カテゴリー: きまぐれオレンジ☆ロード

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」TVシリーズが放映されていた時の「アニメディア」の投稿欄

    「きまぐれオレンジ☆ロード」TVシリーズが放映されていた時の「アニメディア」の投稿欄

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映されていた時、アニメ雑誌「アニメディア」の投稿欄はどうなっていたか?

     原作ファンの声はどのくらい取り入れられていたか?

    結論

     はじめに結論を言うと、「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映されていた間、原作ファンのアニメ版に対する批判的な声は載せられなかった。

     ただし「アニメディア」では、「アニメージュ」のようにTVシリーズを持ち上げる投稿も少ない。

     それゆえに全体として投稿が少ない。関心がなかったかのように見える。

    原作ものに対する批判

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映された時には、「アニメディア」の投稿欄には、原作もののアニメに対する批判的な問題意識があった。

     1987年6月号の「アニメディア」の投稿欄「アニメアイ」の第一のテーマは「『めぞん一刻』中心に原作つきアニメの問題点を鋭くえぐるっ」というものである。これは4月号に掲載された「めぞん一刻」アニメ版に対する不満の投稿への反響が多かったというもの。

     「めぞん一刻」のアニメ版に対する批判というかたちで原作つきアニメが問題とされている。

     第一の投稿は、「めぞん一刻」の第42話が「原作つきアニメの限界というものを暗に示している」というもの。(48頁)

     それに対する選者のコメントは、「反響の多くが現在の『めぞん』の作り方に不信感を抱いたもの」であったことを伝えつつ、「スタッフの意志で作りかえるのは許されることでしょう」という擁護派の声をも取り上げている。(49頁)

     第二の投稿は、第50、51話を称賛するもので、選者のコメントは「50、51話のようにまるごとオリジナルの話を作れば、そこにアニメ『めぞん』の新しい魅力も生れるってもんだいと思うんだけど」というもの。(49頁)

     1987年7月号は「聖闘士星矢」特集で、「聖闘士星矢」に関して原作ファンに対してアニメ版を擁護する投稿が掲載されている。(68頁)

     「きまぐれオレンジ☆ロード」に関してはネタ的な投稿のみ。(67頁)

    批判的な投稿

     1987年8月号も「聖闘士星矢」中心。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」に関して「恭介は好人物⁉ 不自然な物語」と題する、主人公を批判し、物語を批判する投稿が掲載されている。(54頁)

     これは不自然ではないか?

     原作ファンによる批判とか、アニメファンによる擁護とかの投稿があって、その上で原作もアニメも批判する上のような投稿が掲載されているのであればいいが、そういう投稿はなくてこういう投稿だけが掲載されているのはおかしくないか?

     1987年9月号も「聖闘士星矢」中心。

     1987年10月号では、「きまぐれオレンジ☆ロード」に関するネタ的な投稿二つ(51、52頁)、ポエム一つ(56頁)

     そして55頁で、1987年8月号の批判的な投稿に対する反論二つ。これはまあいいのであるが、それしかないのか? とも思う。

     それから飛んで1987年12月号では、ネタ的な投稿四つ(49、53頁)に、原作の終わり方に対する批判。(54頁)

     1988年1月号では、ネタ的な投稿の一つに入っている。(49頁)

     1988年3月号では、3クール目あたりから格闘シーンが増えたことに対する批判の投稿。(55頁)

     ただしこの投稿でも「アニメの『O☆R』は、かなり原作の味を出していて、原作のアニメ化としては成功している方なんだから、今後は格闘シーンをあまり使わずに、スタジオぴえろ独自の味を創りだしてほしいです」とある。

     1988年4月号、5月号には特になし。

    まとめ

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の放映前には特に「めぞん一刻」をめぐって、原作とアニメ版との対立が問題とされていた。「聖闘士星矢」でもそのことは問題とされていた。

     ところが「きまぐれオレンジ☆ロード」に関してはそのことは問題とされなかった。

     何故に「めぞん一刻」では盛んに取り上げられた原作とアニメ版との対立に関する投稿が「きまぐれオレンジ☆ロード」では取り上げられなかったのか?

     「アニメージュ」と比べると、アニメ版を持ち上げる投稿は少ない。(それでも1988年3月号のようなものがある)

     全体として印象が薄いようである。

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映されていた時のアニメ雑誌の投稿欄について

    「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映されていた時のアニメ雑誌の投稿欄について

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映された時のアニメ雑誌の投稿欄についてしらべてみた。

    問題

     なぜしらべたのか?

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のファンの間で奇妙なことがあると思ったからである。

     漫画とその漫画を原作としたアニメが離れたものになった場合に、原作ファンとアニメファンとが対立することはよくあることである。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」で奇妙なことは、

    ・原作ファンでアニメ版に対して不満な人は多くいる。

    ・ところがアニメファンの間で、そういう原作ファンの不満がなかったかのように、アニメ版を原作の上に置く言説ができていることである。

     どうしてそういうことになったのか?

     そこで、TVシリーズが放映された時の「アニメージュ」の投稿欄をしらべることになったのである。

     TVシリーズが放映された時にはどういう対立があったのか?

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズが放映された時には、匿名掲示板も、まとめサイトも、SNSもなかった。

     作品に対する評価の対立はアニメ雑誌の投稿欄などでなされていた。

     その時には正面から対立していたのが、その後に変わったのか?

     それともその時に何かあったのか?

    しらべた結果

     しらべた結果は次の通り。

     「アニメージュ」の投稿欄↓

     「アニメディア」の投稿欄↓

     投稿欄に掲載する投稿は、選者が選んだものである。

     その後にできた匿名掲示板とか、まとめサイトのコメント欄とか、SNSとかでは、各人の意見の多くがそのまま掲載される。

     それに対してアニメ雑誌の投稿欄の選者は、多くの投稿から、少しを選ばなくてはならない。

     そして選ぶときには雑誌の意図に合うようにする。

     そのことは責められることではない。

     しかしそのことによって実態がわかりにくくなることがあるのではないか?

