” )を歌うところも、そういう方向だということができるかもしれない。

    ナンバー

     「絹の靴下」、「サテンとシルク」以外の楽曲について。

    「あなたのすべて」 “All of You”

     フレッド・アステアがニノチカ(シド・チャリース)を口説く「ロマンティック」な歌。

     この楽曲によって対立していた二人が踊りを合わせていく。

    「結ばれる運命」 “Fated to Be Mated”

     フレッド・アステアがシド・チャリースと意気投合したところで歌う。

     そして二人で広い空間で楽しそうに踊る。

     やはり二人の踊りには独特の魅力がある。

    「ザ・レッド・ブルース」 “The Red Blues”

     ソ連に帰ったニノチカが、大勢の隣人とともに踊る。

     たのしい踊り。

     シド・チャリースはうまい。

    「ステレオフォニック・サウンド」 “Stereophonic Sound”

     1950年代後半に映画が売りにしていたテクニカラー、シネマスコープ(横長の画面)、ステレオフォニック・サウンドをからかう歌。

     ジャニス・ペイジとフレッド・アステアが歌い、踊る。

     ダンスの流行がタップダンスからバレエに移ったことも。

    「ザ・リッツ・ロール・アンド・ロック」 “The Ritz Roll and Rock”

     フレッド・アステアの最後の見せ場。

     フレッド・アステアはコール・ポーターに当時流行り出したロックンロールをとりいれた楽曲をもとめた。

     そうしてできたのがこの曲。

     フレッド・アステアはトップハット姿で踊る。

    「絹の靴下」のDVD

     「絹の靴下」はDVDが出ている。

     特典映像「コール・ポーター・イン・ハリウッド Satin and Silk」では、シド・チャリースのナレーションによって映画撮影の時の様子が語られている。―監督ルーベン・マム―リアンのこと、作詞作曲家コール・ポーターのこと、フレッド・アステアのことなど。


    絹の靴下(字幕版)
  • フレッド・アステアとバレエの因縁④「足ながおじさん」「パリの恋人」「絹の靴下」

    フレッド・アステアとバレエの因縁④「足ながおじさん」「パリの恋人」「絹の靴下」

     フレッド・アステアは、バレエとどういう関係にあったのか?

     ここでは、「バンド・ワゴン」以後の映画―「足ながおじさん」「パリの恋人」「絹の靴下」をとりあげる。

     フレッド・アステアが映画デビューしてからRKOでジンジャー・ロジャーズと共演している間のこと↓

     フレッド・アステアがRKOから離れ、ジンジャー・ロジャーズから離れてから、「ブルー・スカイ」で引退するまで↓

     フレッド・アステアが「イースター・パレード」で復帰してから、MGMで「バンド・ワゴン」を生み出すまで↓

    「ホワイト・クリスマス」

     まず、1954年に公開されて大ヒットした映画「ホワイト・クリスマス」( “White Christmas” )をとりあげる。


    ホワイト・クリスマス [Blu-ray]

    「ホワイト・クリスマス」とフレッド・アステア

     「ホワイト・クリスマス」にはフレッド・アステアは出ていない。

     しかしフレッド・アステアと関係のない映画ではない。―「ホワイト・クリスマス」はもともとフレッド・アステアが出演する映画として企画された。

     その前にフレッド・アステアは

    「スイング・ホテル」(1942年)


    スイング・ホテル [DVD]

    「ブルー・スカイ」(1946年)


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    でビング・クロスビーと共演していて、「ホワイト・クリスマス」はそれに続くものとして企画された。

     ところがフレッド・アステアは「ホワイト・クリスマス」に出演することをことわった。

    「コレオグラフィー」

     「ホワイト・クリスマス」には、アーヴィング・バーリン作詞作曲の「コレオグラフィー」( “Choreography” )と題する楽曲がある。


    Choreography [feat. The Skylarks]

     まず、バレエダンサーの女性たちに囲まれて自分もバレエダンサーの恰好をしたダニー・ケイが、バレエ風の踊りをしながら歌う―かつてはタップダンスが流行していたが、今ではバレエが流行している、と。

