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  • 「ブロードウェイ・メロディー」の映画4本と「雨に唄えば」

    「ブロードウェイ・メロディー」の映画4本と「雨に唄えば」

     「ブロードウェイ・メロディー」とは、トーキー映画の初期のミュージカル映画の名作である。

     その後に1936年版、1938年版、1940年版と3本の「ブロードウェイ・メロディー」が作られた。

     名作「雨に唄えば」には劇中劇「ブロードウェイ・メロディー」が出て来る。

     「ブロードウェイ・メロディー」はアメリカのミュージカル映画の歴史の中で重要な意味を持っている。

    映画「ブロードウェイ・メロディー」

     映画「ブロードウェイ・メロディー」は複数ある。並べてみよう。

    「ブロードウェイ・メロディー」

     1929年2月に映画「ブロードウェイ・メロディー」は公開された。

     大ヒットし、アカデミー賞作品賞を受賞した。


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    「踊るブロードウェイ」

     1935年8月、映画「ブロードウェイ・メロディー」1936年版(原題は “Broadway Melody of 1936” 邦題は「踊るブロードウェイ」)が公開された。

     この映画から「ブロードウェイ・メロディー」は次々と作られるようになった。

     1935年8月に公開された映画の題が “Broadway Melody of 1936” とされたのはどういうことであろうか?


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    「踊る不夜城」

     1937年8月に映画「ブロードウェイ・メロディー」1938年版(原題は、 “Broadway Melody of 1938” 邦題は「踊る不夜城」)が公開された。


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    「踊るニューヨーク」

     1940年2月に映画「ブロードウェイ・メロディー」1940年版(原題は、 “Broadway Melody of 1938” 邦題は「踊るニューヨーク」)が公開された。


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    「雨に唄えば」

     1952年3月に映画「雨に唄えば」が公開された。

     「雨に唄えば」には劇中劇「ブロードウェイ・メロディー」がある。


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    「ブロードウェイ・リズム」

     ちなみに、1944年8月に「ブロードウェイ・リズム」という映画が公開されている。


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    楽曲「ブロードウェイ・メロディー」

     「ブロードウェイ・メロディー」というのは、映画の題名でもあるが、楽曲の題名でもある。

     楽曲「ブロードウェイ・メロディー」は、1929年の映画「ブロードウェイ・メロディー」のためにアーサー・フリードが作詞し、ナシオ・ハーブ・ブラウンが作曲した楽曲で、1929年の映画「ブロードウェイ・メロディー」の話の軸となっている。

     それに続く映画「ブロードウェイ・メロディー」(1936、1938、1940)でも、「雨に唄えば」の劇中劇「ブロードウェイ・メロディー」でも、楽曲「ブロードウェイ・メロディー」が使われている。

     映画「ブロードウェイ・メロディー」は楽曲「ブロードウェイ・メロディー」を使った映画ということができるようである。

    「ブロードウェイ・メロディー」の変遷

    ブロードウェイでの成功を目指す物語

     1929年の映画「ブロードウェイ・メロディー」は、ブロードウェイでの成功を目指す姉妹の物語であった。

     その後の映画「ブロードウェイ・メロディー」も、ブロードウェイでの成功を目指す人物の物語である。

     1936年版、1938年版では、エレノア・パウエルの演ずる主人公がブロードウェイでの成功を目指す物語になっている。

     1940年版では、フレッド・アステアの演ずる人物がブロードウェイでの成功を目指す物語になっている。

    1936年版からの変化

     映画「ブロードウェイ・メロディー」はブロードウェイでの成功を目指す人物の物語であることは変わらないが、1936年版から1929年版と変わったところがある。

     1929年の映画「ブロードウェイ・メロディー」では、成功の表側の明るいところより、裏側の暗いところに重きを置いていた。

     それに対して、1936年版では、成功の裏側の暗いところより、むしろ成功の表側の明るいところに重きを置いている。

     1936年版からエレノア・パウエルが主役となったことは、その変化と関係がある。

     エレノア・パウエルは一人でこの映画のトリを飾ることができる華と技を備えている。

     成功を目指している役でも、スターとして成功している華と技を見せることができる。

     1929年版の主人公の姉妹は、エレノア・パウエルのような抜群の華も技も持っていない。

     姉が落とされて妹が選ばれたのは立っている姿が美しいということによってであった。

     1929年版では主人公姉妹が舞台でパフォーマンスを披露するところはそれほど多くない。舞台裏に重きが置かれている。最後もそうである。

     1936年版では主人公のエレノア・パウエルは舞台でもパフォーマンスを披露するが、舞台に上がる前にもパフォーマンスを披露する。その他の人のパフォーマンスも多い。

     1929年版では成功までの道の遠さ厳しさが描かれる。

     1936年版では成功までの道の厳しさはそれほど描かれない。

    1938年版

     1938年版もエレノア・パウエルが主役であって、成功の裏側の暗い物語ではない。

     そもそも1938年版では、エレノア・パウエルの演ずる人物がブロードウェイでスターになることを目指す気持ちはそれほど強く描かれていない。

     もともと馬のことを思う人物として出て来たのでもある。

     主役の成り上がり物語の他に馬の話もある。

     主役とあまり関係のないジュディ・ガーランドなどの話もある。

     主役がブロードウェイでスターになるという物語が全体の中で占める割合は小さくなっている。

    1940年版

     1940年版では、フレッド・アステアがブロードウェイでスターになろうとする役になっている。

     エレノア・パウエルはすでにスターになっている役である。

     フレッド・アステアもこれからスターになろうとする役でありながら、すでにスターとして備えている華と技を見せている。

     1940年版では主人公の問題は、成功できないことより、エレノア・パウエルと共演できないことにあるようである。

    「雨に唄えば」

     「雨に唄えば」の劇中劇ではジーン・ケリーの演ずる人物がブロードウェイで成り上がろうという物語になっている。

     挫折も描かれているが、その後も明るくなる。

    恋愛

     映画「ブロードウェイ・メロディー」の中で描かれる恋愛の変遷について考える。

     映画「ブロードウェイ・メロディー」では主人公のブロードウェイでの成功と恋愛での成功とは重なるところがある。

    1929年版

     1929年版では、主人公の姉妹の間で恋愛は苦しい問題となっている。妹がブロードウェイでの成功し恋愛でも成功したのに対して、姉はどちらもうまくいかないという苦しい結末になっている。

    1936年版、1938年版

     1936年版、1938年版ではエレノア・パウエルとロバート・テイラーとの恋愛が描かれている。その恋愛は舞台と関係がある。いずれも障害があるがそれほど深刻ではない。

    1940年版

     1940年版ではフレッド・アステアとエレノア・パウエルの恋愛が描かれる。その恋愛は舞台でパートナーとなることと関係がある。

     ジョージ・マーフィーが間に入って苦しくなるところは1929年版と似ているようでもある。恋愛感情を隠し持つというところは同じ。

     しかしジョージ・マーフィーが悪いので1929年版ほど苦しくはない。(1929年版では姉は悪くない)

     最後も1929年版より後味悪くない。

    「雨に唄えば」

     「雨に唄えば」の劇中劇では、ジーン・ケリーがシド・チャリースに惹かれるが、結局痛い目に遭う。厳しいといえば厳しいが様式化されていて、すぐに立ち直るのでそれほど厳しい感じはない。

    楽曲

    1929年版

     1929年版の映画「ブロードウェイ・メロディー」では、楽曲「ブロードウェイ・メロディー」が話の中心になっていた。

     楽曲「ブロードウェイ・メロディー」はその後の映画「ブロードウェイ・メロディー」でも使われている。

    1936年版

     ただし1936年版では新たに作られた「ブロードウェイ・リズム」という楽曲の方が重要になっている。

     楽曲「ブロードウェイ・メロディー」には、離れたブロードウェイを歌っているような抒情的なところがあるのに対して、楽曲「ブロードウェイ・リズム」は今を楽しむような感じがある。

