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  • なぜか宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏 5~11歳のワクチンをめぐって

    なぜか宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏 5~11歳のワクチンをめぐって

     2022年2月21日、泉大津市は5~11歳のワクチン接種について、接種券を送付せず、希望者が申請すると発表した。

     それに対して知念実希人氏は、「とんでもない決定」、「許されない」こととするツイートを拡散した。

     そういう知念氏のやり方に疑問を感じた。

     そもそも接種券を送付しないということは、宮澤大輔氏によるところが大きい。ところが知念氏はなぜか宮澤氏と対決しない。そのことにも疑問を感じた。

    泉大津市の決定

     そもそも今度の5~11歳のワクチンは、オミクロン株に対するエビデンスが十分にないことから、努力義務の規定は適用されないことになっている。

     厚生労働省も次のように説明している。

    小児については、現時点において、オミクロン株に対するエビデンスが確定的でないことも踏まえ、小児について努力義務の規定は適用せず、今後の最新の科学的知見を踏まえ、改めて議論することが適当であるとされました。

    新型コロナワクチンQ&A なぜ小児(5~11歳)の接種は「努力義務」が適用されていないのですか。

     泉大津市の決定は、その厚生労働省の決定をもとにしている。

    現在、この年齢層への接種の安全性やワクチンの効果などに関する十分な情報やデータが揃っておらず、予防接種法の努力義務の規定は適用されていないことから、接種券の一括送付は行わないため、接種を希望する人は、必ず事前に申請をしてください。

    泉大津市 5歳から11歳の新型コロナワクチン接種について

     努力義務ということは、予防接種法に次のように定められている。

    (予防接種を受ける努力義務)
    第九条 第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項の規定による予防接種の対象者は、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第三項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない。
     前項の対象者が十六歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者は、その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(第六条第三項に係るものを除く。)を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

    昭和二十三年法律第六十八号 予防接種法

     努力義務とされると、「対象者」は「予防接種」を「受けるよう努めなければならない。」のであり、「保護者」は「予防接種」を「受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」のである。

     知念氏は、「努力義務」ということは「任意」ではないということだと語っている。

     そして今度の5~11歳のワクチンでも「任意でいい」と語っている。

     泉大津市が接種券を一括送付せずに、希望者が申請するようにしたことは、接種を任意にするためではないか?

     それを知念氏のように「とんでもない決定」とか「許されないこと」とかいって、たたきつぶそうとすることには違和感がある。

     逆に、道徳義務の規定は適用しないとされたにもかかわらず、接種券を一括送付しなくてはならないという方が説明を要するのではないか?

     知念氏はツイッターの自己紹介に「エビデンスに基づいた有用な情報提供を心掛けております」と書いているが、今度のワクチンが「小児については、現時点において、オミクロン株に対するエビデンスが確定的でないこと」に「基づいた有用な情報提供」はできているのか?

    反「反ワクチン」の問題

     知念氏は泉大津市長を「反ワクチン活動を行っている」として、その市長による決定を批判している。

     次のツイートでも、泉大津市長を「様々な反ワクチン運動にかかわっている危険人物」とよび、「非科学的なイデオロギーで市民の生命を危険に晒しています」と語っている。

     しかし接種券を一括送付しないということは、必ずしも「反ワクチン」ではない。必ずしも「非科学的なイデオロギー」ではない。

     それを「反ワクチン」ときめつけて攻撃することは、正しくないのではないか?

     接種券を送付するかどうかを問題としている時に、市長のその他の活動は関係ないのではないか?

    なぜ宮澤大輔氏と対決しないのか?

     泉大津市のように、5~11歳のワクチン接種について、自治体が接種券を送付せず、希望者が申請するようにすべきだということは、宮澤大輔氏によるところが大きい。

     宮澤氏がその考えをツイッターで広めてきたのである。

     宮澤氏がツイッターでその考えを広めていく間、知念氏は放っていて、泉大津市の決定が出て突然大変なことが起こったかのように問題としていることは、奇妙に見える。

     知念氏が泉大津市の決定に対して「とんでもない」とか「許されない」とか考えるのであれば、それより前からそういう考えを広めていた宮澤氏と対決すべきではなかったか?

     日本全国の5~11歳の子どもにとっても、保護者にとっても、できるだけ議論を尽くすべきだと思われるのに、何故に知念氏は宮澤氏と議論を尽くさなかったのか?

     宮澤氏は繰り返し議論を求めていたのに、何故に答えなかったのか?

    宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏

     知念氏はなぜか宮澤氏と直接に対決せずに、次のようなことをしている。

    「殺害予告」

     知念氏は宮澤氏を「私に殺害予告をした医師」とよんでいる。そしてその証拠を出している。

     これは「殺害予告」であろうか? これをもって宮澤氏を「反社会的な人物」とよぶことができるであろうか?

     知念氏にとって宮澤氏は「殺害予告をした医師」として印象づけられたのかもしれない。

     しかし宮澤氏は多くの場合、新型コロナウイルスに関すること、ワクチンに関することで知念氏に問いかけていた。

     それにもかかわらず宮澤氏を「殺害予告をした医師」とよぶことは、偏った印象を与えることではないか?

     宮澤氏の主張と対決せずに、「殺害予告をした医師」という印象を与えているように見える。

     ここでも宮澤氏について「私に殺人予告をした眼科医」と言っている。

     知念氏が宮澤氏と対決してその主張をことごとく論破しているならば、「専門家でもなんでもなく、適当なことを言っているだけですよ」と言うことにも説得力があったかもしれない。

     実際にはそういうことはないので説得力はない。

    「ありきたりの情報」

     宮澤氏の批判を受けた知念氏のツイート。

     宮澤氏が知念氏について「ありきたりの情報を偉そうに語ってる」というのは、下のツイートをもとにしている。

    https://twitter.com/blanc0981/status/1496371195557855234?s=20&t=6H42788JWRGJSvhR8py37g

     宮澤氏のツイートと、それに対する知念氏のツイートとを比べてみると、知念氏に対して疑問を抱かざるを得ない。

     宮澤氏は知念氏に対して具体的な反論を出している。

     それに対してエビざんす氏のように「コロナ情報にオリジナリティはいらんやろ」と言い、「それこそ『ぼくのかんがえたさいきょうのころなたいさく』でしかない」と言っても、宮澤氏を論破したことにはならない。

     そういうエビざんす氏の、宮澤氏と対決せずに戯画化しただけツイートを、知念氏が引用して笑っている。

     ここでも、宮澤氏との対決という中身なしに、宮澤氏が笑うべき存在であるかのような印象をつくっているのである。

     前に書いたこともそのことと通ずるところがある↓

    おわりに

     知念実希人氏等「医クラ」と言われる人々が子どものワクチン接種について積極的な発言をなす中で、宮澤大輔氏が異論を出していたにもかかわらず、知念氏等が宮澤氏に答えず、対決しないままで、子どものワクチン接種が進められていったことは、奇妙なことであった。

     そして泉大津市の決定が出たところで、知念氏が突然「非科学的」な「反ワクチン」として否定するように扇動したことも、奇妙なことであった。

     何故に議論を尽くさないのか?

  • 【朗報】手を洗う救急医Taka氏、第6波のピークアウトについて予測した上、検証しましょうという!

    【朗報】手を洗う救急医Taka氏、第6波のピークアウトについて予測した上、検証しましょうという!

     2020年2月4日に三浦瑠麗氏が発表した新型コロナウイルス第6波の「ピークアウト」予測に対して、手を洗う救急医Taka氏が次のように発言した。

     「ほぼ確実には外すと思います」と言った上で、「しっかり検証しましょう」と言ったのである。

     これまでの新型コロナウイルスについての「専門家」の予測にモヤモヤしてきた人にとって朗報ではないか?

    予測をめぐる問題

     これまで新型コロナウイルスについての「専門家」の予測には、モヤモヤするところがあった。

    ・2021年夏の第5波について、西浦博氏等の「専門家」の予測は、現実より過大であったとか、

    ・2021年に、手を洗う救急医Taka氏などワクチン接種を推し進める人がワクチンの力について語ったことは過大であったとか、

     そういうことがあったにもかかわらず、「専門家」はそのことを問題とせずに、先に進もうとしているように見える。

     一方で「専門家」は、「専門家」でないと言われる人の予測を見下しているようである。

    期待

     今回、手を洗う救急医Taka氏は、三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言った上で、「しっかり検証しましょう」と言っている。

     三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言うことは、手を洗う救急医Taka氏が自ら、三浦氏の予測は「ほぼ確実に外す」という予測を出しているということである。

     手を洗う救急医Taka氏はどういう根拠によってそういう予測を出すことができたのか? 三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言うことができるほどの根拠とはどういうものであったのか? 知りたいところである。

     手を洗う救急医Taka氏のような専門家がここまで強く言っているのであるから、十分な根拠があると思うが、手を洗う救急医Taka氏の予測が現実に正しかったかどうかも、確かめておかなくてはならない。

     手を洗う救急医Taka氏は「しっかり検証しましょう」と言っている。

     手を洗う救急医Taka氏は、予測に対して「しっかり」とした「検証」が行われなくてはならないという考えを示しているのである。

     三浦氏の予測に対しても、手を洗う救急医Taka氏の予測に対しても、「しっかり」とした「検証」が行われなくてはならないということである。

     三浦氏の予測、手を洗う救急医Taka氏の予測が、現実に合っていたかどうかということについて「しっかり」とした「検証」が行われたならば、モヤモヤはなくなって、感染の動向についての理解が深まるとともに、「専門家」に対して敬意をもつこともできる。

  • 大阪の感染対策は忽那賢志氏によって改善されたのではなかったのか?

