月: 2020年10月

  • 町山智浩氏の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」論について

    町山智浩氏の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」論について

     町山智浩氏の著書「最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)」(2016年、集英社)に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」論が収められている。

     私はたまたまAMAZONの長いレビューが町山氏の議論を批判しているのをみた。

     そこで町山氏の「バック・トゥ・ザ・フューチャー」論を読んでみた。

     読んでみると、町山氏のイデオロギー批評の問題となるところが出ていた。


    最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)

    町山智浩氏の主張

    Photo by mentatdgt from Pexels

     まず町山智浩氏の主張をまとめる。

    歴史のねじ曲げ

     町山智浩氏は、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は同じロバート・ゼメキス監督の「フォレスト・ガンプ」とともに「ねじ曲がったアメリカの戦後史を形成している」と語る。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、210頁)

     この2作品は「歴史の歪曲と捏造と虚偽に満ちている」という。(同、211頁)

    白人の気持ち

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」冒頭の主人公とその家族の「惨めな現実」は、「当時のアメリカ白人の気持ちを代弁している」と町山氏は語る。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、212頁)

     当時のアメリカ白人には、他の人種によって脅かされているという気持ちがあって、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はそういう気持ちを代弁しているというのである。

    歴史との関係

     町山智浩氏は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」と歴史との関係について次のように論じている。

     「アメリカン・ドリームが崩れた60年代に、アメリカン・ドリームをスクリーンで見せてきたハリウッド映画も観客を失った」

     そこで「経営難に陥った映画会社は70年代に入ると若い監督を起用して、セックス、ドラッグ、ロックンロール、バイオレンス、それに反体制的メッセージを盛り込んだ映画で若者を劇場に取り戻そうとした」

     それに対して「70年代末、スティーヴン・スピルバーグとジョージ・ルーカスの『JAWS/ジョーズ』(75年)、『スター・ウォーズ』(77年)、『未知との遭遇』(77年)は、セックスやドラッグを排し、現実ではなくSFXで作られた、明るく楽しい家族向けの娯楽を提供した。」

     80年代にロナルド・レーガンは「50年代の古き良きアメリカ、強いアメリカ、豊かなアメリカ、神を愛し、家族を愛するアメリカの復活を掲げて選挙に圧勝した」

     その時に「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は「50年代の古き良きアメリカをスクリーンに蘇らせる」映画としてスピルバーグがプロデュースした作品である。(以上、最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、213~214頁)

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はレーガン政権と同じような歴史的な意義をもっていると町山智浩氏は語る。

    人種差別

     町山智浩氏によると、60年代以後、アメリカの伝統的な文化に対抗した文化は、人種差別に反対した文化であった。

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、そういう文化に反対するものと町山智浩氏は語る。そして人種差別に反対する運動に反対するものと語る。

    検討

    Michaił NowaによるPixabayからの画像

     町山氏の主張を一つ一つ検討してみよう。

    主人公の惨めな現実

     町山氏は、冒頭の主人公とその家族の惨めな現実は、「当時のアメリカ白人の気持ちを代弁している」と語る。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、212頁)

     2010年に行われたスティーブン・スピルバーグ(製作総指揮)、ロバート・ゼメキス(監督・脚本)、ボブ・ゲイル(製作・脚本)の3人による鼎談で映画の主人公の設定について、ボブ・ゲイルが次のように語っていることは、そのことと関係がある。

    はじめ彼は何もうまくいかず、人生に打ちひしがれていて、自殺まで考えているようなキャラだったんだ。
    (中略)
    そこで意見が一致した。「主人公が自殺したがっている設定だなんて、絶対に間違ってるぞ」と。

    スティーブン・スピルバーグ論」、フィルムアート社、2013年、104頁

    スティーブン・スピルバーグ論

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公は「何もうまくいかず、人生に打ちひしがれていて、自殺まで考えているようなキャラ」と考えられていた。

     ところが作り手はその考えを変えた。

     その結果として、主人公とその家族の「惨めな現実」は深刻に描かれていない。

    主役

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の作り手は、マイケル・J・フォックスを主役と考えていたが、他の番組のために断られたので、エリック・シュトルツを主役として撮影を始めた。しかし結局マイケル・J・フォックスを主役とした。

     なぜそこまでしてマイケル・J・フォックスを主役としたかったのか? 町山氏は当時マイケル・J・フォックスが「ファミリー・タイズ」(=家族の絆)というテレビコメディで人気スターになっていたことを指摘する。

     そのテレビコメディでマイケル・J・フォックスは、「60~70年代のカウンター・カルチャーの中で青春を送った元ヒッピー」の両親に対して、「80年代の新保守主義、レーガン大統領を支持した層を代表している」人物を演じていたというのである。( 最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル) 、222~223頁)

     しかしロバート・ゼメキス監督が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主役を「80年代の新保守主義、レーガン大統領を支持した層を代表している」人物にしたかったとしても、そのためにそういう役を演じていたマイケル・J・フォックスをどうしても起用したいということになるであろうか?

     ロバート・ゼメキス監督は、何故にエリック・シュトルツではいけないと考えたかについて、明らかにしている。―「彼のコメディ感覚が、ぼくがこの映画で思い描いていたものと違っていたということだ」というのである。(「スティーブン・スピルバーグ論」、108頁)


    スティーブン・スピルバーグ論

     ブルーレイの特典映像にエリック・シュトルツが主役を演じている映像が収められている。断片的なものであるが、タイムトラベルの衝撃を深刻に受け止める演技のように見える。マイケル・J・フォックスの明るいコミカルな演技と比べて暗いように見える。

     マイケル・J・フォックスの「コメディ感覚」こそロバート・ゼメキス監督が「この映画で思い描いていたもの」だったということではないか?