     タップダンスは過去のものであって、現在ではバレエが流行しているという歌なのである。

     そこにヴェラ・エレンが現れてタップダンスを見せる。

     一方でヴェラ・エレンがタップダンスを踊り、一方でダニー・ケイがバレエを踊るというかたちになる。

     バレエはコミカルにされて、それに対してヴェラ・エレンのタップダンスが輝くように演出されているところをみると、この映画はタップダンスに傾いているようにも見える。

     「ホワイト・クリスマス」にはその他にも「エイブラハム」(” Abraham” )など、ヴェラ・エレンがタップダンスを見せるところが多い。


    Abraham [feat. Ken Darby Singers & John Scott Trotter And His Orchestra]

    「足ながおじさん」

     これからフレッド・アステアが出演した映画。

     1955年に公開された映画「足ながおじさん」( “Daddy Long Legs” )


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    レスリー・キャロン

     「足ながおじさん」でフレッド・アステアの相手役のレスリー・キャロンは、バレエダンサー。

     フレッド・アステアはまたバレエダンサーを相手とすることになったのである。

     フレッド・アステアが亡くなった時に、レスリー・キャロンはその時のことについて語っている。


    Fred Astaire: His Friends Talk

     レスリー・キャロン曰く「「足ながおじさん」でフレッド・アステアの相手役になることをもとめられた時、気が気でなかった。私はローラン・プティのバレエ団で「シンデレラ」を踊ったばかり。私はタップダンサーではなく、タップダンスのやり方を知らなかった。」

    When he asked for me for Daddy Long Legs, I was really beside myself. I had just danced Cinderella with Roland Petit’ s company. I wasn’t a hoofer, I didn’t know how to tap.

    “Fred Astaire His Friends Talk” p.14

     レスリー・キャロンは、フレッド・アステアの相手役をするためにはタップダンスができなくてはならないと考えていた。

     レスリー・キャロンが得意とするバレエを、フレッド・アステアはやらないと考えていたのである。

     フレッド・アステアはバレエが好きでなかったともレスリー・キャロンは語っている。

    He didn’t like ballet -ballet was a bore for him.

    “Fred Astaire His Friends Talk” p.14

    ローラン・プティ

     「足ながおじさん」の振り付けは、フランスの振り付け家ローラン・プティ(Roland Petit)。

     レスリー・キャロンはローラン・プティのバレエ団で踊っていたバレエダンサーであった。

     ローラン・プティによると、それまでローラン・プティがやってきたようなクラシックバレエの振り付けを「足ながおじさん」でもやろうとしたが、うまくいかず、リハーサルは大惨事になった。

    “Being a classical choreographer, it was difficult for him to do the kind of steps I did to my classical dancers. So we had the first rehearsal was just a catastrophe.

    「フレッド・アステアのすべて」

     そこでローラン・プティはやめると言った。

     ところがフレッド・アステアはローラン・プティを引き留めて、

    ・ローラン・プティはレスリー・キャロンのダンスを担当する

    ・フレッド・アステアは他の人をよんで自分のダンスをやる

    というかたちにすることを求めた。

    “You stay please, and do Leslie’s dance and everything, and I would try to manage by myself.

    「フレッド・アステアのすべて」

     以上のローラン・プティの発言は「フレッド・アステアのすべて」でのもの。

     「フレッド・アステアのすべて」はコスミック出版の「ミュージカル・パーフェクトコレクション フレッド・アステアサードステージ」に入っている。


    DVD>ミュージカル・パーフェクトコレクション<フレッド・アステアサードステージ ()

    「足ながおじさん」の踊り

     具体的にはどうなったか?

