【考察】映画「バンド・ワゴン」とフレッド・アステアの関係

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フレッド・アステア
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 1953年に公開された映画「バンド・ワゴン」は、米国のミュージカル映画の名作とされている。

 映画の中で歌われた「ザッツ・エンタテインメント」は、1974年にMGMの創立50周年を記念してMGMミュージカルの名場面を集めた映画のタイトルにもなった。

 フレッド・アステアの映画としても傑作と言われている。

 映画「バンド・ワゴン」はフレッド・アステアにとってどういう意味をもっていたのか?


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落ちぶれた主人公

mobinovycによるPixabayからの画像

 映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアは、かつて映画スターとして人気があったが、今では人気がなくなってニューヨークの舞台での再起をはかる人物を演じている。

ミュージカル映画の類型

 ミュージカル映画では、挫折した人物が舞台での再起を図るというストーリーは、必ずしも珍しいものではなかった。

フレッド・アステアとの関係

 問題はフレッド・アステアがそういう役をやっていることである。

ひっかかるところ

 フレッド・アステアがかつて映画スターであったが、今では人気がなくなった人物を演ずることは、映画の中のことにすぎない。ミュージカル・コメディ映画の中のことにすぎない。

 しかし映画の中だけのことであっても、フレッド・アステアはそういう人物として表現される。そのことはフレッド・アステアに重ねられる。

 フレッド・アステアは当時、映画「バンド・ワゴン」のようにMGMが力を入れた映画の主演をやるような立場にあった。映画「バンド・ワゴン」の主人公のように、映画をやめてニューヨークの舞台で再起を図るような立場にはなかった。

 それにもかかわらず、映画「バンド・ワゴン」の主人公のような人物を演じたのは何故か?

 フレッド・アステアはそれまでに多くのミュージカル映画で主演をやっているが、映画「バンド・ワゴン」のように、かつて人気があったのに今では人気がなくなっているという人物を演じたことはなかった。

 フレッド・アステアがそれまでそういう役を演じなかったことには意味があるのではないか?

 映画「バンド・ワゴン」においてそういう役を演じていることには意味があるのではないか?

トップハットと杖

 映画「バンド・ワゴン」における主人公の落ちぶれたさまの描き方も気になる。

 映画のはじめ、タイトルバックにトップハットと杖と手袋が置かれている。

 話が始まると、そのトップハット、杖、手袋は競売にかけられている。

 フレッド・アステアの演ずる人物がかつて人気のあった映画でつかっていたトップハットや杖を売りに出していたのである。

 ところが値を下げてもそのトップハットや杖は売れない。

 フレッド・アステアの演ずる人物が、かつては人気ある映画スターであったが、今では人気がなくなっている、ということを表現しているわけである。

 気になるのは、トップハットや杖はフレッド・アステア自身を象徴するものでもあるということである。

 フレッド・アステアは代表作「トップ・ハット」(1935年)をはじめとして、トップハットに杖という姿をその代表的な姿としていた。

 一度目の引退作「ブルー・スカイ」(1946年)での最後のダンス “Puttin’ on the Ritz” もトップハットに杖という姿であった。

 映画「バンド・ワゴン」の主人公の過去のトップハットや杖が売れないほど人気がなくなっているということは、フレッド・アステア自身のトップハットや杖にも重なってしまうのである。

 フレッド・アステアのトップハットや杖、そして過去の映画まで人気がなくなったと言われているような気持ちになる。

 コメディとしての表現にちがいないが、気楽に笑うことができない。突き刺さるところがある。

シド・チャリースとのやりとり

 映画の中でシド・チャリースの演ずる人気バレリーナが、フレッド・アステアの演ずる人物のことを、一昔前の人物のように言うところがある。

 映画の中のことにすぎず、コメディとして作られたことにすぎないが、現実のシド・チャリースとフレッド・アステアに重なることでもある。

脚本家の言葉

 映画「バンド・ワゴン」の脚本を担当したベティ・コムデンとアドルフ・グリーンは “By Myself” という楽曲によって映画「バンド・ワゴン」の話を考え、フレッド・アステアが演ずるキャラクターとその話を考えたと語っている。

Out of the mass of songs Edens extricated “By Myself,” a little-known song from Between the Devil. This triggered off the springboard for Comden and Green’s story and served to introduce Astaire’s character.