    1938年版

     1938年版では、そのように中心になる楽曲はない。ビゼーの「カルメン」から始まったりしている。

     1938年版までアーサー・フリード作詞、ナシオ・ハーブ・ブラウン作曲の楽曲が中心となっていた。

    1940年版

     1940年版では、コール・ポーターの作詞作曲した楽曲が使われている。

    「雨に唄えば」

     「雨に唄えば」の劇中劇は「ブロードウェイ・メロディー」と言われているが、楽曲としては「ブロードウェイ・メロディー」より「ブロードウェイ・リズム」の方が多く使われている。

  • 映画「踊るニューヨーク」 フレッド・アステアとエレノア・パウエル

    映画「踊るニューヨーク」 フレッド・アステアとエレノア・パウエル

     映画「踊るニューヨーク」(原題は “Broadway Melody 1940” )は、1940年に公開された映画。

     フレッド・アステアは1933年から1939まで、RKOでジンジャー・ロジャーズと共演した映画を連発していたが、そのRKOから離れ、ジンジャー・ロジャーズからも離れて、MGMで出演したのがこの映画「踊るニューヨーク」。

     それまでRKOのスターであったフレッド・アステアが、MGMのスターであったエレノア・パウエル(Eleanor Powell)と競演した映画である。


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    映画「踊るニューヨーク」のあらすじ

     ジョニー(フレッド・アステア)はキング(ジョージ・マーフィー)と組んでダンスを踊っていた。

     ところでジョニーはひそかにクレア(エレノア・パウエル)というダンスのスターを愛していた。

     たまたまクレアのダンス・パートナーを探していたケイシー(フランク・モーガン)が、ジョニーのダンスをみてジョニーをクレアの相手役にしようと考えていた。

     ところが誤解によって、ジョニーではなくキングがクレアの相手役とされることになった…。

    映画「踊るニューヨーク」のみどころ

    ダンス

     映画「踊るニューヨーク」のみどころは、RKOのスターであったフレッド・アステアと、MGMのスターであったエレノア・パウエルの競演である。

    ジュークボックス・ダンス

     二人で踊るのは、映画後半。

     一回目はジュークボックスの音楽に乗ったダンス。

     ランチの後、ダンスのやり方について話しながら互いにダンスをやり合っていると、店長が気を利かしてジュークボックスの音楽を流す。その音楽に乗って二人でタップダンスを始める。

     気軽な感じで始めて、二人で技巧を凝らしたタップダンスを楽しそうに踊っているところは見ごたえがある。

    ビギン・ザ・ビギン

     終盤、コール・ポーターの名曲「ビギン・ザ・ビギン」(”Begin the Beguine”)に合わせた大がかりなダンスがある。

     その中でも最後にフレッド・アステアとエレノア・パウエルが笑顔で出て来て二人で技巧を凝らしたタップダンスを踊るところは、高く評価されている。

    フレッド・アステアとエレノア・パウエルのダンス

     エレノア・パウエルはジンジャー・ロジャーズなどとは違う類のダンサーである。

     フレッド・アステアが腰に手をまわしても、背筋が非常にしっかりしていて、フレッド・アステアの腕に包まれたようにならず、ジンジャー・ロジャーズなどのように「ロマンティック」にならない。

     フレッド・アステアも次のように語っている。

    She “put ‘em down” like a man, no ricky-ticky-sissy stuff with Ellie.

    Steps in Times, p.242

    Steps in Time: An Autobiography

     日本語版。

    彼女は男のようにまわりを圧倒する。めめしいところがまったくない。

    「フレッド・アステア自伝」、314頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     そういうエレノア・パウエルとフレッド・アステアのダンスは、二人が張り合うようなものになっている。

    フレッド・アステア一人のダンス

     フレッド・アステアが一人で踊るところもある。

     エレノア・パウエルの演ずる人物に対するひそかな想いを、 “I’ve Got My Eyes on You” を歌ってから、エレノア・パウエルの写真を持って踊る、というかたちで表現している。

    その他

     ジョージ・マーフィーも、フレッド・アステアと、あるいはエレノア・パウエルと、あるいは三人で多く踊っている。

    映像美

     映画「踊るニューヨーク」は背景の美術が凝っている。

     白黒であるが、白黒が豪華に見えるように作られている。

     フレッド・アステアによると、はじめカラーで作られることになっていたが、時勢のために白黒で撮ることになったようである。

    It was my understanding originally that Broadway Melody would be made in color, and now I was informed that owing to the ominous state of world affairs, it would not.

    Steps in Time, p.241

    Steps in Time: An Autobiography

     日本語版。

    私の元々の理解では、『踊るニューヨーク』はカラーで撮られるとのことだったのだが、険悪な世界情勢を考えてそうしないことになったと聞かされた。

    「フレッド・アステア自伝」、313頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     カラーでやるつもりであったのができなくなって、白黒に力を入れたのであろうか。

    ストーリー

     フレッド・アステアの演ずる人物がエレノア・パウエルの演ずる人物のことを心から愛していて、しかしその気持ちを隠しているという話は面白い。

     しかしそういう話にするために、ジョージ・マーフィーの演ずる人物は悪者にされてしまって、かわいそうでもある。

    ブロードウェイ・メロディー

     原題 “Broadway Melody 1940” (「ブロードウェイ・メロディー」1940年版)が示しているように、MGMの「ブロードウェイ・メロディー」シリーズの1940年版。

     エレノア・パウエルは1936年版、1938年版、そしてこの1940年版と続けて出ているが、それまで成り上がる役であったのが、1940年版ではスターの側になっている。

     1938年版では、ジョージ・マーフィーはエレノア・パウエルと仲のいい役であったが、1940年版では、叱られる役になっている。

     1940年版はフレッド・アステアが加わったことによって、1936年版、1938年版とは違う感じの作品になっている。

    「踊るニューヨーク」の裏側

     「踊るニューヨーク」についてのフレッド・アステアの言葉はフレッド・アステアの自伝にある。


    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     ボブ・トーマス著「アステア ザ・ダンサー」にはエレノア・パウエルの言葉がある。


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  • フレッド・アステアの「コンチネンタル」と「トップ・ハット」の比較

    フレッド・アステアの「コンチネンタル」と「トップ・ハット」の比較

     フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが共演した映画で「コンチネンタル」と「トップ・ハット」はいずれも高く評価されている。

     二つの映画には、似たところがあるが、違うところもある。

     その違うところは、アメリカ映画の歴史と関わる。


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    「コンチネンタル」と「トップ・ハット」

     「コンチネンタル」(原題は “The Gay Devorcee” )は1934年に公開された。


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     フレッド・アステアが初めて主演をやった映画である。

     「トップ・ハット」(原題は “Top Hat” )は1935年に公開された。

     「コンチネンタル」が大ヒットして、「トップ・ハット」が作られたのである。


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     「トップ・ハット」はさらに売れてフレッド・アステアの代表作となった。

    似ているところ

     「トップハット」は、作品の構成が「コンチネンタル」と似ている。

     まず話が似ている。

    ・フレッド・アステアの演ずる人物が、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物に対して恋愛感情を抱いて追いかける。

    ・ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は逃げる。

    ・二人の間には誤解がある。

    「ロマンティック」なダンス

     二人の恋愛感情は「ロマンティック」なダンスによって高まる。―「コンチネンタル」では「夜と昼」、「トップ・ハット」では「チーク・トゥ・チーク」。

     そのダンスの時には、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物はフレッド・アステアの演ずる人物と結ばれることはできないと思っていて、それゆえにダンスを拒もうとする。