    レーガン政権との関係

     はじめに挙げたAMAZONのレビューは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にレーガン政権の思想があるという町山氏の主張に反対している。

     私は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」には、同時代のレーガン政権と共通するところがあると思う。

     レーガン政権も「バック・トゥ・ザ・フューチャー」も、それ以前の「若者文化」による家族の解体に対して家族の再生を主題としているという町山氏の指摘には正しいところがあると思う。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、221~222頁)

     「俺たちに明日はない」とか「イージーライダー」のような社会からはみ出した人が殺されるという暗い話に対して、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は明るい話である。

     勿論、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」がレーガン政権の思想を体現しているというのではない。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はレーガン政権から独立した娯楽作品である。

     ましてや「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に町山氏が言うような白人の黒人や日本人に対する差別的な気持ちが描かれているとは思えない。

    理由なき反抗

     私は今度「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を見返して、「理由なき反抗 Rebel Without a Cause」をもとにして作られたところがあるのではないかと思った。

     「理由なき反抗」は、まさに1955年に制作され、公開された映画である。

     ロバート・ゼメキス監督は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で1955年を舞台にすることを考えた時に、「理由なき反抗」のことを考えたのではないか。

     「理由なき反抗」は、主人公の若者が、「親たちに反抗」するところを描いた作品である。まさに「若者文化」を代表する作品である。

     「理由なき反抗」において「父親の権威は失墜」している。主人公が、エプロン姿の父親を見て笑うところは特徴的である。

     「理由なき反抗」では、主人公は、同級生の不良集団と対立する。そのことも「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公が不良集団と対立することと似ている。不良集団がオープンカーに乗っているところ、服装なども似ている。

     主人公が「チキン」と言われると興奮するところも同じである。


    理由なき反抗 [Blu-ray]

    50年代の位置づけ

     町山智浩氏が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を「50年代の古き良きアメリカをスクリーンに蘇らせる」作品と語ることには疑問がある。

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、60年代から70年代にかけてのアメリカン・ニューシネマなどと言われる暗い映画に対して、50年代以前のアメリカ映画と同じように明るい映画に帰ったものということはできる。

     しかし「バック・トゥ・ザ・フューチャー」には、特に50年代をよしとする思想はない。

    発端

     脚本を担当したボブ・ゲイルは、自分の父の卒業アルバムを見て「自分がもし親父と同級生だったら、友だちにはなれそうにないな」と考えたことがこの映画の発端だったと語っている。(「スティーブン・スピルバーグ論」、103頁)


    スティーブン・スピルバーグ論

     「自分がもし親父と同級生だったら」という発想は、50年代をよしとする思想とは異なるものである。

     映画の中でも50年代が特にいいとされていないようである。

    主人公

     主人公は50年代を変わった世界として見ている。特にいい世界として見ていない。

     町山智浩氏は次のように書いている。

    マーティは、パステルカラーに彩られた美しいダウンタウンに圧倒される。聴こえてくるのはコーデッツの54年のヒット曲「ミスター・サンドマン」。眠りの砂を撒く妖精のことを歌っているが、マーティも夢心地だ。
     マーティは荒れ果てたダウンタウンしか見たことがなかった。

    最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、214頁

    最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)

     町山氏は私と違う映像を見ているのであろうか?

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公は、1985年の文化に生きている人物である。スケボーで移動し、バンドでヒューイ・ルイス&ザ・ニュースの楽曲を演奏している。

    hueylewisofficial
    Huey Lewis & The News – The Power Of Love (Official Video)

     もともと1950年代の文化に対して特別な思い入れはない。1950年代に行きたくて行ったのではない。1950年代の文化に対する愛着から1950年代にとどまっていたいということもない。

    若者文化

     ロバート・ゼメキス監督は1955年を舞台とした理由の一つとして若者文化が誕生した年であることを挙げている。

     1955年には「理由なき反抗」とか、ロックンロールとかがあった。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はそういう文化をとりいれている。

     そこで問題は複雑になっている。

     町山智浩氏は「50年代に生まれた若者文化は60年代の若者革命の起爆剤となり、アメリカン・ドリームを解体していく」と語っている。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、217頁)

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、1950年代に行くことによって、「若者革命」が出て来る前に帰るのではなく、「若者革命」の出て来るもとの「若者文化」のところに行くのである。

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は、「若者文化」以後の流れにある作品である。

    歴史

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の歴史的意義について考える。

    母親

     町山智浩氏は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」にとりいれられた「若者文化」について、なぜか第一に主人公の母親の男性に対する態度に認めている。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、217頁)

     たしかにそういう描き方は、「若者文化」以後のものと思われる。

     たとえば「若草の頃 Meet me in St.Louis 」(1944年)は、「若者文化」以前に古き良きアメリカの家族を描いた作品で売れたものであるが、主人公の少女の男性に対する恋愛感情は上品に描かれている。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の母親のように露骨ではない。


    若草の頃 スペシャル・エディション 〈2枚組〉 [DVD]

     そういう意味でも、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はそれほど過去に回帰している作品ではないということができる。

     しかしまた、ロバート・ゼメキス監督がまわりの露骨な映画に比べて甘いと言われたと語っているように、それらの作品に比べて過去に近くなっていたということもできる。

    父親

     町山智浩氏は60年代からの「カウンター・カルチャー」を「父親殺し」として、それに対して「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は「父”生かし”」の物語であるという。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、220頁)

     たしかに主人公の父親は、はじめ頼りないが、主人公が過去に行って帰ってきたときには頼れる存在になっている。

     ただし「若者文化」以前の家族に帰ったのではなく、あくまでも若者が主人公の「若者文化」になっているということができる。

    人種差別

     町山氏が「バック・トゥ・ザ・フューチャー」を人種差別と関係づけていることについて考えよう。

    ロックンロール

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」では、劇中の歴史改変によって、「ジョニー・B・グッド」の作者はチャック・ベリーではなく、この映画の主人公になってしまう。

     ロバート・ゼメキス監督は「ただのジョーク」のつもりであったが、「白人による、黒人の功績の横取りだと叩かれた」という。

     そのことについて町山氏は、「確かにジョークには違いない。しかし、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』における黒人の描き方を見ると、軽いジョークとは言い切れなくなる」と言っている。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、225頁)

     しかしロバート・ゼメキス監督の考えは、「ただのジョーク」のつもりであって、「白人による、黒人の功績の横取り」ではなかったと自ら語る通りである。

    黒人の地位

     町山氏は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で、1955年に食堂で掃除をしていた黒人男性が、1985年に市長になっていたという話をとりあげて、黒人の地位の歴史について次のように語っている。

    60~70年代は黒人にとって南北戦争と並ぶ解放と地位向上の時代だったのだが、『バック・トゥ~』では、マクフライ家が没落した時代として否定的に扱われている。マクフライ家が、レーガン大統領とその支持者が「あの頃はよかった」と言う50年代は黒人にとって暗黒の時代だった。けっして帰りたいなどとは願わないだろう。

    最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、226~227頁

    最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)

     色々と気になるところがある。

     まず「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で60~70年代は「マクフライ家が没落した時代」であるかもしれないが、そのことは黒人の地位向上と関係ないのではないか?