MGM’s Greatest Musicals p.400

M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

 ”By Myself” という楽曲は、映画「バンド・ワゴン」の中で、フレッド・アステアが駅からひとりで出ていく時に歌っているが、ひとりになって自分に立ち返って生きようという歌である。

 映画「バンド・ワゴン」はそういう歌をもとにして、人気のなくなったかつての映画スターが再起を図る話になったわけである。

 しかしフレッド・アステアがそういう人物を演ずることは、フレッド・アステアと重ねられることになる。

 ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンもそのことに気を遣っていたという。

 コムデンによると、映画「バンド・ワゴン」の主人公のキャラクターは、フレッド・アステア自身の人生における位置をもとにしたところが多かった。

 フレッド・アステア自身は、映画の主人公のように落ちぶれてはいなかったが、キャリアの途中にあって引退あるいは新たな場をもとめるところにあった、とコムデンは語る。

“We were very nervous in the beginning about Fred’s [Astaire] character,” says Comden, “because it was based in so many ways on his actual position in life. It was not a man down, out and broke, but a man midway in his career, a man thinking of possibly retiring, or continuing to look for fresh fields.” When they timidly presented the character they had drawn to Astaire, he loved it immediately.

MGM’s Greatest Musicals p.400

M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

 フレッド・アステアはそういう役を演ずることをすぐに喜んで受け入れたという。

 フレッド・アステアの自伝にはそのことは書かれていない。

 ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンにとって、フレッド・アステアは子供の時の崇拝の的であった。

~he was someone we had worshipped when we were kids. He was the essence of everything one wanted to be.

Fred Astaire His Friends Talk 1988 p.16

Fred Astaire: His Friends Talk

 2人が映画「バンド・ワゴン」の主人公をあのようなキャラクターにしたことは、軽い気持ちでなされたとは思われない。フレッド・アステアに重ねられることを十分に考えた上でつくったに違いない。

 2人は “By Myself” という楽曲をもとにして脚本を作ったが、その脚本はフレッド・アステアの当時の状況と関わると考えて作ったのである。

 2人が子供の時にフレッド・アステアを崇拝していた、というように、その間にある時が問題となっていた。

映画「バンド・ワゴン」の主題

 映画「バンド・ワゴン」は、フレッド・アステアの当時の問題を主題としているということができる。

 具体的には次の通り。

年齢の問題

 フレッド・アステアは恋愛をダンスで表現する映画スターであった。

 それゆえに年を取ると、映画スターであり続けることが困難になる。

 ジンジャー・ロジャーズとやり続けるのでは、2人とも年を取って流行から離れてしまう。

 若い女優とやると、流行に乗ることができるが、その女優とフレッド・アステアとの年齢差が問題となる。

 映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアの相手役をやったシド・チャリースは、フレッド・アステアと年が離れていた。(フレッド・アステアは1899年生まれ、シド・チャリースは1921年生まれ)

 映画の中でも、シド・チャリースの演ずる人物は、子どもの時にフレッド・アステアの演ずる人物の映画を観ていたと語っている。

ダンスの流行の変化

 フレッド・アステアの年齢の問題は、ミュージカルにおけるダンスの流行の変化の問題と関わっている。

 フレッド・アステアは、1920年代にはブロードウェイにおいて、1930年代には映画界において、タップダンスを中心とするダンスによってスターになった。

 1920年代から1930年代にかけて、タップダンスが流行の中心であって、フレッド・アステアはその代表的人物であった。

 ところが1930年代後半からブロードウェイでバレエの占める割合が大きくなっていった。映画でも次第にバレエの占める割合が大きくなっていった。

 ジーン・ケリーはその流れを代表する人物である。―ジーン・ケリーはタップダンスの名手でもあったが、バレエも積極的にとりいれていった。

 シド・チャリースもその流れを代表する人物である。―タップダンスではなくバレエを得意とする。

 フレッド・アステアもその流れの中でバレエをとりいれることをもとめられていた。

 映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアがバレエを得意とするシド・チャリースを相手役としていることもその流れによることである。

 フレッド・アステアはジーン・ケリーほど積極的にバレエをとりいれなかった。

 映画の中でフレッド・アステアの演ずる人物が、シド・チャリースの演ずるバレリーナと組むことに難色を示すところ、そして組んでうまくいかないところは、フレッド・アステアがバレエを積極的にとりいれなかったことと関係がある。