     それにもかかわらず、「ロマンティック」なダンスによって、酔ったような気持ちになる。

     そこでは結ばれてはならないという気持ちと、結ばれたいという気持ちとが入り混じる。

     しかしダンスが終わった時点でも、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物に心を許していない。

    大勢で踊るダンス

     大勢の男女とともに楽しく盛り上がるダンスがあることも同じ。―「コンチネンタル」では「コンチネンタル」、「トップ・ハット」では「ピッコリーノ」。

    違うところ

     二つの映画には違うところもある。

    フレッド・アステアのキャラクター

     「トップ・ハット」は、フレッド・アステアのために作られている。

     フレッド・アステアの素質をのばすかたちで新たなキャラクターが作られた。―トップ・ハット、白の蝶ネクタイ、燕尾服の姿で、気楽で愛想がいいキャラクターである。

     逆に言うと、「コンチネンタル」ではまだ「トップ・ハット」のようなキャラクターはできていなかった。

     「トップ・ハット」でできたフレッド・アステアのキャラクターと関連して、「トップ・ハット」は全体として「コンチネンタル」より浮世離れした映画となっている。

    男女関係の描き方

     「トップ・ハット」と「コンチネンタル」とでは男女関係の描き方が違う。

     たとえば、「コンチネンタル」で、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが「夜と昼」を踊った後、ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物がフレッド・アステアの演ずる人物に、深夜にホテルの部屋で待っていると言うところがある。

     ジンジャー・ロジャーズの演ずる人物は、ある仕事をする男性を待っていて、フレッド・アステアの演ずる人物がその男性だと思い込んで、そう言ったのである。

     しかしフレッド・アステアの演ずる人物はその男性ではなく、どういう意味でそう言われたのか知らない。

     そこで相手が言ったことを、その意図とは違う意味で受け取って、動揺している。

     「コンチネンタル」にはそのようにきわどい笑いがある。

     「トップ・ハット」ではそういうことはなくなっている。

    離婚を主題とすること

    「コンチネンタル」の題名

     「コンチネンタル」の原題は”Gay Devorcee”(陽気な離婚者)である。

     離婚ということがタイトルに入っている。

     「コンチネンタル」はヒロインが離婚するところを描くものである。

     そういうことも「コンチネンタル」と「トップ・ハット」の違うところである。

     「トップ・ハット」では、ヒロインはまだ結婚したことのない女性である。

    題名の変遷

     「コンチネンタル」は「陽気な離婚」( “Gay Devorce” )というブロードウェイのミュージカルをもとにして作られたものである。

     その時にタイトルを「陽気な離婚者」(原題は “Gay Devorcee” )とした。

     そのことについてフレッド・アステアは自伝において、監督マイケル・サンドリッチから次のように聞いたと記している。

    Mark Sandrich explained that they thought it was a more attractive-sounding centered around a girl.

    Steps in Time, p.198

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     日本語版では次のように訳されている。

    そのほうがもっと魅力的な、主役の女性に焦点を絞った題名になると考えられたのだとマーク・サンドリッチは説明した。

    「フレッド・アステア自伝」、263頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     「陽気な離婚」が「陽気な離婚者」と変えられたのは検閲によるとも言われている。

     離婚する人が陽気であってもいいが、離婚が陽気であってはいけないという倫理観にもとづく検閲のために、「陽気な離婚」を「陽気な離婚者」に変えたというのである。

     いずれにせよ、映画化する時に、「陽気な離婚」という題名はいけないという倫理観に合う変更が行われたのである。

    ヘイズ・コード

     アメリカでは1934年7月から「ヘイズ・コード」と呼ばれる基準のもとで映画は作られることになった。

     「コンチネンタル」が公開されたのは1934年10月である。

     「コンチネンタル」はちょうど「ヘイズ・コード」が出来た時に作られていたのである。

     そこでブロードウェイのミュージカル「陽気な離婚」から、映画「陽気な離婚者」への変更があった。

     その次の年の「トップ・ハット」は「ヘイズ・コード」の下で作られて、「陽気な離婚者」にあった様々な要素がなくなって、違う要素が加わった。

     「ヘイズ・コード」はそれから1968年までアメリカの映画を制約することになった。

     「ヘイズ・コード」の下でアメリカ映画は、一定の倫理観によって制約された独特の性格をもったものとなった。

     「コンチネンタル」から「トップ・ハット」に至るまでにできたフレッド・アステアのキャラクターは、その制約に合うものであった。

     フレッド・アステアが恋愛を主題とした映画の主演を繰り返し務めながら、相手の女優とキスをしない俳優として有名であったこともそのことと関係がある。

     それでもダンスで十分に表現することができたので、よかったのである。

     ヒロインのキャラクターも変わっている。

     「コンチネンタル」はヒロインが離婚する話であって、ヒロインは映画が始まった時点ですでに結婚している。

     すでに結婚している女性である。

     「トップ・ハット」のヒロインはまだ結婚したことのない女性である。

     そういう方向に進んだのである。


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  • 映画「トップ・ハット」 フレッド・アステアの代表作

    映画「トップ・ハット」 フレッド・アステアの代表作

     1935年に公開された映画「トップ・ハット」(原題は “Top Hat” )は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが共演した一連の映画の中でも特にすぐれたものとされている。

     この映画によってフレッド・アステアは、トップ・ハット、白の蝶ネクタイ、燕尾服の姿と決定的にむすびつけられることになった。


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    映画「トップ・ハット」のあらすじ

     ダンサーのジェリー(フレッド・アステア)は、たまたまホテルの下の部屋に泊まっていた若い女性デール(ジンジャー・ロジャーズ)と出会った。

     それからジェリーはデールを追う。デールは逃げるが、雨の中のあずまやで意気投合する。

     ところがデールはジェリーを友人の夫と誤解した。―友人の夫に誘惑されたと誤解した。

     デールはジェリーを避けるようになった。

    映画「トップ・ハット」のみどころ

     映画「トップ・ハット」には、アーヴィング・バーリンがこの映画のために作って名曲となった楽曲が多い。

     その楽曲にフレッド・アステア一人、あるいはジンジャー・ロジャーズと二人のすぐれたダンスがつけられている。

     ”No Strings” でフレッド・アステアがタップダンスを踊りまくるところも面白いが、その後に、灰を床にまいてその上でやさしいダンスを踊って人を眠らせるところは着想が面白い。

     雨の中のあずまやでフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが踊る “Isn’t This a Lovely Day?” は、二人が動きを合わせて楽しい感じ。

     フレッド・アステアが舞台でやる “Top Hat, White Tie and Tails” (トップ・ハット、白の蝶ネクタイ、燕尾服)は、フレッド・アステアがその姿について歌うところも見どころであるが、その後の、大勢の男性を後ろに従えたダンス、ソロダンス、そして、タップダンスで銃撃を表現するという奇抜な着想のダンスもみどころ。

     フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが二人で踊る “Cheek to Cheek” は、二人の「ロマンティック」なダンスの頂点のひとつ。

     最後にジンジャー・ロジャーズが歌い、ヴェネツィアの運河を背景に大勢の男女が踊る “The Piccolino” は、華やかな群舞で皆が盛り上がる。

    極楽でのトラブル

     映画「トップ・ハット」は、エルンスト・ルビッチ監督の「極楽特急」(原題は “Trouble in Paradise” )に通ずるところがある。

     「極楽特急」はそのタイトルの通り、極楽でのトラブル( “Trouble in Paradise” )を描いているが、「トップ・ハット」も極楽でのトラブルを描いているということである。

     映画の中では、経済的な制約のない豪華な生活が描かれている。―高級ホテルとか、リゾート地(ヴェネツィア)とかが描かれている。

     1929年に世界恐慌が起こっていたということに注意。

     小津安二郎はこの時代のアメリカ映画の主流は「ソフィスティケーション映画」であったと語っている。

     どちらの映画でも、エドワード・エヴェレット・ホートンが重要な役を演じている。

    フレッド・アステアのイメージ

     映画「トップ・ハット」の、下界のことに縛られない極楽の世界を最も表現しているのがフレッド・アステアである。

     トップ・ハット、白の蝶ネクタイ、燕尾服という夜の正礼装もその極楽を表現するものである。

     気楽な、愛想のいい性格もその極楽を表現するものである。

      “No Strings” でフレッド・アステアはその縛られない自由を歌っている。

     その極楽で重要な問題は恋愛である。

     その恋愛がまたフレッド・アステア(とジンジャー・ロジャーズ)のダンスによって極楽のように表現される。

     床に灰を撒いてその上で踊るダンスとか、

     フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが二人で踊る “Cheek to Cheek” とか。