     上で取り上げた「きまぐれオレンジ☆ロード」の投稿の扱いにも実態をわかりにくくするところがあるのではないか? と思うのである。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の前の、そして同時期の「めぞん一刻」では、原作ファンとアニメファンとの対立が盛大に取り上げられていた。

     「聖闘士星矢」などでもその問題は取り上げられていた。

     ところが「きまぐれオレンジ☆ロード」ではその問題はほとんど取り上げられなかった。

     問題がなかったからではなくて、問題があったにもかかわらずわざと取り上げなかったと思われる。

     何故に取り上げなかったのかは、よくわからない。

     いずれにせよ、原作ファンがアニメ版を批判する声はほとんど載せられなかった。それに対してアニメ版は原作をうまくアニメ化したという声は載せられた。特に「アニメージュ」ではアニメ版を持ち上げる投稿を多く載せていた。

     原作をよく知らずに、そういう「アニメージュ」ばかり読んでいる人は、「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズは「めぞん一刻」と比べて原作をうまくアニメ化した作品であって、原作ファンから批判されていないと思うであろう。

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」―原作の絵と高田明美氏の絵

    「きまぐれオレンジ☆ロード」―原作の絵と高田明美氏の絵

     数年前、久しぶりに「きまぐれオレンジ☆ロード」を読んで、また関心をもつようになった。

     その時に、私の知っている「きまぐれオレンジ☆ロード」とは違う絵が「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵として出回っていることが気になった。

     それはアニメ版の絵であった。

     私はそれまでアニメ版のことを全く知らず、アニメ版の絵も見たことがなかったのである。

     アニメ版のキャラクターデザインは高田明美氏による。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵と高田明美氏の絵との関係について考えてみた。


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    違い

     アニメ版の絵は、原作の絵とは違うものになっている。

    高田明美氏の言葉

     もともと高田明美氏の画風は、漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の画風とは距離のあるものであった。

     高田明美氏自身そのことを認めている。

    最初に絵を見た時は「私よりも、いのまた(むつみ)さんに頼んだほうがいいんじゃないか」ってちょっと思ったりもしたんですが。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     そういう高田明美氏がアニメ版のキャラクターデザインを担当した。

     そしてもともと距離のある高田明美氏の画風をさらに推し進めていったようである。

    『うる星やつら』はあまりバリエーションのあるイラストを描く余裕がなかったんですけれど、けっこうお任せだった『オレンジロード』はどっちかというと芸能プロの社長みたいな感覚で、「預けてもらった大事なタレントをどう売っていこうかな」みたいな視点で描いていました。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     「お任せだった」から、「預けてもらった」から、高田明美氏は自分の思うようにしたということのようである。

     原作の絵をアニメで再現しようとは考えていなかったようである。

     アニメ版に関しては、自分のものとして、自分の思うようにやっていこうと考えていたようである。

     以上の発言は下のインタビューから↓

    https://animageplus.jp/articles/detail/33157

    違和感

     アニメ版のキャラクターデザインは、もともと原作とは距離のある画風の高田明美氏が、自分の思うように描いたものであるから、それだけ原作の絵と離れたものになったのである。

     アニメ版の鮎川まどかは、原作の鮎川まどかとは性格が違うように見える。着るものも違う。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のようにキャラクターの絵が特に重要な作品で、アニメ版のキャラクターデザインを担当する人が「芸能プロの社長みたいな感覚で」自分の思うように売っていくということは、どうなのか、と思わないでもない。

    原作者の言葉

     114分あたり。

     寄せられた質問に答えるコーナーで、

     アニメ化された時にキャラクターデザインの高田明美さんの絵に刺激を受けたのでは?

    という質問があった。それに対して、

    「それはないです。高田明美さんじゃなくて、いのまたむつみさんの影響が結構強いんじゃないかなと思います」と答えている。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵はいのまたむつみさんの絵の影響を受けている。原作者が自ら認めている。

     高田明美氏も認めている通りである。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」はアニメの絵の影響を受けていると言われるが、いのまたむつみさんの絵の影響を受けているのである。

     高田明美氏の絵の影響を受けたのではない。

     アニメ版が始まった後の漫画の絵はアニメ版の絵に近くなっていない。

     原作の絵は高田明美氏の絵の影響を受けたということは、他でも聞いたことがあるが、どこから出て来たのであろうか?

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵はいのまたむつみさんの影響を受けていることを考えると、いのまたむつみさんがアニメ版のキャラクターデザインをやることが正解だったのではないかと思われる。


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    「アニメージュ」1987年5月号

     「アニメージュ」1987年5月号には、TVシリーズのキャラクターデザインについての高田明美氏の言葉がある。(98頁)

    『ジャンプ』のイベント用アニメでもキャラデザを担当した高田明美さんのことばです。
    「今回は、より原作に近ずけたつもりです。~」

    「アニメージュ」1987年5月号、98頁

     1985年の『ジャンプ』のイベント用アニメでも高田明美氏はキャラクターデザインを担当していた。

     TVシリーズでは、その前回のキャラクターデザインより原作に近づけたというのである。

     どういうことか?

     見出しは「これなら原作ファンもナットク! 可憐さと色気を見事に調和させた高田”まどか”」となっている。

     前回のキャラクターデザインでは、原作ファンは納得しなかったということであろう。

     今回は、前回より原作に近づけたゆえに原作ファンも納得する、ということであろう。

     この記事には色々と興味深いところがある。

    原作ファンに気を遣っている

     TVシリーズの放映開始後に「アニメージュ」は「きまぐれオレンジ☆ロード」の原作ファンの声をかえりみなくなっていくが、この時には原作ファンに気を遣っていた。

    比較的

     「今回は、より原作に近ずけた」というのは前回と比べてのことである。前回より比較的に原作に近いということである。

     実際には、原作から離れている

     高田明美氏は具体的に次のようにしたと語っている。

    「~単行本の8~9巻あたりを参考に、等身を少し伸ばし、ちょっぴりおとなっぽい感じにしました」

    「アニメージュ」1987年5月号、98頁

     「単行本の8~9巻あたりを参考に」したというが、そこに描かれている高田明美氏の絵と、その参考にしたという「単行本の8~9巻あたり」の絵とは距離がある。


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    頭と体

     「等身を少し伸ばし」というのは、頭の大きさに対して、首から下の体の大きさを伸ばしたということではないかと思われる。

     「少し伸ばし」というのは、1985年の『ジャンプ』のイベント用アニメと比較して「少し伸ばし」たということであって、原作と同じようにしたということではない。

     アニメ版では、顔は大きく、体は小さくデフォルメされているが、原作漫画では、顔はそれほど大きくなく、体はそれほど小さくない。

     JC5巻あたりから、いのまたむつみさんの影響を受けて絵柄が変わって、頭は大きく、顔は小さくなっているが、体は小さくなっておらず、むしろさらにリアル寄りになっている。


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     アニメ版の絵では、首から下が小さくデフォルメされていることと関連して、原作ほど力を入れて描かれていないように見える。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」では、首から下の線が力を入れて描かれていて、美しいところが多い。そういうところがアニメ版ではなくなっている。

     アニメ版で顔が大きく体が小さくデフォルメされていることと関連してか、原作と構図が違うところが多い。

     TVシリーズの多くは原作の話をもとにしているのに、原作と同じような絵は少ないようである。

    太さ

     アニメ版では、顔が大きく、体が小さくデフォルメされている上に、その顔がまるっこい。

     原作はシュッとしているのに、アニメ版はまるっこくなっている。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の「スタア誕生!の巻」でTVに映った自分たちをみて、くるみが「ぎゃーっ/あたし/こんなに/ふとって/ないよーっ」といい、まなみが「テレビって/ふとって/うつるんだって」というところがある。(JC17巻、41頁)


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     初めて読んだ時には、一般論を言っているのかと思っていた。

     ある時、TVシリーズの絵のことを言っているのではないかと思った。

     たとえばその頁のひかるがステージ上で歌っている絵のような細く美しい四肢の絵はTVシリーズにはないのではないか?