    守護天使

     レスリー・キャロンの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物について、守護天使としていつも背後で自分を見守っていて、危険から守り、望むものをもたらしてくれる、と空想する。

     その空想(夢)が踊りで表現される。

    ・レスリー・キャロンはバレエを踊る。

    ・フレッド・アステアはレスリー・キャロンの後ろで、その動きに合わせた踊りをする。

     レスリー・キャロンのバレエと、フレッド・アステアの独自の踊りが、合わされるのである。

     レスリー・キャロンはそうしてそれぞれ異なる踊りが一つに合わさっていいものになったと語っている。(「フレッド・アステアのすべて」)

    悪夢のバレエ

     「足ながおじさん」の終盤に、レスリー・キャロンの演ずる人物の悪夢を表現したバレエがある。

     この映画で最も大がかりな踊りである。

    フレッド・アステア

     このバレエでは、レスリー・キャロンを中心として多くの人が踊っているが、フレッド・アステアは踊っていない。

     はじめは観客席で観ているだけ、次は奥の席に座っているだけ、そして奥で歩いているだけ。

     多くの人が踊る中でフレッド・アステアだけが踊らずにいるというのは、ミュージカル映画で珍しいことである。

     このバレエは、レスリー・キャロンの演ずる人物がフレッド・アステアの演ずる人物を愛しているにもかかわらず、遠くに行ってしまった、ということを表現するものである。

     フレッド・アステアが踊らず、奥にいるだけということは、そのことを表現しているということもできる。

     しかしフレッド・アステアも踊って、その後で遠くに行ってしまうというかたちでもいいのではないか?

     それまでのミュージカル映画では、似たような位置の人物も踊っていた。

    ・フレッド・アステアの演ずる人物の悪夢を表現した「ヨランダと盗賊」のバレエでは、相手役のルシル・ブレマーも踊った。


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    ・「巴里のアメリカ人」でジーン・ケリーの演ずる人物の、悪夢というより空想を表現したバレエでは、相手役のレスリー・キャロンも踊った。


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     「巴里のアメリカ人」のバレエはジーン・ケリーがレスリー・キャロンを想うというかたち、「足ながおじさん」のバレエはレスリー・キャロンがフレッド・アステアを想うというかたちになっている。

    推測

     上に引用したローラン・プティの言葉から考えると、次のようなことが推測される。

    ・はじめはフレッド・アステアも踊るバレエをローラン・プティはかんがえた。

    ・ところがうまくいかなかった

    ・そこで、バレエはやるが、フレッド・アステアは踊らないことになった。

    「パリの恋人」

     1957年に公開された映画「パリの恋人」( “Funny Face” )


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     「パリの恋人」でフレッド・アステアはオードリー・ヘプバーンを相手役とした。

     オードリー・ヘプバーンは、映画女優となる前にバレエダンサーになろうとしていた人である。

     振り付けはユージーン・ローリング。

     芝生の上で二人が踊るところなど、オードリーのバレエの素養と合わせた振り付けになっている。

    「絹の靴下」

     1957年に公開された映画「絹の靴下」( “Silk Stockings” )

     1939年に公開されてヒットした映画「ニノチカ」のミュージカル版。


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    ソ連の位置づけ

     もともと「ニノチカ」は、資本主義の享楽に反対するソ連を代表する女性ニノチカ(グレタ・ガルボ)が、パリで資本主義の享楽を代表するフランスの伯爵(メルヴィン・ダグラス)と出会って、資本主義の享楽を認めていくという話。