     黒人が解放され地位向上したゆえにマクフライ家が没落したのではない。

     マクフライ家には、黒人の地位が低かった時代を「あの頃はよかった」という思想はない。

     主人公の母は過去を懐かしんでいるが、そのことは黒人の地位と関係ない。

     主人公は50年代を「よかった」と思っていない。

     1955年に食堂で掃除をしていた黒人男性が、1985年に市長になっていたという話はむしろ黒人の地位が向上した80年代をよしとしているように見える。

    白人の没落

     町山氏は、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作は、「猿の惑星」と同じく「白人の没落を裏テーマにしている」という。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、227頁)

     しかし「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作のどれも、「白人の没落」をテーマとしているように見えない。

     第1作に関しては、すでに言ったように、「マクフライ家の没落」も、それに対する歴史改変も、黒人の地位向上と関係なく、「白人の没落」とも関係ない。


    バック・トゥ・ザ・フューチャー [Blu-ray]

     町山氏は「『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズでアメリカを乗っ取るのは、日本だ。」と書いている。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、228頁)

     しかし第1作で主人公は日本製品をよろこんでいる。日本製品は「白人の没落」という意味で扱われていないのである。

     第2作で未来の主人公は、日本人社長にぺこぺこした挙句クビにされてしまうが、そのことは作品の主題というほどのこととは思えない。


    バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 2 [Blu-ray]

     町山氏は「「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズは一貫して、黒人や日本人を白人文化の破壊者として描いている」と語る。(最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル)、230頁)

     しかしそういうところは見当たらない。どこのことを言っているのであろうか?

     第3作で主人公が1885年の西部劇の世界に行くことについて、町山氏は、「アメリカの凋落は、もはや50年代の保守主義をもってしても救いようがない、ということなのか」とか、「アジア人がおとなしかった古き良き時代に見えるだろう」とか言っている。( 最も危険なアメリカ映画 『國民の創世』から『バック・トゥ・ザ・フューチャー』まで(集英社インターナショナル) 、230、231頁)


    バック・トゥ・ザ・フューチャー Part 3 [Blu-ray]

     アジア人による抑圧に対して白人が満足するためには、1950年代では不十分で、西部劇の世界でなくてはならない、ということだろうか?

     しかしあの西部劇を見て、「アジア人がおとなしかった古き良き時代に見える」などという人は少ないのではないか? そのことは作品の主題から離れたことではないか?

     第3作の最後に主人公が「銃を撃つことなく勝利を収める」ことを、町山氏は、「結局、アメリカは経済と軍事のライバルたちに、一発の銃弾を撃つこともなく勝利した」ことと関係づけている。(同、231頁)

     しかし第三作の主人公の相手が、当時のアメリカの「経済と軍事のライバルたち」、日本とかソ連とかをあらわすものとして描かれているとは思えない。


    【Amazon.co.jp限定】バック・トゥ・ザ・フューチャー トリロジー 35th アニバーサリー・エディション 4K Ultra HD + ブルーレイ スチールブック仕様[4K ULTRA HD + Blu-ray]
  • 伊藤詩織氏の事件に対する疑問

    伊藤詩織氏の事件に対する疑問

     2020年9月に、「TIME」誌が2020年世界で最も影響のある100人を発表した。その中に、台湾の蔡英文総統、香港のネーサン・ローが入っていることを知って、世界の多くの人の注目を集めてよかったと思っていると、伊藤詩織氏もその中に入っているという。

    https://time.com/collection/100-most-influential-people-2020/

     伊藤詩織氏が裁判所の前で勝訴と書いた紙を持っている写真が掲載されている。

     その記事を書いているChizuko Uenoというのは、あの上野千鶴子氏であろうか?

     伊藤詩織氏は、「TIME」誌が「世界で最も影響ある100人」のうちの1人に選ぶほど大きな存在である。

     そこで、控訴審に際して、私がこれまで伊藤詩織氏の事件について考えたことをまとめておこうと思った。

    一方的な報道

     2019年12月18日、裁判所の前で勝訴の紙を持ったコート姿の女性が一斉に報道された。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/faf0c91f3ed776c3f64f31ef11df95a727aaad15

    https://news.yahoo.co.jp/byline/ogawatamaka/20191218-00155386/

    https://news.yahoo.co.jp/articles/cde22bfd70829f4d9a73f5e5c6b43af46c7dd4d9

     私はそれまでその事件について全く知らなかった。伊藤詩織氏の勝訴をよしとする報道ばかり並んでいるのをみて、それだけ事実関係が明らかになっているのだろうと思った。

     しかし相手の山口敬之氏は直ちに控訴するという。言い分があるということである。どういう言い分があるのか? 多くのメディアは伝えないので、自分でしらべてみた。

     しらべてみると、事実はそれほど明らかではない。山口敬之氏の主張は相当に筋が通っている。現状のように一方的に報道されるような事件ではないのではないのではないかと思った。

     左翼勢力が左翼運動として伊藤詩織氏を支持しているように見えることも気になった。事件に対する判断は、あくまでも事件そのものを検証することによってきまるべきであるのに、伊藤詩織氏を支持している人たちの中に政治的な党派性によってきめようとしている人が多いように見えた。

     ここでは、政治的な党派性と関係なく、事件そのものについて考える。

    資料

     伊藤詩織氏の主張は著書「Black Box ブラックボックス」(文藝春秋者、2017年)にある。


    Black Box

     山口敬之の主張は、「月刊HANADAプラス」にある。

    https://hanada-plus.jp/articles/250

    https://hanada-plus.jp/articles/260

    事件の概要

    伊藤詩織氏の主張

     2015年4月3日金曜日の夜、伊藤詩織氏は山口敬之氏と待ち合わせして、山口敬之氏のいきつけの串焼き屋、鮨屋で食事をした。(「ブラックボックス」45~48頁)

     山口敬之氏は伊藤詩織氏に、TBSが伊藤詩織氏をプロデューサーとして採用する話があると語った。二人が会ったのはそのことのためであった。(同、42~45頁)

     伊藤詩織氏は二軒目の鮨屋で二度目にトイレに入った時から「記憶はない」という。(同、49頁)

     伊藤詩織氏が目を覚ました時に、山口敬之氏に「のしかかられていた」。(同、49頁)

     伊藤詩織氏は「トイレに行きたい」といって、「トイレに駆け込んで鍵をかけた」。(同、50頁)しかしトイレから出ると、「再びベッドの引きずり倒された」。(同、50頁)それに対して伊藤詩織氏は「抵抗し続けた」。(同、51頁)そして英語で「罵倒」した。(同、51~52頁)山口敬之氏は「「ごめんね」と一言謝った」。(同、53頁)伊藤詩織氏は「服を急いで身にまとった」、そして「荷物をまとめて足早に部屋を出た」(同、54頁)

    山口敬之氏の主張

    手記

     山口敬之氏によると、伊藤詩織氏は「自分の酒量を過信して飲みすぎた」。(【独占手記】私を訴えた伊藤詩織さんへ「前編」)

