カテゴリー: フレッド・アステア

  • 映画「ブルー・スカイ」 アステア・クロスビー共演2作目

    映画「ブルー・スカイ」 アステア・クロスビー共演2作目

     1946年に公開された映画「ブルー・スカイ」(原題は “Blue Skies” )は、ダンスのスター、フレッド・アステアと歌のスター、ビング・クロスビーが共演した映画。

     2人は1942に公開された映画「スイング・ホテル」で初めて共演して、「ブルー・スカイ」は2作目。

     楽曲は「スイング・ホテル」と同じくアーヴィング・バーリン。

     「スイング・ホテル」は白黒であったが、「ブルー・スカイ」はカラー。

     フレッド・アステアが引退作として力の入ったダンスを見せている。


    ブルー・スカイ [DVD]

    映画「ブルー・スカイ」のあらすじ

     ジェド(フレッド・アステア)がラジオ番組で過去を語る。そして過去の映像が流れる。

     ダンサーのジェドは、マリー(ジョーン・コールフィールド)が好きで結婚をもとめていた。

     ところがマリーはジョニー(ビング・クロスビー)のことが好きになった。

     ジョニーもマリーのことが好きになった。

     しかしジョニーには付き合っている女性に言わずに自分の好きなことをやって、女性を苦しめるところがあった。

    映画「ブルー・スカイ」の雰囲気

     3人の関係は映画「スイング・ホテル」と似ているということもできる。(フレッド・アステアが好意を寄せる女性がビング・クロスビーに好意を寄せているという関係)

     「スイング・ホテル」ではその関係はコミカルに描かれていた。

     「ブルー・スカイ」ではその関係はそれより暗く描かれている。

     「ブルー・スカイ」では、主要人物3人が皆苦しんでいる。しかも結婚とか、時間の経過とか、その苦しみに重みがある。

     「ブルー・スカイ」はフレッド・アステアの引退作として作られていた。そのことと関係があるのであろうか?

    (実際には、フレッド・アステアは数年後に復帰している)

    映画「ブルー・スカイ」のみどころ

     映画「ブルー・スカイ」のみどころは、アーヴィング・バーリンの楽曲、ビング・クロスビーの歌、フレッド・アステアのダンス。

     ビング・クロスビーは「ブルー・スカイ」その他多くの歌を歌っている。

     前作「スイング・ホテル」で有名になった楽曲「ホワイト・クリスマス」を「ブルー・スカイ」でもビング・クロスビーは歌っている。

     ”a Couple of song and dance men” では、ビング・クロスビーとフレッド・アステアが2人で歌い、踊り、芸を見せている。

     フレッド・アステアは、引退作ということもあってか、特に力が入っている。

     はじめの “a pretty girl is like a melody” から華やかな衣装の多くの女性の間で、フレッド・アステアは軽やかに遊ぶようなタップダンスをみせている。

     終盤の “Heat Wave” (ヒート・ウェイブ)では、オルガ・サン・ホワンを相手に、背後の多くのダンサーとともに踊っている。

     特にすぐれているのが “Puttin’ on the Ritz” (プッティン・オン・ザ・リッツ)。

     トップ・ハット姿で、タップダンスも杖さばきもキレがあるが、背後の9人のフレッド・アステアとともに踊るところは、映像として面白い。

    狂乱の20年代

     フレッド・アステアが狂乱の20年代(Roaring Twenties)について語っている。

    映画「ブルー・スカイ」のDVD


    ブルー・スカイ [DVD]
  • 【映画】「スイング・ホテル」 名曲「ホワイトクリスマス」が初めて歌われた映画

    【映画】「スイング・ホテル」 名曲「ホワイトクリスマス」が初めて歌われた映画

     1942年に公開された映画「スイング・ホテル」(原題は “Holiday Inn” )は、ビング・クロスビーとフレッド・アステアが初めて共演した映画である。

     歌手のスターとダンサーのスターが共演して、それぞれの持ち味が生かされて、大ヒットとなった。

     アーヴィング・バーリンの名曲「ホワイト・クリスマス」が初めて歌われた映画でもある。


    スイング・ホテル [DVD]

    「スイング・ホテル」のあらすじ

     映画のはじめのところを少し。

     歌手のジム(ビング・クロスビー)は、ダンサーのテッド(フレッド・アステア)とともに舞台で歌ったり踊ったりしていたが、その仕事をやめて田舎に移り住むことにした。

     ところが田舎の暮らしは思うようにいかず、休日だけ開く「ホリデー・イン」(原題)をやることにした。

     その仕事をともにする女性をも得て、恋愛感情を持つに至った。

     ところがそこに、新たな女性パートナーをもとめていたテッドが転がり込んできた。

     ジムはこれまで愛する女性をテッドに奪われてきたので、今度も奪われるのではないかと戦々恐々とする。

     こういう話がコミカルに描かれている。

    ビング・クロスビーとフレッド・アステア

     ビング・クロスビーは、踊ることのできない、いささか鈍重な男の役、フレッド・アステアはそれに対して踊ることのできる器用な男の役である。

     ビング・クロスビーが主役のようである。

     ビング・クロスビーは歌手の役で、アーヴィング・バーリンの様々な歌を歌って聞かせる。「ホワイトクリスマス」はそのひとつ。

     フレッド・アステアはダンサーの役で、酔った踊りとか、爆竹をつかった踊りとか、色々と面白い踊りを見せている。

    アーヴィング・バーリンの楽曲

     この映画は、アーヴィング・バーリンの祝日の歌によって構成されている。

     ビング・クロスビーが田舎で休日だけショーをやるという設定はそのために作られたものである。

     それぞれの歌は、それぞれの季節の場面で歌われる。

     「ホワイトクリスマス」はその祝日の歌のひとつとして出て来る。

     「イースターパレード」も、春の背景でビング・クロスビーが歌っている。

     この映画は季節を描くことに力を入れている。

     大みそかで終わるのもいい感じ。

     「ホワイトクリスマス」はこの後名曲として長く歌い継がれる歌となった。


    Songs from Irving Berlin’s Holiday Inn

    DVD、Blu-ray

     日本語版DVD。


    スイング・ホテル [DVD]

     フレッド・アステアはこの映画がカラーでなかったことを残念がっていたが、現在英語版でカラーバージョンが出ている。

     たしかにこういう映画はカラーで観るべきかもしれない。


    Holiday Inn (Three Disc Collector’s Set)

     英語版Blu-ray。


    Holiday Inn – 75th Anniversary Edition [Blu-ray] [Import]
  • 【映画】「ロバータ」―フレッド・アステア―「煙が目にしみる」

    【映画】「ロバータ」―フレッド・アステア―「煙が目にしみる」

     1935年に公開された映画「ロバータ」( “Roberta” )は、1933年にジェローム・カーンが作曲、オットー・ハーバックが作詞・脚本を担当したブロードウェイのミュージカルをもとにして作られたものである。

     フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズの共演3作目。

     2人のダンスの中で最高のもののひとつ。


    ロバータ [DVD]

    「ロバータ」のストーリー

     アメリカ人男性(ランドルフ・スコット)がパリで高級なドレスを作っている伯母のところへ来るという話である。

    ドレス

     その伯母の仕事で、女性が高級ドレスを着て出てくる場面が多くある。

     音楽つきのファッションショーが重要な場面になっている。

    恋愛物語

     そのアメリカ人男性と、その伯母の家にいた女性(アイリーン・ダン)とが、惹かれ合ったり、すれ違ったりすることが話の中心となっている。

    フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズ

     フレッド・アステアもジンジャー・ロジャーズも話の中心ではない。

     フレッド・アステアはその男性の友人、ジンジャー・ロジャーズはその伯母の家に来ていた女性で、2人は実はその前にアメリカで親しくしていた、という設定である。

     2人が話の中心ではないこと、2人が悪友のような関係であることなど、「空中レビュー時代」に近い。

     ただし「空中レビュー時代」では、2人は主役の3人の後にされていたが、「ロバータ」では、2人はアイリーン・ダンとともにはじめに並べられていて、ランドルフ・スコットはその後にされている。