     この一連の話には、TVシリーズのことを扱っているところがある。(「春はアイドル!」では、春日恭介が独白で「わけで」を連発するとか、くるみが「ナイト・オブ・サマーサイド」を歌うとか)


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    対立

     高田明美氏によって「きまぐれオレンジ☆ロード」のアニメ版の絵は、原作の絵から離れたものとなった。

     アニメ版の絵のファンも少なくないようであるが、原作ファンで違和感を感じた人は多かったと思われる。

    「アニメージュ」

     雑誌「アニメージュ」は、アニメ版を持ち上げて原作を下げていたが、絵に関しては原作を評価していた。

     「アニメージュ」1988年4月号の「TVファイナル特集」で、「原作があくまでもキャラクターの絵が魅力の、軽~~~いノリのラブコメだった」と書いている。

     後半は原作を下げているが、前半は、原作の「キャラクターの絵が魅力」であることを認めている。

     1988年6月号の「スタッフ版アニメグランプリ」の「アニメーター部門」で、小黒祐一郎氏が「きまぐれオレンジ☆ロード」TVシリーズの総作画監督の後藤眞砂子氏の仕事を称賛しているが、高田明美氏のことは触れられていない。

    「BASTARD‼」

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵は連載後も人気があったと思われる。

     たとえば「きまぐれオレンジ☆ロード」の連載が終わった後に、「きまぐれオレンジ☆ロード」のアシスタントをやっていた萩原一至先生の「BASTARD‼」の連載が始まっているが、その「BASTARD‼」の人気はそのことと関係があると思われる。


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     大塚英志氏は「新文化」1988年11月17日号の「究極のおたくコミック」という文で、「BASTARD‼」の第一巻が「発売当日に都内の書店で瞬時に売り切れ、この種の出版物は必ず手に入れるぼくの周囲のマニア上がりのまんが家や編集者たちでさえ誰一人買えなかったというありさまであった」ことについて、二つの理由によって説明されていたという。

    「BASTARD‼」の人気の背景については既にいくつかの<解説>がされている。すなわち、ファミコンブームによって読者にポピュラーとなった「ドラクエ」的な<剣と魔法モノ>を少年誌で初めて手がけたこと、加えて作者は「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者であるまつもと泉の元アシスタントであり、とにかく美少女キャラが可愛い。とりあえずこの二点がヒットの理由だとされている。

    「定本 物語消費論」、角川書店、平成13年、98頁

     「BASTARD‼」の異例の売り上げの二つの理由の一つは「きまぐれオレンジ☆ロード」に近い美少女キャラの絵だったというのである。

     それだけ「きまぐれオレンジ☆ロード」の絵は力があったということではないか?

    キャラクターグッズ

    「きまぐれオレンジ☆ロード」に関しては、アニメ版の絵によるキャラクターグッズが多く、原作の絵によるものは少ないように見える。

     同時代のあだち充作品、高橋留美子作品と比べても原作の絵によるものが少ないようである。

     上に述べたように原作の絵に力があったとすると、奇妙なことのようでもある。

     

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」―漫画とTVシリーズの違いについて

    「きまぐれオレンジ☆ロード」―漫画とTVシリーズの違いについて

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」と、漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を原作として作られたアニメ版TVシリーズとの間には色々と違うところがある。


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    漫画とアニメ版TVシリーズ

     「きまぐれオレンジ☆ロード」は「週刊少年ジャンプ」で1984年15号(3月26日号)から連載を開始した漫画。

     その漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を原作としたアニメ「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズは1987年4月6日から放映された。

     そのTVシリーズが放映されている間に、「週刊少年ジャンプ」1987年42号(9月28日号)で漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」は終わった。

     TVシリーズは1988年3月7日に終わった。

    私の経験

     私は前に漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を読んでいた。

     数年前、たまたま漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を読んで、関心をもって調べている時にはじめてTVシリーズの存在を知った。

     それまでTVシリーズの存在を知らなかったのである。

     そこでTVシリーズを取り寄せてみた。

     しかしどうにも楽しむことができない。


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    何故にTVシリーズを楽しむことができなかったか?

     私は漫画、アニメのことに詳しくなくて、何故にTVシリーズを楽しむことができないか、よくわからなかった。

     そのうちにわかってきた。

    一般論

     漫画、アニメに詳しくないと、漫画を原作としたアニメは漫画をアニメのかたちにしただけのものと思ってしまう。

     実際には、漫画の作者と違う人がアニメを作る。

     その人によって絵も話も原作と違うものになる。

    1980年代の漫画原作アニメ

     1980年代の漫画原作アニメでは、アニメの作り手が原作の通りに作らずに、原作と違うように作ることが広く行われていた。

     「うる星やつら」のアニメ版(1981~1986年)はそのことで有名であった。

     「うる星やつら」のアニメ版では、アニメの作り手が「暴走」して原作と違うものにしてしまうことが多かったが、そのことで評判になって、大ヒットした。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズを制作したスタジオぴえろは、その「うる星やつら」を制作したところである。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」でも、「うる星やつら」と同じように、アニメの作り手に「暴走」させることを考えていたと思われる。

    「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズの作り手の言葉

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズの作り手の言葉をとりあげてみる。

    監督 小林治氏

     TVシリーズの監督小林治氏は次のように語っていたと言われている。

    小林治が監督を務めた『きまぐれオレンジ☆ロード』について取材した際に、それに関する話をうかがった。小林監督は「どう思われているか分からないけれど、自分はこういった作品でも、たとえば世界名作劇場と同じような作りにしたいと思っている」と話してくれた。

    WEBアニメスタイル アニメ様365日 第169回 カメラで撮られた世界としての『クリィミーマミ』

     必ずしも明らかでないが、原作の漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の感じをそのままアニメにするのではなく、それとは異なるような、「たとえば世界名作劇場と同じような作り」にしたいということのようである。

    キャラクターデザイン 高田明美氏

     キャラクターデザインを担当した高田明美氏は次のように語っている。

    『うる星やつら』はあまりバリエーションのあるイラストを描く余裕がなかったんですけれど、けっこうお任せだった『オレンジロード』はどっちかというと芸能プロの社長みたいな感覚で、「預けてもらった大事なタレントをどう売っていこうかな」みたいな視点で描いていました。