     「コンチネンタル」との比較↓

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  • 映画「街角 桃色の店」

    映画「街角 桃色の店」

     映画「街角 桃色の店」(原題は “The Shop Around the Corner” )は1940年に公開された映画。

     アメリカの映画の歴史の中でロマンティック・コメディーの代表的な作品のひとつ。

     後に同じ話をもとにした映画が作られた。―1949年に「グッド・オールド・サマータイム」、1998年に「ユー・ガット・メール」。いずれもヒットした。


    街角 桃色の店(字幕版)

    映画「街角 桃色の店」のあらすじ

     ハンガリーの話。

     クラリック(ジェームズ・スチュアート)の勤める雑貨店に、ある日、若い女性クララ(マーガレット・サラヴァン)が職を求めてやってきた。

     クララもその店で働くことになったが、クラリックとは仲が良くならない。

     ところでクラリックは女性と文通していて、その女性との結婚を考えていた。

     そしてついにその文通相手とカフェで会うことになった。

    映画「街角 桃色の店」のみどころ

    ストーリー

     映画「街角 桃色の店」では、それぞれの人物の思いのすれ違いがうまく描かれている。

     すれ違いは恋愛喜劇で重要なところ。

     文通という設定がすれ違いを生んでいる。

     文通して意気投合しているがまだ相手の顔を見たことがない、ということによってすれ違いができるわけである。

    細部

     映画「街角 桃色の店」では、個々のセリフに気が使われていて、面白いところが多い。

     若いジェームズ・スチュアートの演技もいいが、その相手のマーガレット・サラヴァンの演技もいい。

     マーガレット・サラヴァンは映画より舞台に多く出ていた人。

    政治的な面

     映画「街角 桃色の店」では、主人公はその働く店の中での政治的な関係が重要な意味をもっている。

     店主との関係、親しくしている店員、対立している店員との関係…。

    リメイク

     映画「街角 桃色の店」はミクロス・ラズロ(Miklós László)の戯曲「香水店」(1937年初演)をもとにして作られた。

     ミクロス・ラズロはハンガリー出身で、1938年に米国に渡った人。

     「香水店」―「街角 桃色の店」の話は、その後に繰り返し映画化された。

     まず1949年の「グッド・オールド・サマータイム」。ジュディ・ガーランド主演で、ミュージカルになっている。


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     1998年の「ユー・ガット・メール」。ノーラ・エフロン監督・脚本で、メグ・ライアンとトム・ハンクスの共演。


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     その間の1963年にブロードウェイで “She Loves Me” というミュージカルが作られて、これまた成功している。

     それぞれの作り手、演者がよくて、時代に合っていたのであろうが、もとになった「香水店」という戯曲にそれだけの力があったのでもあろう。

     映画「街角 桃色の店」と、その後の映画によって、ミクロス・ラズロの戯曲は、アメリカのロマンティック・コメディーの歴史の中で重要なものとなっているわけである。

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  • 映画「グッド・オールド・サマータイム」 「桃色の店」のミュージカル版

    映画「グッド・オールド・サマータイム」 「桃色の店」のミュージカル版

     映画「グッド・オールド・サマータイム」(原題は “In the Good Old Summertime” )は1949年に公開された映画。

     エルンスト・ルビッチ監督の映画「街角 桃色の店」(原題は “The Shop Around the Corner” 、1940年公開)と同じ舞台劇をもとにしている。

     ジュディ・ガーランドのMGMで主演したミュージカル映画の一つである。


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    映画「グッド・オールド・サマータイム」のあらすじ

     1900年前後のゆったりしたシカゴの話。

     アンドリュー・ラーキン(ヴァン・ジョンソン)は、楽器と楽譜の店で働いていた。

     ある日、その店にヴェロニカ・フィッシャー(ジュディ・ガーランド)が仕事を求めてやってきた。

     二人はともに働くことになったが、言い争いばかりしていた。

     ところで二人はそれぞれ文通している相手がいた。

     その相手は、実は店で言い争いしている相手であった。

    「街角 桃色の店」との違い

     映画「グッド・オールド・サマータイム」の話は大体において「街角 桃色の店」と同じ。

     同じセリフを使っているところも少なくない。

     しかしまた違うところも多い。

     「街角 桃色の店」では、店員に対する店主の抑圧が強くて、そのことによって映画の多くの部分に緊迫感が生じていた。

     「グッド・オールド・サマータイム」では、店員に対する店主の抑圧はそれほど強くない。そのことによって「街角 桃色の店」ほど厳しい感じではなくなっている。

    ミュージカル映画

     映画「グッド・オールド・サマータイム」は「街角 桃色の店」と違ってミュージカル映画である。

    「グッド・オールド・サマータイム」

     タイトルの「グッド・オールド・サマータイム」は、映画の中ではじめに演奏される楽曲「イン・ザ・グッド・オールド・サマータイム」(原題は “In the Good Old Summertime” )から来ている。


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     映画は夏にはじまってクリスマスでクライマックスを迎える。

     夏だけの話ではなく、むしろクリスマスの方が重要である。

    楽器と楽譜の店

     二人が働く店は、「街角 桃色の店」と違って楽器と楽譜の店になっている。

     その設定によって、ジュディ・ガーランドが歌を歌う場面ができる。

     楽器を買いに来た客、楽譜を買いに来た客に対して、ジュディ・ガーランドが歌って見せて、楽器、楽譜を買わせるのである。

     ハープを弾きながら “Meet Me Tonight in Dreamland” を歌うところなど。

     その他にも催しものとしてジュディ・ガーランドが “I Don’t Care” などを歌い踊るところがある。

    ヴァイオリン

     ストーリーの中で大きな問題は、「街角 桃色の店」と違って、ヴァイオリンをめぐって起こる。

    バスター・キートン

     映画「グッド・オールド・サマータイム」の見どころのひとつは、バスター・キートンである。

     バスター・キートンは1920年代にサイレント映画のコメディーでチャップリンと並び称された人であるが、映画がトーキーになって人気がなくなったと言われている。

     映画「グッド・オールド・サマータイム」には、そのバスター・キートンが比較的に重要な役で出ている。

     この映画のバスター・キートンは1920年代の映画で演じていたキャラクターと同じようなキャラクターを演じているように見える。

     映画の中で大きな事件を起こすところなど、まさに1920年代のバスター・キートンのようである。

     1920年代のスター、バスター・キートンと、1940年代のスター、ジュディ・ガーランドが共演してからんでいるところは興味深い。

    ライザ・ミネリ

     映画「グッド・オールド・サマータイム」は、ジュディ・ガーランドの娘ライザ・ミネリが初めて出演した映画でもある。

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  • 「いちごブロンド」と「或る日曜日の午後」

    「いちごブロンド」と「或る日曜日の午後」

     1941年に公開された映画「いちごブロンド」は、ジェームズ・キャグニー主演、ラオール・ウォルシュ監督のロマンティック・コメディーの名作。


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     「いちごブロンド」は、1933年のブロードウェイの舞台劇「或る日曜日の午後」をもとにして作られている。