     山口敬之氏は伊藤詩織氏をホテルの自分の部屋に連れて行ったことについて、「神奈川県に住んでいるあなたを送っていったら作業が時間内に終わらない。しかし、あなたは自力では帰れそうにない。私はやむなく、当時逗留していたホテルで休んで酔いを醒ましてもらい、自分の作業を終えてから送って帰るしかないと判断しました。」と説明している。(同)

     そして「私はあの日、あなたに薬物を飲ませたり、いやがるあなたを部屋に連れ込んだりしなかったのと同様に、部屋のなかでもあなたの意思に反する行動は一切していない」と語っている。(同)

     同意があったということである。

     伊藤詩織氏は「「朝まで意識がなかった」のでは決してなく、未明の時間に自ら起き、大人の女性として行動し、そしてまた眠った」という。(同)

     そしてその後のことについて、「1度未明に起きたあと、再び眠りに落ちたあなたは、朝になってもう1度起きた。そして、私とごく普通の会話をし、ごく普通にホテルの部屋を出ていった。」と語っている。(同)

    二段階の問題

     山口敬之氏の、伊藤詩織氏に対する反論は、二段階になっている。多くの人がそのことを知らないのではないかと思う。

     第一段階の問題は、性交に対して伊藤詩織氏の同意はあったか? という問題である。

     その第一段階の問題に対して、伊藤詩織氏は同意はなかったといい、山口敬之氏は同意はあったという。

     山口敬之氏によると、伊藤詩織氏が2015年に訴えて、2017年まで刑事事件として問題とされていたのは、性交に同意があったかどうか、というこの第一段階の問題であった。

     ところが2017年から伊藤詩織氏は、それまでと異なる主張をしだした、と山口敬之氏側は言う。それが第二段階の問題である。

     伊藤詩織氏が2017年から言い出したことは、著書「ブラックボックス」にまとめられている。

     伊藤詩織氏は「ブラックボックス」において次のように語っている。

     伊藤詩織氏は、前の夜の二軒目の鮨屋で気を失って、目を覚ますとレイプされていた。(「ブラックボックス」、49頁)しばらく犯された後に、一度トイレに逃れたが、出てきたところをベッドに押し付けられた。しばらく抵抗すると山口氏は動きを止めた。(同、51頁)そこで伊藤氏は着替えて「ホテルの前からタクシーに乗った」。それは「五時五十分頃」であった。(同、55頁)

     以上の記述を考えると、伊藤詩織氏が目を覚ましてから、ホテルを出てタクシーに乗った「五時五十分頃」まで、それほど時間はたっていなかったと思われる。伊藤詩織氏は「目覚めたのはホテルを出た時間から逆算して午前五時台であることは確かだった」と語っている。(同、92頁)

     それに対して山口敬之氏は次のように語っている。

     伊藤詩織氏は「未明の時間に自ら起き、大人の女性として行動し、そしてまた眠った」。そして再び眠って、起きた後に「ごく普通の会話をし、ごく普通にホテルの部屋を出ていった。」という。(同)

     山口敬之氏によると、山口敬之氏のホテルの部屋で、伊藤詩織氏はしばらく眠った、そして未明に起きた時に、性交は行われた。その後に二人は再び眠った。そして、朝起きて、会話して別れた。

     山口敬之氏側によると、はじめに問題とされたのは、未明に行われた性交に、同意があったかどうかということであった。

     ところが伊藤詩織氏は「ブラックボックス」において、性交は、伊藤氏がホテルを出る少し前の「五時台」に行われた、と言い出した。

     伊藤詩織氏は「五時台」に目が覚めた後の記憶はあると言っている。記憶がある時間帯に、「ブラックボックス」に書かれているような強姦、暴行、強姦未遂があった、というのである。

     それに対して山口敬之氏は、伊藤詩織氏が「ブラックボックス」に書いているような、「五時台」のことは、伊藤詩織氏が2017年から言い出したことであって、それまで言われておらず、問題とされていなかったという。

     要するに、第二段階の問題とは、伊藤詩織氏が「ブラックボックス」において語っているような、朝五時頃の強姦、暴行は、虚偽ではないか、という問題である。

    考察

    ブラックアウト

     まず第一段階の問題、性交に同意があったか、ということについて。

     山口敬之氏は捜査員から「ブラックアウト」ということによって説明できると言われたという。

     「ブラックアウト」とは「アルコールの影響で、記憶の一部または全部が欠落してしまう現象」である。(【独占手記】私を訴えた伊藤詩織さんへ「前編」)

     伊藤詩織氏はアルコールによって記憶がなくなった、とすると、伊藤詩織氏が未明のことについて記憶がないと言うことと、伊藤詩織氏は性交に同意していたと山口敬之氏が言うこととは、矛盾しない、というのである。

     山口敬之氏は伊藤詩織氏に対して「あなたは記憶がないからこそ、「ブラックアウトではなかった」と断言することは絶対にできない。」といっている。(【独占手記】私を訴えた伊藤詩織さんへ「後編」)

     たしかに伊藤詩織氏には記憶がなかったのであるから、その記憶のない時間帯において、山口敬之氏との性交に同意していた可能性を否定することはできない。

     伊藤詩織氏は「ブラックボックス」において、警察に「密室の中で起こったことは第三者にはわからない」、「ブラックボックス」と説明されたという。(「ブラックボックス」、172~173頁)

     しかし次のように反論している。

    しかし、意識の無い状態で部屋に引きずり込まれた人が、その後、どう「合意」するのだろうか? こんなことを克明に証明しなければならないなら、それは法律の方がおかしいと思う。

    「ブラックボックス」、173頁

     伊藤詩織氏は、「意識の無い状態で部屋に引きずり込まれた」ので、「合意」することができないというのである。

     しかし伊藤詩織氏は、他のことにおいて、その記憶の無い時間帯における自分の言動を、自分の意思によるものだと主張している。

     4月3日の夜、鮨屋からホテルまで二人がタクシーで行った時に、伊藤詩織氏が「近くの駅で降ろして下さい」と言ったというタクシー運転手の証言を聞いて、伊藤詩織氏は、「やはり、最後まで自分は家に帰ろうとしていたのだ」と書いている。(同、126~127頁)

     伊藤詩織氏が、記憶の無い時間帯に昏睡状態であったとすると、性交に同意しなかったということはできる。しかしそうでなかったことは、伊藤詩織氏自身が認めていることである。

     伊藤詩織氏は「法律の方がおかしいと思う」と言うが、伊藤詩織氏が性交に同意したかしなかったか、第三者にも、伊藤詩織氏自身にもわからないのに、強姦罪は成立すべきであろうか?

