月: 2022年9月

  • 安倍元首相銃撃事件以後、紀藤正樹氏等によって変化したマスメディアの論調

    安倍元首相銃撃事件以後、紀藤正樹氏等によって変化したマスメディアの論調

     2022年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃されて、死亡した。

     その後にマスメディアの論調は奇妙に変化した。

     いつの間にか、マスメディアは、

    ・容疑者が恨んでいたという統一教会・家庭連合を追及し

    ・容疑者が問題としていたという、安倍氏と統一教会・家庭連合とつながり、その他の自民党議員と統一教会・家庭連合とのつながりを追及した。

     その追及は何か月も続いた。

     多くの人の目の前で殺人が行われたにもかかわらず、その行為は問題とされずに、殺された安倍氏と、容疑者が恨んでいたという統一教会・家庭連合が悪者とされたのである。

     世の中がひっくり返ったようである。

     どうしてそういうことが起こったのか?

     容疑者の母親が統一教会に1億円献金して20年前に破産したという報道で、高額の献金をさせる統一教会に対して多くの人が疑問をもったことは事実であろう。

     しかしそれから20年後、統一教会から離れ、母親とも離れて41歳になっていた容疑者が、統一教会を恨んで人を殺したことは、理解しがたいことである。安倍氏を殺したことはさらに理解しがたいことである。それにもかかわらず、報道はその方向へ進まなかった。

     統一教会・家庭連合をよく知る人としてテレビに出てきた紀藤正樹弁護士、鈴木エイト氏等が、話を統一教会・家庭連合に向けていった。そして統一教会・家庭連合と自民党議員とのつながりに向けていったのである。

    紀藤正樹弁護士の考え

     紀藤正樹弁護士の考えは、事件から間もない7月11日のツイートにすでに出来上がっている。

     このツイートにおいて紀藤氏は、

    ・事件は「統一教会の反社会性」が「暴発してしまった」もの

    ・安倍氏は統一教会に対してすべきことしなかったゆえに殺害された

     と語っている。

     事件は「統一教会の反社会性」が「暴発してしまった」ものであるとすると、問題は容疑者の行為ではなく、統一教会・家庭連合にあるということになる。

     安倍氏は統一教会に対してすべきことしなかったゆえに殺害されたとすると、容疑者より安倍氏が批判されるべきだということになる。

     その後マスメディアはその方向で進んだ。

     しかし以上の紀藤氏の主張はおかしい。

    「統一教会の反社会性」が「暴発してしまった」?

     第一に、事件は、容疑者の「反社会性」が「暴発してしまった」ものである。

     それを「統一教会の反社会性」が「暴発してしまった」ものと紀藤氏が何故にきめつけることができるのか、理解に苦しむ。

     容疑者が2022年にどうして安倍氏を殺すことを決意したのか、いまだに明らかになっていない。

     紀藤氏は何故に、いまだに明らかになっていない容疑者の考えをきめつけることができるのか?

    安倍氏の自業自得?

     「安倍元首相がせめて統一教会問題に目を向け距離をとってもらえばこの事件はおきなかった」という紀藤氏の言葉も理解に苦しむ。

     何故に容疑者の行動を予測することができるのか?

    弁護士連絡会の7月12日の声明

     紀藤氏が加わっている全国霊感商法対策弁護士連絡会が7月12日に出した「安倍晋三元首相 銃撃事件に対する声明」も重要である。

     紀藤氏自らツイッターで紹介している。

     全国弁連の声明↓

    https://www.stopreikan.com/seimei_iken/2022.07_seimei_abe.htm

     この「安倍晋三元首相銃撃事件に対する声明」もおかしい。

     声明は、1で被疑者の行為を「決して許されない」こととして、安倍氏の冥福を祈っている。

     それはいいのであるが、声明全体の中では、そのことは軽い前置きにしか見えない。

     弁護士連絡会が重視しているのは明らかに1ではなく、その後の2、3である。

     2では「山上被疑者の苦悩や教会に対する憤りも理解できます」と言い、「家庭を崩壊させる統一協会の活動について行政も政権を担う党の政治家もこの30年以上何も手を打ってきませんでした。」と政治家の不作為を責めている。

     殺人事件を起こした容疑者より、統一教会、そして統一教会に対して不作為であったという政治家を問題としているのである。

     容疑者の「憤り」が必ずしも明らかになっていないのに「理解できます」と言っていることは、理解しがたい。

     3では安倍氏が「昨年9月12日の「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」(UPFのWEB集会)でビデオメッセージを主催者に送り、その中で文鮮明教祖(2012年死去)の後継の教祖韓鶴子氏に「敬意を表します」と述べたこと」を取り上げて、「その献金勧誘行為や信者獲得手法について繰り返し違法である旨の判決が下されている統一協会やそのダミー組織の活動について支持するような行動は厳に慎んで頂きたいと改めて切実にお願いいたします。」と述べている。

     殺された安倍氏のビデオメッセージを重い問題としている。

     殺人事件の直後に、被害者に問題があったということはおかしくないか?

     しかもその「ビデオメッセージ」は、殺人行為と比べて釣り合うような問題とは思えない。その「ビデオメッセージ」ゆえに安倍氏は殺されてもしかたがないなどということは成り立たない。

    鈴木エイト氏

     鈴木エイト氏は、統一教会・家庭連合と自民党議員との関係を問題として追及して、今度の事件で有名になった人である。

     紀藤氏等と同じ考えのようで、統一教会と政治家との関係について、先に立って進めていたようである。

     事件が起こった次の日に、鈴木エイト氏は早くも問題を容疑者から統一教会にすり替え、政治家との「不適切な関係」にすり替えている。

    ・「反社会的カルト団体と指摘される教団を巡るトラブル」→問題は「反社会的カルト団体」にあるとされる。

    ・「当該団体と不適切な関係にあった安倍元首相」→問題は安倍氏にあるとされる。

     鈴木エイト氏も、全国弁連と同じように、容疑者の行為は絶対に許されるものではないと言っている。

     しかし全国弁連と同じように、その言葉は軽く響く。

     全国弁連と同じように鈴木エイト氏は、問題をすり替えて、容疑者を問題とするより、統一教会を問題とし、統一教会と政治家との関係を問題としているからである。

     政治家と統一教会との関係、特に安倍氏と統一教会との関係については、鈴木エイト氏が7月12日に次のように豪語していたことが多くの人の心をひきつけた。

     「統一教会と安倍元首相のズブズブの関係を明確な論拠で語ることができるのは私以外にいません」!