    「煙が目にしみる」

     「ロバータ」の1番の売りは「煙が目にしみる」(”Smoke Gets in Your Eyes”)である。

     はじめブロードウェイミュージカル「ロバータ」はそれほど高く評価されていなかったが、「煙が目にしみる」 が大ヒットして、「ロバ―タ」もヒットしたと言われている。

     「煙が目にしみる」はそれから名曲とされて、多くの人が歌い、演奏している。


    Smoke Gets In Your Eyes

     映画「ロバータ」ではアイリーン・ダンが歌っている。


    Smoke Gets in Your Eyes

     フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズもこの楽曲に合わせて踊っている。そのダンスは、2人の「ロマンティック」なダンスの中で最高のもののひとつである。

     2人とも自伝でこのダンスに対する思い入れを語っている。


    ロバータ(字幕版)

    その他

     この映画でのフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズは、親しい雰囲気で、歌、踊りを楽しんでやっている感じがいい。

     特に” I’ll Be Hard to Handle “からのダンスは楽しい。

    いいと思うところ

     映画「ロバータ」でフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズは話の中心ではない。

     それゆえに「ロバータ」は2人の代表作ではないようにも思われる。

     しかし「ロバータ」には、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズのコンビの最高のところがあると思う。


    ロバータ [DVD]
  • 「コンチネンタル」 フレッド・アステアの初主演映画

    「コンチネンタル」 フレッド・アステアの初主演映画

     1934年に公開された映画「コンチネンタル」(原題は The Gay Divorcee )は、フレッド・アステアにとって3本目の映画である。

     フレッド・アステアはこの映画で初めて主演になった。

     この映画によってフレッド・アステアは映画スターとしての地位を確立した。


    コンチネンタル Blu-ray

    映画「コンチネンタル」のタイトル

     この映画の原題は “The Gay Divorcee” (陽気な離婚者)という。

     フレッド・アステアは映画出演を始める前に “The Gay Divorce”(陽気な離婚)という舞台をニューヨークでやっていた。

     フレッド・アステアのRKOでの映画第1作「空中レビュー時代」が成功して、プロデューサーのパンドロ・バーマンはその「陽気な離婚」を映画化することにした。

     その時に、「陽気な離婚」というタイトルを「陽気な離婚者」にかえたのである。

     日本語版の「コンチネンタル」というタイトルは、映画版で付け加えられた「コンチネンタル」( “The Continental” )という楽曲からきている。

    ミュージカルコメディ

     映画「コンチネンタル」はミュージカルコメディである。

     ジンジャー・ロジャーズの演ずる若い女性は離婚しようとしている。フレッド・アステアの演ずる男性はそのことを知らずにその女性に惚れて追いかける。

     その2人の間の誤解、その他の人の誤解がからまっていくところがコミカルに描かれている。

     「陽気な離婚者」というタイトルはそういうことから来ている。

     エリック・ブロア(おかしなウェイター)、エリック・ローズ(おかしなイタリア人)、アリス・ブレイディ(思い込みの強い中年女性)、そしてルビッチ作品にも出ていたエドワード・エヴェレット・ホートンがフレッド・アステアの友人の弁護士役として出ていて、コメディを盛り上げている。

    Night and Day

     「陽気な離婚」は、ニューヨークで開演した時に評判がよくなかったのであるが、その中でコール・ポーターの楽曲「 Night and Day 」のダンスの評判はよかった。

     「 Night and Day 」のダンスは、フレッド・アステアがそれまで組んでいた姉アデルと離れてから作り出したものであった。

     夜、正装で女性と2人で踊ってうっとりさせるような「ロマンティック」なダンスである。

     そういうダンスが映画版にも持ち込まれた。

     そのダンスによってフレッド・アステアは、女性をうっとりさせるダンサーとしての地位を確立した。

     ジンジャー・ロジャーズも、この前の「空中レビュー時代」では軽いアメリカの若い女性であったが、「 Night and Day 」のダンスでは、上品になっている。


    Night & Day: Cole Porter Songbook

    コンチネンタル

     この映画の日本語のタイトルのもとになっている「コンチネンタル」という楽曲は、多くの人が楽しく酔うような楽曲であり、踊りである。

     「空中レビュー時代」の「カリオカ」と同じような路線の楽曲、踊りということができる。

     多くの人が踊っている中で、フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズの2人が踊って、また多くの人が踊る、というかたちも似ている。

     作詞ハーブ・マジッドスン、作曲コン・コンラド。


    The Continental (You Kiss While You’re Dancing) (English Edition)

    ベティ・グレイブル

     この映画には、第2次世界大戦のころに特に人気だったといわれるベティ・グレイブルが出ている。


    Silver Screen Star Series Betty Grable [Explicit]

    「コンチネンタル」を観るには

     現在、手に入るBlu-ray↓


    コンチネンタル Blu-ray
  • 「空中レヴュー時代」 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズの初共演作

    「空中レヴュー時代」 フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズの初共演作

     1933年に公開された映画「空中レヴュー時代」(原題は “Flying Down to Rio”)は、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが初めて共演した映画である。

     この映画での二人の踊りは大変な人気になった。

     この映画によってフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズはスターになったのである。


    空中レヴュー時代 [DVD]

    フレッド・アステアと「空中レビュー時代」

    映画デビュー

     ブロードウェイのスターであったフレッド・アステアが映画に進出するにあたって初めに契約したのはRKOであった。

     RKOでフレッド・アステアが初めに出演した映画が「空中レヴュー時代」であった。

     ただし、フレッド・アステアは「空中レビュー時代」に出演する前に、MGMの映画「ダンシング・レディ」(”Dancing Lady”)に出演している。

    フレッド・アステアの役

     フレッド・アステアは、映画「空中レヴュー時代」の主役ではない。

     最も大きく名前が出ているのはドロレス・デル・リオであって、2人の男優が続き、ジンジャー・ロジャーズは4番目、フレッド・アステアは5番目である。

     話は、ドロレス・デル・リオ演ずる女性が2人の男性から愛されて、どうするか、というものである。

     フレッド・アステアはその2人の男性のうちの1人の友人である。中心の話とあまり関係がない。

     その中心の話とあまり関係がないフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズのダンスが人気になったことを考えると、いびつな構造になっているということもできる。

    カリオカ

     この映画で人気になったのは、「カリオカ」(”The Carioca”)というヴィンセント・ユーマンス(Vincent Youmans)の楽曲でのフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズのダンスである。

     「カリオカ」は、ラテン風の、多くの人を酔わせるような楽曲である。

     そこで若くて色気のあるジンジャー・ロジャーズとフレッド・アステアのダンスが魅力的なものになった。


    Carioca (Flying Down to Rio)

     フレッド・アステアはその他にも、ドロレス・デル・リオとのダンス、一人でのダンスなどをやっている。

    「空中レビュー」

     「空中レビュー時代」というのは奇妙なタイトルであるが、映画の終盤にそのタイトル通りの奇妙なことが行われる。

     複数の飛行機の上で多数の女性が並んで踊るのである。サーカスのようなこともやる。

     このころハリウッドでは大勢の人のダンスによって観客を驚かし、楽しませていた。この映画の「空中レビュー」はそのぶっ飛んだものということができる。

    観るためには

     現在、DVDで観ることができる↓


    空中レヴュー時代 [DVD]
  • オードリー・ヘプバーンの映画「パリの恋人」が出来るまで

    オードリー・ヘプバーンの映画「パリの恋人」が出来るまで

     映画「パリの恋人」は明るく華やかな映画である。

     映画「パリの恋人」は、その裏側でもネガティヴなことは少なかったようである。

     当時パリで降り続いた雨など、映画にとってよくないこともあった。

     しかし共演者、スタッフの間には創造的な関係があったようである。


    パリの恋人 スペシャル・コレクターズ・エディション<デジタル・リマスター版> [DVD]

