フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが共演した映画で「コンチネンタル」と「トップ・ハット」はいずれも高く評価されている。
二つの映画には、似たところがあるが、違うところもある。
その違うところは、アメリカ映画の歴史と関わる。

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「コンチネンタル」と「トップ・ハット」
「コンチネンタル」(原題は “The Gay Devorcee” )は1934年に公開された。

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フレッド・アステアが初めて主演をやった映画である。
「トップ・ハット」(原題は “Top Hat” )は1935年に公開された。
「コンチネンタル」が大ヒットして、「トップ・ハット」が作られたのである。

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「トップ・ハット」はさらに売れてフレッド・アステアの代表作となった。
似ているところ
「トップハット」は、作品の構成が「コンチネンタル」と似ている。
話
まず話が似ている。
・フレッド・アステアの演ずる人物が、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物に対して恋愛感情を抱いて追いかける。
・ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は逃げる。
・二人の間には誤解がある。
「ロマンティック」なダンス
二人の恋愛感情は「ロマンティック」なダンスによって高まる。―「コンチネンタル」では「夜と昼」、「トップ・ハット」では「チーク・トゥ・チーク」。
そのダンスの時には、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物はフレッド・アステアの演ずる人物と結ばれることはできないと思っていて、それゆえにダンスを拒もうとする。
それにもかかわらず、「ロマンティック」なダンスによって、酔ったような気持ちになる。
そこでは結ばれてはならないという気持ちと、結ばれたいという気持ちとが入り混じる。
しかしダンスが終わった時点でも、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物に心を許していない。
大勢で踊るダンス
大勢の男女とともに楽しく盛り上がるダンスがあることも同じ。―「コンチネンタル」では「コンチネンタル」、「トップ・ハット」では「ピッコリーノ」。
違うところ
二つの映画には違うところもある。
フレッド・アステアのキャラクター
「トップ・ハット」は、フレッド・アステアのために作られている。
フレッド・アステアの素質をのばすかたちで新たなキャラクターが作られた。―トップ・ハット、白の蝶ネクタイ、燕尾服の姿で、気楽で愛想がいいキャラクターである。
逆に言うと、「コンチネンタル」ではまだ「トップ・ハット」のようなキャラクターはできていなかった。
「トップ・ハット」でできたフレッド・アステアのキャラクターと関連して、「トップ・ハット」は全体として「コンチネンタル」より浮世離れした映画となっている。
男女関係の描き方
「トップ・ハット」と「コンチネンタル」とでは男女関係の描き方が違う。
たとえば、「コンチネンタル」で、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが「夜と昼」を踊った後、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物がフレッド・アステアの演ずる人物に、深夜にホテルの部屋で待っていると言うところがある。
ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は、ある仕事をする男性を待っていて、フレッド・アステアの演ずる人物がその男性だと思い込んで、そう言ったのである。
しかしフレッド・アステアの演ずる人物はその男性ではなく、どういう意味でそう言われたのか知らない。
そこで相手が言ったことを、その意図とは違う意味で受け取って、動揺している。
「コンチネンタル」にはそのようにきわどい笑いがある。
「トップ・ハット」ではそういうことはなくなっている。
離婚を主題とすること
「コンチネンタル」の題名
「コンチネンタル」の原題は”Gay Devorcee”(陽気な離婚者)である。
離婚ということがタイトルに入っている。
「コンチネンタル」はヒロインが離婚するところを描くものである。
そういうことも「コンチネンタル」と「トップ・ハット」の違うところである。
「トップ・ハット」では、ヒロインはまだ結婚したことのない女性である。
題名の変遷
「コンチネンタル」は「陽気な離婚」( “Gay Devorce” )というブロードウェイのミュージカルをもとにして作られたものである。
その時にタイトルを「陽気な離婚者」(原題は “Gay Devorcee” )とした。
そのことについてフレッド・アステアは自伝において、監督マイケル・サンドリッチから次のように聞いたと記している。
Mark Sandrich explained that they thought it was a more attractive-sounding centered around a girl.
Steps in Time, p.198

Steps in Time: An Autobiography
日本語版では次のように訳されている。
そのほうがもっと魅力的な、主役の女性に焦点を絞った題名になると考えられたのだとマーク・サンドリッチは説明した。
「フレッド・アステア自伝」、263頁

フレッド・アステア自伝 Steps in Time
「陽気な離婚」が「陽気な離婚者」と変えられたのは検閲によるとも言われている。
離婚する人が陽気であってもいいが、離婚が陽気であってはいけないという倫理観にもとづく検閲のために、「陽気な離婚」を「陽気な離婚者」に変えたというのである。
いずれにせよ、映画化する時に、「陽気な離婚」という題名はいけないという倫理観に合う変更が行われたのである。
ヘイズ・コード
アメリカでは1934年7月から「ヘイズ・コード」と呼ばれる基準のもとで映画は作られることになった。
「コンチネンタル」が公開されたのは1934年10月である。
「コンチネンタル」はちょうど「ヘイズ・コード」が出来た時に作られていたのである。
そこでブロードウェイのミュージカル「陽気な離婚」から、映画「陽気な離婚者」への変更があった。
その次の年の「トップ・ハット」は「ヘイズ・コード」の下で作られて、「陽気な離婚者」にあった様々な要素がなくなって、違う要素が加わった。
「ヘイズ・コード」はそれから1968年までアメリカの映画を制約することになった。
「ヘイズ・コード」の下でアメリカ映画は、一定の倫理観によって制約された独特の性格をもったものとなった。
「コンチネンタル」から「トップ・ハット」に至るまでにできたフレッド・アステアのキャラクターは、その制約に合うものであった。
フレッド・アステアが恋愛を主題とした映画の主演を繰り返し務めながら、相手の女優とキスをしない俳優として有名であったこともそのことと関係がある。
それでもダンスで十分に表現することができたので、よかったのである。
ヒロインのキャラクターも変わっている。
「コンチネンタル」はヒロインが離婚する話であって、ヒロインは映画が始まった時点ですでに結婚している。
すでに結婚している女性である。
「トップ・ハット」のヒロインはまだ結婚したことのない女性である。
そういう方向に進んだのである。

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