     鈴木エイト氏はその「明確な論拠」を持っていると多くの人が思った。

     ところが何カ月たってもその「明確な論拠」は出てこない。

     ハッタリによって多くの人の心をひきつける手法(マインド・コントロール?)をとったようである。

     安倍氏が2021年9月に統一教会の関連団体UPFの集会にビデオメッセージを送ったことは、容疑者の供述として出ていた。

     しかしそのUPFの集会というのも、安倍氏、トランプ前米大統領、潘基文第8代国際連合事務総長のほか、次のような人が出ていたというものである。

    ソウル特別市・釜山市などの市長、忠清南道知事などの知事、欧州委員会委員長、グロリア・アロヨ第14代フィリピン大統領、デーヴェー・ガウダ第11代インド首相、ナターシャ・ミチッチ元セルビア大統領、アンソニー・カルモナ第5代トリニダード・ドバコ大統領、フンセン カンボジア首相

    やや日刊カルト新聞 速報!!安倍晋三前内閣総理大臣が統一教会系大規模イベントで演説、韓鶴子に敬意を表す

    http://dailycult.blogspot.com/2021/09/blog-post.html

     安倍氏がこういう集会にビデオメッセージを送ったことは、統一教会に利益を与えたというより、トランプ氏や潘基文氏が参加する国際的な会議に参加したとみるのが自然ではないか?

     「やや日刊カルト新聞」では安倍氏が韓鶴子総裁に敬意を表したことを取り上げて「教団最高権力者・韓鶴子に阿る基調演説を行った」と語っているが、演説のはじめに主催者に挨拶をしただけであって、演説の中心はその後にある。

     安倍氏のビデオメッセージによってどういう被害があったのかもよくわからない。

     自民党は比較的に統一教会・家庭連合と「接点」が多かったにちがいない。

     しかし自民党が統一教会・家庭連合を特別扱いした証拠はない。

     オウム真理教の事件があった1995年から安倍氏の事件があった2022年まで、安倍政権のほかに、社会党政権、安倍政権出ない自民党政権、民主党政権の時期もあった。

     その中で安倍政権の時、また自民党政権の時にに特に被害が増えたということもないようである。

     2012年に出版された「村山富市回顧録」では、オウム真理教、創価学会のことは取り上げられているが、統一教会のことは取り上げられていない。


    村山富市回顧録 (岩波現代文庫)

     1995年にも2012年にもそれほど問題と思っていなかったのではないか?

     統一教会が自民党を支配していたなどというのは、トランプ前米大統領の支持者の陰謀論以上に荒唐無稽な陰謀論である。

     そういう陰謀論がマスメディアで言われるという恐ろしいことが起こっている。

     鈴木エイト氏は、7月12日に古市氏が安倍氏と統一教会との関係を陰謀論扱いすることに反対しているが、そういう鈴木エイト氏の主張はまさに陰謀論ではないか。

    江川紹子氏

     次に江川紹子氏をとりあげる。

     7月17日に紀藤氏は、江川紹子氏の発言に同意している。

     江川氏はTV番組で「今回の事件で、社会的に問題のある団体と政治家との関係は見直さなければいけないということがいえる」と語った。

     紀藤氏はその動画を引用して、「安倍元首相銃撃事件をきっかけに、民主主義を目指す政治において「政治と金」の問題だけでなく「政治と人」の問題にもメスを入れていかないといけない問題である」と語っている。

     そしてそのことに「気付いていない、あるいは理解していない」人を批判している。

     ここは興味深いところで、このあたりから紀藤氏、江川氏のように「今回の事件で、社会的に問題のある団体と政治家との関係は見直さなければいけない」という主張が、その他の主張を抑えて力を持つようになっていくのである。

    有田芳生氏

     そして有田芳生氏。

     7月18日に統一教会本体への捜査がなされなかったことは「政治の力」によると聞いたと語った。

     紀藤氏はそれを引用してそのことが安倍氏の銃撃につながったと語っている。

     このあたりから、統一教会は本来は解散されるべきであるにもかかわらず、自民党の政治家によって不当に擁護されていたというような主張が盛んになった。

     ここでは必ずしも自民党と言われていない。

     オウムの事件から2022年までには、社会党政権も、民主党政権もあった。その中で自民党によって被害が拡大したという証拠はない。

     ところがなぜか自民党の議員ばかりが非難された。

     統一教会と政治家との関係ということで、第一に追及されるべきは有田芳生氏ではないかと思われる。

     有田氏は安倍氏の事件後、紀藤氏等とともに統一教会の専門家として、統一教会がいかに悪いものか力説している。

     しかし有田氏は2022年の参議院選挙で落選するまで国会議員であった。その間に統一教会に対して何をしたのか?

     第一に追及しなくてはならないはずである。

    四人組

     紀藤正樹氏、有田芳生氏、江川紹子氏は、1990年代にオウム真理教が事件を起こした時にさかんにテレビに出てきて有名になった人である。

     その3人が2022年に統一教会をめぐってテレビに出てきたことは興味深いことである。

     皆申し合わせたかのように同じことを言っていることも、興味深い。

     その動きは共産党と一致するものでもあった。

     志位氏は共産党の「統一教会との最終戦争」であることを認めている。

     自民党と統一教会との関係という鈴木エイト氏のハッタリに追随するより、現在日本を動かしているこちらの動きを追及すべきではないか?