    高田明美が明かす〝暇つぶし〟から始まった『パトレイバー』秘話

     「預けてもらった大事なタレントをどう売っていこうかな」というのは、原作漫画の感じをどうやってアニメにするかということではなく、高田明美氏のやり方でやっていくということであろう。

    シリーズ構成、脚本 寺田憲史氏

     寺田憲史氏が原作の感じをアニメ化しようと考えいなかったことは、様々なところからうかがうことができるが、ここでは小説版のあとがきの中の言葉を挙げておこう。

    自由な雰囲気で物作りができたのも、まつもとさんが、われわれ映像スタッフを信じて任せてくれたからだと思う。

    「新きまぐれオレンジ☆ロード そしてあの夏のはじまり」

     「自由な雰囲気で物作りができた」というのは、原作にとらわれることなくやりたいことをやったということであろう。

    文芸 静谷伊佐夫氏

     文芸担当の静谷伊佐夫氏の言葉もとりあげておこう。

     TVシリーズの放映開始前に「アニメージュ」1987年4月号の新番組紹介で語っているもの。

     ある日、制作部長から「こんどウチでやる『きまぐれオレンジロード』の文芸をやるように」といわれた。喜んだと同時に、ちょっとアセった。
     というのも、マンガ週刊誌は毎週欠かさず読んでいるが、このページだけは毎週欠かさず飛ばしていたからだ。それはべつにこの作品がきらいというわけではなくて、ボクは”青春もの”全般がきらいなのだ。なぜかというと”ウソ”が多いからだ。
     だって、中・高校生のころって、みんなすごくドロドロ、ウジウジしてなかったか⁉ いっぺんだてスカッとしたことなんてなかったんじゃないのか⁉ ボクはそうだった…。
    (中略)
     ボクも何本かおきにシナリオを書かせてもらえる。(中略)ボクが書く1本1本のシナリオに、ボク自身が体験した脂ぎった体臭をはらんだ「青春」を描いていきたい。―それが喜んだ理由。
     そんな気持ちで「きまぐれオレンジロード」に立ち向かっているんだ。

    「アニメージュ」1987年4月号、94頁

     静谷氏も原作の感じをアニメにしようとは考えておらず、原作と異なる自分の「青春」を描くと語っている。

     それにしてもこの発言は、原作ファンにとって衝撃的である。

     「マンガ週刊誌は毎週欠かさず読んでいるが、このページだけは毎週欠かさず飛ばしていた」という人がTVシリーズの文芸を担当するということも、原作ファンにとって残念なことである。

     その人が「ボク自身が体験した脂ぎった体臭をはらんだ「青春」を描いていきたい」と述べていることも、原作ファンにとって残念なことである。

     当時の原作ファンはこれを読んでがっかりしたのではないか?

     静谷氏の言葉と同じ頁には、「陽あたり良好!」のTVシリーズの制作担当の金正廣氏の「スタッフは前作「タッチ」とほぼ同じメンバー。全員あだち作品のよき理解者ばかり」と言う言葉もある。

     「陽あたり良好!」のTVシリーズの作り手は「全員あだち作品のよき理解者ばかり」であるというのに対して、「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズの作り手は原作を無視して「ボクの青春」を描いていきたいと言っているのをみると、さらにがっかりする。

    まとめ

     このように「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズの作り手の主要な人物は、原作をどうアニメにするかということを考えておらず、どうやって原作と異なる自分の作品を作るかを考えていた。

     作る人が異なるゆえに出来たものも違うものになっただけではない。

     それぞれが原作と異なる自分の方向に向かっていたのである。

    原作ファンの反応

     「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズは、絵も話も演出も原作と違うものになった。

     しかもTVシリーズは原作と違うだけでなく、原作と違う方向に向かっている。

     原作を読んでから、そのアニメ版としてTVシリーズをみると、違和感がある。

     原作に思い入れある人ほどその違和感は強く不満を感ずるであろう。

     原作のあの絵、あの話、あの場面をアニメの形でみようと思っても、絵も話も演出も変わっているので満足することはできない。

     原作ファンでTVシリーズをみて楽しむことができなかった人は少なくなかったのではないか?


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  • 「きまぐれオレンジ★ロード」TVシリーズ第1話

    「きまぐれオレンジ★ロード」TVシリーズ第1話

     「きまぐれオレンジ★ロード」TVシリーズ第1話を見て気づいたことを書いてみる。


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    原作

     「きまぐれオレンジ★ロード」TVシリーズ第1話は、原作漫画の第1話をもとにして作られている。


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     TVシリーズの作り手は、原作漫画の第1話をどうアニメ化したか?

    タイトル

     まずタイトルを比べてみる。

     TVシリーズ第1話のタイトルは「転校生!恥ずかしながら初恋します」。

     原作漫画の第1話のタイトルは「まっ赤な麦わら帽子」。

     原作は「まっ赤な麦わら帽子」だけ。

     TVシリーズは「初恋」と言っていて、それも「初恋します」というようにそう言う主人公を出している。

    階段の場面

     物語のはじめの階段の場面でも、原作漫画とTVシリーズとで感じが大きく違う。

    季節

     原作の季節は夏という感じがする。あるいは夏に向かう季節。

     くっきりと明るい日差し。木の葉を揺らすさわやかな風。

     私がTVシリーズをみて物足りないと思うのは、原作は夏を描いているのに、TVシリーズはその夏を描いていないことによると気づいた。

     もっと鮮やかな色がほしいのに、控えめな色になっている。

     TVシリーズでは風に舞う桜の花びらが描かれている。

     4月のはじめを桜の花びらによって表現する伝統的なやり方であろうか。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」では夏は重要な意味をもっている。

     最終回の最後のページで、「「永遠の夏」の時代」としての「80’s」がうたわれている。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」は夏を描いた漫画ということもできる。

     そういう作品であるゆえに夏から始まるのである。―夏から始まって夏に終わる。

     ここで「夏」というのは「永遠の夏」という意味。

     まつもと泉先生は、よしまさこ先生との対談でも、80年代について「夏、夏っていうイメージがすごく強くなかったですか」と言っている。

     それに対してよしまさこ先生は「そう!いつでもピーカンっていう感じでしたよねぇ。冬でも夏!(笑)」と答えている。(「もう一度あいたい」)


    もう一度あいたい

     「冬でも夏!」という意味の「夏」。

     第1話が掲載されたのは「週刊少年ジャンプ」1984年第15号3月26日号。

     第8話がゴールデンウィークの話なのでそれより前にちがいない。

     それでも「夏」なのである。

     そういう意味の「夏」を、TVシリーズははじめから描いていないのではないか?