    大阪の感染対策は忽那賢志氏によって改善されたのではなかったのか?

     新型コロナウイルス第6波で大阪は大変なことになっているという。

     大阪ではこれまでにも感染が拡大して東京を上回ることがあった。

     2021年7月に忽那賢志氏が大阪の感染対策に加わるという話があって、知念実希人氏などはそのことによって大阪の感染対策が劇的に改善されるかのように語っていた。

     ところが2022年はじめからの第6波でもまた大阪は感染拡大に苦しんでいるようである。

     知念氏などの語ったことに問題があったのではないか?

    これまで

     第6波より前にも、大阪の感染者数が東京を上回ったことはあった。

     たとえば2021年4月。

    https://www.jiji.com/jc/article?k=2021040400251&g=soc

     東京より人口の少ない大阪で何故にそういうことが起こるのか?

    忽那氏、大阪へ

     2021年7月に忽那賢志氏が大阪の感染対策に加わるという話があった。

     大阪府知事が忽那氏の意見を聞くようになったようである。

    「医クラ」の反応

     このことを受けて、「医クラ」はよろこびの声をあげた。

     このように絶賛している。

     知念氏等の語るところによると、

    ・忽那氏は「本物の専門家」である。

    ・忽那氏の意見が用いられることによって、感染対策は改善される。

    ・大阪府知事が忽那氏以前に聞いていたのは「本物の専門家」ではなかった。

    ・大阪府は「本物の専門家」の意見を用いなかったために、正しい感染対策ができなかった。

     たとえば知念氏は、忽那氏が東京を去って大阪に行ったことによって、東京で感染爆発が起こったと語っている。

     「本物の専門家」とそうでないものとを区別して、政治家が「本物の専門家」の意見を聞けば感染はおさまるが、そうでないと感染爆発すると語っている。

     吉村知事が忽那氏の意見を聞くようになって、「見違えるほどに感染対策がまともになった」と語っている。

     吉村知事が忽那氏の意見を聞くようになるまで、「大阪の新型コロナ対応は最悪だったというのが、医療関係者の共通認識だと思います」と言い切っている。

    第6波

     ところが第6波でもまた、大阪は感染拡大に苦しんでいるようである。

     2022年2月10日に、大阪府内の死者の総数が東京都の死者の総数を上回ったという報道があった。

    府内の死者総数は9日発表で3278人となり、東京都(3269人)を再び上回った。

    朝日新聞 大阪府でコロナ死者増加、東京の総数上回る 高齢者へ感染拡大

    https://www.asahi.com/articles/ASQ2B6QNKQ2BPTIL00W.html

     2月11日には、病床使用率が「全国ワースト」という報道があった。

     「人口10万人あたりの感染者数では、大阪が全国で最も多」いとも言われている。

    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000244598.html

     2月16日の記事では「大阪府のコロナ確保病床の使用率が100%を超えています」と言われている。

     忽那氏は「東京などと比べて大阪で多い理由の一つは、まん延防止等重点措置のタイミングが遅かったことがあるかもしれません。」と語っている。

    https://www.asahi.com/articles/ASQ2H5SDRQ2GULBJ015.html?twico

     病床使用率100%ということについて。

    https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20220216-00282294

    批判

     こういう批判もある。

    https://twitter.com/chaosbalance_/status/1492254717225107456?s=20&t=6AGDe6nHhOZSgUj5_piW3Q

    大阪コロナ大規模医療・療養センター

     忽那氏は2月11日の記事で「これまでにないスピードで、軽症・中等症病床は埋まっている」と語っている。

     ところで大阪ではオミクロン株以前に、大阪コロナ大規模医療・療養センターというものがつくられていた。

     吉村知事の依頼で忽那氏が監修、責任医師をしている施設である。

     この施設の入所対象者は、

    ・宿泊療養施設がひっ迫した際の、軽症患者及び無症状患者(家族での療養なども想定)

    ・軽症中等症病床がひっ迫した際の、入院が必要な軽症患者及び中等症I患者

    とされている。

    https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20211107-00266989

     ところが利用者は少ないと報道されている。

    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000244655.html

     大阪府の発表↓

    https://www.pref.osaka.lg.jp/default.html

     2月18日の大阪府新型コロナウイルス対策本部会議で忽那氏は次のように言われたという。

     何故に2月18日になってもそういうことができないのであろうか?

    https://www.pref.osaka.lg.jp/kikaku_keikaku/sarscov2/70kaigi.html

    問題

     知念実希人氏等は、忽那賢志氏が加われば大阪の感染対策は「劇的に改善」するかのように語った。

     ところが忽那氏が大阪の感染対策に加わっているにもかかわらず、第6波において大阪の成績は全国最悪と言われている。

     どういうことであろうか?

     忽那氏による感染対策は、それほどすぐれたものではなかったのか?

     忽那氏が悪いのではなく、大阪にもともと感染拡大の原因になることがあるのか?

     いずれにせよ、忽那氏がいれば感染を抑えることができる、とは限らないということになる。

     また、忽那氏がいてもこれほど感染拡大するのでは、忽那氏より前も、忽那氏と比べて「最悪」と言われるほど悪くなかったかもしれない。

     「医クラ」と言われる知念実希人氏等は、実際にどうなるかわからないのに、甘い期待をもっていたのではないか。

     また、味方を過度に持ち上げて、考えの異なるものを過度におとしめているようにも見える。

     ワクチンに関しても、持ち上げすぎたのではないか?

     先のことをよく考えずにものを言っているのではないか? と思ってしまう。

    追記

     知念氏、大阪の感染状況の悪化の原因を次のように推測している。

    https://twitter.com/MIKITO_777/status/1496443276848943107?s=20&t=IVxS22paVHGqjlTLDPl3ag

    ・「泉大津市にガチガチの反ワクチン市長」がいることが大阪の感染状況の悪化の原因になっているとか(泉大津市長にそのような力があるのか?)

    ・反ワクチンの長尾医師が「吉本興業に所属して芸人に影響を及ぼし、そこから関西メディアでかなりのコロナ軽視、反ワクチン思想が蔓延している」とか(長尾医師にそのような力があるのか?)

     「エビデンス」のない陰謀論を展開している。

     大阪で何故に感染が拡大するのか、知りたいことではあるが、知念氏の語るようなことであろうか?

     長尾医師に対してそこまで言うか、ということも気になる。

     知念氏は「吉村知事はくつ王がバックについてから、見違えるほどに感染対策がまともになった」と語っていた。

     今も忽那氏は吉村知事のバックについていると思うが、そのことと現在の「感染状況の悪化」とはどういう関係にあると考えているのであろうか?

  • コロナ禍で医師が感染者を馬鹿にすることについて

    コロナ禍で医師が感染者を馬鹿にすることについて

     2022年1月、それまで新型コロナウイルスの感染がおさまっていた日本でも、感染が拡大し始めた。

     その中で、筋肉博士Takafumi Osaka@muscle_penguin_という人のツイートが話題になった。

    問題のツイート

     問題のツイート↓

     Dr.丼という人の「発熱外来の嘆き事例ミニ~第6波編~」の①から④までをとりあげている。

     筋肉博士という人はそれに続けて次のようなことを言っている。

    賛否両論

     Dr.丼も、筋肉博士という人も、認識不足ゆえに感染が起こっていることを問題としている。

     筋肉博士、Dr.丼が認識不足を戒める教えを広めたことに対して感謝している人も多い。

     しかし、筋肉博士、Dr.丼に対して批判している人も多い。

     両者が多くて、全体として多くなっている。

    疑問

     筋肉博士、Dr.丼に対して、気になるところがある。

     診察してこれこれの問題が見つかったとして、広く警戒を呼び掛けることは、有益なことであろう。

     しかしそのために個々の診察を公開することは、倫理的に問題があることではないか?

     しかも、患者を馬鹿にするかたちで公開している。

     そういう人の診察を受けたいであろうか?