    政治的影響

     安倍氏は死亡する前、左翼の人に事あるごとに攻撃されていた。

     しかし安倍氏が死亡した直後には、安倍氏に対する攻撃は少なくなっていた。

     それまで安倍氏を攻撃していた人の影響を受けて事件が起こったということで、批判されていた。

     ところが統一教会に対する恨みで殺されたとされ、紀藤氏等によって統一教会が悪の元凶とされ、安倍氏はその統一教会と「ズブズブ」であったとされた。

     それまで安倍氏を攻撃していた人は、統一教会との関係で安倍氏を攻撃することができるようになったわけである。

     また右寄りの人でも、統一教会は韓国の宗教であって、日本人の高額な献金が韓国に送られているということで、統一教会を非難し、自民党議員と統一教会との関係を非難する人も出てきた。

     また、8月31日に、岸田首相はマスメディアの連日の攻撃に答えるというかたちで、統一教会との関係を絶つというに至った。

    https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA309DV0Q2A830C2000000/

    「統一教会の反社会性」

     紀藤氏等は、「統一教会の反社会性」を第一の問題とする。

     そのためには安倍氏を殺した行為さえ、放置していいかのようである。

     ところが具体的に現在どのような「反社会性」があるのか、よくわからない。

     たとえば霊感商法の問題。

     紀藤氏は著書「マインド・コントロール」第2章で霊感商法を取り上げて、「日本で霊感商法の問題を引き起こしているのは、金額ベースでは統一教会の被害が最大だと考えて差し支えありません」などと語っている。


    決定版 マインド・コントロール

     しかし紀藤氏も認めているように、統一教会の霊感商法の被害額はその後減っている。

     紀藤氏自らとりあげる消費者庁「旧統一教会に関する消費生活相談の状況について」↓

     こういう状況では、統一教会の霊感商法を特に問題とする必要はないのではないか?

     鈴木エイト氏が2009年のコンプライアンス宣言後の霊感商法の例として7万円の印鑑を持ち出して、さわやかな笑いを巻き起こしたこともあった。

    まとめ

     紀藤氏は7月15日には次のようなことを言っていた。「犯罪被害者が浮かばれない事件にしてはいけない」「加害者側の動機も解明されないと次の予防にもつながらない」「議論の場をテレビ局でも作ってもらいたい」

     実際には紀藤氏等が統一教会・家庭連合を「加害者」ときめつけたことによって、その「被害者」に焦点が当てられて、「犯罪被害者」である安倍晋三元首相が浮かばれない状況が作られている。

     安倍氏を銃撃した容疑者も「被害者」の代表であるかのように扱われて、テロに対する予防に反する状況が作られている。

     紀藤氏等が、統一教会・家庭連合を「加害者」ときめつけたことによって、罪を犯していない統一教会・家庭連合の信者、二世が差別される状況が作られている。

  • 「犯人の思う壺」? 安倍元首相銃撃事件の後の世の中の動きについての考察

    「犯人の思う壺」? 安倍元首相銃撃事件の後の世の中の動きについての考察

     2022年7月8日、安倍晋三元首相が銃撃され、死亡した。

     統一教会を恨んでいた人物が、安倍氏は統一教会とつながりがあると思い込んでのこと、と報道された。

     その後、マスメディア・野党は統一教会の問題を追及し、岸田首相もその方向に進んで、解散命令請求が行われるに至った。

     この流れは「犯人の思う壺」ではないか? という批判がある。

     その問題について詳しく考えてみよう。

    郷原信郎氏の主張

     まず郷原信郎氏の『“「統一教会問題」取り上げるのは「犯人の思う壺」”論の誤り』という2022年8月7日の記事を取り上げる。

    https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/b2aff1e7edf2d9f0e8111c81929c68036fd70fe6

     政党や新聞社、テレビ局の間で「この問題をめぐって極端に対応が分かれている」が、そのことには「「安倍元首相を殺害した犯人の思う壺にしてはならない」、という意見が影響しているように思える」と郷原氏は言う。

     そして「安倍元首相を殺害した犯人の思う壺にしてはならない」という意見を代表とするものとして、元自民党副総裁の高村正彦氏の発言を取り上げる。

     高村氏は過去に統一教会の訴訟代理人を務めたことについて週刊文春の取材を受けて、次のように語った。

    勝共連合と統一教会がいいか悪いかは別として、この事件で統一教会が取り上げられることは、テロをやった人の思う壺なので正しいとは思えない

    週刊文春7月28日号

     それに対して郷原氏は次のように言う。

     「犯人の意図どおりの結果となり、目的が実現してしまうことで、模倣犯や同様の殺人行為が誘発される」という問題に対しては、「厳正な刑事処分が行われる」ことによって「犯人の再犯を防ぐだけでなく、同種の犯罪を抑止する「一般予防」も図られる」。

     ところで事件の捜査においては「犯行動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうか」が問題とされる。

     この事件のように「社会の耳目を集める事件」では、そういうことについて報道されることは当然のことである。「様々な方法で取材が行われ、裁判で明らかになる事実を先取りする形で報道が行われることになる」ことも当然のことだという。

     事件の背景として統一教会の「信者勧誘」や「多額の献金」について報道されることも、安倍氏の統一教会との関係について報道されることも、当然のことだというのである。

     そして高村氏の「犯人の思う壺」論に対して次のように語っている。

    山上容疑者の犯行の目的には、単に恨みを晴らすだけではなく、「最も政治的影響力が大きい旧統一教会のシンパであった安倍元首相」を殺害することで、社会の関心を旧統一教会の反社会性と、政権与党である自民党議員との関係に向けようとする「告発的動機」もあったように思える。実際に、事件を機に、その問題がマスコミ等で大きく取り上げられ、相当程度目的を実現している。

    高村氏が言う「犯人の思う壺」というのは、このような「告発的動機」の目的が達成されることを問題にしているように思える。しかし、その点について犯人の意図するとおりの結果になったからと言って、犯行自体が正当化されるわけではないし、処罰が軽減されるわけでもない。問題は、山上容疑者が行った「告発」を契機として、そのような問題を、社会がどう受け止め、どう扱うか、それらについてどう判断すべきかということだ。

    “「統一教会問題」取り上げるのは「犯人の思う壺」”論の誤り

     要するに、

    ・犯行に対しては厳正な刑事処分が行われることによって犯罪の抑止が図られる

    ・犯罪動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうかについて報道されることは当然のことである。そのことによって、提出された問題に対しては社会が判断すればいい