     「絹の靴下」もそのことは同じ。

     ただし「絹の靴下」では、ソ連はバレエの国と特徴づけられている。

     そしてニノチカは、以前にバレエをやっていた人とされている。

     そこでフレッド・アステアの演ずる人物がニノチカをダンスに誘うところは、

    ・「ニノチカ」と同じく、自分のたのしみより国家に奉仕することを上とする考えを持つ人を、自分のたのしみに誘うことでもあるが、

    ・アメリカのタップダンサーが、ソ連のバレエダンサーとともに踊ってみようと誘うことでもある。

     フレッド・アステアが「バンド・ワゴン」の時と同じように、バレエダンサーのシド・チャリースと二人で踊りをつくってみるということでもある。

    「ステレオフォニック・サウンド」

     「絹の靴下」には、「ステレオフォニック・サウンド」( “Stereophonic Sound” )というナンバーがある。

     当時の映画で、他のことよりテクニカラー(色)、シネマスコープ(横長の画面)、ステレオフォニック・サウンド(響く音)が重視されているということを風刺する歌である。

     その歌に、以前はタップダンスが流行していたが、当時はバレエが流行していたということも付け加えられた。

     そういう歌をフレッド・アステアがジャニス・ペイジと歌っているのである。

     DVDの特典映像には、シド・チャリースがそのことに言及しているところがあって興味深い。

    ロックンロール

     「絹の靴下」の最後に、フレッド・アステアは「ザ・リッツ・ロール・アンド・ロック」( “The Ritz Roll and Rock” )という楽曲を歌って踊る。

     これは当時流行していたロックンロールのような楽曲をフレッド・アステアがもとめてコール・ポーターが作ったものである。

     その楽曲に合わせてフレッド・アステアはトップハット姿で踊っている。

     フレッド・アステアはこのように新たなものを取り入れていく人であった。

     しかしバレエに関しては、苦労してきたのである。


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  • フレッド・アステアとバレエの因縁③映画「バンドワゴン」の意義

    フレッド・アステアとバレエの因縁③映画「バンドワゴン」の意義

     フレッド・アステアとバレエとの関係について考える。

     第3弾は、「イースター・パレード」から「バンド・ワゴン」まで。

     第1弾は、フレッド・アステアが映画デビューしてからRKOでジンジャー・ロジャーズと共演している間のこと↓

     第2弾は、フレッド・アステアがRKOから離れ、ジンジャー・ロジャーズから離れてから、「ブルー・スカイ」で引退するまで↓

     1946年に公開された映画「ブルー・スカイ」を最後として、フレッド・アステアは一度引退していた。


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    「イースター・パレード」

     1947年、引退していたフレッド・アステアは、リハーサルの間にけがをしたジーン・ケリーの代わりに映画に出演することをたのまれた。

     その映画が「イースター・パレード」( “Easter Parade” )である。


    イースター・パレード [Blu-ray]

     1948年6月に公開された「イースター・パレード」は大ヒットとなった。

     「オン・ユア・トーズ」以後、そして「オクラホマ!」以後、アメリカのミュージカルではバレエが重視されるようになってきていた。(「オン・ユア・トーズ」のことは第1弾、「オクラホマ!」のことは第2弾で述べた)

     フレッド・アステアも、その流れと向き合うことになった。

     ところで、「イースター・パレード」には、「オン・ユア・トーズ」のような、「オクラホマ!」のようなバレエはない。

    「イースター・パレード」以後

     「イースター・パレード」で復帰してから、フレッド・アステアは次々とミュージカル映画に出演した。

    「ブロードウェイのバークレー夫妻」

     「イースター・パレード」の次にまたフレッド・アステアとジュディ・ガーランドが共演する映画が企画された。-「ブロードウェイのバークレー夫妻」( “The Barkleys of Broadway” )である。

    ジンジャー・ロジャーズ

     制作の途中でジュディ・ガーランドは病気で出演することができなくなって、ジンジャー・ロジャーズがその代わりに出演することになった。

     「カツスル夫妻」(1939年)以来の共演である。

     そこで、ジュディ・ガーランドのために作られていたものを、ジンジャー・ロジャーズに合うように作り変えることになった。

     バレエに関することでは、その時に「ポエトリー・イン・モーション」( “Poetry in Motion” )というコミックバレエが外されたと言われている。

    Rogers and Garland as performers were dissimilar, and changes had to be made, particularly in the Warren and Gershwin score. “Natchez on the Mississip’,” “The Courtship of Elmer and Ella” (a hillbilly number) and “Poetry in Motion” (a comic ballet) were dropped.