    都会

     原作漫画の階段は、都会の階段という感じがする。

     TVシリーズの階段は住宅街の中にある階段である。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」は第1巻の袖で原作者が書いているように「シティ感覚SFラブストーリー(ギャグとゆー話もあるが…)」である。

     都会を主題にしている。

     TVシリーズはそうではない。

    主人公

     TVシリーズでは、主人公の春日恭介を原作よりわざとかっこわるく描いているように見える。

     階段を数えながら上るところでもそうである。

     TVシリーズ第1話は、階段を上る主人公の足元から始まっているのであるが、そのことによって主人公をかっこよく描こうとしているようには見えない。

     原作の主人公はコンバースのスニーカーを履いている。格好をよくしている。

     原作の主人公は階段を駆け上っている。

     TVシリーズの主人公は歩いて階段を上っているように見える。

     飛んできたまっ赤な麦わら帽子を主人公が飛び上がってつかむところでも、原作漫画では体のばねをつかってとっているように描かれているのに、TVシリーズではたまたま飛び上がるととれたように描かれている。

     TVシリーズの主人公が帽子をとった姿は、何かかっこわるく見える。

    出会い

     まっ赤な麦わら帽子を手に取った春日恭介は、階段の上にいたその帽子の持主、鮎川まどかと出会う。

     その時の二人の距離感が、原作とTVシリーズとで違う。

     TVシリーズでは離れている。原作ではそれほど離れていないように見える。

     原作で鮎川まどかが初めて出て来たコマで、二人はそれほど離れていないように描かれている。

     TVシリーズで鮎川まどかが初めて出て来た絵では、二人の間にある距離、段差が強調されている。その次に二人がともに入った絵では、二人は離れていて、春日恭介は急な階段の下の方にいるように描かれている。

     上に現れた鮎川まどかに対して春日恭介は下から見る。―このことは春日恭介と鮎川まどかとの関係を象徴しているように見える。鮎川まどかは精神的に上にいるものとして現れる。それに対して春日恭介は精神的に下から見るのである。

     この場面の原作とTVシリーズの描き方の違いは、それぞれの、鮎川まどかと春日恭介の描き方の違いを示すものと考えることができる。

     原作においては、鮎川まどかが上、春日恭介が下ではあるが、二人はそれほど離れていない。それゆえに親しくなる。

     TVシリーズにおいては、鮎川まどかが上であることは原作より強調され、春日恭介が下であることも原作より強調されている。二人の間の距離は原作より大きい。それにもかかわらず鮎川まどかは春日恭介に好意を抱くとされている。

    学校

    制服の色

     原作漫画を先に読んでいると、ジャンプコミックス第6巻の表紙の青いセーラー服の印象が強くて、TVシリーズで灰色になっているのをみて物足りなく思う。


    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 6 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    小松、八田

     主人公春日恭介が転校してきた学校では、隣の席に小松、八田がいる。

     原作では小松しか出てこない。(原作で八田が出て来るのは第3話)

     原作の小松は「女の子好き」である。(JC1巻146頁)

     TVシリーズの小松もそのことは同じ。

     ただし原作の小松はTVシリーズと比べると中高生男子としてリアルに見える。

     TVシリーズの小松、八田は、「女の子好き」ということを誇張して作られたキャラクターに見える。ドタバタコメディのために作られたキャラクター。

     TVシリーズで、小松がすぐに同じ学校の女子の写真を出して見せるとか、八田がそれを見て鼻血を出して小松、春日にかけるとか、原作にないことであるが、ドタバタコメディであって、リアルではない。

    鮎川まどか

     TVシリーズでは、鮎川まどかは音楽室で一人、サックスを吹いている。

     原作の鮎川まどかはサックスを吹かない。

     中学生でホームルームをさぼって音楽室で一人でサックスを吹いているというのはかなり特殊な方向に一人で突き進んでいる人である。

     そういう人と、原作よりかっこわるく取り柄なくされた春日恭介とは、釣り合うのか? と思ってしまう。

    河原の乱闘

     春日恭介が妹とともに河原に行くと、河原ではひかるが大勢の不良学生の男に囲まれて傷つけられようとしていた。

     そこに土手から鮎川まどかが現れて、その男どもを倒していって、ひかるを救った。

     春日恭介はそこで出て来て、鮎川まどかに声をかける。

     原作では、学校の裏側で鮎川まどかとひかるが煙草を吸っていたところに、春日兄妹が出くわして、春日恭介が鮎川まどかに声をかけたことになっていた。

    違い

     原作を先に読んで、TVシリーズのこの場面をみると衝撃を受ける。

    背景

    ・暗い雲が垂れ込めている。→原作で重じられる80’sの夏の感じではない。

    ・河原→原作で重んじられる都会ではない。

    相手

     相手の不良学生も都会的ではない。

     量で迫ってくる。

     間抜けでもある。

    鮎川まどか

     そういう相手に対して鮎川まどかは正面から戦っている。

     大男と腕力で戦う。そして勝っている。

     ピックを武器にするなど、荒唐無稽でもある。

     原作と違う。

    超能力

     つっこみどころ。

     この乱闘の間、春日兄妹が離れたところから怖がって傍観しているところが描かれている。

     しかし春日兄妹がもっている超能力によって、乱闘を(気づかれないようにして)解決することはできたのではないか?

     少なくとも自分の身に危険はないのでは?

     春日恭介の妹のくるみの超能力はこの第1話のこの場面までに、たんすを飛ばすとか、離れた猫を引き寄せるとか、自分に向かって突っ込んでくるバイクをとめるとか、見せてきている。

    再会

     乱闘の後に、春日恭介が鮎川まどかと交わす言葉は、原作と大体同じ。

     原作では、鮎川まどかが春日恭介の言葉によって心を動かしているところが描かれている。

     TVシリーズでは、原作の鮎川まどかが心を動かしたところでも表情を変えない。

     ここでも、春日恭介を原作よりかっこわるく描き、鮎川まどかを原作より高く描いているのである。

     その結果、この場面には恋愛ものの要素が少なくなっている。

  • 【考察】「きまぐれオレンジ☆ロード」小説版の出来たいきさつについて

    【考察】「きまぐれオレンジ☆ロード」小説版の出来たいきさつについて

     「きまぐれオレンジ☆ロード」には小説版がある。

     その小説版が出来たいきさつは、そのあとがきに著者自らの言葉によって書かれている。しかし私はそれを読んで、かえって混乱した。

     そのことについて考えたことを書いてみた。

    基本的な事実

     まず「きまぐれオレンジ☆ロード」の小説版について基本的な事実について書く。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の漫画、TVシリーズ、劇場版、小説版の時系列は下の記事↓

    小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」

     小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」は1994年7月9日に集英社から書き下ろしとして出版された。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者まつもと泉先生と、そのTVシリーズのシリーズ構成、劇場版の脚本を担当した寺田憲史氏がともに著者に名を連ねるというかたちになっている。
     寺田憲史氏が小説の執筆を担当し、まつもと泉先生が挿絵を担当している。