     ということである。

    考察

     郷原氏の主張について考えてみよう。

    統一教会問題の特殊性

     現実に起こっていることを考えると、郷原氏の主張には疑問がある。

     犯罪動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうかについて報道されることは当然のことのように思われる。

     しかし「犯行動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうか」ということは、まだ明らかになっておらず、これから明らかにされることであるにもかかわらず、犯人が語るような事実はある、という方向で報道されている。

     たとえば2023年に始まった京アニ放火殺人事件の裁判で、被告は京アニに「小説のアイデアを盗まれた」と主張している。

    https://www3.nhk.or.jp/lnews/kyoto/20231011/2010018617.html

     そのことは犯人の思い込みと報道されてきた。

     裁判でも『検察は「京アニに小説のアイデアを盗まれたと一方的に思い込んだ筋違いの恨みによる復しゅうだった」と主張しているのに対し、被告の弁護士は責任能力はなかったとして無罪を主張して』いる。

     検察は一方的な思い込みであったと言い、弁護士は責任能力はなかったと言っているのである。

     安倍氏殺害事件でも、安倍氏と統一教会との関係は犯人の思い込みと報道された。

     しかしいつの間にか、犯人が語ることが事実であるかのように報道された。統一教会に関しても、犯人が語ることが事実であるかのように報道された。

     犯人が語ったことが事実であるかどうか明らかにされていないのに、事実であるかのように報道された。

     そもそも犯人が語ったことが事実であるかということは、慎重に考えられなくてはならないことであるのに、安倍氏殺害事件では、犯人が語ったことは検証もされずに事実であるかのようにされているのである。

     郷原氏は「問題は、山上容疑者が行った「告発」を契機として、そのような問題を、社会がどう受け止め、どう扱うか、それらについてどう判断すべきかということだ。」というが、犯人の語ったことが検証もされずに事実とされて、多くの人に問題として突きつけられているということこそ問題である。

    裁判との関係

     郷原氏は、犯行に対しては厳正な刑事処分が行われることによって犯罪の抑止が図られるとし、犯罪動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうかについて報道されることは当然のことだとした。

     しかし安倍氏殺害事件に関しては、

    ・裁判によって事実が明らかにされる前に、事実であるかどうか明らかにされていないことがマスメディアによって報道された

    ・裁判が行われる前に、マスメディアの報道によって、被害者と加害者の逆転など秩序の混乱が生じた。

    事実

     事件から1年3カ月後の2023年10月13日、第1回公判前整理手続きが行われた。

     裁判はこれからである。

     「犯行動機に関する供述を裏付ける事実があるのかどうか」、「「旧統一教会」の山上容疑者自身やその家族に対する「悪事」が実際にあったのか、それがどの程度のものだったのか」、「そのような「旧統一教会への恨み」を安倍元首相に向けた理由が、了解可能なのか、合理性があるのか」ということが裁判によって明らかにされるのは、これからである。

     しかしそういうことが裁判によって明らかにされる前に、マスメディアは盛んにそういう事実があるかのように伝えた。

     岸田首相もそういうマスメディアの流れに従う方向に突き進んだ。

     2022年8月31日、岸田首相は自民党国会議員が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)と関係を絶つことを基本方針とした。

    https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2022/0831kaiken2.html

     自民党議員と統一教会との関係は絶たれなくてはならないものとしたのである。

     2023年10月13日、文部科学大臣は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する解散命令請求を行った。

    https://www.mext.go.jp/b_menu/daijin/detail/mext_00421.html

     統一教会は解散命令を出されるべき団体だとしたのである。

     解散命令請求が行われた日は、第1回公判前整理手続きが行われた日である。以上のことは裁判の前に行われたのである。

     「「旧統一教会」の山上容疑者自身やその家族に対する「悪事」が実際にあったのか、それがどの程度のものだったのか」ということは、いまだに明らかにされていない。

     事件をきっかけとして、統一教会の「悪事」が問題とされ、政府が解散命令請求を行うに至ったのに、いまだにそのきっかけとなった事件において統一教会の「悪事」が実際にあったのか、明らかにされていないのである。

     問題とされた母親の献金について5000万円の返金がなされたと報じられているが、そうだとすると、統一教会はそれほど悪くなかったということになるのではないか?

     母親は返金を積極的に求めなかったと報じられているが、そうだとすると、統一教会はそれほど悪くなかったということになるのではないか?

     いずれにせよ、きっかけとなった事件すら明らかにされていない状況で話が進んでしまっているのである。

     「そのような「旧統一教会への恨み」を安倍元首相に向けた理由が、了解可能なのか、合理性があるのか」ということも、明らかにされていない。

     事件から1年3カ月たっても、そのことが了解可能になるようなことは出てきていない。

     それにもかかわらず、マスメディアは安倍氏やそのほかの自民党議員と統一教会との関係に問題があったかのように報じた。それを受けて岸田首相は、自民党議員と統一教会との関係は絶たれなくてはならないとした。

    法秩序

     事件に対して捜査が行われて、その結果をもとにして裁判が行われて、刑事処分が行われる、という流れに対して、この事件を巡る報道は、並走しているのではなく、暴走している。

     報道が捜査、裁判で明らかにされる事実をもとにせずに、統一教会を悪いものときめつけ、統一教会と自民党議員の関係を悪いものときめつけることは、裁判と並走することではなく、裁判と関係なく勝手に秩序を作ることである。

     そういう報道を受けて岸田首相が、自民党議員と統一教会との関係を断絶させ、統一教会に対して解散命令請求を行うことも、裁判と関係なく勝手に秩序を作ることであって、裁判との関係で問題が生ずる。

     郷原氏は、犯行に対しては厳正な刑事処分が行われることによって犯罪の抑止が図られると語った。そうして秩序は守られるということである。しかし現実には、裁判が行われる前に、報道が暴走して秩序が変えられるということが起こっている。