     まとめよう。

     伊藤詩織氏が記憶のない時間帯に性交が行われた。伊藤詩織氏がその性交に同意していたかどうかは、第三者にはわからない。伊藤詩織氏自身にもわからない。

    Tシャツ

     伊藤詩織氏が性交に同意していたかどうか、第三者にも、伊藤詩織氏自身にもわからない。

     そこで前後の状況から考えるほかない。

     伊藤詩織氏の「ブラックボックス」と、山口敬之氏の手記とを読み比べて、Tシャツのことは決定的ではないか、と私は思った。

    両者の主張

     伊藤詩織氏は、ホテルの山口敬之氏の部屋から出るときに、山口敬之氏のTシャツを身に着けていた。そのことは、山口敬之氏も、伊藤詩織氏も、認めていることである。

     山口敬之氏によると、伊藤詩織氏は「ブラウスが少し生乾きなんだけど、Tシャツみたいなものをお借りできませんか」といった。それに対して山口敬之氏は「別に断る理由もなかったので、パッキング途中のスーツケースを指し、「そのなかの、好きなものを選んで着ていっていいですよ」」といった。そこで伊藤詩織氏は山口敬之氏の「Tシャツのうちの1つを選び、その場で素肌に身に着け」た。(【独占手記】私を訴えた伊藤詩織さんへ「後編」)

     山口敬之氏はそのことに関して「レイプの被害に遭ったと思っている女性が、まさにレイプされた翌朝、レイプ犯のTシャツを地肌に進んで身に着けるようなことがあるのでしょうか?」と言っている。(同)

     レイプされた直後に、自分をレイプしていた人のTシャツを身に着けることに抵抗を感じない人は少ないのではないか、と私も思う。特にTシャツは肌に触れる面積の広いものである。

     伊藤詩織氏も部屋に帰るとすぐに「ゴミ箱に叩き込んだ」と語っている。(「ブラックボックス」、55頁)

     しかし伊藤詩織氏は、部屋に帰るとすぐに「ゴミ箱に叩き込んだ」という気持ちを持っていたのに、部屋に帰るまでそのTシャツを身に着けるという、その気持ちに反することをしていた。

     伊藤詩織氏はTシャツを身に着けたことについて次のように書いている。

    ようやく見つけたブラウスは、なぜかびしょ濡れだった。なぜ濡れているのか聞くと、山口氏は「これを着て」とTシャツを差し出した。
     他に着るものがなく、反射的にそれを身につけた。

    「ブラックボックス」、54頁

     これによると、伊藤詩織氏は自ら進んで山口敬之氏のTシャツを身に着けたのではない。ブラウスが「びしょ濡れ」で、他に着るものがなく、何か着るものをもとめていたところに、山口敬之氏がTシャツを差し出していたので、「反射的」に身に着けた、というのである。

     しかしよく考えてみるとおかしいようである。

    疑問一

     第一に、伊藤詩織氏は、少し前まで自分をレイプしていた人のTシャツを借りなくてはならないほどの状況にあったであろうか?

     そういう状況にあったとすると、Tシャツを借りてもしかたがないということになる。

     たしかにブラウスは「びしょ濡れ」であった。「びしょ濡れ」のブラウスは着心地のいいものではないであろう。しかしレイプされた直後である。着心地がよくなくても、部屋を出ることを優先するのではないか?

     ましてや自分のブラウスが「びしょ濡れ」であるからといって、その代わりに、少し前まで自分をレイプしていた人のTシャツをわざわざ借りて着る人がいるだろうか?

     その上に、伊藤詩織氏は当時コートを着ていた。(「ブラックボックス」、47~48頁)

     Tシャツを借りなくては人前に出ることができない状況であっただろうか?

    疑問二

     第二に、山口敬之氏がTシャツを差し出した、ということは、不自然ではないか?

     「ブラックボックス」では山口敬之氏がTシャツを差し出したと書かれている。山口敬之氏が差し出したのであって、伊藤詩織氏がもとめたのではないということである。

     しかし伊藤詩織氏がTシャツを山口敬之氏にもとめないのに、山口敬之氏が自分からTシャツを伊藤詩織氏に差し出すであろうか?

    疑問三

     第三に、伊藤詩織氏が山口敬之氏のTシャツを「反射的」に身に着けた、ということは、不自然ではないか?

     「反射的」に身に着けたということは、よく考えずにしたということである。伊藤詩織氏は、ほかに着るものがないことで頭がいっぱいになっていたので、少し前まで自分をレイプしていた人のTシャツを身に着ける、ということを考えていなかった、ということであろうか。

     しかしブラウスが「びしょ濡れ」だったからといって、今身に着けるTシャツは、少し前まで自分をレイプしていた人のものだ、ということを意識しないでいることができるであろうか?

     その上に、Tシャツは、身に着けるのにそれなりに手間がかかるものである。両手を通し、首を通さなくてはならない。そして広い範囲の肌と触れなくてはならない。上半身は、人が身近に感ずるところである。

     Tシャツを身に着ける間に、そのTシャツは少し前まで自分をレイプしていた人のものである、ということに思いを致さないでいられるであろうか?

    第二段階の問題との関係

     伊藤詩織氏が山口敬之氏のTシャツをわざわざ借りて、部屋に帰るまで身に着けていた事実は、伊藤詩織氏がその少し前まで山口敬之氏に強姦され、暴行されていたという「ブラックボックス」の記述とつじつまが合わないのではないか?

    早朝の出来事について

     伊藤詩織氏が「ブラックボックス」において、4月4日の早朝、ホテルの山口敬之氏の部屋で起こったこととして書いていることには、いろいろと気になるところがある。

     第一に、山口敬之氏は何故に伊藤詩織氏が目を覚ます時にレイプしたのか?

     伊藤詩織氏が語るように、山口敬之氏がデートレイプドラッグを使っていたとしても、伊藤詩織氏をアルコールで酔わせたとしても、伊藤詩織氏が目を覚ます前にするためではないか?

     第二に、伊藤詩織氏が目を覚ました後に、山口敬之氏は何故に事態をつくろおうとか、関係を修復しようとかいうことを全くしないのか?

     山口氏は社会的地位を持っていたゆえに、そういうことを気にしなかったと伊藤詩織氏は主張しているようである。

     しかし山口敬之氏はそれほどの地位をもっていただろうか? 現に伊藤詩織氏に訴えられているではないか? 伊藤詩織氏が語っているような山口敬之氏の言動の証拠を伊藤詩織氏が持っていたならば、山口敬之氏は追い詰められていたのではないか?