 フレッド・アステアとシド・チャリースの年齢差は、その流行の差をあらわしているということもできる。

「ベル・オブ・ニューヨーク」の挫折

 映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアが落ちぶれた人物を演じていることは、フレッド・アステアがその前に主演した映画「ベル・オブ・ニューヨーク」が失敗したことと関係があるのではないかと思われる。

 フレッド・アステアは「ベル・オブ・ニューヨーク」に対する思い入れを語っているが、興行的に失敗した。

 映画「バンド・ワゴン」はその「ベル・オブ・ニューヨーク」の次に作られている。

 作り手がそのことを意図していたか、明らかでないが、「ベル・オブ・ニューヨーク」が失敗した次に挫折した主人公が再起を図る「バンド・ワゴン」が作られている。

 フレッド・アステアがその役をすぐによろこんで受け入れたのは、そのためではないか?

映画「バンド・ワゴン」の問題の解決

 映画「バンド・ワゴン」では、人気のなくなった主人公が再起しようとするところが描かれているのであるが、それまでの道のりは複雑になっている。

一、主人公はそれまでのやり方でうまくいかず、新たなやり方をしようとNYに来た。

二、演出家は主人公にそれまでのやり方ではなく、時代に合った新たなやり方をさせようとする。―それは「現代版ファウスト」であり、バレリーナとの共演である。

 ところがその演出家による舞台は失敗する。

三、そこで主人公は、自分に立ち返るとともに新たなことにも挑戦する。

 そうして成功する。

 時代に合った新たな演出によって成功したのではなく、また自分に立ち返ったことによって成功したのである。

 自分に立ち返るということは “By Myself” という楽曲と関係があると思われる。

 そして主人公が立ち返ったのは “That’s Entertainment” の精神である。

 具体的には次の通り。

バレエとの関係

 NYに来て主人公はまず「現代版ファウスト」のためにバレエダンサーと組むことをもとめられる。

 その「現代版ファウスト」が失敗して、主人公は自分に立ち返ることにするが、シド・チャリースの演ずるバレエダンサーも共に行くという。

 フレッド・アステアからすると、自分に合うかたちでバレエダンサーと組むということである。

 シド・チャリースからすると、そういうフレッド・アステアとともにやるダンスを選ぶということである。

 そうして結実したのが「ガール・ハント」バレエである。

 シド・チャリースの振付師でもあり恋人でもあるというポールという人物は、「現代版ファウスト」のような舞台におけるバレエには力を入れるが、フレッド・アステアとともにやるダンスは認めないという人物である。

 シド・チャリースの演ずるバレリーナは、振付師であり恋人でもあるポールと別れて、フレッド・アステアの演ずる人物についていくことを選んだ。

恋愛

 映画「バンド・ワゴン」では、フレッド・アステアの演ずる人物とシド・チャリースの演ずる人物との関係が重要なものとなっている。

 ふたりははじめ対立していたが、中ほどの “Dancing in the Dark” のダンスで深い仲になる。

 「現代版ファウスト」が失敗した後には、シド・チャリースの演ずる人物は、振付師でもあり恋人でもあるポールと別れて、フレッド・アステアの演ずる人物についていく。

 しかし映画「バンド・ワゴン」は、ふたりが結ばれて終わるのではない。

 映画「バンド・ワゴン」は、共演者が皆で “That’s Entertainment” を歌って終わる。

 ”That’s Entertainment” ということは、ふたりが結ばれることより重要なことになっているようである。

 そのことは年齢の問題とも関係があるのではないかと思われる。

トップハットと杖

 映画「バンド・ワゴン」の主人公は映画のはじめに、トップハットと杖を競売に出していたが、自分に立ち返った後ではまたトップハットと杖の姿にもなっている。

 ジャック・ブキャナンとともにトップハット姿で杖をもって “I Guess I’ll Have to Change My Plan” を歌っている。

おわりに

 映画「バンド・ワゴン」は、当時フレッド・アステアが直面していた年齢の問題とか流行の問題とかを主題とした映画である。

 そういう意味において映画「バンド・ワゴン」は、Blu-rayの特典映像でベティ・コムデンが語っているように大人の映画である。

 映画「バンド・ワゴン」には明るいところ楽しいところも多いが、その底には暗いところ寂しいところがある。


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