    紀藤弁護士の主張

     郷原氏は報道に対して「間違っているというのであれば、誤りを指摘し、反論すればよい」という。

    旧統一教会の欺罔的な入信勧誘や多額の献金要請などが反社会的なものとして報じられていることや、自民党議員への選挙協力などの報道内容が事実に反しているとか評価が間違っているというのであれば、誤りを指摘し、反論すればよいことである。旧統一教会と国会議員との関係を取り上げること自体が、山上容疑者の意図を実現し、「犯人の思う壺」になることを理由に差し控える理由は全くない。

    Yahooニュース “「統一教会問題」取り上げるのは「犯人の思う壺」”論の誤り

     紀藤正樹弁護士もその言葉を引用して同意している。

     紀藤弁護士は統一教会の専門家としてテレビに連日出演して統一教会を追及する動きの先頭に立っていた人である。

     たしかに「間違っているというのであれば、誤りを指摘し、反論すればよい」。

     紀藤氏のように長年統一教会とやりあってきた人であって、法律の専門家でもある人に対して、反論できる人は多くなかったと思われる。

     しかし橋下徹氏のように、紀藤氏に反対した人はいた。しかしマスメディアは紀藤氏の言葉を多く取り上げた。

     米本和弘氏などは、紀藤氏に反論することができたであろう。しかしマスメディアはほとんどその言葉を取り上げなかった。

     マスメディアは次第に紀藤氏と同じ考えを持った人ばかりを出演させるようになった。―有田芳生氏、鈴木エイト氏、櫻井義秀氏、塚田穂高氏など。

     その結果論調は一方的になった。

     そういう状況で根拠の明らかでないことが言いっぱなしにされた。

     「統一教会本体への捜査がなされなかったことが安倍元首相の銃撃につながった」というのは極めておかしなことである。

     「統一教会本体への捜査がなされなかった」ことに問題があったとしても、そのことから当然「安倍元首相の銃撃」が出てくるのではない。しかし紀藤氏はそう主張しているのである。

     紀藤氏は郷原氏の記事を引用した次の日、太田光・古市憲寿両氏の「このままでは山上容疑者の目論みどおり」という言葉を載せた記事を引用して次のように言っている。

     太田光氏の「このままでは山上容疑者の目論みどおり」ということは、高村氏の「この事件で統一教会が取り上げられることは、テロをやった人の思う壺」ということと同じようなことを言うもののようである。

     「第2の山上容疑者出ること恐れ」というところは意味がわからない。

     ここで紀藤氏は統一教会の「被害と巨悪」について語っているが、これは紀藤氏が語っているだけのことである。検証されなくてはならないことである。

     「犯人の思う壺」ということについてさらに考える。

     まず犯人について↓

     次に犯人の望みを叶えているのではないかと思われる人々↓

  • 「ベルサイユのばら」50周年で劇場アニメ制作が決定

    「ベルサイユのばら」50周年で劇場アニメ制作が決定

     「ベルサイユのばら」、完全新作での劇場アニメ制作が決定。

    「ベルサイユのばら」完全新作の劇場アニメ

     「ベルサイユのばら」が「週刊マーガレット」で連載を開始したのは1972年。

     それから50年の時を経た2022年、「ベルサイユのばら」の完全新作での劇場アニメ制作が決定した。

     公式Twitter

     原作者池田理代子先生のイラストとコメント。

     公式HP

    https://verbara-movie.jp/

     公式HPには

    ・このほかのコメント

    ・ティザービジュアル、特報映像

    ・原作<完全版>1~9話無料試し読み

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     今度は原作寄りになるのか、はたまた…

  • 統一教会の名称変更にについて

    統一教会の名称変更にについて

     統一教会は2015年に名称を変更したが、全国霊感商法対策弁護士連絡会は早くから名称が変更されると被害が拡大するとして、繰り返し反対してきた。

     その主張に気になるところがあるので書いてみる。

    申入書

     2015年3月26日に、全国霊感商法対策弁護士連絡会は文科大臣、文化庁長官、宗務課担当課長宛てに統一教会の名称変更に反対する申入書を出した。

    名称

     この申入書をみて、まず第一文にびっくりした。

     統一教会は、本年2月の責任役員会議で「世界基督教統一神霊教会」から「世界平和統一家庭連合」に変更するとの決定をしたとのことです。

    申入書(統一教会の名称変更申請について)

     「世界基督教統一神霊会」ではなくて「世界基督教統一神霊会」ではなかったのか?

     そうだとすると、名称変更を問題とする文書の第一文で、その問題としている名称を書き間違えるというおかしなことが起こっていることになる。

     「世界基督教統一神霊教会」でも正しいのであろうか?

    名称変更の目的

     弁護士連絡会は、統一教会が名称変更する目的を次のように断定して、反対している。

    この名称変更は、これまでの組織的違法行為による悪評が日本社会に広く浸透していることから、名称変更して新たな被害者を獲得するとともに、被害回復請求を抑制する目的で行うものであり、このような名称変更を認証しないよう申し入れます。

    申入書(統一教会の名称変更申請について)

     どうして2015年に名称変更を求めたかということについては、韓国の幹部が日本統一教会に年間300億円余の献金を指示したが、「統一教会と判っただけで多くの市民が離れていくために、名称を変更することで、最後まで正体を隠した資金そして人材獲得を達成しようとしている」と説明している。

     相当の根拠があって言っていると思うが、推測に過ぎないのではないかとも思う。

     まず「世界平和統一家庭連合」自らの説明を読んでみよう。

    1954年に設立されたときは「世界基督教統一神霊協会(統一教会)」という名前でした。当法人の創設者である文鮮明師は1997年4月8日、「世界基督統一神霊協会」の名称を「世界平和統一家庭連合」に変更すると明かされ、その意義として、以下のように語られました。 「長子権復帰、父母権復帰を完成したので、キリスト教統一だけでなく、世界統一時代へと越えていくのです。それで今日から名称が統一教会の名を替えて、世界平和統一家庭連合を1997年4月10日付で使用しなければなりません」「家庭の救いを通した、神様を中心とした世界平和統一家庭文化運動に転換します」 このような文師のみ言に基づき、すでに1997年5月19日以降、世界の教会では、「世界平和統一家庭連合」に名称変更を完了していましたが、日本では遅れて、2015年8月27日に名称を変更いたしました。