    “MGM’s Greatest Musicals” p.246~247

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     バレエをやることになっていたが、ジンジャー・ロジャーズに合うようにそのバレエは外されることになったようである。

     「ブロードウェイのバークレー夫妻」は1949年5月に公開された。


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    「翼のある靴」 “Shoes With Wings On”

     「ブロードウェイのバークレー夫妻」には、 “Shoes With Wings On” (翼のある靴)という曲目がある。

     靴屋が舞台で、客が帰ってしまった後に、一人残った店長の前で靴が勝手にタップダンスを踊りだすというもの。

     この曲目は、バレエの影響を受けたものと思われる。

     特に1年前に公開された映画「赤い靴」( “The Red Shoes” )の影響を受けたものと思われる。


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     映画「赤い靴」は、アンデルセンの童話をもとにして作られた映画で、中盤に童話をもとにした長尺のバレエがある。

     そのバレエでは、主人公が靴屋の靴を履くと、その靴が主人公をいつまでも踊らせることになっている。

     「ブロードウェイのバークレー夫妻」の「翼のある靴」で、主人公が靴屋の靴を履くと、その靴が主人公を踊らせることは、「赤い靴」のバレエと似ている。

     はじめに少しバレエが出て来るところも、関係を示しているのかもしれない。

     ただし「ブロードウェイのバークレー夫妻」の「翼のある靴」では、フレッド・アステアはバレエではなくタップダンスをやっている。

     「赤い靴」のバレエはドラマティックであったが、こちらはコミカル。

     多くの靴が踊りだすところは、「赤い靴」にはないところ。

    「土曜は貴方へ」


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     1950年に公開された映画「土曜は貴方へ」( “Three Little Words” )の振り付けはハーミーズ・パン。

     「土曜は貴方へ」にも「オクラホマ!」のようなバレエはない。

     フレッド・アステアは過去にジンジャー・ロジャーズなどとやってきたタップダンスや「ロマンティック」なダンスを発展させているように見える。

     たとえば「タップダンサー夫妻の家庭生活」( “Mr. and Mrs. Hoofer at Home” )はタップダンスによって夫婦の家庭生活を表現するものである。

    Warner Archive
    Mr. and Mrs. Hoofer At Home | Three Little Words | Warner Archive

     これは、「ロバータ」(1935年)の “I’ll Be Hard to Handle” でフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズがタップダンスで男女のやりとを表現したのを発展させたもののように見える。

     「土曜は貴方へ」のフレッド・アステアの相手役のヴェラ・エレンは、バレエもタップダンスもすぐれた人であるが、この映画ではフレッド・アステアとともに、バレエではなく、タップダンスや「ロマンティック」なダンスをやっている。

    「恋愛準決勝戦」

     1951年に公開された映画「恋愛準決勝戦」( “Royal Wedding” )


    恋愛準決勝(字幕版)

    モイラ・シアラー

     バレエとの関係では、フレッド・アステアの恋人役に、映画「赤い靴」( “The Red Shoes” )で有名なバレエダンサー、モイラ・シアラー( Moira Shearer )が考えられていたということが重要である。


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     モイラ・シアラーがフレッド・アステアの相手役として考えられたということは、「赤い靴」のバレエのような長尺のバレエを2人でやることが考えられたということではないか?

     フレッド・アステアはモイラ・シアラーとの共演について「彼女はすばらしいが、彼女を相手にして私に何ができるのか?」と言ってことわったという。

    “I know she’s wonderful, but what the hell could I do with her?”

    “MGM’s Greatest Musicals” p.298

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     フレッド・アステアは、モイラ・シアラーと組んでもいいものはできないと考えていたのである。

    サラ・チャーチル

     モイラ・シアラーの代わりにフレッド・アステアの恋人役に選ばれたのは、ウィンストン・チャーチルの次女サラ・チャーチルであった。

     モイラ・シアラ―の代わりにサラ・チャーチルが選ばれたことと関連して、フレッド・アステアが恋人役と踊るところがなくされたと思われる。

     モイラ・シアラーが考えられていた時には、「赤い靴」ほどでなくても大がかりなバレエをやることが考えられていたのではないかと思われる。

     ところがサラ・チャーチルにかわって出来た映画では、2人が踊るところは、初めのオーディションのところに少しあるだけになっている。

     フレッド・アステアがサラ・チャーチルを想って “You’re All the World to me” の音楽に合わせて壁、天井を踊るところは、この映画の最大の見どころであるが、フレッド・アステアが一人で踊るのであって、サラ・チャーチルは写真だけ。