     現実とは違う例を作り上げたのかもしれないが、それはそれで問題があるのでは?

     筋肉博士がDr.丼の四つの例から結論を引き出していることもよくわからない。

     認識不足によって感染は起こっているかのように語ることにも疑問がある。

     感染者を愚者として差別することにならないか?

     Dr.丼の挙げた例をみると、ワクチン2回接種をすませて、日本で10月から12月まで感染者数が極めて少なくなっていた中で、仲間内でマスクを外していた者が多いが、それほど批判されるべきことなのか?

     そもそも専門家でない人が、専門家の思うように行動していなかったということは、それほど批判されなくてはならないことなのか?

     新型コロナウイルスに関して専門家でない人も、それぞれの仕事をもち、専門をもっていて、新型コロナウイルスの専門家も他の面ではその恩恵を受けている。新型コロナウイルスの専門家が上位にいるのではない。

     筋肉博士、Dr.丼のように感染者を馬鹿にするやり方は、多くの人を、そういうやり方を避けるように導くであろうが、その感染者を馬鹿にするというかたちになる。

     一方で、感染者を馬鹿にすることに反発する人も多い。

     必要のない対立を作っていると思われる。

    四つの例

    例①

     ワクチン2回接種済みの大学生。

     年末年始に大学のグループ13人でキャンプに行ってマスクをしていなくて感染したという。

    女性「でも、コロナ、ずっと感染者いなくなってましたよね?」
    Dr.丼「いなくなってましたね…確かに。当院も10~12月は陽性者全然いませんでした」
    女性「でっしょ?だから、コロナもう終わったんだなーって思ってました。
    Dr.丼「いや…あの…終わっては…」

    発熱外来の嘆き事例ミニ~第6波編①~

     コロナはもう終わったと言って感染した人の認識不足を問題としているわけである。

    例②

     ワクチン2回接種済み。44歳男性。

     12月17日から29日まで13日連続で飲み会(職場6回、友人4回、家族1回、実家で親戚と2回)

    男性「いやー。感染経路不明ですよね。海外渡航とかしてませんよ!」
    Dr.丼「ハイ、感染経路不明デスネ。(棒読み)」
    男性「こうやってコロナは広がるんですね。」
    Dr.丼「コレダケ、飲ミ会ガアレバ、広ガリマスネ(棒)」
    男性「いや、時短営業にもなってないし、緊急事態宣言も解除されてますしね。飲みまくりました!」
    Dr.丼「飲ミマクリマシタネ…(棒読)」

    発熱外来の嘆き事例ミニ~第6波編②~

     これは連続の飲み会がいいかどうかということはあるが、ワクチン2回接種済みで、知り合いの間でマスクを外していたというケース。

     「飲ミマクリマシタネ…(棒読)」というところににじむ上から目線。

    例③

     74歳男性。ワクチン2回接種済み。心疾患。12月24日から12月29日まで、息子夫婦とどんちゃん騒ぎ、テーマパーク、旅行。

     これもワクチン2回接種済みで、身内と遊んでいたというケース。

    男性「オミクロンですかね?オミクロンだったらいいなあ!」
    Dr.丼「な、なぜですか?」
    男性「だってオミクロンは全員軽症なんでしょ?最高じゃないですか。」
    Dr.丼「あなたは高齢者なので、わかりません。基礎疾患もあるので、あなたは入院で、コロナの新しい治療薬の使用を検討します」
    男性「え?だってオミクロンだったらそんなのいらないんですよね?」
    Dr.丼「オミクロンかどうかわかるのは数日かかります。」
    男性「オミクロンだったら全員軽症ですよね?治療要らないんじゃないんですか?」
    Dr.丼「全員軽症ではありません!イギリスの最近の報告では、成人は入院率は1/3、小児では1/2になる程度です。1/100や1/1000になるわけではないのです。」
    男性「え?だってマスコミはオミクロンは全員軽症って言ってますよ?」
    Dr.丼「それに、重症化するのは数日後です。初診時に重症なわけではありません。初診時に中等症なわけでもありません。中等症になるのは数日後、そして重症になるのはさらにその後です!来院した時は全員軽症なのは当然なのです。」
    男性「えええ…?じゃあ、まだ、わからないってことですか?」
    Dr.丼「わかりません。だからこそ、ハイリスク要因が揃っているあなたは、即入院なのです!」

    発熱外来の嘆き事例ミニ~第6波編③~

     こんなことをグダグダ書くより、患者の中で、オミクロンについて誤解を持った人がいる、と言った方がいいのではないか?

     このDr.丼という人は、何に時間を使っているのだろうか?

    例④

     ワクチン未接種。「怖いので打っていない」とのこと。

     12月27日から沖縄に旅行。1月3日に東京に帰る。

     これはワクチン未接種のケース。

    考察

     医クラの間で、マスコミがオミクロンを軽く言いふらしたゆえに、軽く考えて感染する人が増えたという人が多いようである。

     マスコミに責任があるというのである。

     しかしそういう論法では、医クラがワクチンの効果を過度に持ち上げたゆえに、ワクチンを過信して感染する人が増えたということもできるのではないか?

  • 手を洗う救急医Taka(木下喬弘)氏の気になるところ 感染対策と為政者の発言の関係

    手を洗う救急医Taka(木下喬弘)氏の気になるところ 感染対策と為政者の発言の関係

     新型コロナウイルスの感染が拡大して、それに対する政治家の弁舌のよしあしが話題になった。

     そのことについての手を洗う救急医Taka(木下喬弘)氏の発言が気になった。

    2020年4月

     2020年4月ころには、ニューヨーク州のクオモ知事の弁舌が話題になっていた。

     そしてクオモ氏を持ち上げて、トランプ大統領(当時)をおとしめるとか、安倍首相(当時)をおとしめるとかいうことが盛んになされていた。

     そのことに関して木下氏は次のように語っていた。

     ここではNY市長のこととNY州知事のこととが混在しているが、NY州知事のこととして考えよう。

     木下氏が引用したツイートは「ファクトや成果ではなくイメージと格好良さで政治を評価している」ことを問題としている。

     それに対して木下氏が「その通りです」と同意しているのは、「イメージと格好良さ」ではなく、「ファクトや成果」によって評価すべきだということのように聞こえる。

     ところが木下氏はそれに続けて「安倍総理の語り口調は少し弱い感じがします」と言っている。

     「語り口調」が「少し弱い感じ」というのはまさに「イメージと格好良さ」を問題とすることである。

     そしてNY州(市)の感染対策が日本より悪かったとは言えないと言っている。

     「ファクトや成果」は必ずしも明らかではないというのである。

     たとえばNY州(市)に与えられた状況が日本に与えられた状況より厳しかったとすると、NY州(市)の死者数が日本の死者数より多くても、対策が悪かったとは言えない、ということであろうか。

     しかし木下氏はNY州知事などと比べて「安倍総理の語り口調」が「少し弱い感じ」がするということを問題としている。

     「ファクトや成果」は明らかでないにもかかわらず(死者数は日本の方が少ないにもかかわらず)、日本の首相の感染対策は、英米の指導者と比べて問題があると語っているのである。

     そういうことは科学的であろうか?

     クオモ氏の感染対策に関しては、その弁舌の裏で死者数を過小に報告していたということが問題とされた。

    同州の死者数をめぐっては、セクハラ問題で辞任したクオモ氏が知事だった2月、高齢者施設の入所者の新型コロナによる死者数を故意に少なく公表していた疑惑が発覚している。24日に就任したホークル氏は、基準を見直して死者数を幅広く捉えることで、州政府のイメージを刷新したい狙いがあるとみられる。

    「朝日新聞」NY州のコロナ死者1万2千人増 新知事が基準を改める

    https://www.asahi.com/articles/ASP8V2TTMP8VUHBI003.html

     木下氏は2020年10月ころには次のようなツイートをしていた。

     米国は2020年10月になっても「感染対策をしないと感染は収まらない」ということに気づいていないというのである。

     木下氏は2020年4月に「NYCの方が多くの人が死んだからといって、日本より対策が悪かったかというと、なんとも言えません」と語っていた。

     整合性はどうなるのであろうか?

    ドイツ首相と日本の首相の比較

     2020年12月にドイツのメルケル首相(当時)が新型コロナウイルスに関してドイツ国民に訴えたことが話題となった。

     木下氏はそのメルケル氏の発言をとりあげて次のようにツイートしている。

     ドイツのメルケル首相(当時)の発言を日本の菅首相(当時)の発言と比較して、「えらい違い」と言っているのである。

     しかし感染対策として、メルケル氏はそれほどすぐれたことをしたのか? 菅氏はそれほど劣ったことをしたのか?