    世界平和統一家庭連合公式サイト Q&A

    ・名称変更は1997年の考えであった。

    ・1997年には「世界の教会では、「世界平和統一家庭連合」に名称変更を完了して」いた。

     こういう事情から考えると、名称変更を2015年の一時的な考えときめつけることには違和感がある。

     インターネットで誰でも見ることのできる公式サイトに統一教会との関係が明確に書かれていることを見ると、統一教会との関係を隠そうとしているようには見えない。

     全国霊感商法対策弁護士連絡会は申入書で次のように語っている。

    そもそも「世界平和統一家庭連合」なる名称は文鮮明の10年余前の思いつきのようですが、これが宗教団体であることさえ一般の人には判らないような名称であり、この団体名を名乗って被害者が宗教の勧誘であることに気付かないように仕組んでいるのです。

    申入書(統一教会の名称変更申請について)

     全国霊感商法対策弁護士連絡会は「この団体名を名乗って被害者が宗教の勧誘であることに気付かないように仕組んでいる」ということを問題としているが、下の記事で論じたように、統一教会がそれまでに正体を隠して活動していたこととあまり変わらないのではないか?

    現状認識

     申入書では、統一教会は「新たな被害者を獲得する」ために名称変更を求めたときめつけているが、そのことは「これまでの組織的違法行為による悪評が日本社会に広く浸透している」ことを前提としている。

     その「これまでの組織的違法行為による悪評が日本社会に広く浸透している」というところが気になる。

    統一教会による組織的反社会的違法行為の実情は、日本社会において広く知られるところとなり、霊感商法やビデオセンターによる勧誘等への一般市民の警戒意識はかなり浸透したと言えます。
     とりわけ、統一教会信者らによる霊感商法の手口による物品販売活動について、特定商取引法違反、薬事法違反、各種条例違反等による刑事摘発が相次いでなされたことなどにより、新たな被害発生はかなり抑止できているかと思います。

    申入書(統一教会の名称変更申請について)

     ここでも「統一教会による組織的反社会的違法行為の実情は、日本社会において広く知られるところとなり、霊感商法やビデオセンターによる勧誘等への一般市民の警戒意識はかなり浸透した」ことによって「新たな被害発生はかなり抑止できている」と語っている。

     しかし統一教会の問題が広く知られていたゆえに「新たな被害発生はかなり抑止できている」ということには違和感がある。

     2022年7月に安倍晋三元首相が銃撃された後に、マスメディアが連日統一教会のことを取り上げたことによって「日本社会において広く知られるところ」となったが、それまではそれほど知られていなかったのではないか?

     1990年代にもマスメディアが盛んに取り上げていたことがあったが、そういうことがない時にはそれほど「広く知られる」ことはなかったのではないか?

     「新たな被害発生はかなり抑止できている」ようになったのは、他のことによってではないか?

     たとえば「統一教会信者らによる霊感商法の手口による物品販売活動について、特定商取引法違反、薬事法違反、各種条例違反等による刑事摘発が相次いでなされたこと」ということにもよるかもしれない。

     次に気になること。

     2015年に名称変更が認められて、どうなったのか?

     全国霊感商法対策弁護士連絡会は、統一教会の名称変更を認めると被害が拡大するとして、反対していたが、その主張は正しかったのか?

     紀藤氏は「非なる”世界平和統一家庭連合”への名称変更を認めてしまった。その結果が今です。」と言っている。

     「今」どうなっているのか?

     名称変更による被害が数多く報告されているのか?

     紀藤氏が「今」というのは、紀藤氏のこれまでの発言から考えると、安倍氏が銃撃されたことを言っているのではないかとも思う。

     参照↓

     しかし上の記事でも論じたが、名称変更を認証したゆえに安倍氏が銃撃されたということは私には理解できない。

    https://stopreikan.com/kogi_moshiire/bunka_syumu/18_2017.8.4moushiire.pdf

    抗議文

     2015年名称変更申請認証に反対する全国霊感商法対策弁護士連絡会の抗議文では、名称変更に反対する理由として資料を三つ挙げた上で次のように語っている。

    このように名称変更前においてさえ、統一教会はその正体を隠して勧誘活動を「伝道」と称して行ってきたのです。

    抗議文(統一教会の名称変更申請の認証について)

     そして、次のように語っている。

    「統一教会」と「世界平和統一家庭連合」が、同一組織であることを知っている一般市民は皆無です。今回の名称変更のために、特定宗教団体であることさえ判らない表示で勧誘がなされるようになることが正当化されるので、これまで以上に被害が拡大することが憂慮されるのは当然のことです。

    抗議文(統一教会の名称変更申請の認証について)

     名称変更によって被害が拡大することについて語っている。

     しかし「名称変更前においてさえ、統一教会はその正体を隠して勧誘活動を「伝道」と称して行ってきた」上に「特定宗教団体であることさえ判らない表示で勧誘がなされるようになること」ことが加わっても、事態はあまり変わらないのではないか?

  • 紀藤正樹弁護士に対する疑問 統一教会の名称変更の資料について

    紀藤正樹弁護士に対する疑問 統一教会の名称変更の資料について

     紀藤正樹弁護士は、安倍晋三元首相が銃撃された後、早くからテレビで、Twitterで、統一教会の名称変更の問題を取り上げてきた。

     その紀藤氏がフジテレビの報道をとりあげて、「名称変更がいかに罪作りかを明らかにする資料として重要」だと語った。

     しかしその報道は「名称変更がいかに罪作りかを明らかにする資料」として役に立たないのではないかと思われる。

    紀藤氏が取り上げた動画

     紀藤氏がその動画を取り上げたツイート↓

     紀藤氏が引用した動画↓

    MasakiKito Official 弁護士紀藤正樹の公式チャンネル 2022/08/04
    統一教会の伝道の実態 「真夜中の事件簿」 2019年8月10日(土)『ディープな現場を直撃スクープ!』(フジテレビ)より一部抜粋