     フレッド・アステア主演のミュージカル映画で恋愛が2人のダンスによって表現されていないことは珍しいことである。

     このことは「恋愛準決勝戦」という映画の構造と関わることと思われる。

     「恋愛準決勝戦」は兄と妹を描く映画であって、そのことが多く描かれていることは当然のことであるが、兄妹それぞれの恋愛を描く映画でもあるのに、フレッド・アステアとサラ・チャーチルの恋愛の占める割合が少ないのではないかと思われる。

     ちなみにフレッド・アステアがジェーン・パウエルその他大勢とおどる “I Left My Hat in Haiti” でのフレッド・アステアの恰好は、「ヨランダと盗賊」の夢のバレエの時の恰好と似ているようにも見える。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」

     1952年に公開された映画「ベル・オブ・ニューヨーク」


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     この「ベル・オブ・ニューヨーク」という映画は、フレッド・アステアの映画の中で重要な意味をもっていると思われる。

    オスカー・ハマースタイン二世

     「ベル・オブ・ニューヨーク」は、フレッド・アステアが「ブルー・スカイ」で一度引退する前から企画されていた映画である。

     1943年10月14日にプロデューサーのアーサー・フリードがオスカー・ハマースタイン二世に送った手紙に、「ベル・オブ・ニューヨーク」の音楽をオスカー・ハマースタイン二世とリチャード・ロジャーズが担当することを求めているところがある。

    Regarding The Belle of New York. We have a fine outline for the story and I am still counting on you and Dick Rodgers to do the score.

    MGM’s GREATEST MUSICALS p.152

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     アーサー・フリードが二人によって「ベル・オブ・ニューヨーク」をどういう作品にしようと考えていたのか?

     「オクラホマ!」と近いところのある作品にしょうとしていたのではないか?

     オスカー・ハマースタイン二世とリチャード・ロジャーズは、初めて組んで作ったミュージカル「オクラホマ!」(1943年3月にブロードウェイで開幕)によってミュージカルに革新をもたらしていたところであった。

     具体的には、「オクラホマ!」のようにバレエを入れることを考えていたのではないか?

    引退

     フレッド・アステアは「ヨランダと盗賊」の後に「ベル・オブ・ニューヨーク」をやることになっていた。

     ところが「ヨランダと盗賊」が失敗して、失敗を繰り返したくないということで「ベル・オブ・ニューヨーク」を断って、「ブルー・スカイ」をやって引退している。

    メトロでの次の仕事は『ベル・オブ・ニューヨーク』。数か月後に始まることになっている。この映画のアイディアはあまり気に入っていなかった。脚本もなかなかかたちにならない。『ヨランダ』が強力な映画にならなかったことで、わたしの不安もつのっていた。この上また軽量級の作品を重ねたくはない。「弱い作品」が二本続くと自分の価値も下がってしまう。

    「フレッド・アステア自伝」365~366頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     原文。

    Next on the roster for me at Metro was Belle of New York, due in a few months. I didn’t like the thought of it too much-there was some difficulty getting a script in shape. The fact that Yolanda had turned out to be a weak one worried me. I didn’t want to do another light-weight right on top of it. Two “weakies” in a row can reduce you.

    Steps in Time p.281-282

    Steps in Time: An Autobiography

     フレッド・アステアが「ベル・オブ・ニューヨーク」のどういうところを「あまり気に入っていなかった」のか、よくわからない。

     強力な映画にならなかったという「ヨランダと盗賊」と同じように「ベル・オブ・ニューヨーク」も強力な映画にならないのではないかと不安になったというところから考えると、「ベル・オブ・ニューヨーク」は「ヨランダと盗賊」と近い作品であったことが不安だったのではないか?

     具体的には、「ヨランダと盗賊」と同じく「オクラホマ!」の影響を受けたバレエがあって、それが不安だったのではないか?