     1933年には、同じ舞台劇をもとにして、「或る日曜日の午後」と題する映画が公開されている。

     主役はゲーリー・クーパー。


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     その二つの映画を比較してみよう。

    同じところ

     話の大きな流れは同じ。

    ・或る日曜日、歯科医ビフのもとに、ヒューゴが虫歯の治療をもとめてやってくるところから始まる。

    ・そこでビフは、好きだったヴァージニアをヒューゴに奪われたことを思い起こす。―その回想の場面が繰り広げられる。

    ・虫歯の治療をもとめてきたヒューゴに麻酔をかけている時に殺そうかとビフは考える。

     その間の様々の出来事の流れも大体において同じ。

    違うところ

     二つの映画には大きく異なるところがある。

     二つの映画から受ける感じは大きく異なる。

    コメディーか否か

     まずコメディーか否かということで違う。

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」はロマンティック・コメディーである。―明るく楽しい。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」はコメディーではない。

     「或る日曜日の午後」では、コメディーの要素は主人公ビフの友人(ロスコ―・カーンズ、「いちごブロンド」でギリシャ人の友人にあたる人物)ひとりだけ。

    主人公のキャラクター

     二つの映画の主人公の感じは異なる。

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」の主人公(ジェームズ・キャグニー)は、自分の信念、正義感にもとづいて動いている。

     それゆえに観客は共感できる。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」の主人公(ゲーリー・クーパー)は自分勝手に動いている。

     それゆえに観客は共感しがたい。

    ヴァージニアに対する主人公の態度

     それぞれの映画の主人公の性格の違いは、ヴァージニアに対する態度にも現れている。

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」の主人公は、ヴァージニアに自分の理想をみていた。

     これも観客が共感できるところ。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」の主人公も、はじめからヴァージニアに対して好意をもっていたことになっているが、「いちごブロンド」の主人公ほど純粋に見えない。

     「或る日曜日の午後」では、ヴァージニアはビフに会う前からビフに対して悪い印象を持っていたことになっている。そのヴァージニアに対してビフが当然自分のものになるべきだと考えているかのように動いていることは、自分勝手に見える。

    初見

     ビフとヒューゴがはじめてヴァージニアとエイミーと出会った時のことは、二つの映画で違う。

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」では、ヒューゴ―は強引にヴァージニアと一緒になった。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」では、ビフが強引にヴァージニアと一緒になっている。ヴァージニアは迷惑そうにしている。

     「或る日曜日の午後」ではその後、ビフが豚を追いかける競技をやっている時に、ヒューゴがヴァージニアを連れてどこかに行ったことになっている。

     ビフは裏切られたと怒っているが、そもそもヒューゴはヴァージニアに会いに、ヴァージニアはヒューゴに会いに来たのに、ビフが割り込んでいるのであるから、二人だけになってもそれほど悪いとは思われない。

    プレゼント

     女性が誰からかわからないようにして出したプレゼントを男性が選ぶという催しは、「或る日曜日の午後」にあるが、「いちごブロンド」にはない。

     「或る日曜日の午後」では、ビフが来る前にヴァージニアがヒューゴに自分のプレゼントを教えたが、その後に来たビフがそのことをエイミーから聞き出して、自分がヴァージニアのプレゼントをとっている。

     ここでもヴァージニアとヒューゴが相思相愛であるのに、ビフが割り込んでいるように見える。

     ついでに、その前後でビフが喧嘩しているところも、ビフという人物の暴力的な暗い面を現わすことのように見える。

     「いちごブロンド」の主人公も喧嘩っ早いキャラクターであったが、そのことはコミカルに表現されている。

    結婚

     ビフとヴァージニアがデートを約束した時間に、ヴァージニアがヒューゴと結婚していた、ということは二つの映画で同じであるが、かたちが違う。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」でビフがヴァージニアに水曜夜8時に会う約束をしているところは、自分勝手に見える。

    ・そもそもヴァージニアはヒューゴに好意を持っていて、ビフには持っていなかった。

    ・その上にプレゼントのことでは、ビフが割り込んだことに対する反感があった。

    ・その上にビフが喧嘩して店から追い出されることになって、ヴァージニアからもう二度と会いたくないと言われた。

     そういう状況で、ヴァージニアの答えを聞かずに、水曜夜8時に待っていると言って去ることは、自分勝手に見える。

     ヴァージニアがビフの待っているところに行かなくてもそれほど悪いとは思えない。

     あの話の流れでは、ヒューゴがヴァージニアを奪ったということにはならないのではないか?

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」では、はじめにビフとした約束をヴァージニアが忘れていて、もう一度約束をしたのにすっぽかされたかたちになっている。

     ヴァージニアが悪くて、ビフが可哀想な話。

    エイミーに対する主人公の態度

     それぞれの映画の主人公の性格の違いは、エイミーに対する態度にも現れている。

    はじめの設定

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」では、エイミーとビフは次第に親しくなっていく。

     エイミーは、はじめからビフに好意を寄せていたのではない。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」では、エイミーは劇が始まるより前の学生時代からビフに対して好意を寄せていたことになっている。

     エイミーは、はじめからずっとビフのことが好きなのである。

     ところがビフはそういうエイミーを前にしながら、ヴァージニアばかりを気にして、エイミーをかえりみない。

     そういうエイミーのかわいそうなことが繰り返される。

     エイミーがはじめからビフに対して好意を寄せているゆえに、ビフがエイミーをかえりみないことがかわいそうに見えるのである。

     「いちごブロンド」では、そういうことがないゆえに、かわいそうということもない。

     ビフがエイミーではなくヴァージニアが好きだということは、ビフの自由である。しかし「或る日曜日の午後」では、ビフが自分に対して好意を寄せていると知っているエイミーに対して気を遣わずに振舞っているように見える。

    結婚

     約束の時間に、ヴァージニアはヒューゴと結婚していて、ビフのところに来ず、その代わりにきたエイミーとビフは結婚することになった。

    「或る日曜日の午後」

     「或る日曜日の午後」では、ビフはただエイミーの語ったことに乗っただけのように見える。

     ヴァージニアが失われたところに、エイミーが婚約してもいいと言ったので、代わりにエイミーにおさまったのである。

     はじめからエイミーがビフに好意を寄せてきたという設定があるので、エイミーがここでビフと結婚してもいいということは自然である。

     しかしその結婚は、それまでのエイミーの気持ちに、ビフがしかたなく乗ったというかたちであるから、両者とも盛り上がらない。

    「いちごブロンド」

     「いちごブロンド」でも、ビフの本命はヴァージニアで、ヴァージニアがヒューゴに奪われたゆえに、本命ではないエイミーと結婚した、ということは同じ。

     ただし「或る日曜日の午後」と違って、ビフとエイミーの結婚には盛り上がりがある。

    ・「いちごブロンド」のエイミーはもともとビフに好意を寄せていたということはない。

    ・この時点でエイミーは、ビフが恥をかかないように嘘をつくくらい、ビフと親しくなっていた。

    ・ビフはヴァージニアを失って、それまで自由思想家として振舞っていたエイミーによって欲求不満を処理しようとした。そこでエイミーは自由思想家ではない自分の孤独な本音を見せた。それに対してビフがやさしさを見せた。

     このように盛り上がって二人は結婚したのである。

    まとめ

     「いちごブロンド」の主人公は共感しやすいが、「或る日曜日の午後」の主人公は共感しにくい。

     「或る日曜日の午後」では、そういう共感しにくい主人公が次々と対立を起こしていく。―主人公に対してよく思っていないヴァージニアを自分のものにしようとして、ヴァージニアの反感を買っていく。主人公に対して好意を寄せているエイミーを繰り返し傷つく。

     「いちごブロンド」の主人公は共感しやすい。―ヴァージニアはそういう主人公をだます。エイミーは、はじめからビフが好きということはないので、「或る日曜日の午後」ほど傷つくこともない。

     もともとこの話は、遠くの理想にあこがれていたのが、近くの幸福を尊重するに至るという話である。

     成長の物語ということもできる。

     「或る日曜日の午後」では、主人公の成長は終盤にあって、それまで主人公は共感しにくいキャラクターのままである。

     「いちごブロンド」では、主人公は不器用ではあるが、はじめから自分の信念をもった人物である。すでに成長しているということもできる。

     「いちごブロンド」は売れた。

     「或る日曜日の午後」は売れなかったと言われている。

     「或る日曜日の午後」のような暗い作品より、「いちごブロンド」のような明るい作品の方が売れるということであろうか?

