能登半島地震 自衛隊の「逐次投入」批判は当たっていたか?

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自衛隊のヘリコプター 能登半島地震
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 2024年1月1日に発生した能登半島地震に対して、岸田首相の「初動の遅れ」に対する批判が早くからあった。自衛隊の「逐次投入」が批判された。

 しかし岸田首相等は、能登半島にはそれだけの事情があって、その事情に対応することをやってきたと語っている。

 能登半島の事情はどうであったか? その事情に対する自衛隊の対応はどうであったか? ということが問題となる。

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マスメディアの「初動の遅れ」批判

 能登半島地震に対する岸田首相の「初動の遅れ」、自衛隊の「逐次投入」を非難する記事は早く出ていた。

Smart FLASH

 まず「Smart FLASH」の記事を取り上げる。1月4日の『「全くスピード感ない」岸田首相 自衛隊派遣の「初動1000人」に集まる疑問…識者も“人数不足”を指摘』と題する記事。

 1月1日夜、1000人規模の自衛隊員が活動を始めたことを木原防衛相が明らかにしたことに対して、2022年12月の北陸地方の大雪の時と比べて少なすぎるという「政治ジャーナリスト」の言葉を載せている。

 2022年12月17日、北陸地方への大雪で、国道に多くの車が立ち往生したときは柏崎市・小千谷市・長岡市で延べ940人の自衛隊員が派遣され救助と復旧にあたりました。待機自衛官は8500人程度いたとされますが、今回の災害規模の初動で1000人は少なすぎます」(政治ジャーナリスト)

Smart FLASH 「全くスピード感ない」岸田首相 自衛隊派遣の「初動1000人」に集まる疑問…識者も“人数不足”を指摘

 「前出・政治ジャーナリスト」はさらに東日本大震災の時とも比較している。

「災害の規模・広さは大きく違いますが、防衛日報デジタルによると、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、発生当日に約8400人の自衛隊員が派遣され、2日後の13日には5万人超、1週間後の18日には10万人超の隊員が派遣されたといいます。
 また3月12日には枝野幸男官房長官が会見で自衛隊の航空機300機、艦艇約40隻、海上保安庁の巡視艇322隻、航空機44機、特殊救難隊10名がすでに活動していることなどを明らかにしています。当時の民主党政権の対応が“迅速だった”と評価する声は後を絶ちません」(前出・政治ジャーナリスト)

Smart FLASH 「全くスピード感ない」岸田首相 自衛隊派遣の「初動1000人」に集まる疑問…識者も“人数不足”を指摘

 他の災害、他の震災において派遣された自衛隊の数字と比較して、能登半島地震における自衛隊の派遣は遅く少ないという批判である。

 しかし「政治ジャーナリスト」という肩書で政府を批判するのはどういう気持ちだろうと思う。

東京新聞

 次に東京新聞の1月6日の記事「自衛隊派遣、なぜ小出し?熊本地震時の5分の1 対応できない救助要請たくさんあったのに…首相の説明は。」

 この記事では、2016年の熊本地震の時に派遣された自衛隊員の数と比較して、「2016年に震度7を記録した熊本地震の5分の1にとどまる」と言い、「熊本地震と比べて規模が小さく見える。」と述べている。

 自衛隊の「逐次投入」を批判するのは立憲民主党の主張であった。

 立憲民主党の泉健太代表は5日、記者団に「自衛隊が逐次投入になっており、あまりに遅く小規模だ」と批判。別の立民幹部も「物資が届かず、被害の全容が明らかにならないのは、自衛隊員が足りない影響だ」と指摘する。

東京新聞 自衛隊派遣、なぜ小出し?熊本地震時の5分の1 対応できない救助要請たくさんあったのに…首相の説明は

岸田首相・木原防衛相の反論

 他の災害、震災の時と比べて能登半島地震における自衛隊の「逐次投入」を批判する声に対する岸田首相の反論を、東京新聞は次のように記している。

(陸上自衛隊西部方面隊の拠点がある)熊本にはそもそも1万人を超える自衛隊が存在したが、今回は大規模部隊はいなかった。単に人数だけを比較するのは適当ではない

東京新聞 自衛隊派遣、なぜ小出し?熊本地震時の5分の1 対応できない救助要請たくさんあったのに…首相の説明は

 次に木原防衛相の反論。

道路の復旧状況も見ながら人数を増やした。逐次投入との批判は全く当たらない

東京新聞 自衛隊派遣、なぜ小出し?熊本地震時の5分の1 対応できない救助要請たくさんあったのに…首相の説明は

 自衛隊の派遣は状況に対応して行われたというのである。

 読売新聞1月6日の記事では、「逐次投入」などと批判が出ていることに対する木原防衛相の反論は次の通り

能登半島の中でも特に北部での被害状況が大きく、道路が寸断され、インフラ網が途絶えてしまっている今回の災害の特性を踏まえ、初期の段階では、航空機を活用した被害状況の把握に努めていた