    映画化

     フレッド・アステアは「ブルー・スカイ」で一度引退した後、「イースター・パレード」で復帰した。

     そして数年後、一度ことわった「ベル・オブ・ニューヨーク」をやることになった。

     ところがそうして作られた「ベル・オブ・ニューヨーク」は興行的に失敗した。

     それにもかかわらずフレッド・アステアは強い思い入れを語っている。

     「ヴェラ・エレンという良いダンサーを相手役として、最高のダンスナンバーができた。売れなかったにすぎない。私の好きな作品であったゆえに、腹が立った。」

    As my partner I had a girl who was a good dancer, Vera-Ellen. And some of the best dance numbers you could ever get. It was just a musical show that did not make it; and it makes me so mad, because The Bell of New York was one of my favorite films.

    “MGM’s Greatest Musicals” p.366

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     どういうことであろうか?

     「ベル・オブ・ニューヨーク」ははじめ、「オクラホマ!」のようなバレエを伴うミュージカルとして企画されていたと思われる。

     ところが1952に公開された映画にはバレエはない。全体として「オクラホマ!」に似ているところはない。

     タップダンスなどフレッド・アステアがそれまでやってきたダンスを発展させたものが多い。

     事情はよくわからないが、もともと「ヨランダと盗賊」と同様に「オクラホマ!」の影響を受けてバレエを取り入れた作品が考えられていたのが、フレッド・アステアが復帰した後、バレエを取り除いて作られたのではないか?

    ジーン・ケリーとバレエ

     フレッド・アステアが「イースター・パレード」で復帰してから「ベル・オブ・ニューヨーク」までの時期(1948年~1952年)に、同じMGMのアーサー・フリード制作の映画で、ジーン・ケリーはバレエを取り入れていた。

    ・1948年3月に公開された映画「踊る海賊」( “The Pirate” )。


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    ・1948年12月に公開された映画「ワーズ&ミュージック」( “Words and Music” )―「十番街の殺人」(”Slaughter on 10th Avenue”)など。


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    ・1949年12月に公開された映画「踊る大紐育」( “On the Town” )―「ニューヨークでの一日」(”A Day in New York”)など。


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    ・1951年に公開された映画「巴里のアメリカ人」(”An American in Paris” )―「巴里のアメリカ人」など。


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     「巴里のアメリカ人」の主役にはフレッド・アステアも考えられていたが、バレエにはジーン・ケリーが向いているということで、フレッド・アステアではなくジーン・ケリーが選ばれたと言われている。(Blu-rayの特典映像参照)

     ジーン・ケリーはバレエに向いていたが、フレッド・アステアはバレエに向いていないと考えられていたわけである。

    ・1952年に公開された映画「雨に唄えば」( “Singin’ in the Rain” )―「ブロードウェイ・バレエ」。


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     フレッド・アステアは、1940年代中頃に、MGMで「ジーグフェルド・フォリーズ」の「ライムハウス・ブルース」、「ヨランダと盗賊」の夢のバレエをやっていた。

     ところが「ヨランダと盗賊」の後、バレエから離れていた。

     その間に、ジーン・ケリーは映画にバレエをとりいれて、1948年に公開された映画「ワーズ&ミュージック」から映画の終盤に大がかりなバレエをやる作品を連発した。

     ミュージカル映画では大がかりなバレエを入れた作品が主流になってきた。

    「バンド・ワゴン」

     1953年に公開された映画「バンド・ワゴン」( “Band Wagon” )は、上に述べたような状況において作られた作品であった。

     「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアは

    ・バレエダンサーを相手として、

    ・バレエに取り組んだ。

    バレエダンサーを相手とする

     映画「バンド・ワゴン」は、フレッド・アステアの演ずる人物が、シド・チャリース( Cyd Charisse )の演ずるバレエダンサーとどうやって共演するかという話とみることができる。