     2020年12月後半、日本でもドイツでも感染が拡大した。

     12月31日に東京で新規感染者が1300人を超えて過去最多となった。

    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000202806.html

     ドイツでは1日の死者が1000人を超えた。

     問題は、与えられた状況に対してどのように効果的に対処するかである。

     ところが木下氏はメルケル氏が「数字を直視しなさい」と訴えたことだけをとりあげて持ち上げている。

     そして菅氏が「ガースーです」と言ったことだけをとりあげておとしめている。

     そういうことは科学的と言えるのであろうか?

    まとめ

     感染対策で重要なことは結果である。

     ところが2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大してから、NYのクオモ氏やドイツのメルケル氏などの弁舌を結果と切り離して称賛する論調が日本でも欧米でも盛んであった。

     木下喬弘氏もそういう論調に傾いているように見える。

  • 戦史/紛争史研究家山崎雅弘氏、中国は日本の原子力発電所を攻撃すると語る

    戦史/紛争史研究家山崎雅弘氏、中国は日本の原子力発電所を攻撃すると語る

     2021年11月27日、戦史/紛争史研究家の山崎雅弘氏が気になることをツイートしていた。

     中国は日本の原子力発電所を攻撃するというのである。

     どうにも理解に苦しんだので、書いて置こうと思った。

    山崎雅弘氏のツイート

     私が理解に苦しんだ山崎雅弘氏のツイート↓

     山崎雅弘氏の言葉は、岸田首相が「敵基地攻撃能力」保有を排除せず検討すると述べたことに対して、発せられたものである。

     そこで山崎雅弘氏は、日本は「中国から目と鼻の先に、原発をぶら下げて」いて、日本中の原発を中国の攻撃から守ることはできない、「敵基地攻撃能力」を保有する意味はない、というのである。

     しかし中国は日本の原子力発電所を攻撃することができるゆえに、「敵基地攻撃能力」は意味がないというのはおかしくないか?

     第一に中国が日本の原子力発電所を攻撃すると考えていることはおかしくないか?

     たしかに日本の原子力発電所が攻撃されると日本に住む者は困る。

     しかし中国にとって得策であろうか?

     国際法的にも、国際倫理的にも、原子力発電所を攻撃することは、いいこととされない。

     戦術的にも問題がある。

     日本は「中国から目と鼻の先に、原発をぶら下げて」いるかもしれないが、中国も日本から「目と鼻の先に、原発をぶら下げて」いる。―中国は海の近くに多くの原子力発電所を建設している。

     それにもかかわらず、日本の原子力発電所を攻撃するであろうか?

     原子力発電所を攻撃することは、日本に住む者が困るだけでなく、中国にとっても困ったことになるのではないか?

     そのことによって、中国が日本を利用することが困難になるのみならず、中国にまで害が及ぶかもしれない。

     中国はいまだに日本の原発事故の影響を問題として日本に言ってきている。

     そういう国が自ら原発事故を起こすであろうか?

    山崎雅弘氏の返答

     山崎雅弘氏は、反論に対して次のように答えている。

     「現実の戦争を、戦争ゲームと同レベルで理解している幼い人」と評している。

     たしかに今の中国は、既存の国際秩序に対してただ従うものではない。

     しかし上に言ったように、中国にとっていろいろな意味でためにならないと思われることを、第一に中国がやることとして山崎雅弘氏が語ることは、「現実の戦争」を理解しているものということができるであろうか?

     山崎雅弘氏はそれに続くツイートでも中国が原発を攻撃しないというのは「非現実的思考」だと言っている。

     しかし上に述べた理由から、私は中国が日本の原発を攻撃するということの方が「非現実的思考」だと思う。

     山崎雅弘氏は、日本が報復しても日本の被害は消えないというが、日本が報復するゆえに中国はそういうことをしないということではないか?

    山崎雅弘氏の主張についての考察

     山崎雅弘氏は、日本は防衛に関して積極的なことをすべきではない、ということに、日本の原子力発電所に反対する考えを結びつけたのではないか、と思った。

     それゆえに「敵基地攻撃能力」を保有することに反対することと、中国が日本の原子力発電所を攻撃するということとが結びつけられているのではないか、と思った。

     しかし中国が日本の原子力発電所を攻撃するということは、どうにも理解に苦しむ。

  • 橋下徹氏、LINEをもちあげる

    橋下徹氏、LINEをもちあげる

     橋下徹氏の発言の不透明なところが気になる。

     今回はLINEについて。

    問題のツイート

     2021年10月22日、橋下徹氏はLINEについて次のようなツイートをした。

     整理する。

    LINEを評価

     橋下徹氏は、東京都がワクチン接種に関してLINEで本人確認することにしたという報道をとりあげて、結局マイナンバーカードを使わなかったことについて「その方が便利だし民間の知恵がどんどん集まる。新しい技術やサービスが生まれる」と言い、「これがイノベーション、成長」と言っている。

    総務省、「百田派」

     そして、それに対して総務省がLINEによる本人確認を禁止したこと、「韓国嫌いの百田派」が「LINEを毛嫌い」していることをとりあげて、その「イノベーション、成長」の動きに反対するものとしている。

    情報管理

     橋下徹氏は、LINEの「不適切な情報管理」について、「LINE以外の日本企業」にもあることであって、「LINEだけの問題ではなかった」と言う。

     そしてLINEに「しっかりやって」もらえばいいと考えているようである。

    問題

     橋下徹氏の発言には気になるところがある。

    情報管理

     そもそもLINEの情報管理が問題となったのである。(そのことについては下にまとめた)

     その問題を解決することから始めなくてはならないのではないか?

     そこで「LINE以外の日本企業も不適切な情報管理があり、これはLINEだけの問題ではなかった」というのは、LINEの問題から関心をそらそうとしているように聞こえる。

    百田派

     橋下徹氏はそこでなぜか「百田派」なるものを、「LINEを毛嫌い」するものとしてとりあげている。

     橋下徹氏が何故にそこで「百田派」なるものをとりあげたのか、よくわからない。橋下徹氏の頭の中で「百田派」なるものが大きな力をもったものとして考えられているようである。

     2020年のやりとり↓がそれだけ大きく橋下徹氏の頭に残っているのであろうか?

     しかしそもそもLINEに問題があったのであって、その問題に関心がある人は日本に多い。「百田派」に限らない。

     橋下徹氏のように「韓国嫌いの百田派がLINEを毛嫌い」ということは、問題はLINEにあるのでなく、「百田派」にあるかのような印象を与えることである。そういうことによってLINEの問題から関心をそらそうとしているようにも聞こえる。

    LINE問題のいきさつ

     LINEの問題は、2021年3月17日に朝日新聞が報じたことから広く知られることになった。

    https://www.asahi.com/articles/ASP3J7K5DP3JUHBI03T.html?iref=pc_extlink

     記事にあるように、中国とも関わる問題である。

    無料通信アプリ「LINE」が、中国にある関連会社にシステム開発を委託するなどし、中国人技術者らが日本のサーバーにある利用者の個人情報にアクセスできる状態にしていたことがわかった。LINEはプライバシーポリシーでそうした状況を十分説明しておらず、対応に不備があったと判断。政府の個人情報保護委員会に報告する一方、近く調査のための第三者委員会を立ち上げ、運用の見直しに着手する。

    朝日新聞 LINEの個人情報管理に不備 中国の委託先が接続可能

     つづき。

    https://www.asahi.com/articles/ASP3J7SYZP3JUTIL04M.html?iref=pc_rellink_01

     同社はサービスに使う人工知能(AI)やシステムの運用に使う社内ツールなどの開発を、上海の関連会社に委託していた。
     そこでは、中国人スタッフ4人がシステム開発の過程で、日本のサーバーに保管される「トーク」と呼ばれる書き込みのほか、利用者の名前、電話番号、メールアドレス、LINE IDなどにアクセスできるようにしていた。

    朝日新聞 中国の4人に接続権限 LINE「日本に人材おらず」

     3月19日「今月1日に経営統合したヤフー側との協議の過程で発覚したことがわかった。

    https://www.asahi.com/articles/ASP3M24JPP3KULZU01V.html?iref=pc_rellink_01

     ヤフーとLINEの親会社であるZホールディングス(ZHD)の中谷昇常務執行役員は取材に対し、今年1月下旬、外部からの指摘があったことを明らかにした。
     これを受けたLINE側の調査で浮上したのが、中国・上海にある同社子会社の「LINE Digital Technology」という名前だった。

    朝日新聞 「LINEの全容知る人少ない」 問題発覚の端緒は?