    「結婚の日」

     映画「パリの恋人」のもとになったのは、「結婚の日」(”Wedding Day”)という脚本であった。

      「結婚の日」 は、「パリの恋人」の脚本家レナード・ガーシュ( Leonard Gershe )が書いたものである。

     レナード・ガーシュは、親しくなっていた人気ファッション写真家リチャード・アヴェドン( Richard Avedon )をモデルにした。

     リチャード・アヴェドンは、ファッションモデルを発見して、育てて、結婚していた。そのことをもとにして「結婚の日」は作られたのである。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Avedon

    MGM

     「結婚の日」はその後にMGMで映画化されることになった。

     そしてその写真家の役にミュージカル映画のスター、フレッド・アステアが考えられた。

     フレッド・アステアはカクテルパーティーで出会ったMGMのプロデューサー、ロジャー・イーデンスに「結婚の日」に出るように言われた。 (「フレッド・アステア自伝」、407頁)


    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

    ファニー・フェイス

     「結婚の日」の映画化の企画が進むうちに、タイトルが「ファニー・フェイス」( Funny Face )にかわった。(「パリの恋人」の原題は「ファニー・フェイス」)

     「ファニー・フェイス」とは、1927年にフレッド・アステアがブロードウェイでやっていた公演のタイトルである。

     新たに作る映画のタイトルを「ファニー・フェイス」にして、1927年の「ファニー・フェイス」から、話はとらず、ガーシュウィンの作った楽曲をとることにしたのである。

     ところで、当時「ファニー・フェイス」の権利を持っていたのはワーナー・ブラザーズであった。

     MGMはガーシュウィンの楽曲を映画に取り入れるために、ワーナーブラザーズから「ファニー・フェイス」の権利を買った。

    パラマウント

     フレッド・アステアの自伝によると、フレッド・アステアがMGMのプロデューサー、ロジャー・イーデンスに「結婚の日」に出るように言われた時に、オードリー・ヘプバーンも乗り気になっていた。

     ところが、当時オードリーと契約していたパラマウントは、オードリーをMGMに貸し出すことを受け入れなかった。

     パラマウントが映画「ファニー・フェイス」を製作することになった。

     そしてロジャー・イーデンスなど、MGMで映画を作っていた人も、パラマウントで働くことになった。

     この映画のBlu-rayに特典映像が入っていないのはそのことと関係があるのではないか?


    パリの恋人 [Blu-ray]

     DVDには、オリジナル劇場予告、フォトギャラリーの他に「パラマウントin1950’s」というのが入っている。

     「パラマウントin1950’s」というのはその名の通り1950年代のパラマウントの作品を紹介する10分足らずの映像であって、その中でオードリー・ヘプバーンの映画も紹介され(グレース・ケリーの映画も紹介され)、その中で「パリの恋人」も紹介されているというものである。


    パリの恋人 [DVD]

    オードリー・ヘプバーン

     フレッド・アステアがロジャー・イーデンスに「結婚の日」に出るように言われた時には、オードリー・ヘプバーンが相手役になるという話になっていた。(「フレッド・アステア自伝」、407頁)

     オードリーは脚本を受け取ってすぐに出演を決めたと言われている。

     その時オードリーと結婚していたメル・ファラーは、その時のことについて次のように語ったという。

    「オードリーはふつう脚本を読んで検討するのに三日かかるところを」と、メルが語っている。「この脚本は二時間で読みおえてしまった。それからわたしが仕事をしていた部屋にとびこんできて叫んだ。『これよ! わたしはうまく歌えないけど、でも、ああ、フレッド・アステアと一緒にこの映画に出られさえしたら!』」

    「オードリー・ヘップバーン物語」上、264頁

    オードリー・ヘップバーン物語(上) (オードリー・ヘップバーン物語) (集英社文庫)

     その脚本はそれだけオードリーの気持ちにあっていたのである。

     オードリーにとって、フレッド・アステアと一緒にその映画に出ることは、それだけ望ましいことであった。

     オードリーはその前の映画「戦争と平和」で深刻な役をやって、その次には軽い作品がいいと考えていたとも言われている。


    戦争と平和 [Blu-ray]

     オードリーの母エラは「パリの恋人(ファニー・フェイス)」の脚本を読んで、脚本を書いたレナード・ガーシュに次のように言ったという。

    彼女を知らない人が書いたものだとは信じられなかったわ。彼女のあらゆる面がそこにあるじゃないの。ほんと、これこそオードリーよ。

    「オードリー・ヘプバーン物語」上、267頁

    オードリー・ヘップバーン物語(上) (オードリー・ヘップバーン物語) (集英社文庫)

     オードリーの母にとってオードリーそのものと思われるような脚本だったというのである。

     レナード・ガーシュも「ファニー・フェイス」のガーシュウィンの歌詞などオードリーにぴったりだと思ったという。

     「パリの恋人」は、オードリー・ヘプバーンにとって夢を叶えた作品であった。

     オードリーは幼いころからバレエを習っていたが、踊りによって世に出ることはできず、映画によって世に出ていた。

     「パリの恋人」でオードリーは、フレッド・アステアの相手役としてミュージカル映画で踊ることができたのである。

    フレッド・アステア

     フレッド・アステアが「パリの恋人」の企画に乗り気になったのは、オードリーが相手役になると聞いたからであった。

     フレッド・アステアは次のように語っている。

    偉大なる美しきオードリー・ヘプバーンと共演できるのは、これが唯一にして最後の機会であるかもしれない。この機会を逃したくはなかった。

    「フレッド・アステア自伝」、408頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     フレッド・アステアもそれだけオードリー・ヘプバーンとこの映画で共演することを望んでいたのである。

    しあわせな作品

     オードリー・ヘプバーンはフレッド・アステアと共演することを望み、フレッド・アステアはオードリー・ヘプバーンと共演することを望んだ。

     映画が企画されてから、製作されるまで、MGMからパラマウントに移るなど、大変なことがあった。

     しかし2人が共演することを強く望んでいたゆえに、映画「パリの恋人」は出来た。

     そうして作られた映画「パリの恋人」は、しあわせな作品であった。

      フレッド・アステア は次のように言っている。

    この映画は何もかもが楽しかったので、終わるのがいやだとみんな思った。

    「フレッド・アステア自伝」、410頁

    フレッド・アステア自伝 Steps in Time

     オードリー・ヘプバーンとフレッド・アステアとはその後も敬愛し合っていた。


    パリの恋人 スペシャル・コレクターズ・エディション<デジタル・リマスター版> [DVD]
  • マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアの関係

    マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアの関係

     フレッド・アステアは1899年生まれ。(~1987年)

     マイケル・ジャクソンは1958年生まれ。(~2009年)

     いずれも歌と踊りによってアメリカのエンターテインメントの、そして世界のエンターテインメントの第一人者になった人である。

     二人は年が離れていたが、互いに敬愛し合っていた。

    マイケル・ジャクソンの幼時

     マイケル・ジャクソンは若いころからフレッド・アステアに対して敬意を抱いていたようである。

     マイケルは自伝「ムーンウォーク」において、若い時に観た本物のショーマンとしてフレッド・アステアをジェームズ・ブラウン等とともに挙げている。

    When I was young, the people I watched were the real showmen-James Brown, Sammy Davis Jr., Fred Astaire, Gene Kelly.