     「或る日曜日の午後」は、ゲーリー・クーパーの作品としては珍しく売れなかったと言われている。

     ゲーリー・クーパーの主演した映画で、これほどゲーリー・クーパーの演じた人物が共感しにくい人物になっていることは珍しいのではないか。

    DVD

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  • 映画「いちごブロンド」 ジェームズ・キャグニーのロマンティック・コメディー

    映画「いちごブロンド」 ジェームズ・キャグニーのロマンティック・コメディー

     「いちごブロンド」(原題は “The Strawberry Blonde” )は、1941年に公開された映画。

     ギャング映画のスター、ジェームズ・キャグニーのロマンティック・コメディーの傑作。

     「いちごブロンド」=「ストロベリー・ブロンド」とは、赤みがかったブロンドの髪のこと。

     劇中の女性が「いちごブロンド」とよばれていて、そういう歌もある。


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    映画「いちごブロンド」の話

     1890年代の話。

     ある日曜日、歯科医ビフ(ジェームズ・キャグニー)のところに市会議員のヒューゴ(ジャック・カースン)が虫歯の治療をもとめる電話をかけてきた。

     ビフは、この10年の間にヒューゴから色々としてやられていた。

     10年前、ビフは、多くの人に「いちごブロンド」と呼ばれて称賛されていたヴァージニア(リタ・ヘイワ―ス)という美女が好きであった。

     ところがヴァージニアはヒューゴにとられて、ビフには、ヴァージニアが連れてきたエイミー(オリヴィア・デ・ハビラント)があてがわれた。

     それからビフは色々とヒューゴに踏みつけにされた。

     今、ヒューゴは歯科医がビフだと知らずに虫歯の治療をもとめてきた。

     ビフはどうするか?

    映画「いちごブロンド」の雰囲気

     映画「いちごブロンド」は、主人公がパートナーに踏みつけにされ、好きな女性を奪われるという話である。

     悲惨な話ということもできる。

     しかし映画は明るく楽しいものになっている。

     落ち込むところもあるが、暗くなりすぎない。

     細部が色々と面白い。

     しみじみするところもある。

    映画「いちごブロンド」の演者

     映画「いちごブロンド」の明るさ、楽しさは演者によるところが大きい。

    ジェームズ・キャグニー

     まず主役のビフを演ずるジェームズ・キャグニー。

     ジェームズ・キャグニーはギャング映画のスターであるが、この映画ではそのコミカルなところがよく出ている。

     冷酷非道に人を殺す役を多く演じている人が、この映画ではいつも喧嘩に負ける男を演じていることも面白いが、そういうキャラクターが合っていることも面白い。

     ヴァージニアとデートの約束をして、うれしくて側転して、ごみ箱に入ってしまうところなど面白い。

     この映画の主人公は、自分の信念を持っていて、正義感が強いが、不器用であって、いつも器用な人に踏み台にされる人物であるが、そういうキャラクターがジェームズ・キャグニーと絶妙に合っている。

    女優

     女優も豪華。

     主人公の理想の女性、「いちごブロンド」の表面のきれいなところも、裏側の利己的なところも、リタ・ヘイワ―スに合っている。

     「いちごブロンド」のあまりものとして主人公にあてがわれる女性をオリビア・デ・ハビラントがやっている。

     オリビア・デ・ハビラントは、エロール・フリンの相手役でお姫様役等を多くやって人気のあった女優で、「風と共に去りぬ」ではメラニーをやっている。

     そういう女優がこの映画ではあまりものの女性をやっているわけである。

     オリビア・デ・ハビラントは2020年に104歳で亡くなった。生まれたのは1916年、東京。

    https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-53546021

    敵役

     主人公の敵役をやっているジャック・カースンも、合っていると思う。

     ジャック・カースンには、コミカルなところ(「毒薬と老嬢」など)とジャイアンのようなところ(「スタア誕生」など)があるが、その両面を兼ね備えていることがこの映画のヒューゴという人物に合っている。

    その他

     陽気な父親をやっているアラン・ヘールも映画を明るくしている。

    映画「いちごブロンド」の音楽

     映画「いちごブロンド」では、はじめから次々と歌が流れる。

     歌詞に「いちごブロンド」という言葉が入っている “Band Played On” は、そのことでも、また劇中での使われ方でも、心に残る。

     映画が終わったところでまた “Band Played On” の歌詞が画面に出て、音楽が流れる。

     それに “Bill Bailey” 、”Meet Me in St. Louis, Louis” が続く。(後者を主題歌としたミュージカル映画「若草の頃」が公開されたのは1944年)

     その他にも心に残る歌が多い。

     ただし多くのミュージカル映画と違って、主役ががっつり歌うことはない。

     ジェームズ・キャグニーとリタ・ヘイワ―スが踊るところもある。しかし特にふたりの踊りを見せようとしていない。

     ジェームズ・キャグニーは次の年(1942年)の「ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ」でダンスを見せている。

     リタ・ヘイワ―スは1941年、42年にフレッド・アステアの相手役をやっていて、1944年にはジーン・ケリーの相手役をやっている。

     「いちごブロンド」の話では、ふたりがダンスのうまいところを見せる必要はないかもしれない。

    「或る日曜日の午後」

     「いちごブロンド」は、1933年のブロードウェイの舞台劇「或る日曜日の午後」をもとにして作られている。

     「いちごブロンド」の前に、1933年に同じく「或る日曜日の午後」をもとにした映画「或る日曜日の午後」が作られていた。

     1933年の「或る日曜日の午後」と1941年の「いちごブロンド」の比較↓

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  • 【考察】映画「バンド・ワゴン」とフレッド・アステアの関係

    【考察】映画「バンド・ワゴン」とフレッド・アステアの関係

     1953年に公開された映画「バンド・ワゴン」は、米国のミュージカル映画の名作とされている。

     映画の中で歌われた「ザッツ・エンタテインメント」は、1974年にMGMの創立50周年を記念してMGMミュージカルの名場面を集めた映画のタイトルにもなった。

     フレッド・アステアの映画としても傑作と言われている。

     映画「バンド・ワゴン」はフレッド・アステアにとってどういう意味をもっていたのか?


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    落ちぶれた主人公

    mobinovycによるPixabayからの画像

     映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアは、かつて映画スターとして人気があったが、今では人気がなくなってニューヨークの舞台での再起をはかる人物を演じている。

    ミュージカル映画の類型

     ミュージカル映画では、挫折した人物が舞台での再起を図るというストーリーは、必ずしも珍しいものではなかった。

    フレッド・アステアとの関係

     問題はフレッド・アステアがそういう役をやっていることである。

    ひっかかるところ

     フレッド・アステアがかつて映画スターであったが、今では人気がなくなった人物を演ずることは、映画の中のことにすぎない。ミュージカル・コメディ映画の中のことにすぎない。

     しかし映画の中だけのことであっても、フレッド・アステアはそういう人物として表現される。そのことはフレッド・アステアに重ねられる。

     フレッド・アステアは当時、映画「バンド・ワゴン」のようにMGMが力を入れた映画の主演をやるような立場にあった。映画「バンド・ワゴン」の主人公のように、映画をやめてニューヨークの舞台で再起を図るような立場にはなかった。

     それにもかかわらず、映画「バンド・ワゴン」の主人公のような人物を演じたのは何故か?

     フレッド・アステアはそれまでに多くのミュージカル映画で主演をやっているが、映画「バンド・ワゴン」のように、かつて人気があったのに今では人気がなくなっているという人物を演じたことはなかった。

     フレッド・アステアがそれまでそういう役を演じなかったことには意味があるのではないか?