     このことについてLINEが国会議員に嘘をついていたことが国会議員によって明らかにされた。

     3月23日にはLINE Payの情報が韓国内のサーバーに保管されていたことがわかった。

    https://www.asahi.com/articles/ASP3Q7GBZP3LUHBI01K.html

     国内の月間利用者が8600万人に上る無料通信アプリを運営する「LINE(ライン)」(本社・東京都)が利用者の画像データなどを韓国のサーバーで保管していた問題に絡み、子会社が運営するスマホ決済「LINE Pay(ペイ)」利用者の取引情報のほか、加盟店の企業情報や銀行口座番号も韓国内のサーバーに保管されていたことがわかった。

    朝日新聞 LINE Pay情報、韓国に保管 加盟店の口座番号も

     6月2日に上の記事を書いた朝日新聞の峯村健司氏が記事のいきさつについて語っている。

    https://news.yahoo.co.jp/articles/40459061033c7b81e374c1fac5cf9d7237c17397

  • 町山智浩氏の「天気の子」論について

    町山智浩氏の「天気の子」論について

     2021年10月中頃、著名な映画評論家・町山智浩氏が新海誠監督の映画「天気の子」を論じた文章を収めた著書が売り出されたと聞いて、参考にしようと思って、発売日に書店に買いに行った。


    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)

    「天気の子」の位置づけ

     「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」で町山智浩氏は13本の映画をとりあげているが、「天気の子」を最後にとりあげている。

     「天気の子」を最後にしたことには意味があるようである。インタビューで町山氏は次のように語っている。

    一番おとなしそうな映画に見えて、一番恐ろしいメッセージを持っています。「親の世代がやってきたことで子供たちが犠牲になる必要はないんだ」という話ですからね。

    主人公の男の子たちは、おそらく最初から貧富の差が激しいところに生まれたから、豊かさも、贅沢(ぜいたく)も知らない。その分、『パラサイト』の父親と違って負けた経験さえないから卑屈にならず、「愛にできること」の側に立てる。そこに可能性を見ている作品だと思うので、最後にしました。やっぱり最後は希望を感じてもらいたいから。

    週プレNEWS 『万引き家族』『パラサイト』『ジョーカー』『天気の子』……「格差映画」多発現象から読み解く、現代社会の闇

    https://wpb.shueisha.co.jp/news/society/2021/10/12/114571/

     「天気の子」は「一番おとなしそうな映画に見えて、一番恐ろしいメッセージを持って」いるものであるという。また「最後は希望を感じてもらいたい」ともいう。そういう意味で最後に置いたというのである。


    「天気の子」Blu-rayスタンダード・エディション

    気になるところ

     読んで気になるところをとりあげてみる。

    青空

     まず次のところでひっかかった。

    『天気の子』は、新海誠監督の作品の最大の魅力だった青空をほとんど封じて、雨か曇天ばかりにすることで、逆に空の美しさ、晴天の美しさを強調している。

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」 、248頁

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)

     そうだったのか?

     青空が「新海誠監督の作品の最大の魅力だった」のであって、「雨か曇天ばかりにすること」は、「新海誠監督の作品の最大の魅力だった青空をほとんど封じ」たことであったのか?

     新海誠監督の作品と言われると、「天気の子」、「君の名は。」とさかのぼってすぐに「言の葉の庭」を思い出すが、「言の葉の庭」は新海誠監督が雨を描くことに力を注いだ作品である。

     「言の葉の庭」は、「新海誠監督の作品の最大の魅力だった」青空を「ほとんど封じ」た作品であったのか?


    劇場アニメーション 『言の葉の庭』 (サウンドトラックCD付) [Blu-ray]

    地球温暖化

     町山智浩氏は映画「天気の子」を地球温暖化と関係づけている。

     新海誠監督も「天気の子」に近年の気候変動を取り入れたと語っている。

    僕はこれまで、映画の中で、日本の美しい穏やかな四季を折々の天候も含め、情緒として描いてきました。でも近年、猛暑が続いたりゲリラ豪雨が当たり前になったりするなかで、「天候が変わってきた」と強く意識するようになりました。こうなると天気は、情緒というより、人間に相対するもの、備えなくてはならない対象に変わってきます。そういう生活実感が時代の気分の中にあるので、天気を通じて、今の気分を映画の中に持ち込めるんじゃないかと考えたんです。

    YAHOO!ニュース 「『君の名は。』に怒った人をもっと怒らせたい」――新海誠が新作に込めた覚悟

    https://news.yahoo.co.jp/feature/1389/

     町山智浩氏はそのことを世代論と関係づけている。

     「天気の子」の大人をその気候変動をもたらした世代として、主人公たち子どもをその世界で生きなくてはならないものとして、対立させている。( 「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」 、 252頁)

     「天気の子」は大人と対立する若者を描く作品であるが、その対立は気候変動をめぐってなされているのである。

     大人と対立する若者を描いているということについて↓

    貧困

     町山智浩氏は映画「天気の子」を、現代の貧困と関係づけている。

     新海誠監督も是枝裕和監督の「万引き家族」と近いところがあると語っている。

    随分テイストは違うし『天気の子』より遥かに社会派ではあると思うんですけど、僕は『万引き家族』(是枝裕和監督の映画)を見たときに、ちょっとだけやりたいと思ってることは近いな、と感じたんです。子供がいてお姉ちゃんがいておばあちゃんがいて少年がいて。

    KAI-YOU 新海誠『天気の子』インタビュー前編 「変化する東京の街並み」への思い

    https://kai-you.net/article/66464

     町山智浩氏は「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は格差を描く」で「天気の子」の一つ前で「万引き家族」をとりあげている。

     ただし「天気の子」では町山智浩氏の語るような貧困は描かれていない。

     町山智浩氏は非正規雇用の増加と関係づけて日本の貧困について論じている。( 「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」 、255頁)


    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)

     しかし「天気の子」では、非正規雇用の増加などと関係のある貧困は描かれていない。

    ・主人公の貧困は高校生でありながら家出して東京で生きようとすることによるものである。

    ・ヒロインの貧困は親が亡くなったにもかかわらず、役所から隠れて弟と二人で暮らそうとすることによるものである。

    ・須賀は経済的に成功している。

    「千と千尋の神隠し」

     「『天気の子』は、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(01年)に通じている」と町山智浩氏は語る。(「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」、258頁)


    千と千尋の神隠し [Blu-ray]

     どういうことか?

    『千と千尋の神隠し』の主人公の少女・千尋は、神へのお供え物を食べちらかして豚になってしまった両親の罪を贖うため、湯屋で働かされる。千尋の親はバブル世代、飽食と贅沢のバブル世代の後、日本は経済的な停滞に突入し、若い世代は生きるために仕事を選りごのみできなかった。湯屋、つまり性風俗すら。
    『天気の子』では、大人たちの欲望の街に、大人たちの欲望の果ての地球温暖化が雨を降らせる。陽菜はその犠牲として身をすり減らし、号泣するように凄まじい豪雨をもたらす。ついには天空に消えてしまった陽菜を取り返すため、帆高は拾った拳銃を発射する。

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」 、 258頁

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)

     気になるところがいくつか。

     第一に、「天気の子」の雨は「大人たちの欲望の果ての地球温暖化」とされていないのではないか?

     「天気の子」での陽菜の犠牲は、「大人たちの欲望の果ての地球温暖化」に対するものとはされていないのではないか?

     「陽菜はその犠牲として身をすり減らし、号泣するように凄まじい豪雨をもたらす」というが、豪雨は陽菜が自身を犠牲としないことによって起こったのでは?

     「天気の子」と「千と千尋の神隠し」とで共通するところは、主人公が親から独立するところ、公開された時の日本の現実と関係するところがあること、空中で若い男女が手を取り合って落ちて行くという絵、このくらいではないか?

    世間との対立

     「天気の子」において主人公が世間と対立することについて、町山智浩氏は次のように語っている。

     帆高に対して「大人になれ」と言う人もいるだろう。でも、「大人になれ」と言った大人たちが作ったのが今の世界だ。毎年、すごい暑さや山火事や豪雨や洪水で人が大量に死んで、極地の氷が溶けて沈みゆく世界だ。これが経済や国家を優先させた大人の世界の結果だ。
     だから、たったひとつの間違いなく大事なことは、自分の愛する目の前の人を命を懸けて戦って守ることだけではないか。君の愛する人と世界が戦うなら、世界全部を敵に回してもいい。

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」、261頁

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)

     「「大人になれ」と言った大人たちが作ったのが今の世界だ。」というところまではいいとしても、大人たちが作った今の世界は「毎年、すごい暑さや山火事や豪雨や洪水で人が大量に死んで、極地の氷が溶けて沈みゆく世界だ。これが経済や国家を優先させた大人の世界の結果だ。」ということは、「天気の子」という作品の中にはないのではないか?

     「天気の子」の作品の中にはないことを町山智浩氏は「天気の子」におしつけているのではないか?

     現実世界の町山智浩氏の政治的主張を「天気の子」に持ち込んでいるのではないか?