     第三に、伊藤詩織氏は山口敬之氏のレイプから一度トイレに逃げ込むことができたのに、そのトイレの中で得られる安全をすぐに捨てて、ドアを開けて自分を直前までレイプしていた人のところへ行った、というが、おかしくないか?

     第四に、伊藤詩織氏は山口敬之氏に対して必死の抵抗をし、英語で罵倒したと言っている。山口敬之氏に反対する意思をそれだけ明らかにしたというのである。

     ところが、伊藤詩織氏はその後にそういう意思を示さなくなっている。それどころか、山口敬之氏のTシャツをわざわざ身に着けている。不自然ではないか?

     山口敬之氏も、伊藤詩織氏が自分に反対するところをそれだけはっきりと見たのに、全く関係を修復しようとしていない。これまた不自然ではないか?

    カルテ

     第二段階の問題に関しては、カルテという証拠がある。

     判決直後の双方の記者会見で、カルテのことがとりあげられている。

    SankeiNews
    【ノーカット】ジャーナリストの伊藤詩織氏が日本外国特派員協会で会見 2019/12/18

     34分40秒あたりで伊藤詩織氏が語っている。

    「ブラックボックス」とカルテ

     「ブラックボックス」でも書かれているが、伊藤詩織氏は、そのことのあった4月4日土曜日、自分の部屋に帰った後に、産婦人科へ出かけた。(「ブラックボックス」、61頁)

     その産婦人科のカルテには「coitus(性交)AM2~3時頃、コンドームが破れた」と記されていた。―その時に伊藤詩織氏は医師に性交が行われた時間帯はAM2~3時頃であったと言った、ということである。

     「ブラックボックス」において伊藤詩織氏は、「五時台」に目を覚ました時にレイプされていた、と語っている。(「ブラックボックス」、92頁)

     当時のカルテに記載は、「ブラックボックス」の記述と合わないのである。

     それに対して山口敬之氏が、性交は未明に行われて、それから「五時台」に別れるまで二人は眠っていた、ということは、カルテの記載と合う。

     山口敬之氏側は、このことを証拠として、伊藤詩織氏が2017年から事実に反することを言い出したと主張している。第二段階の問題の証拠になると言うのである。

    伊藤詩織氏の説明

     伊藤詩織氏は、そのカルテの記載は正確でないと主張する。伊藤詩織氏はその時に医師にそういうことを言わなかったというのである。

     伊藤詩織氏は、その時に医師との間でなされたやりとりについて、記者会見で次のように説明している。

     医師は性交の時間帯を聞いただけであった。それに対して伊藤詩織氏は早朝とこたえた。それだけであった。コンドームのことなど一言も言わなかった。(All she said was, “what time did it fail?”, and I said “early morning”. That’s it. That was the only conversation. We never discussed about condome.)

     「ブラックボックス」には、「四十歳前後のショートカットの女医さん」が「いつ失敗されちゃった?」と「淡々と言い放ち、パソコンの画面から顔も上げずに処方箋を打ち込む姿は、取りつく島もなかった」とある。(「ブラックボックス」、62頁)

    疑問

     2019年の第一審の判決では、伊藤詩織氏の言う通りに、「カルテの記載内容の正確性には疑義がある」とされた。2019年の伊藤詩織氏の主張によって、2015年の当時のカルテの記載内容の正確性を否定したわけである。

     しかし伊藤詩織氏の言うことはおかしくないか?

     伊藤詩織氏によると、その医師は、カルテに性交の時刻を書くために、伊藤詩織氏に聞いた。それに対して伊藤詩織氏は「早朝」とだけ答えた。そこで医師はカルテに性交はAM2~3時に行われたと記した。そう伊藤詩織氏は語っている。

    疑問一

     第一に、医師はそういう場合、聞き返すのではないか? 聞き返さないということがあるであろうか?

     医師は、カルテに性交の時間帯を書くために、伊藤詩織氏にその時間帯を聞いた。聞く必要があった。

     それに対して、伊藤詩織氏は「早朝」とだけ答えた。医師が答えてほしいことを答えなかったのである。

     しかし医師はカルテに性交の時間帯を書かなくてはならない。そういう場合に、医師はまず聞き返すのではないか?

     伊藤詩織氏によると、伊藤詩織氏が「早朝」とだけ答えたのを聞いて、医師は聞き返すことがなかったようであるが、そういうことがあるであろうか?

    疑問二

     第二に、医師が自分で勝手に他人の性交の時間帯を捏造して記載するだろうか?

     伊藤詩織氏の説明によると、医師は、性交の時間帯について、伊藤詩織氏が「早朝」とだけ答えたことを受けて、勝手に自分で「AM2~3時頃」と書いた。

     医師は、目の前に伊藤詩織氏がいるのに、伊藤詩織氏に性交の時間帯を聞き返すこともせず、自分で勝手に性交の時間帯を考え出してカルテに記載したというのである。これはおかしなことではないか?

     まじめな医師であれば、捏造などしない。

     ふまじめな医師であれば、自分で勝手に他人の性交の時間帯を考え出すような面倒なことをしないのではないか?

    疑問三

     もう一つ。

     伊藤詩織氏は医師に「early morning(早朝)」と言ったというが、「早朝」という言葉は、どちらかというと、「2~3時頃」より、5時頃をさすのではないか?

     「早朝」と言われて、「2~3時頃」のことだと思うということは、不自然ではないか?

    証拠の重み

     2019年の判決では、2019年の伊藤詩織氏の主張によって、2015年の当時のカルテの記載内容の正確性を否定した。

     しかし2019年の伊藤詩織氏の主張は、2015年のカルテの記載と比べて、証拠としての価値は劣る。

  • 高田明美氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版のキャラクターデザインになったいきさつ

    高田明美氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版のキャラクターデザインになったいきさつ

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者まつもと泉先生が亡くなって間もなく、たまたまYahooニュースで1月前に行われた高田明美氏のインタビューを読んで、違和感があった。

    https://animageplus.jp/articles/detail/33157

    高田明美氏の言葉

     違和感があったのは、高田明美氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版のキャラクターデザインになったいきさつを語るところ。

    高田 原作者のまつもと泉さんは『魔法の天使 クリィミーマミ』が好きで、アニメ化が決まった時に指名があって始まった感じですね。最初に絵を見た時は「私よりも、いのまた(むつみ)さんに頼んだほうがいいんじゃないか」ってちょっと思ったりもしたんですが。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     これによると、