    JUMPjBOOKS

     小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」は「JUMPjBOOKS」(集英社)の一つとして出版された。

     「JUMPjBOOKS」は「漫画⇆小説の新しさ!!」、「BIGネーム&人気漫画家の共演!!」を売りにするもので、それまでに「バスタード」、「電影少女」など「週刊少年ジャンプ」で連載されている漫画の小説版や、オリジナルの小説に漫画家が挿絵を描いたものが22冊出版されていた。

     「JUMPjBOOKS」は、1991年8月21日にVol.1が出版された「jump novel」(集英社)という「小説+漫画」をうたった雑誌がもとになっているようである。「きまぐれオレンジ☆ロード」の小説版の2冊目、3冊目は「jump novel」に掲載されている。

    劇場版

     その後に小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」をもとにした映画「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」が作られて、1996年11月2日に公開された。

    劇場版

     私は小説版を読む前に、小説版をもとにして作られた劇場版を観ていた。

     私は2013年に「きまぐれオレンジ☆ロード」に対する関心が再燃した時にはじめて劇場版の存在を知った。その時にはじめて劇場版1作目「あの日にかえりたい」とともに2作目の「そして、あの夏のはじまり」を観たのである。

     私は劇場版「あの日にかえりたい」もいいと思わなかったが、劇場版「そして、あの夏のはじまり」は、それとは違う方向でよくないと思った。そしてそういう出来になったのは、寺田憲史氏によるところが多いのではないかと思っていた。

    衝撃

     私が衝撃を受けたのは、小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」の「postscript」でまつもと泉先生が小説版について次のように語っていたからであった。

    今回の小説は「その後」の話である。これは「言いだしっぺ」の私の仕事である。しかし一介のマンガ家が一夜漬けで、いきなり小説などという大それたものを書けるほど世の中甘くない。それならば、と私が「生みの親」であるなら、ここはひとつ「育ての親」に御頼みするのが良いと考え、私はプロットまでを作ることにし、後はアニメのまどか達を創造した張本人、寺田憲史さんにお願いした。

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、244頁

     まつもと泉先生はこの小説版について「これは「言いだしっぺ」の私の仕事である。」と言っている。そして自ら寺田憲史氏に小説版を依頼したと言っている。「寺田さんにはこのまつもとが「ぜひとも!」と、お願いして快く引き受けていただいた。」とも書かれている。(同、244頁)

     私は、小説版は主に寺田憲史氏が作ったものだと思っていた。
     ところが、まつもと泉先生はそれを「「言いだしっぺ」の私の仕事」とよんでいる。

     私は、まつもと泉先生は小説版に対しても寺田憲史氏に対しても自分から離れたものと考えていると思っていた。
     ところが、まつもと泉先生は自ら寺田憲史氏に依頼するのがいいと考えて依頼したと語っている。

     しかし考え直してみると、まつもと泉先生が自ら寺田憲史氏に依頼するのがいいと考えて依頼したということには疑問がある。そういうことはなかったのではないかと思う。

    依頼

     まつもと泉先生が自ら寺田憲史氏に依頼するのがいいと考えて依頼したということを、私がそのまま受け取ることができないわけを語る。

    それまでの寺田憲史氏

     第一に、それまで寺田憲史氏は、TVシリーズでも、劇場版でも、原作と違うものを作ってきた人である。

     原作と違うものを作る寺田憲史氏を、まつもと泉先生が消極的に受け入れることはあるであろうが、積極的に選ぶことはないのではないか?

    TVシリーズ

     寺田憲史氏はTVシリーズのシリーズ構成を担当した人であるが、TVシリーズには原作漫画と違うところが少なからずあった。

     まつもと泉先生も、問題としている「postscript」で「というワケで…と寺田憲史的口調にいきなり変わっちゃったりして。」と書いているところがある。(同、242~243頁)
     「寺田憲史的口調」という原作にないものがTVシリーズに入れられていたことをわざとやってみせているのである。逆に言うと、そのようにつき放したかたちでなく取り入れることはないということではないか?

     そういうことに対するファンからの疑問もまつもと泉先生に寄せられていた。「ジンゴロとかいう猫がアニメに突然出て来たりしたとき」も、なぜかという質問がきたという。(同、242頁)
     そして「そういう人の質問には「私はそれに関わってないから分かりません。それは作られた方の個性じゃないんですか。」と答えることにしてきた」と語っている。(同、242頁)

     まつもと泉先生はアニメに対して次のような考えをもっていたという。

    今まで、アニメなどの原作のマンガ以外のオレンジロードは、絵に関しても、ストーリーに関しても所詮、他人の手で描かれるため、良いものになろうが、つまらなかろうが「オレンジロード風ガイドライン」からそう逸脱したものにならなければ、私はなるたけ関わる必要がないと決め込んでいた。だからアニメと私の原作とではストーリーが少しくらい違っていても、あまり注文など口は出さないようにしてきた。

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、242頁

     要するに、まつもと泉先生は、TVシリーズにおいて寺田憲史氏が原作と違うことをやってきたことに対して、自分から離れたものとしてみるという立場をとっていた。

     ところでまつもと泉先生が、積極的に寺田憲史氏に小説版の執筆を依頼したとすると、それまで自分から離れていたものとして見ていたものを、自分から積極的にもとめたことになる。おかしくないか?

    「あの日にかえりたい」

     寺田憲史氏は、劇場版「あの日にかえりたい」の脚本を担当した人でもある。劇場版「あの日にかえりたい」は、TVシリーズより原作から離れたものになっている。

     まつもと泉先生も「映画のオレンジロードと原作のオレンジロードとでは、なぜ話が違うの?」と質問されたと書いている。(同、242頁)

     まつもと泉先生は、原作と違うものになっても、なるべく口を出さないようにしてきたというが、劇場版「あの日にかえりたい」に対しては、口を出したと言われる。実情はわからないが、寺田憲史氏の「postscript」には次のように書かれている。

    ぼくが(映像スタッフと練り上げた)オリジナルのプロットをまつもとさんにお見せすると、たった一言「寺田さん、ひかるちゃんをあまりまり可哀想にしないで下さいね」とだけおっしゃった。

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、246頁

     まつもと泉先生が口を出したということは、「あの日にかえりたい」は「オレンジロード風ガイドライン」から逸脱したということではないか。

     寺田憲史氏は、原作と違うものを作ってきただけでなく、まつもと泉先生の考える「オレンジロード風ガイドライン」から逸脱したものを作った人でもあった。
     そういう人に対してまつもと泉先生が積極的に小説版の執筆を依頼するであろうか?