読売新聞 被災地の自衛隊員5400人体制に…防衛相、「逐次投入」批判に反論「被害把握に努めていた」

 東京新聞の記事でも岸田首相、木原防衛相の反論は載せられているが、全体の構成からみると政府を批判する方向に傾いているように見える。

 読売新聞の記事は「逐次投入」批判に対する木原防衛相の反論の方を中心として取り上げている。

 防衛省の「令和6年能登半島地震に係る災害派遣」をみると、「地域特性に応じた総合戦力の集中」を考えて自衛隊の派遣は行われていたように見える。

令和6年能登半島地震に係る災害派遣

 上に引用した「Smart FLASH」の記事でも触れられているように、1月1日に防衛省は1000人の隊員を派遣することにしていたが、その時に8500人を待機させていた。

 木原稔防衛相は1日、石川県能登地方を震源とする地震を受け、防衛省で記者団に「ファスト・フォース(初動対処部隊)が珠洲市と輪島市で既に活動している」と明らかにした。1000人の隊員が被災地への派遣に向け準備中で、8500人が待機中だとも説明した。

時事ドットコム 自衛隊、珠洲と輪島で活動 木原防衛相「航空機20機が情報収集」―能登半島地震

 1月1日には派遣する1000人と待機する8500人、合わせて9500人を動員していたことは、過去の震災と比べてそれほど少なくないようである。その中の1000人だけ派遣したことも、その後も過去の震災と比べて多く派遣できなかったことも、能登の特殊な事情に対応するためであったのではないか?

 1月22日の記事であるが、鬼木防衛副大臣は「逐次投入」との批判に対して、状況が他の震災と全く違うと語っている。

―初動が逐次投入との批判がある。

 情勢認識の差だ。地理的条件がほかの震災と全く違い、たくさんの人を入れられる状況ではなく、効果的でもなかった。政府はそこを認識した上で、適切な手順で人を入れた。きちんと状況を把握しつつ動くべきだ。2次被害もある。

時事ドットコム 能登、大量投入「できる状況になし」 鬼木防衛副大臣インタビュー

問題

 そこで問題は、能登半島の事情はどうであったか? その事情に対する自衛隊の対応はどうであったか? ということになる。

 能登半島は、木原防衛大臣、鬼木防衛副大臣が語ったように、他の震災と全く違う状況であったか? 自衛隊の対応はその状況に対応したものであったか? その時に知りえたことをもとにした対応としてどうであったか?

 現場のことが明らかにされなくてはならない。

 その上で、自衛隊の対応について論ずることはできる。

なおも他の震災と単純に比較する人々

 ところがその後も、能登半島の事情はどうであったか? という問題に答えずに、単純に他の震災と比較して政府・石川県の対応を非難する人は多かった。

杉尾秀哉議員

 まず杉尾秀哉議員。1月6日午後11時8分に自衛隊の派遣状況を東日本大震災の時と比較して「政府の対応は遅すぎる」と批判している。

 「こんな非常時に政府を批判するな」とは思わないが、現場のことを明らかにしなくてはならない。岸田首相、木原防衛相が能登半島の特殊な事情を問題としているのに、そのことに答えずにただ東日本大震災の時の自衛隊の派遣状況と数字だけ比べて「政府の対応は遅すぎる」というのでは、現場のことを問題としていないのではないかと思われる。

山崎雅弘氏

 次に「戦史/紛争史研究家」山崎雅弘氏。

 木原防衛相が「逐次投入」という批判に対して能登半島の状況に対応していたという言葉を載せた読売新聞の記事を引用して、熊本地震の時の数字と比較して否定している。木原防衛相の反論に答えていない。