    Moon Walk, p.70

    Moonwalk

     日本語版では、田中康夫氏は次のように訳している。

    幼い頃、僕が見てきたのは、本物のショーマンたちでした―ジェームズ・ブラウン、サミー・デイヴィス・ジュニア、フレッド・アステア、ジーン・ケリー。

    「ムーンウォーク」、87頁

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

     マイケルは1993年のグラミー特別功労賞伝説賞(Glammy Legend Award)をプレゼンターの妹ジャネットから受け取ったが、その時のスピーチで、小さいころによくジャネットにジンジャー・ロジャーズになってもらって自分はフレッド・アステアをやったと語っている。

     その映像は「デンジャラス~ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]」に入っている。


    デンジャラス~ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]

    モータウン25

     マイケル・ジャクソンは早くからフレッド・アステアを尊敬していたが、フレッド・アステアがマイケル・ジャクソンを称賛したのは1983年のテレビ番組でのマイケル・ジャクソンのパフォーマンスによってであった。

     そのことをきっかけとして、二人の関係は深くなった。

     1983年4月、 モータウン25周年を記念する番組「モータウン25:昨日、今日そして永遠」( MOTOWN 25: YESTERDAY, TODAY AND FOREVER)でマイケルは「ビリー・ジーン」( BILLIE JEAN)を歌い、踊った。

     そこでマイケルは初めて「ムーンウォーク」を披露した。

     その番組は5月16日にテレビで放送されて、約5000万人が観たといわれている。


    Motown 25: Yesterday Today Forever [DVD]

     「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」には、マイケルの「ビリー・ジーン」のところだけの映像が収録されている。


    ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II [DVD]

     その放送の翌日、フレッド・アステアがマイケルに電話をかけてきた。

     フレッド・アステアはその番組を観た5000万人のひとりだったのである。

     そして、マイケルのパフォーマンスを絶賛した。

     マイケルはその讃辞を次のように記している。

    You’re a hell of a mover. Man, you really put them on their asses last night.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition), p.213

     日本語版では、田中康夫氏は次のように訳している。

    ホントよく動くな。昨日の晩、みんな腰抜かしとったぞ。

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝、228頁

     マイケルはそのフレッド・アステアの言葉を人生で最大の讃辞であると言い、唯一信じたいと思ったものであったと語っている。

    It was the greatest compliment I had ever received in my life, and the only one I had ever wanted to believe.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition), p.213

     マイケル・ジャクソンにとってフレッド・アステアの讃辞はそれだけ大きなことであった。

     その後にフレッド・アステアはマイケルを自宅に招いてまた絶賛した。

     マイケルはその時にフレッド・アステアとともに撮った写真を自伝「ムーンウォーク」にも載せて「 My friend Fred Astaire 」(私の友、フレッド・アステア)というキャプションをつけている。(214頁、日本語版では232頁)

     フレッド・アステアは1987年に亡くなった。

     マイケル・ジャクソンの自伝「ムーンウォーク」のはじめにはフレッド・アステアの写真が載せられていて、その上にこの本をフレッド・アステアに捧ぐと書いてある。( “This book is dedicated to FRED ASTAIRE” )


    Moonwalk

     日本語版。訳者は田中康夫。


    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    フレッド・アステアとマイケル・ジャクソン

     マイケル・ジャクソンがフレッド・アステアの讃辞をそれほど大きく受け取ったのは、フレッド・アステアを尊敬していたからであろう。

    完全主義

     フレッド・アステアはマイケル・ジャクソンの「モータウン25」でのパフォーマンスを称賛してから間もなく、1987年に亡くなったが、その後に、フレッド・アステアと親しかった人の言葉を集めた本が出版された。


    Fred Astaire: His Friends Talk

     その中にはマイケル・ジャクソンの言葉もある。

    Nobody could duplicate Mr. Astaire’s ability, but what I never stop trying to emulate is his total discipline, his absolute dedication to every aspect of his art. He rehearsed, rehearsed, and rehearsed some more, until he got it just the way he wanted it. It was Fred Astaire’s work ethic that few people ever discussed and even fewer could even hope to equal.

    Fred Astaire His Friends Talk p.24

     マイケルはフレッド・アステアの完全主義について、誰もその能力を複製することはできないが、その作品のあらゆる面に対する絶対的な献身に対してはいつも負けないようにしてきた、という。

     マイケルはフレッド・アステアが自分が望むようになるまで何度もリハーサルを繰り返したことをとりあげている。

     マイケルも自分の作品に対して自分が望むようになるまで力を注いだ。

     マイケルはフレッド・アステアと自分はそういうことにおいて共通していると考えていたのである。

     マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアは、そういう精神だけでなく、パフォーマンスにおいて共通するところがあった。

    パフォーマンス

     フレッド・アステアもマイケル・ジャクソンも、体を細くたもっていた。特に脚が細く長かった。

     二人ともその細い体、長い脚を「エレガント」に見せて踊った。

     足を交差させて体を斜めにするとか体を回転させるとかの動きは、フレッド・アステアがよくやってエレガントに見せたが、マイケル・ジャクソンもよくやった。

     「モータウン25」でのマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」の踊りには、フレッド・アステアと共通するところがあるようである。

     フレッド・アステアは重力をものともしないと評されていた。

     映画「恋愛準決勝戦」(原題は “Royal Wedding” )は特にそのことを表現した作品であった。


    Royal Wedding 1951 by Fred Astaire

     マイケル・ジャクソンも、重力をものともしないと評された。


    ポスターMICHAEL JACKSON SMOOTH CRIMINALウォールアート

     マイケルの自伝「ムーン・ウォーク」にジャクリーン・ケネディ・オナシスは次のような言葉を寄せている。(ジャクリーン・ケネディ・オナシスは、元ジョン・F・ケネディ夫人で「ムーン・ウォーク」の担当編集者。)

    He is one of the world’s most acclaimed entertainers, an innovative and exciting songwriter whose dancing seems to defy gravity and has been heralded by the likes of Fred Astaire and Gene Kelly.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition)

    Moonwalk: A Memoir (English Edition)

     日本語版。

    世界でもっとも喝采を受けるエンターテイナーのひとりである彼は、革新的で刺激的なソングライターで、フレッド・アステアやジーン・ケリーたちと同様、重力を手玉にとるかのようなダンスの先駆者でもあります。

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    Smooth Criminal

     マイケル・ジャクソンはその後の楽曲「Smooth Criminal」において、フレッド・アステアを積極的に取り入れている。

     「Smooth Criminal」は、1987年のアルバム「Bad」に収録された曲である。


    Bad

     1988年にシングルとして売り出された。(下は1996年のもの↓)


    スムーズ・クリミナル・5ヴァージョン・コレクション

     マイケル・ジャクソンのミュージックビデオの中でも特にスタイリッシュな作品である。

     「Smooth Criminal」のミュージックビデオは、フレッド・アステアの映画「バンド・ワゴン」の劇中劇「ガール・ハント」バレエをもとにしている。


    バンド・ワゴン [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]

     マイケル・ジャクソンの恰好、白のハット、白のスーツ、青のシャツ、白のネクタイ、などは、「ガール・ハント」バレエのフレッド・アステアと同じである。

     いかがわしい酒場に入ってくるところも同じ。

     次々と出て来る悪者をやっつけるところも同じ。

    複数のバージョン

     「Smooth Criminal」のミュージックビデオには複数のバージョンがある。

     「Number Ones」(2004年)に収録されているのは、踊りが編集されたものである。


    Number Ones
    Michael Jackson
    Michael Jackson – Smooth Criminal (Official Video – Shortened Version)

     そのもとになっているのは映画「ムーンウォーカー」(1988年)。


    ムーンウォーカー [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

     「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」(1997年)には映画「ムーン・ウォーカー」の中の「Smooth Criminal」のところが抜き出されている。


    ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II [DVD]
    Michael Jackson
    Michael Jackson – Smooth Criminal (Official Video)

    「ムーン・ウォーカー」

     「Smooth Criminal」は映画「ムーン・ウォーカー」(原題は “Moon Walker” )に入っていた。

     「ムーン・ウォーカー」はマイケル・ジャクソンが総指揮を務めて1988年に公開されたミュージカル映画である。

    内容

     この映画は様々な映像によって構成されている。

    Man in the Mirror

     まずマイケル・ジャクソンがライブで「Man in the Mirror」を歌い踊る映像に、キング牧師、ケネディ、マザー・テレサ、ジョン・レノンなどの映像がさしこまれているもの。

    Michael Jackson
    Michael Jackson – Man In The Mirror (Official Video)

     その次にジャクソン5時代のマイケルの歌う映像。

     そして成長してソロで歌い踊るマイケルの映像。

     「Bad」を子役がやった後に、マイケルが出て来たところをスタジオツアーの客に見つかって、追いかけられる。

     マイケルが逃げるところが、アニメーションを交えた映像によって描かれている。

    Leave me Alone

     そして「Leave me Alone」のミュージックビデオ。

    Michael Jackson
    Michael Jackson – Leave Me Alone (Official Video)

     ここまでで35分くらい。

     それから1時間弱のマイケルと子どもが悪者に追われるという話がある。

     「Smooth Criminal」はその話の中で出て来る。

     悪者はジョー・ペシ (Joe Pesci、「ホーム・アローン」の悪者)。

     マイケルが夜の街で悪者に追い詰められて、空も飛ぶ高性能の車で逃げるところは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか「バットマン」とかのようである。

     「Club 30’s」で、子どもたちはマイケルと待ち合わせていたが、「Club 30’s」は廃墟のようであった。

     そこに、白のハット、白のスーツ、青のシャツ、白のネクタイのマイケルが現れた。

     入り口から入る時に光る煙に包まれる。

     そうして入ると多くの着飾った男女がいるいかがわしい店になっていた。

     「Smooth Criminal」はそこから始まる。

     「Club 30’s」というのは1930年代のことを示しているのであろうか?

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のようでもある。


    ムーンウォーカー 通常版[Blu-ray]

    フレッド・アステアとの比較

    物を投げる

     「Smooth Criminal」のはじめにマイケル・ジャクソンがコインを投げて遠くのジュークボックスに入れる。

     物を投げてうまくおさめるということは、フレッド・アステアもよくやっていたことであった。

     フレッド・アステアはよく杖を投げてうまくとるということをやっていた。映画「パリの恋人」では、傘を投げて遠くの箱に入れた。

    女性

     フレッド・アステアの「ガール・ハント」バレエは、ミステリアスな、危険な女性の話である。

     その女性が中心になっているということもできる。

     「Smooth Criminal」は、「ガール・ハント」バレエのような、ミステリアスな危険な女性の話ではない。女性の存在はそれほど大きくない。

     そもそも「ムーン・ウォーカー」という映画は、マイケルと子供たちの話であって、マイケルが女性と恋愛する話ではない。

     子供目線の映画であることは、1980年代のスピルバーグ監督作品「E.T.」などに通ずるところがあると思われる。

     ただし「Smooth Criminal」でも、危険な雰囲気の場所で、マイケルがドレスを着た女性と踊るところがある。

     マイケルが赤のドレスの女性と少し踊るところの動きには、フレッド・アステアと似たところがある。

    映画

     フレッド・アステアもマイケル・ジャクソンも歌と踊りのスターであるが、映画との関係は違う。

     フレッド・アステアは映画スターであった。

     フレッド・アステアの多くの歌とダンスは映画で観ることができる。

     マイケル・ジャクソンも歌と踊りのスターであったが、フレッド・アステアのように映画出演を中心としていたのではない。その力はミュージックビデオに注がれた。

     「ムーン・ウォーカー」が作られた1980年代には、1930年代から1950年代と違って、歌と踊りのスターがミュージカル映画のスターとなることは少なくなっていた。

     そういう時代においてマイケル・ジャクソンはそれまでの時代のように映画というかたちではなく、ミュージックビデオというかたちで自分の歌と踊りを映像で表現した。

     マイケル・ジャクソンは自分の作ったミュージックビデオのことを「ショート・フィルム short films 」と呼んでいた、と自伝「ムーン・ウォーク」の担当編集者を務めたシェイ・アーハート Shaye Areheart は伝えている。(「ムーン・ウォーク」の2009年版に寄せた言葉)

     マイケル・ジャクソンのミュージックビデオは、その前の時代においてミュージカル映画というかたちでやっていたことを違うかたちでやっているという面がある。

     しかしまたマイケル・ジャクソンは、数は少ないがミュージカル映画もやった。


    ウィズ [DVD]

     「ムーン・ウォーカー」は、マイケル・ジャクソンが映画として自分の思うように作ったものであった。

     そこでマイケル・ジャクソンはフレッド・アステアの「ガール・ハント」バレエを学んだのである。


    ムーンウォーカー 通常版[Blu-ray]

    Dangerous

     マイケル・ジャクソンが1991年に出したアルバム「Dangerous」に収録された「Dangerous」という楽曲にも、フレッド・アステアの映画「バンド・ワゴン」の劇中劇「ガール・ハント」バレエの影響があると思われる。


    デンジャラス

     「彼女は危険だ」というマイケルの初めの独白は、「バンド・ワゴン」の「ガール・ハント」バレエでのフレッド・アステアの独白に似ている。

     「ガール・ハント」バレエのフレッド・アステアの独白は、アラン・ジェイ・ラーナー(「マイ・フェア・レディの作詞者)が作ったものであった。

    Michael Jackson
    Michael Jackson – Dangerous (Audio)

    DANGEROUS~ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]

     1995年のMTV VIDEO MUSIC AWARDSで、マイケルは「Dangerous」を歌い、踊っている。

     銃撃のところなど、「ガール・ハント」バレエのマイケル・キッドの振り付けに似ている。

     「SMOOTH CRIMINAL」が「Dangerous」の間に差し込まれているところがある。

     そのパフォーマンスは「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」に収録されている。


    ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II [DVD]
  • フレッド・アステアの出演した映画リスト

    フレッド・アステアの出演した映画リスト

     フレッド・アステア( Fred Astaire )の出演した映画を年代順にまとめた。

     フレッド・アステアは1930年代からアメリカのミュージカル映画のスターであって、多くの人に影響を与えた。

     現在日本語版で手に入るものをまとめた。英語版しかないものもある。(敬称略)

    映画

    Photo by Felix Mooneeram on Unsplash

    「ダンシング・レディ」

     原題は「 Dancing Lady 」

     1933年。

     MGM。

     フレッド・アステアが初めて出演した映画。

     フレッド・アステアはRKOと契約していたが、その契約が開始する前に、このMGMの映画に少しだけゲスト出演したのである。

     主役は、クラーク・ゲイブル( Clark Gable )とジョーン・クロフォード( Joan Crawford )。

     フレッド・アステアは、フレッド・アステア役で、ジョーン・クロフォードとダンスしている。


    ダンシング・レディ [DVD]

    「空中レヴュー時代」

     原題は「 Flying Down to Rio 」

     1933年。

     RKOでの第1作。

     主役はドロレス・デル・リオ( Doroles Del Rio )。

     フレッド・アステアはまだ主役ではない。

     この映画でフレッド・アステアはジンジャー・ロジャーズ( Ginger Rogers )と初めて共演した。

     2人で踊った「カリオカ」の評判が非常によくて、それから2人は組むことになった。

     作曲はヴィンセント・ユーマンス。

    https://cocoro-mi.com/flyingdowntorio/


    空中レヴュー時代 [DVD]