     町山氏はその後にも「消費税が上げられる」とか「コロナでこれだけの死者が出ても政府は税金を使って全国の病院からベッドを削減する」とかいうことをそのまま「天気の子」と関係づけている。(「「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」、262頁)

     そういうことは町山智浩氏の政治的主張であって、「天気の子」そのものとは関係ないのではないか?

     「天気の子」の主人公と世間との対立は、あくまでも作品の中で描かれた主人公と世間とによって考えるべきではないか?

    ラスト

     この映画の結末にはどういう意味があるのか?

     その問いに対して町山氏は次のように答えている。

    「僕たちは世界を変えてしまった」
     帆高は言う。しかし、東京は水没していく。彼らは何を変えたのか? これでハッピーエンドなのか?
     その答えは宮崎駿の作品にある。
     宮崎駿監督は水没を何度も描いてきた。『未来少年コナン』(78年)でも、『パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻』(73年)でも、『ルパン三世 カリオストロの城』(79年)でも。それは災いではなく、穢れたものを洗い流す浄化と再生の儀式として描かれる。
    『崖の上のポニョ』(08年)では、人間の男の子、宗介と、さかなの女の子ポニョとの恋が嵐を呼んで、世界を水没させてします。人間の文明と大自然が結婚して、両者が共存する新世界が生まれるために。
    『天気の子』では、水没した地区はもともと海だったんだ、という。つまり、人間が長い間かけて変えてきたものが元に戻っただけなんだと。これは滅びではなく、はじまりなのだ。

    「最前線の映画」を読む Vol.3 それでも映画は「格差」を描く (インターナショナル新書)」、265頁

    崖の上のポニョ [Blu-ray]

     まず、町山智浩氏が「天気の子」で、水没したところはもともと海であったというところをとりあげて、「これは滅びではなく、はじまりなのだ」と結んでいることに疑問がある。

     「天気の子」で、水没したところはもともと海であったと語ったのは、主人公ではない。むしろ「大人」の側の人物である。

     その言葉に対して主人公は釈然としていない。

     最後の場面での主人公の確信は、その言葉によることではなく、その後にヒロインと出会ったことによることである。

     最後に主人公が確信したのは「元に戻っただけなんだ」ということではなく、主人公たちが「世界を変えてしまった」ということである。

     新海誠監督の作品を宮崎駿監督の作品によって解釈するということによって、新海誠監督の作品そのものに向き合わなくなっているのではないか?


    パンダコパンダ 雨ふりサーカスの巻

    おわりに

     「最も危険なアメリカ映画」でもそうであったが、この著書でも町山氏は映画を政治とからめて論じている。

     そのせいか私には、政治論としても、映画論としても、中途半端になっているように見える。

     映画に特定の政治思想がおしつけられて、映画そのものに向き合うことが十分にできていないように見える。

     政治思想も、すでにきまったものとして与えられて、掘り下げられることはない。

     その他にも、宮崎駿監督の作品によって解釈することによって、「天気の子」そのものをとらえそこなっているところがないか?


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  • 【考察】西浦博氏の第5波の予測が正しくなかったことについて

    【考察】西浦博氏の第5波の予測が正しくなかったことについて

     京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博氏は、東京オリンピック2020が開催されている間にも、新型コロナウイルスのために中止を主張していた。

     しかし西浦氏の主張に反して、オリンピックは中止されず、最後まで開催された。

     西浦氏は、8月中頃にはロックダウンの必要を主張した。

     しかし西浦氏の主張に反して、ロックダウンは行われなかった。

     ところが8月末にパラリンピックが行われていたころには、感染は落ち着いてきていた。

     西浦氏の予測は正しくなかったのである。

    過大な予測

    TumisuによるPixabayからの画像

     西浦博氏は2021年8月31日にBuzzFeedのインタビューを受けて居る。(公開は9月1日、2日)

    https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210831-1

    https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210831-2

     パラリンピックが行われていた時である。 (開会式は8月24日、閉会式は9月5日)

     その時には感染が減少に向かっていたことを西浦氏は認めている。

    こうした分析から総合的にみると、今の状態が続けば、感染者の減少はさらに続くと判断していいと思います。

    Buzzfeed 少し喜んで、でもまた引き締めて 西浦博さんが悩みながら分析したコロナの現状

     そのインタビューにおいて、西浦氏は次のように語っている。

    デルタ株の流行が起き、他の国の流行状況も見ていると、人出がこれだけある中で減らすのは「もう無理かもしれない」と本気で思っていました。
    (中略)
    だから、感染者が落ちているかもしれないデータをこの数週間見ている時、なぜなのだろうとずっと思考を巡らしていました。

    デルタ株にオリンピック、お盆や連休……それでもなぜ感染者は減った?西浦博さんが4つの仮説を検証

     感染を減少させることは「もう無理かもしれない」というのが西浦氏の予測であった。

     ところが現実には「感染者が落ちている」。

     予測したことと異なることが現実には起こった。そこで西浦氏は理解することができなかったというのである。

     西浦氏は具体的には次のように予測していた。

    7月後半は2を超えていたので、当初、8月後半には万を超えるだろうとする予測値を出していました。明らかにそれは過大評価でした。でも、その予測を出した時は十分にあり得ると思っていました。

    デルタ株にオリンピック、お盆や連休……それでもなぜ感染者は減った?西浦博さんが4つの仮説を検証

     その予測は「過大」であったと西浦氏も認めている。

     また「そのシナリオは8月前半のものが過大でした。」と言い、「当初の予測と違って、なぜここまで感染者が減ったのかを考えているのですが、」と言っている。

    科学

     西浦氏は「その予測を出した時は十分にあり得ると思っていました。」と語っているが、正しくない予測は正しくない予測にすぎない。

     予測した時点で正しくなかったのである。

     正しくない予測をしたということは、科学的に正しくないことをしたということである。

     西浦氏はその正しくない予測を、8月の中頃まで正しいと思い込んでいたようである。その間、科学的に正しくないことを語っていたわけである。

     西浦氏は、十分な根拠なしに、その正しくない予測を正しい予測であるかのように語って、他人におしつけていた。科学者として問題があるのではないか?

     西浦氏はその正しくない予測が正しくないかもしれないということを、結果が現れるまで考えていなかったように見える。科学者として問題があるのではないか?

     そもそも予測にはいつでも不確実なところがあると思われるのに、西浦氏は自信満々で自分の予測を他人におしつけていた。科学者として問題があるのではないか?

    政治

     西浦氏はその正しくない予測をもとにした政治的な主張をしていた。

    正しくない

     正しくない予測をもとにした政治的な主張は、正しくないものになる。

    リスク対策

     危険に対してはどちらかというと過大に予測した方がいいということはできるかもしれない。

     しかしそういうことは政治が決めるべきことである。西浦氏等の専門家が決めることではない。

     第5波の中でのオリンピック、ロックダウンについて意見が対立していた中で、西浦氏のように過大な予測によって、一方が正しく、他方は正しくないかのように語ったことは、正しいことではない。

    科学と政治

     西浦氏は科学の範囲を超えて、政治に踏み込んでいる。

     西浦氏も、専門家は科学的な「リスク評価」にとどまるべきであって、その範囲を超えて政治的な発言をしてはならない、という考えをもっていた。

     下の記事↓でもそういう考えを述べている。

    https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210625-2

     しかし西浦氏がオリンピックの中止を主張したことも、ロックダウンの必要を主張したことも、科学の範囲を超えて政治の範囲に踏み込んだものである。

     オリンピックを中止するかどうか、ロックダウンを行うかどうか、いずれも政治の問題である。

     政治の問題について、西浦氏のように専門家として自分の主張を科学的であるかのように語ると、他の人の自由な意思は抑圧される。

     今回は西浦氏の予測が正しくなかったことによって、その問題が見やすくなった。

    オリンピック

    写真AC

     オリンピックに関する西浦氏の言葉をとりあげてみる。

    開催前

     西浦氏はオリンピックの開催前にオリンピックのリスクを強調して「国際的に恥をかく事態も」と語っていた。

    https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-nishiura-20210625-2

     しかし西浦氏が語ったような「国際的に恥をかく事態」にはならなかった。

     西浦氏はその過大な予測によって国民の自由な意思を抑圧したということができる。

    開始直後

     西浦氏はオリンピックが開幕して間もなく、中断を提案した。

     東京オリンピック2020は、7月21日に競技が始まって、23日に開会式が行われたが、西浦氏は24日に中断を提案している。

     オリンピックの中断を提案することは、専門家の範囲を超えて政治に踏み込んだものと言わざるを得ない。

     しかも開会式の次の日に五輪を中断するという大変な政治的決断を、専門家として科学的であるかのように語っているのである。

     この時にも西浦氏の予測は過大であった。

     西浦氏によると、「この時点でオリンピックを中断」しなくてはならないようである。

     現実には、オリンピックを中断しなかったが、それにもかかわらず、西浦氏の予測に反して、8月のうちに感染は減少に向かった。

     西浦氏の提案したように「この時点でオリンピックを中断」しなくてはならない、ということはなかったように見える。

     西浦氏がこの時点で正しく予測していなかったことを考えると、西浦氏は、オリンピックと感染との関係、オリンピックを中断すること感染との関係についても正しく知らなかったのではないかと思われる。

     正しく知らなかったにもかかわらず、専門家として正しいことであるかのように見せて、政治的な決断を強要していたとのであろうか?