     この動画は、統一教会の伝道の「実態」を撮影したものである。

     紀藤氏はこの報道は「名称変更がいかに罪作りか」を明らかにするとか、「名称変更が宗教性の秘匿や正体を隠した伝道にいかにお墨付きを与えたか」がわかるとか語っている。

     しかしそういうことはこの動画ではわからない。

    勧誘のやり方

     統一教会の勧誘のやり方は、次のようなかたちになっている。

    ・統一教会であること、宗教であることを明かさずに、相手を勉強会に誘う。

    ・その勉強会で統一教会に入ることをもとめる。

     上の動画をみてもそのことはわかる。

    紀藤弁護士の主張の問題点

     上の動画で撮影されているのは、相手を勉強会に誘うまでである。

     紀藤氏の主張の問題点はそこにある。

     相手を勉強会に誘うまでの段階では名称変更はほとんど関係ないのである。

     その段階では、名称変更前には、統一教会であること、宗教であることを明かさずに勧誘していた。

     名称変更後には、家庭連合であること、旧統一教会であることを言わずに、あるいは言って勧誘しているようである。

     いずれの場合でも、統一教会であること、宗教であることを言わない場合は同じことになる。

     家庭連合と自ら名乗る場合、紀藤氏は「仮に家庭連合と言われても宗教性って理解できない」というが、そのことは、名称変更前に統一教会であること、宗教であることを言わないことと変わらない。

     また「仮に家庭連合と言われても宗教性って理解できない」のは、浸透していないからであるということもできる。

     さて、勉強会で統一教会に入ることをもとめる段階では、名称変更前には自身を統一教会として明かしたが、名称変更後には家庭連合として明かすことになる。

     そこで違うことはあるかもしれない。

     しかし家庭連合でも創始者文鮮明との関係などについて語られるとすると、あまり変わらないのではないかとも思われる。

    まとめ

     統一教会が名称を変更したことによって被害が生ずるところはあるかもしれない。

     いずれにせよ、紀藤氏がそのことを「明らかにする資料として重要」だとして引用した動画ではわからない。

     紀藤氏等は名称変更によって被害が拡大するとして反対してきたのであるが、被害がどういう状況で生ずるか、理解しているのであろうか?

  • フレッド・アステアの映画「ベル・オブ・ニューヨーク」

    フレッド・アステアの映画「ベル・オブ・ニューヨーク」

     「ベル・オブ・ニューヨーク」( “The Belle of New York” )は1952年に公開されたフレッド・アステア主演のミュージカル映画。

     ダンスのうまいヴェラ・エレンを相手役として、またソロでフレッド・アステアが踊るところをみることができる。

     監督はチャールズ・ウォルターズ。

     作曲ハリー・ウォーレン、作詞ジョニー・マーサー。


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    「ベル・オブ・ニューヨーク」のあらすじ

     1910年代が舞台。

     フレッド・アステアは金持ちの家のプレイボーイの役。

     たまたま救世軍の女性(ヴェラ・エレン)に出会って惚れ込んで近づこうとするが、まじめに働くことをもとめられる。

    フレッド・アステアの思い入れ

     フレッド・アステアはこの映画に対する強い思い入れを述べている。―「ヴェラ・エレンという良いダンサーを相手役として、最高のダンスナンバーができた。~「ベル・オブ・ニューヨーク」は私の好きな映画だ」

    As my partner I had a girl who was a good dancer, Vera-Ellen. And some of the best dance numbers you could ever get. ~ The Bell of New York was one of my favorite films.

    “MGM’s Greatest Musicals” p.366

    M-G-M’s Greatest Musicals: The Arthur Freed Unit

     ヴェラ・エレンは当時傑出したダンサーであった。

     そのヴェラ・エレンを相手役として、フレッド・アステアはこの映画のダンスを作ったが、そのダンスは最高のものになったというのである。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」の楽曲

     作曲ハリー・ウォーレン、作詞ジョニー・マーサー。

    “When I’m Out With the Belle of New York”

     町の男たちがヴェラ・エレンに歌いかける歌。

    “Seeing’s Believing”

     フレッド・アステアはこの前の映画「恋愛準決勝戦」で重力に挑戦するダンスをやったが、「ベル・オブ・ニューヨーク」でも違うかたちで重力に挑戦するダンスをやっている。

    “Baby Doll”

     キリストの教えを説くヴェラ・エレンを、フレッド・アステアが口説こうとするところがダンスで表現される。

    “Oops!”

     街路を歩くヴェラ・エレンに、馬車からフレッド・アステアが声をかけて、馬車を使った二人のダンスとなる。

     「トップ・ハット」で馬車の御者に扮したフレッド・アステアがジンジャー・ロジャーズに語り掛けるところが思い出される。

    “Naughty but Nice”

     ヴェラ・エレンが悪女の振りをして踊る。

     ドレスの色彩が鮮やか。

    “I Wanna Be a Dancin’ Man”

     フレッド・アステアが舞台で一人で砂を撒いてその上で踊る。

     フレッド・アステアの重要なダンス。

     「トップ・ハット」での砂の上の踊りが思い出される。

    季節に合わせたダンス

     カリヤー・アンド・アイヴズ( Currier and Ives)風の四季の背景、衣装でフレッド・アステアとヴェラ・エレンが踊るところが見どころ。

     秋の背景でヴェラ・エレンが歌うところから始まる。

     春は緑の背景の中、黄色が印象的な衣装でバドミントンからのダンスでブランコを使う。

     冬はアイススケートで踊る。

     夏は超絶技巧のタップダンス。

    原作

     映画「ベル・オブ・ニューヨーク」は1897年のブロードウェイ・ミュージカル「ベル・オブ・ニューヨーク」をもとにしている。

    「ベル・オブ・ニューヨーク」のDVD

     「ベル・オブ・ニューヨーク」のDVD。


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  • ジーン・ケリーのミュージカル映画におけるバレエ

    ジーン・ケリーのミュージカル映画におけるバレエ

     ジーン・ケリー( Gene Kelly )は様々な業績を残した人であるが、アメリカのミュージカル映画にバレエを取り入れて成功させたことは、その中でも歴史的に重要なことである。