 「これがもしミサイルの着弾による被害だったら?」ということも理解しがたい。

 山崎氏の頭の中では木原防衛相が迅速に動かなかったことは事実になっているようである。しかしそのことはまだ明らかになっていない。

 山崎氏は明らかになっていないにもかかわらず、「自民党政府は自国民を守る意識が異様に薄い」という結論に至ってしまっている。

室崎益輝氏

 「防災研究の第一人者で、石川県の災害危機管理アドバイザーも務めてきた神戸大名誉教授の」室崎益輝氏の発言が1月14日の朝日新聞に出て来た。

 室崎氏も過去の震災の時と比べて、自衛隊、警察、消防が「小出し」であったことを問題としている。

 これまでの多くの大震災では、発災から2、3日後までに自衛隊が温かい食事やお風呂を被災された方々に提供してきました。
 でも今回は遅れた。緊急消防援助隊の投入も小出しで、救命ニーズに追いついていない。本来は「想定外」を念頭に、迅速に自衛隊、警察、消防を大量に派遣するべきでした。
 被災状況の把握が直後にできなかったために、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまったのではないでしょうか。初動には人災の要素を感じます。

朝日新聞 「初動に人災」「阪神の教訓ゼロ」 能登入りした防災学者の告白

 「被災状況の把握が直後にできなかったために、国や県のトップがこの震災を過小評価してしまった」ということは、事件直後にはあったかもしれない。しかし木原防衛相が言うように「今回の災害の特性を踏まえ」た対応と言うことはできないのであろうか?

 避難所への水や食べ物、物資の搬入が遅れたのは、半島で道路が寸断されるなどした地理的要因もありますが、被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかったことも要因です。それがトップの判断を誤らせています。
 迅速な初動体制の構築は、阪神・淡路大震災から数々の震災の教訓として積み重ねられ、受け継がれてきました。それが今回はゼロになってしまっている印象を受けました。

朝日新聞 「初動に人災」「阪神の教訓ゼロ」 能登入りした防災学者の告白

 室崎氏は「半島で道路が寸断されるなどした地理的要因」を認めつつ、「被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかったこと」を問題としている。「被災地で起きていることを把握するシステムが機能しなかった」とはどういうことなのか? 何に問題があったというのであろうか?

 「迅速な初動体制の構築」が「今回はゼロになってしまっている印象を受けました」ということはどういうことであろうか?

 下の記事では室崎氏を批判して、「自衛隊やボランティアや重機といったあらゆる資源の「一斉投入」が、地震よりもさらに大きな二次災害を産み、被害者が一桁かそれ以上増えていても不思議ではなかった状況」であったとして、「政府が「資源の一斉投入」を行わず、焦らず逐次投入を行い続けたことは、多くの命を人知れず救ったスーパーファインプレー」と主張している。

 また「社会心理学領域における「災害ボランティアの専門家」の言説の検討――令和 6 年能登半島地震をめぐるマスメディア報道の問題性に関連して――」の註42でも論じられている。

五百旗頭真氏

 「元防衛大学校長で東日本大震災の国の復興構想会議で議長を務めた」五百旗頭真ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長も自衛隊の初動を問題としている。

 ◆自衛隊の初動は今回、手抜かりがあったとみている。陸上自衛隊の全ての駐屯地に「ファスト・フォース」と呼ばれる初動部隊がある。24時間代わる代わる待機し、大きな災害があったらすぐに出動する部隊だ。最も被害が深刻だった石川県の輪島市や珠洲市は陸自の駐屯地がある金沢市から100キロも離れていた。道路が寸断され陸路から行けないと分かったら、すぐに海と空から救助に向かうことを決断しなければならなかった。
 ただ、海底が隆起して海から上陸することも難しかった。実際、発生2日目にはヘリ数十機の態勢を取ったというが、輪島市や珠洲市の寸断された集落への救助に時間を要した。今の自衛隊の能力からみればヘリ100機を出せたのではないか。陸からも、海からも大量の人員で救助に向かうことができないとなれば、空からの救助にすぐ切り替えなければならないのに、それができなかったのは非常に遺憾だ。

毎日新聞 五百旗頭真氏がみる能登地震の対応 「自衛隊の初動に手抜かり」

 ヘリ100機を出せばよかったのに出さなかったというのである。

 ヘリコプターに関しては以下の記事↓

 五百旗頭氏は上の記事から間もない3月6日に亡くなっている。

 室崎益輝氏は「五百旗頭真さんとともに阪神・淡路大震災からの復興や防災・減災の対策について取り組んできた」ということであるが、能登半島地震の時には連絡がなかったという。

大きな災害が起きるといつも電話で意見を求められましたが、ことし元日に発生した能登半島地震の際には電話がかかってこなかったので心配していました。

NHK 政治学者 五百旗頭真さん死去 80歳 災害からの復興にも尽力

おわりに

 能登半島地震には他の地震とは異なる事情があったのか? まずそのことが明らかにされなくてはならない。そのことが明らかにされないままでは、岸田首相、木原防衛相等のやったことがよかったか、悪かったかもわからない。

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