     危険に対して過大に予測するという考え方でも、すでに言ったように、対立する意見の一方を正しいとすることは正しいことではない。

     西浦氏の提案するようにオリンピックを開会式の次の日に中断することは、多くの人にとって容易に受け入れることのできないことと思われる。

     西浦氏は五輪を開催して「国際的に恥をかく」かもしれないと語っていたが、西浦氏が提案したように五輪を中断することは、「国際的に恥をかく」ことになったのではないかと思われる。

     ところが西浦氏はそういう気持ちを全く無視して、自分の主張が科学的に正しいものであるかのように押し付けている。

    謝罪要求

     オリンピックの閉会式は8月8日に行われた。

     8月13日に西浦氏は東京都知事に謝罪を要求していた。

     小池都知事がオリンピックは「人出を増やす要因にはならなかった」と語ったことに対して、西浦氏は「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たゆえに、謝罪しなくてはならないというのである。

     私は当時このツイートを読んで違和感があった。この時点でそれほど五輪と感染との関係が明らかになっているとは思えなかったからである。

     その後に西浦氏の予測が正しくなかったことが明らかになった。

     西浦氏は都知事に「足下の現実」を見るように言っているが、西浦氏自身「足下の現実」が理解できなくなった。それまでもわかっていなかったのである。

     西浦氏はこの時点で上のようなことを言うだけの科学的根拠をもっていなかったのではないか?

     以下、「人出」について、「感染制御の声 」について、詳しく考えてみよう。

    人出

     西浦氏はその後のインタビューにおいて、オリンピックと人出の関係について次のように語っている。

    東京都医学総合研究所社会健康医学研究センターの西田淳志先生の分析したデータが示していますが、4連休が終わった時は繁華街の夜間の滞留人口が減りました。その後は横ばいです。
    どちらかというとオリンピック後半期は、「人流」と言われたものを見れば増加しました。
    接触とか夜間の繁華街でハイリスクの行動を取ることに関して言えば、オリンピックの影響はほぼなかった、つまり、明らかな増加も減少もなかった、と思います。
    減ったということもなければ、途中から人流が増えてもいる。滞留人口は変わっていないので、あとは、バブルや定期的検査がきちんと実行されていたか、五輪中の接触の変化が日本での影響に流行を及ぼしたか。オリンピックの影響を人流以外で示していくことが必要だと思います。

    デルタ株にオリンピック、お盆や連休……それでもなぜ感染者は減った?西浦博さんが4つの仮説を検証

     要するに、オリンピックの影響は「人流」というかたちでは現れなかったというのである。

     西浦氏は、オリンピックによって人流が減ったということに反対しているのであるが、「接触とか夜間の繁華街でハイリスクの行動を取ることに関して言えば、オリンピックの影響はほぼなかった、つまり、明らかな増加も減少もなかった、と思います。」と言っている。

     西浦氏が批判した小池都知事の発言は、「五輪と人出の関係否定」、五輪は「人手を増やす要因にはならなかった」というものであって、西浦氏もその後に同じ結論に達したように見える。

    感染制御の声

     西浦氏は「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たと語っている。

     しかし「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たということは、測定が容易でないことではないか?

     この時点で西浦氏は、都知事に謝罪を要求することができるだけの科学的根拠をもっていたのであろうか?

     西浦氏も後で認めたように「人出」に関して五輪による影響はなかったということは、「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たということによる影響は少なかったということではないか?

     西浦氏は後のインタビューにおいて、「声が届いているとは言い難い」状況があったと言い、五輪の「心理的な影響」は大きかったと語っている。

    ーーとりあえず、感染者が減少傾向にある事は喜んでいいのですよね。

    これはものすごくいいニュースだと思っています。デルタ株に関して、これまでもお話してきた通り、減るのかどうか怖いところがありました。
    基本再生産数(※何も対策しない場合の一人当たりの二次感染者数の平均値)で言うと5を超えるような感染症を、人の行動を制限することで食い止める経験は、過去に一切なかったことだと思います。
    しかも、社会経済活動はそれなりに続いています。すごく制御にとって後ろ向きな条件下なのです。緊急事態宣言が長引いて、声が届いているとは言い難い。中でも、オリンピック開催の心理的な影響は相当大きかったと思います。
    宣言に効果がなく、ますます医療が厳しくなったらさらに厳しい措置をしなければなりません。どうしても仕方なければ、立法でロックダウンを考えてほしいという議論もこれまでになされてきました。
    そんな中、私権が制限され、経済的な影響も甚大である対策を打たずに済む可能性が出てきたのは、本当に良い兆候だと思います。

    Buzzfeed 少し喜んで、でもまた引き締めて 西浦博さんが悩みながら分析したコロナの現状

     現実には西浦氏の予測とは違うことが起こったこということは、西浦氏が語るほど「すごく制御にとって後ろ向きな条件下 」ではなかったということではないか?

     「緊急事態宣言が長引いて、声が届いているとは言い難い。」とか、「中でも、オリンピック開催の心理的な影響は相当大きかったと思います。」とかいう西浦氏の予測がそもそも正しくなかったのではないか?

     また、次のインタビューにおいて西浦氏は、五輪には「心理的インパクト」があったと語っている。

    元からスタジアムの中での伝播の可能性は低いことはわかっていました。運営上は、全国民の移動率や接触率が急上昇せずに終わっていることは確かです。
    だから主な影響として疑いなく言えるのは、心理的インパクトだと思います。心理的インパクトは数値化するのが困難ですが、他の点については、いくつかの分析はしていますので、より詳細な分析は今後研究として報告します。

    デルタ株にオリンピック、お盆や連休……それでもなぜ感染者は減った?西浦博さんが4つの仮説を検証

     ここで「心理的インパクト」というのは、前に「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たとか、「心理的な影響」とか言っていたことと同じことのようである。

     西浦氏は「元からスタジアムの中での伝播の可能性は低いことはわかっていました。」と言い、「全国民の移動率や接触率が急上昇せずに終わっていることは確かです。」と言って、「主な影響として疑いなく言えるのは、心理的インパクトだと思います。」と語っている。

     しかしそもそもその二つの要因がなくなっているのであるから、感染に対する五輪の影響は小さくなっているのではないか?

     そしてその「心理的インパクト」ということは西浦氏も「数値化するのが困難」と認めるものである。

     西浦氏は「疑いなく言える」と語っているが、曖昧ではないか?

    疑問

     西浦氏が「五輪で感染制御の声が届きにくくなっ」たことをもって都知事に謝罪を要求していることは、これまでみてきたように根拠が曖昧がある。

     少なくとも西浦氏がツイートした時には明確でなかったと思われる。

     西浦氏はこのように十分に根拠がないのに他人を断罪する傾向があるのではないか?

     しかも都知事のような政治的な立場の人に対して、専門家として科学的に根拠をもっているかのような言葉で謝罪を要求することは、科学者が科学の範囲を超えて科学の権威を悪用して政治に踏み込むことではないか?

    ロックダウン

    Photo by Adli Wahid on Unsplash

     西浦氏は8月13日にロックダウンが必要だと主張していた。

     現実にはロックダウンは行われなかったが、それでも「新規感染を充分に下げること」はできた。

     西浦氏も8月31日のインタビューで、「私権が制限され、経済的な影響も甚大である対策を打たずに済む可能性が出てきた」と語っている。

     「ロックダウンをしないと新規感染を十分に下げることは困難」という西浦氏の予測は正しくなかったのである。西浦氏も自らそのことを認めている。

    政治

     西浦氏は、「ロックダウンをしないと新規感染を十分に下げることは困難」という言葉について、科学者としての「リスク評価」の範囲内であって、政治的な発言ではないと考えているようである。

     ロックダウンしない場合にどうなるかということを客観的に示したにとどまるものと考えているようである。

     しかし西浦氏のツイートの言葉は、政治家にロックダウンをしなくてはならないと迫る政治的な主張に聞こえる。

     西浦氏の予測が正しくなかったことからも、科学的ではなく政治的であったように聞こえる。

    その後の言葉

     西浦氏が後のインタビューにおいて次のように語っているところが気になった。

    ニュースでご覧の通り、政府はロックダウンをしようとしませんでしたよね。
    専門家としては、その条件下でどんな措置ならできるのか、水面下で必死に検討していました。措置の中身によっては社会に大きな影響を与えるだろうし、かと言って自粛が限界を迎える頃です。どうすればいいんだと頭を抱えていました。
    その中で、今のような対策を何重かに重ねてしっかり実行していれば減少傾向に転じたということは、まずみんなで自信を持つべきことです。自信を持ってそのままもう少し継続したい。しっかり頑張れば9月中に、安定的に減っているように見えてくるはずです。

    Buzzfeed 少し喜んで、でもまた引き締めて 西浦博さんが悩みながら分析したコロナの現状

     ここでも、政府はロックダウンをしようとしなかったと、その無為無策を批判しているようである。

     そしてそれに対して西浦氏等は「その条件下でどんな措置ならできるのか、水面下で必死に検討していました。」と、働いていたことを強調している。

     しかし西浦氏も認めているように、ロックダウンをしなくても「減少傾向に転じた」。ロックダウンをしなくても「減少傾向に転じた」ということは、西浦氏は正しくなくて、政府の方が正しかったということである。

     ところが西浦氏はそのことを反省せずに、なおも政府を悪者にし続けようとしているのである。

    問題

     西浦氏の予測は正しくなかった。

     そのことに向き合って、わからないことはわからないとして、出直さなくてはならないのではないか?