    寺田憲史氏の小説版の企画

     劇場版「あの日にかえりたい」は過去のことにとどまらない。まさに今回の小説に関わることである。

    「あの日にかえりたい」の続編

     小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」は劇場版「あの日にかえりたい」の「その後」の話になっているのである。小説の中で「あの日にかえりたい」のことが語られている。

     大学受験に明け暮れていた去年の夏、ぼくとひかるちゃんはキスをした。それが、鮎川の心を深く傷つけた。それから、三人の関係は音を立てるように崩れていった。

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、39頁

    ・そこで恭介が「結局ぼくは、ひかるちゃんにもう二人だけでは会えないことを告げた。」とか、

    ・それに対してひかるがまどかに対して「まどかさん! まどかさんは、ずるいですよ。まどかさんは、春日先輩に何かしましたか?」、「わたしは、なんだってできます。先輩のためなら。先輩のためなら、なんだってできます」と言ったとか、

    ・恭介に対して「だめですか? …あたしじゃだめですか? あたし、春日先輩のこと、諦めきれないんですよ。ちゃんとあたしを見て下さい。無視しないでよ~!」と言ったとか、(39頁)

     いずれも「あの日にかえりたい」に出て来たことである。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の小説版を、劇場版「あの日にかえりたい」の後の話にすることを企画したのは、まつもと泉先生とは思えない。

    まつもと泉先生

     まつもと泉先生が「きまぐれオレンジ☆ロード」の「その後」の話を企画したときに、「あの日にかえりたい」の「その後」の話を企画したとは考え難い。

     「あの日にかえりたい」は、原作とは異なる終わり方を描いたものである。

     原作者が「あの日にかえりたい」の「その後」の話を企画する必要はない。原作の「その後」の話を企画すればいいのである。

     劇場版「あの日にかえりたい」の「その後」の話を小説にしたいのであれば、そうしてもいい。しかしそのように原作を捨てて「あの日にかえりたい」の続編を企画するほど、まつもと泉先生は「あの日にかえりたい」を好ましいと思っていなかったようである。むしろ好ましくないと思っていたと言われている。そういうものの「その後」の話を積極的に作りたかったとは考え難い。

     まつもと泉先生は「postscript」で小説版について、「その後」の話とだけ言って、「あの日にかえりたい」の「その後」の話と言っていない。それだけ「あの日にかえりたい」に対して反発する気持ちを持っていたと読み取ることができるのではないか。

    寺田憲史氏

     それに対して寺田憲史氏には、「あの日にかえりたい」の「その後」の話を企画する理由がある。「あの日にかえりたい」は、寺田憲史氏が(映像スタッフとともに)作ったものだからである。

     寺田憲史氏は「postscript」を「あの日にかえりたい」のことから始めている。(原作者が「あの日にかえりたい」という言葉を一度も使わないことと対照的である)

     寺田憲史氏はまた「今回のノベルスは、『あの日に―』の<その後の恭介たち>である。」と書いている。(246頁)

    恭介とまどかは、二十二歳である。ひかるは二十歳。それぞれに、様々なコトがあったはずである。時に傷つき、時に燃えて、…だからこそ、それぞれが、<とても居心地がよかった時=あの日>は、ふと立ち寄ってみたくなる。でも…。

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、247頁

     この小説の企画が寺田憲史氏から出たと思われるもう一つの理由がある。

     寺田憲史氏は「postscript」の最後に、この小説の「その後」の話を書きたいと書いている。

    機会があったら、またこの三人の<その後>を書いていたいと思っている。そのため、ノベルスでは、敢えて<新>と付けさせて頂いた。最後にまどかの意味深なセリフ。
    「わたし、いつか超能力者、産むのかな?」
    こうなったら、そこまでこの三人の青春を追っかけてみようか、などと考えてしまっている今日この頃なのである。
    ―三人の夏は、もうすぐ!

    「新きまぐれオレンジ★ロード あの夏のはじまり」、247頁

     この小説の題が「新きまぐれオレンジ★ロード」となっているのは、「またこの三人の<その後>を書いていたいと思っている」からだというのである。

     「新きまぐれオレンジ★ロード」は寺田憲史氏の企画したもののようである。

    考察

     小説「新きまぐれオレンジ★ロード そして、あの夏のはじまり」の「postscript」のまつもと泉先生の言葉も、寺田憲史氏の言葉も、そのままで受け取ることはできない。何が起こっていたか、考えてみよう。

    二つの選択肢

     「postscript」で気になるところを考えなおしてみよう。

     まつもと泉先生は「postscript」のはじめに、「この小説の依頼話が来た時、私の頭にはとっさに二つの考えが浮かんだ。」といって、「作者としても描くべきではない、という考え」と、「どうせなら今までのストーリーの中に番外編を入れるくらいじゃ面白くないから「恭介やまどかの、その後」を描いてみるのも良いかもしれない、という考え」との二つの考えが浮かんだと語っている。
     そしての二つの考えの間で「あれこれ悩んだ末、とにかく引き受けることにした。」と語っている。

     これは奇妙ではないか? 何故にその二つしか選択肢がないのか? 何故に「今までのストーリーの中に番外編を入れる」という選択肢がはじめから排除されているのか?

     まつもと泉先生自身はその後に「今までのストーリーの中に番外編を入れる」ことしかやっていない。そういう選択肢がはじめから排除されているのである。

     まつもと泉先生が「でも、正直いうなら、どうせなら今回は自分で小説を書きたいと思った。」というところに、まつもと泉先生の本心はあったのではないか?
     TVシリーズでも、劇場版「あの日にかえりたい」でも、まつもと泉先生の思うようなものにはならなかった。それでもまつもと泉先生は、他の人が作ることであるから、「オレンジロード風ガイドライン」からそう逸脱したものにならない限りしかたがないと考えていた。
     しかし「正直」な気持ちは違った。
     とはいえ、まつもと泉先生自ら小説を書くことはできず、まつもと泉先生の思うような小説を書く人をよんでくることもできなかった。
     そこでこれまでと同じように寺田憲史氏の作る原作と違うものを、他の人が作るから仕方がないものとして受け入れることにしたということではないか?

    「その後」

     実際には「「恭介やまどかの、その後」を描いてみるのも良いかもしれない、という考え」が採用された。

     ところで「恭介やまどかの、その後」ということには、原作の「その後」の話も含まれると思われるが、実際には「あの日にかえりたい」の「その後」の話となった。

     そのことを考えると、はじめの選択肢の段階で「あの日にかえりたい」の「その後」の話として考えられていたのではないかと思われる。

     まつもと泉先生に小説版の話が来た時には、「あの日にかえりたい」の「その後」の話にするか、それともやめるか、選択肢は二つだけになっていたのではないか? その時点で寺田憲史氏の考えが取り入れられていたのではないか?