     映画「バンド・ワゴン」においてそういう役を演じていることには意味があるのではないか?

    トップハットと杖

     映画「バンド・ワゴン」における主人公の落ちぶれたさまの描き方も気になる。

     映画のはじめ、タイトルバックにトップハットと杖と手袋が置かれている。

     話が始まると、そのトップハット、杖、手袋は競売にかけられている。

     フレッド・アステアの演ずる人物がかつて人気のあった映画でつかっていたトップハットや杖を売りに出していたのである。

     ところが値を下げてもそのトップハットや杖は売れない。

     フレッド・アステアの演ずる人物が、かつては人気ある映画スターであったが、今では人気がなくなっている、ということを表現しているわけである。

     気になるのは、トップハットや杖はフレッド・アステア自身を象徴するものでもあるということである。

     フレッド・アステアは代表作「トップ・ハット」(1935年)をはじめとして、トップハットに杖という姿をその代表的な姿としていた。

     一度目の引退作「ブルー・スカイ」(1946年)での最後のダンス “Puttin’ on the Ritz” もトップハットに杖という姿であった。

     映画「バンド・ワゴン」の主人公の過去のトップハットや杖が売れないほど人気がなくなっているということは、フレッド・アステア自身のトップハットや杖にも重なってしまうのである。

     フレッド・アステアのトップハットや杖、そして過去の映画まで人気がなくなったと言われているような気持ちになる。

     コメディとしての表現にちがいないが、気楽に笑うことができない。突き刺さるところがある。

    シド・チャリースとのやりとり

     映画の中でシド・チャリースの演ずる人気バレリーナが、フレッド・アステアの演ずる人物のことを、一昔前の人物のように言うところがある。

     映画の中のことにすぎず、コメディとして作られたことにすぎないが、現実のシド・チャリースとフレッド・アステアに重なることでもある。

    脚本家の言葉

     映画「バンド・ワゴン」の脚本を担当したベティ・コムデンとアドルフ・グリーンは “By Myself” という楽曲によって映画「バンド・ワゴン」の話を考え、フレッド・アステアが演ずるキャラクターとその話を考えたと語っている。

    Out of the mass of songs Edens extricated “By Myself,” a little-known song from Between the Devil. This triggered off the springboard for Comden and Green’s story and served to introduce Astaire’s character.

    MGM’s Greatest Musicals p.400

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     ”By Myself” という楽曲は、映画「バンド・ワゴン」の中で、フレッド・アステアが駅からひとりで出ていく時に歌っているが、ひとりになって自分に立ち返って生きようという歌である。

     映画「バンド・ワゴン」はそういう歌をもとにして、人気のなくなったかつての映画スターが再起を図る話になったわけである。

     しかしフレッド・アステアがそういう人物を演ずることは、フレッド・アステアと重ねられることになる。

     ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンもそのことに気を遣っていたという。

     コムデンによると、映画「バンド・ワゴン」の主人公のキャラクターは、フレッド・アステア自身の人生における位置をもとにしたところが多かった。

     フレッド・アステア自身は、映画の主人公のように落ちぶれてはいなかったが、キャリアの途中にあって引退あるいは新たな場をもとめるところにあった、とコムデンは語る。

    “We were very nervous in the beginning about Fred’s [Astaire] character,” says Comden, “because it was based in so many ways on his actual position in life. It was not a man down, out and broke, but a man midway in his career, a man thinking of possibly retiring, or continuing to look for fresh fields.” When they timidly presented the character they had drawn to Astaire, he loved it immediately.

    MGM’s Greatest Musicals p.400

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     フレッド・アステアはそういう役を演ずることをすぐに喜んで受け入れたという。

     フレッド・アステアの自伝にはそのことは書かれていない。

     ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンにとって、フレッド・アステアは子供の時の崇拝の的であった。

    ~he was someone we had worshipped when we were kids. He was the essence of everything one wanted to be.

    Fred Astaire His Friends Talk 1988 p.16

    Fred Astaire: His Friends Talk

     2人が映画「バンド・ワゴン」の主人公をあのようなキャラクターにしたことは、軽い気持ちでなされたとは思われない。フレッド・アステアに重ねられることを十分に考えた上でつくったに違いない。

     2人は “By Myself” という楽曲をもとにして脚本を作ったが、その脚本はフレッド・アステアの当時の状況と関わると考えて作ったのである。

     2人が子供の時にフレッド・アステアを崇拝していた、というように、その間にある時が問題となっていた。

    映画「バンド・ワゴン」の主題

     映画「バンド・ワゴン」は、フレッド・アステアの当時の問題を主題としているということができる。

     具体的には次の通り。

    年齢の問題

     フレッド・アステアは恋愛をダンスで表現する映画スターであった。

     それゆえに年を取ると、映画スターであり続けることが困難になる。

     ジンジャー・ロジャーズとやり続けるのでは、2人とも年を取って流行から離れてしまう。

     若い女優とやると、流行に乗ることができるが、その女優とフレッド・アステアとの年齢差が問題となる。

     映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアの相手役をやったシド・チャリースは、フレッド・アステアと年が離れていた。(フレッド・アステアは1899年生まれ、シド・チャリースは1921年生まれ)

     映画の中でも、シド・チャリースの演ずる人物は、子どもの時にフレッド・アステアの演ずる人物の映画を観ていたと語っている。

    ダンスの流行の変化

     フレッド・アステアの年齢の問題は、ミュージカルにおけるダンスの流行の変化の問題と関わっている。

     フレッド・アステアは、1920年代にはブロードウェイにおいて、1930年代には映画界において、タップダンスを中心とするダンスによってスターになった。

     1920年代から1930年代にかけて、タップダンスが流行の中心であって、フレッド・アステアはその代表的人物であった。

     ところが1930年代後半からブロードウェイでバレエの占める割合が大きくなっていった。映画でも次第にバレエの占める割合が大きくなっていった。

     ジーン・ケリーはその流れを代表する人物である。―ジーン・ケリーはタップダンスの名手でもあったが、バレエも積極的にとりいれていった。

     シド・チャリースもその流れを代表する人物である。―タップダンスではなくバレエを得意とする。

     フレッド・アステアもその流れの中でバレエをとりいれることをもとめられていた。

     映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアがバレエを得意とするシド・チャリースを相手役としていることもその流れによることである。

     フレッド・アステアはジーン・ケリーほど積極的にバレエをとりいれなかった。

     映画の中でフレッド・アステアの演ずる人物が、シド・チャリースの演ずるバレリーナと組むことに難色を示すところ、そして組んでうまくいかないところは、フレッド・アステアがバレエを積極的にとりいれなかったことと関係がある。

     フレッド・アステアとシド・チャリースの年齢差は、その流行の差をあらわしているということもできる。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」の挫折

     映画「バンド・ワゴン」でフレッド・アステアが落ちぶれた人物を演じていることは、フレッド・アステアがその前に主演した映画「ベル・オブ・ニューヨーク」が失敗したことと関係があるのではないかと思われる。

     フレッド・アステアは「ベル・オブ・ニューヨーク」に対する思い入れを語っているが、興行的に失敗した。

     映画「バンド・ワゴン」はその「ベル・オブ・ニューヨーク」の次に作られている。

     作り手がそのことを意図していたか、明らかでないが、「ベル・オブ・ニューヨーク」が失敗した次に挫折した主人公が再起を図る「バンド・ワゴン」が作られている。

     フレッド・アステアがその役をすぐによろこんで受け入れたのは、そのためではないか?