     そうでなくては、これからも同じ過ちを繰り返すのではないか?

     たとえば西浦氏は8月31日のインタビューにおいて、9月以後のことについて次のように予測していた。

    さらに先を考えると、9月は感染者が増えるような連休はありません。今、直近で怖いと思われる要素は、夏休み明けの学校再開の影響です。大学等の高等教育機関では9月中旬以降から開始するところが多いとうかがっていますが。

    Buzzfeed 少し喜んで、でもまた引き締めて 西浦博さんが悩みながら分析したコロナの現状

     「夏休み明けの学校再開」で感染が拡大するおそれがあるというのである。

     現実には、西浦氏がおそれていたようなことは起こらず、9月から10月にかけて日本の感染者数は減少を続けた。

     その間にそれまでと異なる特別な対策は行われなかった。9月30日をもって緊急事態は終了した

     西浦氏は次のように語っている。

    その中で、今のような対策を何重かに重ねてしっかり実行していれば減少傾向に転じたということは、まずみんなで自信を持つべきことです。自信を持ってそのままもう少し継続したい。しっかり頑張れば9月中に、安定的に減っているように見えてくるはずです。

    Buzzfeed 少し喜んで、でもまた引き締めて 西浦博さんが悩みながら分析したコロナの現状

     西浦氏は「今のような対策を何重かに重ねてしっかり実行していれば減少傾向に転じた」というが、西浦氏はその「今のような対策」をそれではいけないと言っていた。

     西浦氏は正しくなかったことを正しくなかったと明らかにすることから始めなくてはならないのではないか?

     西浦氏が専門家の範囲を超えて政治に踏み込んだことについても、正しくなかったことを正しくなかったと明らかにすることから始めなくてはならないのではないか?

  • 画像診断医・屋代香絵氏の第5波収束論について

    画像診断医・屋代香絵氏の第5波収束論について

     新型コロナウイルスの第5波は、2021年7月から8月にかけて日本でそれまでなかったほど拡大した後、激減していった。

     それまで専門家はそのように予測していなかった。

     そこで何故にそうなったのかわからないと言われることになった。

     その中で、2021年10月12日、画像診断医・屋代香絵氏は第5波がどうして収束したのか、わからないわけではないというツイートをした。

     そのことについて考える。

    屋代氏の主張

     屋代氏は10月12日に次のようなツイートをした。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1447704573230006273?s=20
    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1447708302712860672?s=20
    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1447721873530245120?s=20

     4つの要因があることはわかっていて、その寄与度はわからない、というのである。

     屋代氏がこのツイートで何を意図しているのか、私にはよくわからなかった。

     しかし次にとりあげる掛谷氏の批判に対する屋代氏の反応から考えると、屋代氏は、専門家はそれほどわかっていないのではなく、それなりにわかっている、ということによって、専門家の知識を信じさせ、専門家の主張する対策を信じさせようとしているのではないか、と思った。

    掛谷氏の批判とそれに対する反応

     屋代氏が「「わからない」訳ではない」というのに対して、掛谷氏は「科学的に分かっていない」と批判した。

     屋代氏はそれに対して次のようなツイートをしている。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1447938813976797190?s=20

     答えるのでなく、馬鹿にしているのである。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1448067552660410374?s=20

     掛谷氏に対する反論として、エラーカタストロフィ説に対する反論が出て来る。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1448128442222841856?s=20

     掛谷氏に対して直接に反論せずに、自分の内で嘲笑しているのは、いささか奇妙である。

     掛谷氏は「分からないことを正直に分からないと言えない人に科学は向かない」と言っているのに、そのことには全く答えずに、掛谷氏は「エラーカタストロフィ説」を主張しているときめつけて、「エラーカタストロフィ説」に反論して満足していところも、理解できない。

     私は掛谷氏と同じように、分からないことは分からないと認めるべきだと思っていたので、屋代氏がそういう掛谷氏に対して答えずに、自分の内で嘲笑しているところをみて、衝撃を受けた。

     屋代氏の言動は、掛谷氏に対する個人的な感情によるものかもしれないが、分からないことは分からないと認める、という課題に向き合うことを避けようとしているようにも見える。

    第5波のシミュレーション

     屋代氏は、掛谷氏の批判を受けたスレッドの真ん中で、第5波についての栗原氏のシミュレーションをとりあげて、次のように語っている。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1448107787628605444?s=20

     屋代氏がそこでとりあげているグラフは、掛谷氏の批判に対するはじめのツイートでもとりあげていたものである。

    https://twitter.com/AdultSpotDiffer/status/1447938813976797190?s=20

     掛谷氏に対する屋代氏の主張はそのグラフにあるようである。

    屋代氏の考え

     屋代氏は栗原氏のグラフをとりあげて、「今まで全く予測していなかったイレギュラーなファクターが出てきて収まったわけではなさそう」という。

     ここでもファクターは予測していた、わかっていたというのである。

     そしてそのことに続けて自粛不要説に反対している。

     わからないということをもとにした自粛不要説に反対して、わかっていたということをもとにして自粛必要説をといているようである。

    批判

     ところで屋代氏のこのツイートに対しては多くの批判が寄せられている。

     屋代氏は、現実は「綺麗に黄色の線に乗って」いるとして、それゆえに「今まで全く予測していなかったイレギュラーなファクターが出てきて収まったわけではなさそう」と語った。

     しかし黄色の線は「全国的に第1回緊急事態宣言と同等の効果が見込める場合」の「見通し」である。

     第5波の時に「全国的に第1回緊急事態宣言と同等の効果」はなかった。

     それにもかかわらず、「全国的に第1回緊急事態宣言と同等の効果が見込める場合」の「見通し」と同じ結果になったということは、「予測していなかった」ことが起こったということではないか? と批判されたのである。

    栗原氏のシミュレーション

     栗原氏が8月17日に公開したシミュレーションでは次のように言われていた。

    現在の緊急事態宣言

    現在の緊急事態宣言は、その実質は直前のまんぼうと同程度であることから、感染爆発を抑えるのは難しい。

    SNSと報道データに基づく人の行動モデルの提案と感染シミュレーション

     9月半ばまで感染爆発は止まらず、グラフの緑の線のようになるとされる。

    第1,2回緊急事態宣言レベル

    過去の第1,2回緊急事態宣言レベルの人出に抑えることができれば感染爆発を早期に抑えることができるものの、現状では国民の自主性では極めて難しい。
    ※強制力の強い方法を工夫する必要がある。

    SNSと報道データに基づく人の行動モデルの提案と感染シミュレーション

     「過去の第1,2回緊急事態宣言レベルの人出に抑えること」ができると、黄色の線または青の線に、感染爆発は抑えられ、感染者数は減少していく、というのである。

     「現状では国民の自主性では極めて難しい」として、「強制力の強い方法を工夫する必要がある」と語っているが、「強制力の強い方法」とはロックダウンのことのようである。

     実際には、「感染爆発を抑えるのは難しい」と言われた「現在の緊急事態宣言」で、「強制力の強い方法」を用いることなく、「感染爆発を早期に抑えることができ」た。

    https://www.covid19-ai.jp/ja-jp/presentation/2021_rq3_countermeasures_simulation/articles/article149/

    問題

     栗原氏のシミュレーションは、まさに8月中頃に専門家が正しくない予測をしたものであった。

     そのシミュレーションをとりあげて「今まで全く予測していなかったイレギュラーなファクターが出てきて収まったわけではなさそう」というのでは、分かっていないのに分かったことにしているように聞こえる。

     何故に正しくない予測をしたのか? ということを第一に考えなくてはならないのではないか?

     分かっていないままで対策をしても、正しいことにならないのではないか?