    「コンチネンタル」

     原題は「 Gay Devorcee 」

     1934年。

     RKO。

     フレッド・アステアはこれまでの2作で主役でなかったが、この映画で主役になっている。

     相手役はジンジャー・ロジャーズ。

     「夜も昼も」(原題は “Night and Day” )の作曲はコール・ポーター。

    https://cocoro-mi.com/fredastaire-gaydevorcee/


    コンチネンタル THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

    「ロバータ」

     原題は「 Roberta 」

     1935年。

     RKO。

     出演は、アイリーン・ダン( Irene Dunn )、ランドルフ・スコット( Randolph Scott )、フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     話の中心は、アイリーン・ダンの演ずる女性とランドルフ・スコットの演ずる男性の恋愛。

     フレッド・アステアは主役ではない。

     作曲はジェローム・カーン。


    ロバータ [DVD]

    「トップ・ハット」

     原題は「 Top Hat 」

     1935年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     フレッド・アステアの代表的な作品。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


    トップ・ハット THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

     「トップ・ハット」と「コンチネンタル」の比較↓

    「艦隊を追って」

     原題は「 Follow the Fleet 」

     1936年。

     RKO。

      主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


    艦隊を追って THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

    「有頂天時代」

     原題は「 Swing Time 」

     1936年。

     RKO。

     監督はジョージ・スティーヴンス( George Stevens )。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作曲はジェローム・カーン。作詞はドロシー・フィールズ。


    有頂天時代 THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

    「踊らん哉」

     原題は「 Shall We Dance 」

     1937年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


    踊らん哉 THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

    「踊る騎士」

     原題は「 A Damsel in Distress 」

     1937年。

     RKO。

     フレッド・アステアの相手役はジョーン・フォンテーン( Joan Fontaine )。

     フレッド・アステアがジンジャー・ロジャーズから離れて作った作品。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


    踊る騎士 [DVD]

    「気儘時代」

     原題は「 Carefree 」

     1938年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     フレッド・アステアがまたジンジャー・ロジャーズと組んだ作品。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


    気儘時代 Blu-ray

    「カッスル夫妻」

     原題は「 The Story of Vernon and Irene Castle 」

     1939年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     2人のRKOでの最後の作品として作られたもの。


    カッスル夫妻 THE RKO COLLECTION [Blu-ray]

    「踊るニューヨーク」

     原題は「 Broadway Melody of 1940 」

     1940年。

     MGM。

     フレッド・アステアは、MGMのタップダンスのスター、エレノア・パウエル( Eleanore Powell )と共演。

     作詞・作曲コール・ポーター。


    踊るニューヨーク [DVD]

    「セカンド・コーラス」

     原題は「 Second Chorus 」

     1940年。

     パラマウント。

     ポーレット・ゴダード( Paulette Goddard )と共演。

     ポーレット・ゴダードは同じ年にチャップリンの「独裁者」に出演している。


    セカンド・コーラス [DVD]

    「踊る結婚式」

     原題は「 You’ll Never Get Rich 」

     1941年。

     コロンビア。

     フレッド・アステアの相手役はリタ・ヘイワ―ス( Rita Hayworth )。

     作詞・作曲コール・ポーター。


    踊る結婚式 (字幕版)

    「スイング・ホテル」

     原題は「 Holiday Inn 」

     1942年。

     パラマウント。

     フレッド・アステアはビング・クロスビー(Bing Crosby )と共演。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。

    https://cocoro-mi.com/holidayinn/


    スイング・ホテル [DVD]

     「スイング・ホテル」とその後に続く「ブルー・スカイ」、「ホワイト・クリスマス」との関係について↓

    「晴れて今宵は」

     原題は「 You Were Never Lovelier 」

     1942年。

     コロンビア。

     フレッド・アステアはふたたびリタ・ヘイワ―スと組む。

     作曲ジェローム・カーン、作詞ジョニー・マーサー。


    晴れて今宵は [DVD]

    「青空に踊る」

     原題は「 The Sky’s the Limit 」

     1943年。

     RKO。

     相手役は、ジョーン・レスリー( Joan Leslie )。

     ジョニー・マーサーの楽曲。


    青空に踊る 《IVC BEST SELECTION》 フレッド・アステア セレクション [DVD]

    「ジーグフェルド・フォリーズ」

     原題は「 Ziegfeld Follies 」

     1946年。

     MGM。

     様々な人による、様々な芝居、歌、踊り。

     その中でフレッド・アステアの出番は多い。―はじめのところ、ルシル・ブレマーとのダンス、ジーン・ケリーとの共演。


    ジーグフェルド・フォリーズ [DVD]

    「ヨランダと泥棒」

     原題は「 Yolanda and the Thief 」

     1945年。

     MGM。

     相手役は、ルシル・ブレマー( Lucille Bremer )。

     ファンタジー。


    Yolanda & The Thief [DVD] [Import]

    「ブルー・スカイ」

     原題は「 Blue Skies 」

     1946年。

     パラマウント。

     ビング・クロスビーとの共演。

     フレッド・アステアはこの映画で一度引退した。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。


    ブルー・スカイ [DVD]

    「イースター・パレード」

     原題は「 Easter Parade 」

     1948年。

     MGM。

     相手役はジュディ・ガーランド( Judy Garland )。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。

     「イースター・パレード」は、製作の途中で変わったことの多い作品であった↓

     考察↓


    イースター・パレード [Blu-ray]

    「ブロードウェイのバークレー夫妻」

     原題は「 The Berkleys of Broadway 」

     1949年。

     MGM。

     相手役は久しぶりのジンジャー・ロジャーズ。

     アイラ・ガーシュウィン作詞。


    ブロードウェイのバークレー夫妻 [DVD]

    「土曜は貴方に」

     原題は「 Three Little Words 」

     1950年。

     MGM。

     相手役は、ヴェラ・エレン (Vera-Ellen )。

     作曲ハリー・ルビー、作詞バート・カルマ―。


    土曜は貴方に [DVD]

    「レッツ・ダンス」

     原題は「 Let’s Dance 」

     1950年。

     パラマウント。

     相手役は、ベティ・ハットン( Betty Hutton )。


    Let’s Dance [VHS]

    「恋愛準決勝戦」

     原題は「 Royal Wedding 」

     1951年。

     MGM。

     共演は、ジェーン・パウエル( Jane Powell )、ピーター・ローフォード( Peter Lawford )、サラ・チャーチル( Sarah Churchill )(ウィンストン・チャーチルの次女)。

     監督はスタンリー・ドーネン( Stanley Donen )。

     作詞・脚本はアラン・ジェイ・ラーナー、作曲はバートン・レイン。 


    恋愛準決勝戦 《IVC BEST SELECTION》 フレッド・アステア セレクション [DVD]

    訃報

     「恋愛準決勝戦」でフレッド・アステアの妹の役を演じたジェーン・パウエルが2021年9月16日に亡くなった。

     92歳であったという。

    https://www.foxnews.com/entertainment/jane-powell-dead

    「ベル・オブ・ニューヨーク」

     原題は「 The Belle of New York 」

     1952年。

     MGM。

     相手役は、ヴェラ・エレン。

     作詞ジョニー・マーサー、作曲ハリー・ウォーレン。


    ベル・オブ・ニューヨーク [DVD]

    「バンド・ワゴン」

     原題は「 The Band Wagon 」

     1953年。

     MGM。

     相手役は、シド・チャリース( Cyd Charisse )。

     作曲アーサー・シュワルツ、作詞ハロルド・ディーツ。


    バンド・ワゴン [Blu-ray]