    映画「バンド・ワゴン」の問題の解決

     映画「バンド・ワゴン」では、人気のなくなった主人公が再起しようとするところが描かれているのであるが、それまでの道のりは複雑になっている。

    一、主人公はそれまでのやり方でうまくいかず、新たなやり方をしようとNYに来た。

    二、演出家は主人公にそれまでのやり方ではなく、時代に合った新たなやり方をさせようとする。―それは「現代版ファウスト」であり、バレリーナとの共演である。

     ところがその演出家による舞台は失敗する。

    三、そこで主人公は、自分に立ち返るとともに新たなことにも挑戦する。

     そうして成功する。

     時代に合った新たな演出によって成功したのではなく、また自分に立ち返ったことによって成功したのである。

     自分に立ち返るということは “By Myself” という楽曲と関係があると思われる。

     そして主人公が立ち返ったのは “That’s Entertainment” の精神である。

     具体的には次の通り。

    バレエとの関係

     NYに来て主人公はまず「現代版ファウスト」のためにバレエダンサーと組むことをもとめられる。

     その「現代版ファウスト」が失敗して、主人公は自分に立ち返ることにするが、シド・チャリースの演ずるバレエダンサーも共に行くという。

     フレッド・アステアからすると、自分に合うかたちでバレエダンサーと組むということである。

     シド・チャリースからすると、そういうフレッド・アステアとともにやるダンスを選ぶということである。

     そうして結実したのが「ガール・ハント」バレエである。

     シド・チャリースの振付師でもあり恋人でもあるというポールという人物は、「現代版ファウスト」のような舞台におけるバレエには力を入れるが、フレッド・アステアとともにやるダンスは認めないという人物である。

     シド・チャリースの演ずるバレリーナは、振付師であり恋人でもあるポールと別れて、フレッド・アステアの演ずる人物についていくことを選んだ。

    恋愛

     映画「バンド・ワゴン」では、フレッド・アステアの演ずる人物とシド・チャリースの演ずる人物との関係が重要なものとなっている。

     ふたりははじめ対立していたが、中ほどの “Dancing in the Dark” のダンスで深い仲になる。

     「現代版ファウスト」が失敗した後には、シド・チャリースの演ずる人物は、振付師でもあり恋人でもあるポールと別れて、フレッド・アステアの演ずる人物についていく。

     しかし映画「バンド・ワゴン」は、ふたりが結ばれて終わるのではない。

     映画「バンド・ワゴン」は、共演者が皆で “That’s Entertainment” を歌って終わる。

     ”That’s Entertainment” ということは、ふたりが結ばれることより重要なことになっているようである。

     そのことは年齢の問題とも関係があるのではないかと思われる。

    トップハットと杖

     映画「バンド・ワゴン」の主人公は映画のはじめに、トップハットと杖を競売に出していたが、自分に立ち返った後ではまたトップハットと杖の姿にもなっている。

     ジャック・ブキャナンとともにトップハット姿で杖をもって “I Guess I’ll Have to Change My Plan” を歌っている。

    おわりに

     映画「バンド・ワゴン」は、当時フレッド・アステアが直面していた年齢の問題とか流行の問題とかを主題とした映画である。

     そういう意味において映画「バンド・ワゴン」は、Blu-rayの特典映像でベティ・コムデンが語っているように大人の映画である。

     映画「バンド・ワゴン」には明るいところ楽しいところも多いが、その底には暗いところ寂しいところがある。


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  • 映画「バンドワゴン」 フレッド・アステアの50年代の名作

    映画「バンドワゴン」 フレッド・アステアの50年代の名作

     1953年に公開された映画「バンドワゴン」(原題は “Band Wagon” )は、フレッド・アステアの1950年代の名作。

     アメリカのミュージカル映画の歴史の中でもすぐれた作品と言われている。


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    映画「バンド・ワゴン」のあらすじ

     トニー・ハンター(フレッド・アステア)は、かつて人気のある映画スターであったが、今では人気がなくなって、ニューヨークの舞台で再起することを考えていた。

     トニーのファンの脚本家夫婦(オスカー・レヴァント、ナネット・ファブレイ)が書いたミュージカル・コメディーの脚本をトニーは気に入ったが、演出を担当する有名な演出家ジェフリー・コルドヴァ(ジャック・ブキャナン)は、それをシリアスなドラマに変えていった。

     トニーの相手役として有名なバレエダンサー、ガブリエル・ジェラール(シド・チャリース)が選ばれたが、トニーとガブリエルとの間はぎくしゃくしている。

     舞台の準備で様々なトラブルが起こる。

     舞台も失敗する。

     そこで今度は自分たちのやり方でやりなおそうということで、様々な土地で舞台をやる。

    映画「バンド・ワゴン」のみどころ

     映画「バンド・ワゴン」は、まずゴタゴタがあって、そのゴタゴタを超えてすぐれた公演が出来た、というかたちになっている。

    ストーリー

     みどころはまず、そのゴタゴタからすぐれた公演に至るストーリーにある。

     「雨に唄えば」の脚本家、ベティ・コムデンとアドルフ・グリーンによる脚本は、コミカルなところもあり、シリアスなところもあり、起伏があって、エンタテインメント賛歌に至る。

     ちなみに劇中の脚本家夫婦(オスカー・レヴァントとナネット・ファブレイが演じている)はベティ・コムデンとアドルフ・グリーン自身がモデル。

    パフォーマンス

     映画「バンド・ワゴン」では、フレッド・アステアをはじめとした出演者によるパフォーマンスが賞賛されている。

     まずフレッド・アステアが歌う “By Myself” は哀愁がある。

     フレッド・アステア、ジャック・ブキャナン、オスカー・レヴァント、ナネット・ファブレイの4人で歌う「ザッツ・エンタテインメント」(”That’s Entertainment”)は、この映画の精神を歌うものである。

     1974年にMGMのミュージカル映画の名場面を集めた映画が作られた時に、この歌のタイトルがその映画のタイトルとされた。この歌は、MGMのミュージカル映画の精神を歌うものとされたのである。

     フレッド・アステアの映画では女性と「ロマンティック」なダンスを踊るところがみどころであるが、この映画ではシド・チャリースと夜のセントラルパークの人気のないところで “Dancing in the Dark” を踊るところは陶酔させる。

     フレッド・アステア、ジャック・ブキャナン、ナネット・ファブレイの3人が3つ子の赤ん坊の恰好をして “Triplets” を歌うところはコミカルなところ。

     映画「バンド・ワゴン」の最大のみどころはフレッド・アステアとシド・チャリースとその他大勢でやる「ガール・ハント」バレエ(The Girl Hunt (ballet))。

     当時流行していたミッキー・スピレーンの探偵小説のパロディ。

     音楽も、背景も、衣装も、色彩も、演出も、マイケル・キッドによる振り付けもスタイリッシュ。

     フレッド・アステアはマイケル・キッドの振り付けによって新たな魅力を出している。

     シド・チャリースの妖艶な衣装、身のこなし、特に手の動きによる魔性の女の表現は映画史に残る。

     フレッド・アステアのナレーションはアラン・J・ラーナー(「マイ・フェア・レディ」の脚本家・作詞家)が書いている。

    映画「バンド・ワゴン」の考察

     映画「バンド・ワゴン」とフレッド・アステアの関係についての考察↓

    「バンド・ワゴン」

     映画「バンド・ワゴン」は、1931年のブロードウェイのレヴュー「バンド・ワゴン」をもとにしている。

     1931年のブロードウェイのレヴュー「バンド・ワゴン」は、1953年の映画と同じく作曲はアーサー・シュワルツ、作詞はハワード・ディーツが担当していて、映画デビューする前のブロードウェイのスター時代のフレッド・アステアが姉のアデルとともに出演していた。

     映画でも使われている “I Love Louisa” 、”New Sun in the Sky” 、”Dancing in the Dark” などの楽曲は1931年のレヴューでも歌われていたものである。

     映画ではその他にシュワルツ・ディーツの楽曲も使われている。

     ”That’s Entertainment” はこの映画のために作られたもの。

    Blu-ray

     Blu-rayには、ナネット・ファブレイ、シド・チャリースなどが映画撮影時のことを語った特典映像などがある。


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