    ・原作者のまつもと泉先生が指名したことによって、高田明美氏はアニメ版のキャラクターデザインを担当することになった。

    ・高田明美氏自身は必ずしも適任ではないと思っていた。

     私はそれまで高田明美氏がアニメ版のキャラクターデザインを担当することになったことに、まつもと泉先生は関わっていないと思っていた。

     それゆえに違和感があった。

    違和感の理由

     高田明美氏がアニメ版のキャラクターデザインを担当することに、まつもと泉先生は関わっていないと私は何故に思ったか。

     第一に、まつもと泉先生の言葉と矛盾している。

     第二に、当時の状況を考えると、違うのではないかと思われる。

     第三に、まつもと泉先生が高田明美氏を指名する動機が理解できない。

    まつもと泉先生の言葉

     第一に、まつもと泉先生が生前に語っていたことは、高田明美氏が語ることと食い違っている。

     まつもと泉先生は、小説版「新きまぐれオレンジ★ロード そしてあの夏のはじまり」(1994年)の「postscript」において、自分が「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版にどのように関わってきたかを次のように説明している。

    今まで、アニメなどの原作のマンガ以外のオレンジロードは、絵に関しても、ストーリーに関しても所詮、他人の手で描かれるため、良いものになろうが、つまらなかろうが「オレンジロード風ガイドライン」からそう逸脱したものにならなければ、私はなるたけ関わる必要がないと決め込んでいた。だからアニメと私の原作とではストーリーが少しくらい違っていても、あまり注文など口は出さないようにしてきた。

    「新きまぐれオレンジ★ロード そしてあの夏のはじまり」集英社、1994年、242頁

     まつもと泉先生は、「アニメなどの原作のマンガ以外のオレンジロード」に対して「なるたけ関わる必要がないと決め込んでいた」と語っている。

     しかも、アニメの「きまぐれオレンジ☆ロード」の「絵に関しても」そうしていたと語っている。

    では何故、私がアニメに関わらないかといえば、あまりに原作者がああだ、こうだ、と口をだすアニメで今まで出来の良い物にお目にかかったことはなかったし、原作者が自分のマンガをアニメ化されて、一人はしゃぎして「声優は誰が良い」だの、「作監は誰が良い」だのと小躍りするのは、あまり見ていてかっこいいものじゃないと自分では思っていたからだ。

    「新きまぐれオレンジ★ロード そしてあの夏のはじまり」集英社、1994年、242頁

     まつもと泉先生は、原作者がアニメに対して「声優は誰が良い」とか、「作監は誰が良い」とかいうことは「あまり見ていてかっこいいものじゃないと自分では思っていた」という。

     そういう人にとっては、キャラクターデザインは高田明美氏が良いと指名することも「見ていてかっこいいものじゃない」ということになるのではないか?

     アニメ化の時にはキャラクターデザインを指名していたのに、小説版の時にはそういうことを「あまり見ていてかっこいいものじゃないと自分では思っていた」と書くとは考え難い。

    当時の状況

     第二に、「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版が作られた時の状況を考えると、キャラクターデザインが高田明美氏に決まったのは、まつもと泉先生によることではなく、他の要因によることと思われる。

    スタジオぴえろ

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメの製作は、スタジオぴえろ(と東宝)である。

     スタジオぴえろは、1987年のTVシリーズの前に、1985年の「ジャンプ・スペシャルアニメ・大行進85」というイベントで、「きまぐれオレンジ☆ロード」が「こちら葛飾区亀有公園前派出所」とともにアニメ化された時にアニメーション制作を担当していた。

     布川郁司氏によると、スタジオぴえろは当時「ジャンプ作品をとるための作戦」をたてていた。(「クリィミーマミはなぜステッキで変身するのか?」日経BP社、2013年、92頁)

    それができた記念すべき作品が『きまぐれオレンジ★ロード』でした。これは当初、「ジャンプフェスタ」というイベントのために三十分のアニメ作品を作るという話でした。それでクリィミーマミと同じ高田明美さんにキャラクターデザインをお願いして制作したのです。

    「クリィミーマミはなぜステッキで変身するのか?」日経BP社、2013年、94頁

     ここで言われているように、1985年のアニメのキャラクターデザインは、布川氏の依頼によって、高田明美氏が担当することになった。

     まつもと泉先生の指名によってではない。

     その後に、スタジオぴえろは「オレンジ★ロードを、ジャンプフェスタだけでなく、テレビシリーズにしたい」と考えて、「東宝のテレビ事業部に話を持っていって、作品を製作してもらえないかと打診し」た。そうして1987年のTVシリーズはできることになったと布川郁司氏は語る。(同、95頁)

     1987年のTVシリーズのキャラクターデザインとして高田明美氏が選ばれたのは、1985年のアニメでキャラクターデザインを担当したいたからではないか?

     選んだのは、1985年のアニメと同じく、スタジオぴえろの布川氏ではないか?

     スタジオぴえろと高田明美氏との間には、それまでにタツノコプロ、「うる星やつら」、「クリィミーマミ」と深い関係があった。

    日本テレビ

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズの企画制作は日本テレビである。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のテレビシリーズの日本テレビのプロデューサー堀越徹氏は、「クリィミーマミ」のプロデューサーでもあった。

     189頁で触れられているように、「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版のスタッフは、「クリィミーマミ」と「ほぼ同じ」であった。

     日本テレビは「きまぐれオレンジ☆ロード」をアニメ化するにあたって、前にヒットした「クリィミーマミ」のスタッフを起用したのである。

     高田明美氏は「クリィミーマミ」のキャラクターデザインを担当していた。

     高田明美氏はその流れで選ばれたと思われる。

    高田明美氏を指名する理由

     高田明美氏が語るように、まつもと泉先生が高田明美氏を指名したとすると、その理由がわからない。

     まつもと泉先生はそれほど高田明美氏の描く「きまぐれオレンジ☆ロード」を求めていたのか?

     高田明美氏の言い方では、まつもと泉先生は「魔法の天使 クリィミーマミ」が好きであったゆえに選んだようである。

     まつもと泉先生は「魔法の天使 クリィミーマミ」が好きであったかもしれない。

     しかし「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵柄は「クリィミーマミ」の絵柄とは距離があるものである。

     高田明美氏も「最初に絵を見た時は「私よりも、いのまた(むつみ)さんに頼んだほうがいいんじゃないか」ってちょっと思ったりもした」と認めているように、まつもと泉先生の「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵柄は、高田明美氏の絵柄とは距離があるものであって、いのまたむつみ先生の絵柄に近いものであった。

     それにもかかわらず、いのまたむつみをおいて、距離のある絵柄の高田明美氏をわざわざ求めるであろうか?