     作品の紹介↓

     作品の考察↓

     マイケル・ジャクソンとの関係↓

    「足ながおじさん」

     原題は「 Daddy Long Legs 」

     1955年。

     20世紀フォックス。

     相手役は、レスリー・キャロン( Leslie Caron )。

     作詞・作曲ジョニー・マーサー。


    足ながおじさん [AmazonDVDコレクション]

    https://cocoro-mi.com/fredastaire-daddylonglegs/

    「パリの恋人」

     原題は「 Funny Face 」

     1957年。

     パラマウント。

     相手役は、オードリー・ヘプバーン( Audrey Hepburn )。

     監督はスタンリー・ドーネン。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


    パリの恋人 [Blu-ray]

    https://cocoro-mi.com/funnyface-movie/

    「絹の靴下」

     原題は「 Silk Stockings 」

     1957年。

     MGM。

     相手役は、シド・チャリース。

     エルンスト・ルビッチ監督の「ニノチカ」をもとにしたミュージカル。

     作詞・作曲コール・ポーター。


    絹の靴下 特別版 [DVD]

    ミュージカル以外

     「絹の靴下」の後、フレッド・アステアはミュージカル映画でない映画に出演している。

    「渚にて」

     原題は「 On the Beach 」

     1958年。

     スタンリー・クレイマー・プロダクション。

     ミュージカルではない。

     主演は、グレゴリー・ペック。


    渚にて [DVD]

    「結婚泥棒」

     原題は「 The Pleasure of His Company 」

     1959年。

     パラマウント。

     共演は、デビー・レイノルズ等。


    The Pleasure of His Company [DVD]

    「悪名高き女」

     原題は「 The Notorious Landlady 」

     1962年。

     コロンビア。

     共演は、キム・ノヴァク等。


    悪名高き女 (1962年)

     英語版。


    The Notorious Landlady

    「フィニアンの虹」

     原題は「 Finian’s Rainbow 」

     1968年。

     ワーナー・ブラザーズ。

     ミュージカル。

     監督は、フランシス・フォード・コッポラ。


    フィニアンの虹 特別版 [DVD]

    ミュージカル以外

    「強奪超特急」

     原題は「 The Midas Run 」

     1969年。

     シネラマ。

     共演は、アン・ヘイウッド等。


    Midas Run [Blu-ray]

    「ザッツ・エンタテインメント」

     原題は「 That’s Entertainment 」

     1974年。

     MGM。

     MGMの過去のミュージカルを集めたもの。

     フレッド・アステアは、ジーン・ケリー等とともに過去の映画について語っている。


    ザッツ・エンタテインメント [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

    ミュージカル以外

    「タワーリング・インフェルノ」

     原題は「 Towering Inferno 」

     1974年。

     20世紀フォックス。ワーナー・ブラザーズ。

     共演は、スティーヴ・マックイーン、ポール・ニューマン等。


    タワーリング・インフェルノ [Blu-ray]

    「ザッツ・エンタテインメントPARTII」

     原題は「 That’s Entertainment Part2 」

     1976年。

     MGM。

     ジーン・ケリーとの共演がある。


    ザッツ・エンタテインメント PART 2 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

    ミュージカル以外

    「ドーベルマンギャングⅢ」

     原題は「 The Amazing Dobermans 」

     1976年。

     ゴールデン・フィルムズ。

    「Un Taxi Mauve」

     1977年。

     ソフラチマ・リゾラ。

     共演は、シャーロット・ランプリング等。


    Un Taxi Mauve

    「ゴースト・ストーリー」

     原題は「 Ghost Story 」

     1981年。

     ユニヴァーサル。

     共演は、メルヴィン・ダグラス、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア等。


    ゴースト・ストーリー [Blu-ray]

    自伝

     フレッド・アステアは1959年に自伝「 Step in Time 」を発表した。(Harper and Brothers)

     それを篠儀直子が日本語に訳した「フレッド・アステア自伝」は2006年に出た。(青土社)


    フレッド・アステア自伝 Steps in Time
  • フレッド・アステアの映画「足ながおじさん」

    フレッド・アステアの映画「足ながおじさん」

     1955年に公開された映画「足ながおじさん」は、ジーン・ウェブスターの有名な小説「あしながおじさん」をもとにしたミュージカル映画。

     フレッド・アステアとレスリー・キャロンが共演して様々なダンスを見せている。

     ジョニー・マーサーの名曲に包まれるような気持ちになる映画。


    足ながおじさん [DVD]

    「足ながおじさん」原作と映画の違い

    蜘蛛
    BlueSeaShellによるPixabayからの画像

    脚本家

     映画「足ながおじさん」の脚本はヘンリー・エフロンとフィービ・エフロンによる。

     ヘンリー・エフロンとフィービ・エフロンは、「恋人たちの予感」などの脚本で有名なノーラ・エフロンの両親。

    同じところ

     話は大体においてウェブスターの小説と同じ。

    ・孤児院にいた少女が、見知らぬ男性の支援によって、大学に入ることになる

    ・大学に入った主人公はその見知らぬ男性に対して繰り返し手紙を書く


    あしながおじさん(新潮文庫)

    違うところ

     違うところは色々ある。

    視点

     第一に視点が違う。

     原作小説は、はじめを除くと、その手紙によって構成されている。―読者は、主人公の見たこと、考えたことを伝えられる。

     映画は、男性の視点から話が始まって、男女それぞれの視点から描かれている。

    フランス

     映画では、主人公の孤児をフランス人のレスリー・キャロンが演じているからか、フランスの孤児の話になっている。

     原作の主人公はアメリカ生まれ、アメリカ育ちで、フランス語を苦手にしている。

    歌、踊り

    Photo by Yogendra Singh on Unsplash

     映画「足ながおじさん」の作詞作曲はジョニー・マーサーが担当している。

    「ビートの歴史」”History of the Beat”

     フレッド・アステアがドラムスティックを使ったダンス。

    「足ながおじさん」”Daddy Long Legs”

     レスリー・キャロンの演ずる孤児がアメリカの大学に行くことができると聞いて、よろこびをかみしめながら、夜の庭の灯りを消していくところで背後に流れる女声のコーラス。

     やさしい歌で心に残る。

     映画の中で繰り返し流れる。

    孤児の空想

     主人公の孤児が「足ながおじさん」に宛てて書いた手紙の中で、相手のことを空想しているところがある。

    ・テキサスの億万長者

    ・国際的なプレイボーイ

    ・守護天使

     それぞれをフレッド・アステアがそれぞれの衣装で、それぞれの音楽、それぞれの踊りで演じている。

     守護天使の踊りは、レスリー・キャロンと二人。

    スルーフット “Sluefoot “

     大学のダンスパーティで大勢で踊る「スルーフット」( “Sluefoot” )に、フレッド・アステアとレスリー・キャロンが加わる。

     大勢の中で二人が向き合うまでとか、二人が中心となっていくところとか、大勢で盛り上がっているところとか、演出がうまい。

     バンドリーダーはレイ・アンソニー。

     コミカルなところのあるダンス。

    「サムシングズ・ガッタ・ギヴ」 “Something’s Gotta Give”

     「サムシングズ・ガッタ・ギヴ」 “Something’s Gotta Give” はこの映画からの名曲。

     フレッド・アステアの演ずる人物が歳の差にもかかわらずレスリー・キャロンの演ずる人物を愛する気持ちをうたう。

     二人が踊りに陶酔して夜を明かす感じ。

     ビング・クロスビー。


    Something’s Gotta Give

     ジョニー・マーサー自ら歌ったものもある。


    Something’s Gotta Give

    悪夢のバレエ

     映画終盤の大がかりなバレエ。

     ローラン・プティによる振り付けで、レスリー・キャロンが大勢の踊り手とともにバレエを見せる。

    「ドリーム」 “Dream”

     ジョニー・マーサーの名曲「ドリーム」( “Dream”)はこの映画の前に作られた作品であるが、この映画の重要なところで流れて感動を高めている。


    足ながおじさん [AmazonDVDコレクション]