     同時に、フレッド・アステア自身が、バレエダンサーのシド・チャリースとどうやって共演するかということもある。

    ことわる

     フレッド・アステアの演ずる人物は、バレエダンサーと組むと言われた時に、まずことわっている。

     フレッド・アステア自身、映画「恋愛準決勝戦」でバレエダンサーのモイラ・シアラーとの共演をことわっていた。

    年の差

     シド・チャリースの演ずるバレエダンサーは、フレッド・アステアの演ずる人物はもはや過去の人物だという。それゆえに共演しても意味はないという。

     そういうことは、フレッド・アステア自身、シド・チャリース自身と全く関係のないことではなかった。

     シド・チャリース(1921年生まれ)は、1953年当時、バレエが流行する中ですぐれたバレエダンサーとして流行の先端にいた。

     それに対してフレッド・アステア(1899年生まれ)は、1930年代にタップダンスが流行する中ですぐれたタップダンサーとして流行の先端にいたが、1953年当時は、バレエの流行とうまくいっていなかった。

     映画の冒頭には、フレッド・アステアの演ずる人物が過去の映画で使っていたというトップハットや杖が競売に出されていて、しかも売れないさまが描かれていた。


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     トップハット姿は1930年代のフレッド・アステアを代表するものである。

    うまくいかない

     フレッド・アステアの演ずる人物は結局そのバレエダンサーと共演することになって、バレエの振付師に従って稽古を始める。

     しかしそれぞれ相手に対して疑問をもっていて、ダンスにおいても、人間関係においても、うまくいかない。

    仲直り

     2人は衝突した後に、仲直りする。

     そしてどうやって2人で踊りを合わせることができるかということになって、夜のセントラルパークで「ダンシング・イン・ザ・ダーク」( “Dancing in the Dark” )に合わせて踊る。

     それまで互いに相手を苦手としてきたタップダンサーとバレエダンサーが、どうやって踊りを合わせることができるか、という実験である。

     フレッド・アステアとシド・チャリースにとっての実験でもあった。

     それゆえにスリリングである。

     そうして何とも官能的なダンスができた。

    「ガール・ハント」

     「バンド・ワゴン」の終盤には大がかりなバレエがある。―「ガール・ハント」バレエである。

     ミッキー・スピレーンの探偵小説をもとにして、色彩鮮やかな背景で、ハードボイルド探偵(フレッド・アステア)が魔性の女(シド・チャリース)を相手とするところが表現されている。

     振り付けはマイケル・キッド。

     フレッド・アステアは、はじめマイケル・キッドに対して警戒していたが、次第にその振り付けを気に入るようになったと言われている。

     そうして「ガール・ハント」バレエも、魅力的なものとなった。

     「ガール・ハント」バレエのフレッド・アステアの恰好は、「ヨランダと泥棒」の夢のバレエの恰好と似ている。

     「ヨランダと盗賊」でとった方向を「ガール・ハント」バレエで成功させたようにも見える。

    「バンド・ワゴン」の構成

     「バンド・ワゴン」の構成は次のようになっている。

    ・フレッド・アステアの演ずる人物は、それまでのやり方ではいけなくなっている。

    ・そこでバレエダンサーを相手にしてドラマティックなバレエをやることをもとめられる。

    ・しかしそういうやり方ではうまくいかない。

    ・エンターテインメントに立ち返る。

    ・バレエをとりいれるが、ドラマティックなバレエではなく、エンターテインメントとしてのバレエにする。

     この映画ではシド・チャリースのことも描かれている。

     シド・チャリースは、はじめジェームズ・ミッチェルの演ずる人物とともにクラシックバレエをやっていた。

     シド・チャリースがフレッド・アステアと共演することになったのは、ドラマティックなバレエをやるからである。

     ジェームズ・ミッチェルは、シド・チャリースがエンターテインメントとしてのバレエをやることに反対する。

     しかしシド・チャリースはエンターテインメントとしてのバレエを選ぶ。

     ちなみにジェームズ・ミッチェルは「オクラホマ!」の振り付けを担当したアグネス・デ・ミルの下でバレエをやっていた人で、映画版「オクラホマ!」の夢のバレエで主人公の恋人役をやっている。


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     つづきは↓