    まとめ

     高田明美氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版のキャラクターデザインに選ばれたのは、スタジオぴえろ、日本テレビによることと思われる。

     まつもと泉先生は、そのことを快諾したこかもしれないが、積極的に指名したとは考え難い。

     指名したとすると、小説版での発言と矛盾する。

     また、距離のある絵柄の高田明美氏をわざわざ指名する理由も理解できない。

    高田明美氏に対する不満

     高田明美氏の後半の発言も気になったので、書いて置こう。

    『うる星やつら』はあまりバリエーションのあるイラストを描く余裕がなかったんですけれど、けっこうお任せだった『オレンジロード』はどっちかというと芸能プロの社長みたいな感覚で、「預けてもらった大事なタレントをどう売っていこうかな」みたいな視点で描いていました。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     こういうところは原作に思い入れある者には気になる。

     高田明美氏の原作と距離のある作風で原作のキャラクターを「預けてもらった」ものとみなして、「芸能プロの社長みたいな感覚」で描いていったのであるから、原作と違う方向に行ってしまったわけである。

     原作でいいと思っていた絵が、アニメ版でどのように表現されているかと期待していると、全く違う絵になっていたり、全く出てこなかったりして、がっかりすることが多かった。

    肉感的?

     もう一つ気になったところ。

     インタビュアーが、高田明美氏のキャラクターデザインは原作と比べて「肉感的」だと語っているところがある。

    まつもとさんはポップで軽い印象の絵でしたからね。一方、高田さんが再構築したキャラクターはかなり肉感的というか。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     高田明美氏のキャラクターデザインは「肉感的」であろうか? 特に、原作と比べて「肉感的」であろうか?

     そもそも高田明美氏の絵柄は「肉感的」でなかったゆえに、「うる星やつら」のキャラクターデザインに起用されたのでなかったか?

     高田明美氏のキャラクターデザインは、顔を大きく、体を小さくデフォルメしたものであって、「肉感的」ということから遠ざかっているように見える。

    高田 CDを出していたユーメックスの女性担当の方がかなりイケイケな人で、「じゃあ今度はこういう路線を狙ってみようか!」と次々とそういうシチュエーションを注文してくるんですよ。「恥ずかしい!」って言いながら描いていました。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     CDでは何故に高田明美氏の絵ばかり使われて原作の絵が使われなかったのであろうか?

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者まつもと泉氏、死す

    「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者まつもと泉氏、死す

     2020年10月13日、漫画家のまつもと泉氏が亡くなったと伝えられた。

     ブログ「サイキンのまつもと」では次のように報告されている。

    まつもと泉は今月6日午前0時過ぎに、
    かねてより入院療養中の病院にて永眠いたしました。

    サイキンのまつもと◆2020年10月13日(Tue)◆

    http://www.comic-on.co.jp/hidiary/hidiary.cgi?yyyy=2020&mm=10&dd=13

     1958年10月13日生まれで、62歳になる数日前に亡くなったということのようである。

     長く難病を訴えて、入院を繰り返してきたが、これほど早く亡くなるとは思われなかった。

     1年前、2019年10月に吾妻ひでお氏が69歳で亡くなった時も早いと思われた。

     その時にその「突然の早すぎる死には、言葉がありません」とブログに書いていた人にその1年後、それ以上に「突然の早すぎる死」が訪れるとは思われなかった。

    http://www.comic-on.co.jp/hidiary/hidiary.cgi?yyyy=2019&mm=10&dd=22

     まつもと泉氏は「文藝別冊[総特集]吾妻ひでお」(河出書房新社、2011年)で、「自分は自分がまだプロになる前から、ずっと吾妻先生のファンです」と 書いていた。(57頁)

     ブログでも「私が新人だった頃、大変影響を受けた漫画家が/吾妻ひでお先生でした。」と言い、「嬉しかったのは、吾妻先生からオレンジロードのファンです、と言って頂いた事です。」と言っている。


    [まとめ買い] きまぐれオレンジ★ロード

    関係ある人の悼む言葉

     突然の早すぎる死に対して、多くの人が言葉を寄せている。

    江口寿史

     まず江口寿史氏。

     まつもと泉氏が尊敬し、影響を受けていた人。

    よしまさこ

     まつもと泉氏は影響を受けた人として、よしまさこ氏を短編集「グラフィティ」で挙げていた。

     よしまさこ氏の著書「もう一度あいたい」には、近年のまつもと泉氏との対談が収められている。


    もう一度あいたい

     「もう一度あいたい」のはじめに収められている「潮風がいっぱい」という漫画は、「きまぐれオレンジ☆ロード」との関係で興味深い作品。

     発表されたのは「きまぐれオレンジ☆ロード」の連載より前であって、「きまぐれオレンジ☆ロード」に影響を与えた作品の一つとも思われる。

     興味深いのは、「きまぐれオレンジ☆ロード」の檜山ひかるのような位置にある人物が主人公になっているところ。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」を違う角度から見たようなかたちになっている。

    ゆでたまご嶋田

     「きまぐれオレンジ☆ロード」と同じ時期に「週刊少年ジャンプ」で「キン肉マン」を連載していたゆでたまご嶋田氏。

     まつもと泉氏がゆでたまご作品のアシスタントをしていたことを明らかにしている。

    萩原一至

    「きまぐれオレンジ☆ロード」にアシスタントとして参加していた萩原一至氏。

     絵。

    岡崎武士

     同じくアシスタントとして参加していた岡崎武士氏。

     数日後には絵。

    麻宮騎亜

     麻宮騎亜氏も接点があった。

    きたがわ翔

     萩原一至氏と親しいというきたがわ翔氏。

    上條淳士

     「To-y」の作者。

     「同じ時代を生きた」という言葉は重い。

    樹崎聖

     樹崎聖氏は近年のまつもと泉氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」のいろいろな裏話を語る動画をやっていた。

    藤田和日郎

     藤田和日郎氏の「きまぐれオレンジ☆ロード」に対する思い入れ。

    赤松健

     赤松健氏は近年まつもと泉氏と対談などしていた。

    翻訳

     イタリア語に翻訳した人。

     そのイタリア語版を読んでいたという人。

    望月智充

     問題作「あの日にかえりたい」の監督、望月智充氏。

     望月智充氏は2015年のブログ記事で、まつもと泉氏の「あの日にかえりたい」に対する「呪詛」に言及して「原作者の権力恐るべし」と語っていた。

     ここでは、原作者に対する扱いについて「とても気の毒に思った」と言っている。

    「きまぐれオレンジ☆ロード」

     まつもと泉といえばやはり「きまぐれオレンジ☆ロード」。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の各話のタイトルを表にしてまとめた。

    https://cocoro-mi.com/orangeroad-title-list/

     それぞれの話が、「週刊少年ジャンプ」、ジャンプコミックス、愛蔵版(文庫版)のどこに収められているかもまとめた。


    [まとめ買い] きまぐれオレンジ★ロード