    アメリカのミュージカルの歴史とバレエ

    ブロードウェイのリチャード・ロジャース劇場

     タップダンスが主流であったアメリカのミュージカルにバレエが重要な要素として取り入れられるようになったのは、

    「オン・ユア・トーズ」(1936年)―ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲。

    「オクラホマ!」(1943年)―オスカー・ハマースタイン二世作詞、リチャード・ロジャース作曲。

     のような画期的なブロードウェイ・ミュージカルによる。

     ただしミュージカル映画にバレエが取り入れられたのは、それより後になった。

     「オン・ユア・トーズ」はもともとフレッド・アステア主演の映画のために作られたが、フレッド・アステアが断ったので、ブロードウェイで他の人でやったのであった。

     「オクラホマ!」は1943年にブロードウェイで開幕して大ヒットしたが、映画化されたのは1955年であった。

     ミュージカル映画にバレエを取り入れる機会はまずフレッド・アステアにやってきた。

     しかしフレッド・アステアより後に出て来たジーン・ケリーによって行われることになった。

    ジーン・ケリーの映画におけるバレエ

     ジーン・ケリーは1940年開幕のブロードウェイ・ミュージカル「パル・ジョイ」( “Pal Joey” 、ロレンツ・ハート作詞、リチャード・ロジャース作曲)で有名になった。

     映画デビューは1942年の「フォー・ミー・アンド・マイ・ギャル」( “For Me and My Gal” )。ジュディ・ガーランドの相手役であった。


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     ジーン・ケリーが映画で有名になったのは1944年の「カバー・ガール」( “Cover Girl” )。


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     地位が上がるとともに、自分の意見を映画に入れていった。そしてバレエを取り入れていった。

     ジーン・ケリーは早くからタップダンスにもバレエにも力を入れていた。

    「踊る海賊」

     1948年に公開された「踊る海賊」( “The Pirate” )でジーン・ケリーは「海賊」バレエをやった。


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     ジーン・ケリーの演ずる人物が終盤に追い詰められたところで事態をひっくり返すためにやるのである。

    ワーズ&ミュージック

     「踊る海賊」と同じ年、1948年12月に公開された映画「ワーズ&ミュージック」( “Words and Music” )でもジーン・ケリーはバレエをやっている。


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     「ワーズ&ミュージック」は、「オン・ユア・トーズ」( “On Your Toes” )の作者リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの伝記映画。

     リチャード・ロジャースとロレンツ・ハートの伝記の中に二人が作った楽曲、ミュージカルが差し込まれるというかたちになっていて、その中に「オン・ユア・トーズ」のナンバーも再現されている。

     ジーン・ケリーは映画の終盤で「オン・ユア・トーズ」の劇中のバレエ「十番街の殺人」(”Slaughter on 10th Avenue”)をヴェラ・エレンその他とともに再現している。

     「オン・ユア・トーズ」はもともとフレッド・アステアの映画のために作られたが、フレッド・アステアがことわったものであった。それを映画「ワーズ&ミュージック」でジーン・ケリーがやったわけである。

     フレッド・アステアはジーン・ケリーより前にミュージカル映画にバレエを取り入れる機会があったが、その方向に進まないのに対して、後から来たジーン・ケリーがその方向を進めていく。

    「踊る大紐育」

     1949年12月に公開された映画「踊る大紐育」( “On the Town” )にもバレエが取り入れられている。


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     映画の終盤に、孤独になったジーン・ケリーの演ずる人物が、「ニューヨークでの一日」(”A Day in New York”)という芝居の看板をみて、一日を振り返るところで、その頭の中にあることがバレエによって表現されている。

     このように主人公の頭の中にあることがバレエによって表現されていることは、「オクラホマ!」の影響と思われる。

     ジーン・ケリーの相手役は「ワーズ&ミュージック」の「十番街の殺人」と同じくヴェラ・エレン。

     ヴェラ・エレンは映画のはじめにもバレエをやっている。―ジーン・ケリーの演ずる人物等がヴェラ・エレンの演ずる人物はどういう人物か想像するところ。

    「巴里のアメリカ人」

     1951年に公開された映画「巴里のアメリカ人」(”An American in Paris” )は、ジーン・ケリーがバレエを取り入れた映画の中でも特筆すべき作品。


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     「巴里のアメリカ人」でジーン・ケリーの相手役をやったレスリー・キャロンは、ジーン・ケリーがフランスで見出したバレエダンサーであった。

     まずレスリー・キャロンの演ずる人物はどういう人物であるか想像するというところで、「踊る大紐育」でやっていたのと似たバレエがある。

     そして終盤には、ジーン・ケリーの演ずる人物がレスリー・キャロンの演ずる人物との関係について考えることが大がかりなバレエによって表現されている。

     主人公の頭の中にあることをバレエで表現することは「オクラホマ!」の影響と考えられる。

     ジョージ・ガーシュウィンの楽曲「巴里のアメリカ人」、ジーン・ケリーとレスリー・キャロン、そしてその他多くの人による大がかりなバレエ、フランスの印象派の画家の絵をもとにした背景美術が相まって、大変なものになっている。

    「雨に唄えば」

     1952年に公開された映画「雨に唄えば」( “Singin’ in the Rain” )にもバレエがある。―「ブロードウェイ・バレエ」である。


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     ブロードウェイでの成功を目指す若者(ジーン・ケリー)が、魔性の女性(シド・チャリース)と出会うというもの。

     ジーン・ケリーの演ずる人物が提案する映画の企画として出て来るのであるが、「雨に唄えば」の本筋とはあまり関係ない。

    「ブリガドーン」

     1954年に公開された映画「ブリガドーン」( “Brigadoon” )は1947年にヒットしたブロードウェイ・ミュージカル「ブリガドーン」の映画版。


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    「ダンスへの招待」

     1956年に公開された映画「ダンスへの招待」( “Invitation To the Dance” )は、ジーン・ケリーが監督した映画。

     会話はなく、登場人物はダンスと身振りだけで表現するというもの。

     ジーン・ケリーはこの映画によって観客をダンスに関して啓蒙したいと考えていたようである。

     興行的には失敗した。

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    4 Film Favorites: Gene Kelly (For Me and My Gal, Invitation to the Dance (1956), On the Town (Sinatra Tribute), Summer Stock)