    シネマスコープ

    イラストACから

     「足ながおじさん」は、20世紀フォックスが開発したばかりの「シネマスコープ」で撮られている。

     「シネマスコープ」とは横の長さが縦の長さの2倍以上もある横長の画面である。

     アメリカ映画では、1932年に映画芸術科学アカデミー( Academy of Motion Picture Arts and Sciences 、アカデミー賞を出しているところ)が、映画の縦横の比率について、1.375 : 1をスタンダードとしていた。

     ところが、テレビに対抗するために20世紀フォックスは「シネマスコープ」を開発して、1953年の「聖衣」( “Robe” )から導入した。

     「足ながおじさん」はそれからまもなく「シネマスコープ」で作られた。

     ジーン・ネグレスコ監督は、「シネマスコープ」をうまくつかいこなしている。


    映画パンフレット 「足ながおじさん(東宝/A4弱版)」 監督 ジーン・ネグレスコ 出演 フレッド・アステア/レスリー・キャロン/テリー・ムーア/セルマ・リッター/フレッド・クラーク

    レスリー・キャロンのインタビュー

    anncapicturesによるPixabayからの画像

     レスリー・キャロンの2021年のインタビューで「足ながおじさん」に触れているところがあったのでとりあげておこう。

     インタビュアーは父親ほど年の離れた男性の相手役にされることについておかしいと思ったかと聞いている。それに対してレスリー・キャロンは問題としなかったと答えている。

     ただ偉大な俳優と仕事をすることに緊張していたという。

     当時の映画は、近年の映画と比べて現実から離れていたという。

    Did she find it strange being cast opposite men who were old enough to have been her father? “No. I didn’t question it. I was thrilled to be asked by those great actors. I think the movies have caught up with reality a little more these days.”

    The Guardian
    ‘I am very shy. It’s amazing I became a movie star’: Leslie Caron at 90 on love, art and addiction

     レスリー・キャロンは1931年生まれ。

     初めて共演したジーン・ケリーは1912年生まれ。レスリー・キャロンと20近く離れている。

     フレッド・アステアは1899年生まれ。「足ながおじさん」を撮影した時には、フレッド・アステアは55歳、レスリー・キャロンは23歳であった。

     映画「足ながおじさん」はその年の差に向き合って、解決してみせた作品ということができる。

    https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2021/jun/21/i-am-very-shy-its-amazing-i-became-a-movie-star-leslie-caron-at-90-on-love-art-and-addiction

     ついでにこの記事でレスリー・キャロンがジーン・ケリーとフレッド・アステアの違いについて聞かれているところをとりあげよう。

    Caron is one of only six women who danced with Kelly and Fred Astaire in movies. She says that while Kelly always danced close to the ground, with Astaire (in 1955’s Daddy Long Legs) she felt as if she was floating. Who did she prefer? She gives me a look. “It’s not fair to ask me that. For 70 years, I’ve refused to answer that. A great dancer is a great dancer.” She says they were such different men – Kelly tough and generous, Astaire urbane and genteel.

    The Guardian
    ‘I am very shy. It’s amazing I became a movie star’: Leslie Caron at 90 on love, art and addiction

     レスリー・キャロンはどちらが好みかという質問には70年間答えることを拒んできたという。

     2人とも偉大なダンサーであるといい、次のような違いがあるという。

     ジーン・ケリーは地に足のついた感じ、フレッド・アステアは宙に浮く感じ。

     ジーン・ケリーは力強く寛大、フレッド・アステアは都会的で上品。

    フレッド・アステアの妻の死

    Photo by Jonathan Farber on Unsplash

     「足ながおじさん」は、1954年7月にリハーサルを始めていたが、9月にフレッド・アステアの妻フィリスが病気で亡くなった。

     フレッド・アステアはそのために「足ながおじさん」に「打ち込めない」とプロデューサーのサミュエル・エンゲルに語った。製作にかかった全費用を自腹をきって支払いたいとまで言った。

     結局、サミュエル・エンゲルが説得してフレッド・アステアは映画に出演することにした。

     以上は「アステア ザ・ダンサー」、280~282頁


    アステア―ザ・ダンサー

    映画「足ながおじさん」のDVD


    足ながおじさん [AmazonDVDコレクション]
  • 【映画】「パリの恋人」 ファッションモデルを演じたオードリー・ヘプバーン

    【映画】「パリの恋人」 ファッションモデルを演じたオードリー・ヘプバーン

     1957年に公開された映画「パリの恋人」(原題は “Funny Face”)は、オードリー・ヘプバーンがファッション雑誌のモデルになってパリで撮影をするという映画。

     パリの様々な名所を背景として、ジバンシイの様々な衣装を着たオードリー・ヘプバーンがファッション雑誌のための写真を撮っていく。

     ガーシュウィン兄弟の名曲を、オードリー、フレッド・アステアが歌い、踊る。


    パリの恋人 [Blu-ray]

    「パリの恋人」

    エッフェル塔
    Photo by Andrea Maschio on Unsplash

     「パリの恋人」の原題は “Funny Face”(=ファニー・フェイス)。

     「ファニー・フェイス」は1927年のブロードウェイ・ミュージカルで、フレッド・アステアが姉のアデルとともに主演、ガーシュウィン兄弟が楽曲を作った。

     「パリの恋人」は1927年の「ファニー・フェイス」からガーシュウィン兄弟の楽曲を使って、話は変えたもの。

     ガーシュウィン兄弟の名曲の他に新たに曲が付け加えられた。


    オードリーヘップバーン アートパネル アートフレーム モダン インテリア絵画 壁掛け キャンバス絵画 絵 パネル ポスター おしゃれ アートボード 部屋飾り 壁の絵 Arts モダン 木枠セット(30*40cm-白)

    映画「パリの恋人」とファッション雑誌

    Photo by Joyce McCown on Unsplash

     映画「パリの恋人」はファッション雑誌をもとにして作られている。

    リチャード・アヴェドン

     「パリの恋人」は、ファッション写真家リチャード・アヴェドン(Richard Avedon)の話をもとにしている。

     リチャード・アヴェドンはモデルを発見し、育てて、愛し合うようになったということがあった。

     映画でフレッド・アステアが演ずるカメラマンのディックは、リチャード・アヴェドンをもとにして作られた人物である。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Richard_Avedon

     リチャード・アヴェドン は「視覚コンサルタント」( Special Visual Consultant )として映画に参加している。

     「パリの恋人」には、リチャード・アヴェドンによってファッション雑誌のような映像になっているところが多い。


    Funny Face

    ダイアナ・ヴリーランド

     「パリの恋人」に出て来るファッション雑誌の編集長マギーは、ダイアナ・ヴリーランド( Diana Vreeland )をもとにしていると言われている。

     ダイアナ・ヴリーランドは、「ハーパーズ・バザー」で1939年からファッションエディターを務めて、1963年から「ヴォーグ」の編集長に就任した人である。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Diana_Vreeland

    カーメル・スノウ

     またカーメル・スノウ Carmel Snow をもとにしているとも言われている。

     カーメル・スノウは、1934年に「ハーパーズ・バザー」の編集長に就任していて、ダイアナ・ヴリーランドを見出した人である。

     「パリの恋人」の初めにカーメル・スノウと「ハーパーズ・バザー」誌に対する感謝の意がのべられている。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Carmel_Snow

    「パリの恋人」のDVD、Blu-ray

     「パリの恋人」のように凝った映像は高画質で観たい。


    パリの恋人 (字幕版)

     ただしBlu-rayには映像特典がついてない。

     DVDにはドキュメンタリー「パラマウント1950’s」という映像特典がついている。(フォトギャラリー、オリジナル劇場予告編も)


    パリの恋人 [Blu-ray]