    寺田憲史氏に依頼したということ

     まつもと泉先生に小説版の話が来る前に、担当編集者の根岸氏か、他の人かわからないが、寺田憲史氏を執筆者の候補として話をしていたのではないかと思われる。

     寺田憲史氏はTVシリーズのシリーズ構成を担当していたので、話が早かった。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の小説版を書きたいという人は多かったのではないか、と私などは思うが、まつもと泉先生も、担当編集者の根岸氏も、そう思っていなかったのではないか。
     現に平井和正氏は1994年に「きまぐれオレンジ☆ロード」に魅了されて、1995年に「ボヘミアン・ガラス・ストリート」という小説を出している。(アスベクト、1995年3月4日)

     小説版の話を聞いた寺田憲史氏は、「あの日にかえりたい」の「その後」の話にすること、「新きまぐれオレンジ★ロード」にすることを主張したと思われる。

     まつもと泉先生に小説版の話が来た時には、寺田憲史氏の主張を受け入れるか、小説版をやめるか、選択しは二つに一つとされていた。他の執筆者に依頼することもできたと思われるが、なぜか考慮されなかった。

     まつもと泉先生が「これは「言いだしっぺ」の私の仕事である」と言い、「寺田憲史さんにお願いした。」と言い、「寺田さんにはこのまつもとが「ぜひとも!」と、お願いして快く引き受けていただいた。」と言っているのは、その決断はあくまでもまつもと泉先生がなしたものだからと考えられる。

     実際には、まつもと泉先生からみると、小説版は、TVシリーズと同じような位置にあるものと思われる。「きまぐれオレンジ☆ロード」の名を使って、他の人がやるのである。
     「そしてまた私はしばらく少し離れたところからそっと見守っていることにする。」(244頁)というところも、小説版に対して、TVシリーズに対してしたのと同じように離れて見守るという立場をとることを明らかにしている。

     そこでまつもと泉先生は「あの日にかえりたい」の「その後」の話にすることを認める代わりに、「オレンジロード風ガイドライン」から「そう逸脱したもの」にならないことを求めたのではないか。

     以上、私の推測である。

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」タイトル表

    「きまぐれオレンジ☆ロード」タイトル表

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の第1話から第156話までのタイトル、掲載された「週刊少年ジャンプ」、それぞれの話が収められたジャンプコミックス、愛蔵版、文庫版を表にまとめた。


    [まとめ買い] きまぐれオレンジ★ロード

    タイトル表

     基本的に一話完結であるが、複数の話にまたがるものもある。同じ色によって示した。

    話数 タイトル 週刊少年ジャンプ ジャンプコミックス 愛蔵版・文庫版
    1 まっ赤な麦わら帽子

    1984年15号
    (3月26日号)
    きまぐれオレンジロード 新連載週刊少年ジャンプ1984年15号 キン肉マン キャッツアイ ウイングマン 北斗の拳 奇面組 キャプテン翼

    表紙「巨弾新連載2」(1は14号で始まった「Mr.ホワイティ」)

    1

    まっ赤な麦わら帽子!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1984年10月15日)

    1

    まっ赤な麦わら帽子

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  1巻

    (1991年12月18日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 1 (集英社文庫 ま 7-1)

    (1998年2月23日)

    2 シュートはブルー 16号
    (4月2日号)
    3 くちびるシークレット 17号
    (4月9日号)
    4 哀愁チーク 18号
    (4月16日号)
    5 レイクサイド狂想曲 19号
    (4月23日号)
    6 恋のディスタンス 20号
    (4月30日号)
    7 危険なウワサ 21号
    (5月7日号)
    8 秘密のアルバイト 22号
    (5月14日号)
    9 ファースト・テスト 23号
    (5月21日号)

    2

    ジェラシー・レイン!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 2 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1985年2月15日)

    10 ショッピング・ブギ! 24号
    (5月28日号)
    11 疑惑の指輪 25号
    (6月4日号)
    12 アルコールぶるうす 26号
    (6月11日号)
    13 ちぐはぐ気分! 27号
    (6月18日号)
    14 二枚のスナップ 28号
    (6月25日号)
    15 ジェラシー・レイン 29号
    (7月2日号)
    16 あいにく片想い! 30号
    (7月9日号)

    2

    禁じられた恋の島

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  2巻

    (1992年1月25日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード (2) (集英社文庫―コミック版)

    (1998年2月23日)

    17 くるみちゃん気をつけて! 31号
    (7月16日号)
    創刊16周年記念号

    3

    禁じられた恋の島!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 3 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1985年5月15日)

    18 チケット・トラブル! 32号
    (7月23日号)
    19 渚のパニック! 33号
    (7月30日号)
    20 漁火恋唄 34号
    (8月6日号)
    21

    禁じられた恋の島

    35号
    (8月13日号)
    巻頭カラー
    22

    子供じゃないの!

    36号
    (8月20日号)
    23

    アイ・ライク・ジャパン!

    37号
    (8月27日号)
    24

    ドキドキ遊園地!

    38号
    (9月3日号)
    25

    疑惑光線・ユラッ!

    39号
    (9月10日号)
    26

    ビートで嫉妬!

    40号
    (9月17日号)

    4

    星空に予知夢!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 4 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1985年8月15日)

    27

    優柔不断でゴメンなさい!

    41号
    (9月24日号)
    28

    とまどいアクシデント!

    42号
    (10月1日号)
    29

    マラソンしましょ!

    43号
    (10月8日号)
    30

    疑惑のひかるちゃん

    44号
    (10月15日号)

    31

    しあわせの花!

    45号
    (10月22日号)
    32

    ハートのAをひいちゃった!

    46号
    (10月29日号)

    3

    星空に予知夢

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  3巻

    (1992年2月25日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 3 (集英社文庫 ま 7-3)

    (1998年4月22日)

    33

    星空に予知夢

    47号
    (11月5日号)
    34

    恭介くん変身す!

    48号
    (11月12日号)

    表紙「まどかの心と秋の空」

    5

    ゆれてララバイ!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 5 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1985年11月15日)

    35

    テレパシー・キッド!

    49号
    (11月19日号)
    36

    ラッキィ・バースディ!

    50号
    (11月26日号)
    37

    もういちど予知夢!

    51号
    (12月3日号)
    38

    カゼのミステリー

    52号
    (12月10・17日合併号)
    39

    ぱにっくキッド!

    1985年
    1-2合併号
    (1月1日号)
    40

    タイムスリップ・クリスマス!

    3号
    (1月8日号)
    41

    ゆれてララバイ

    4-5合併号
    (1月15日号)
    42

    スケーターズ・ワルツ

    6号
    (1月22日号)

    謹賀新年で作者の写真

    43

    レッツ・チェンジ!

    7号
    (1月29日号)

    6

    ルージュの伝言!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 6 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1986年2月15日)

    44

    スノー・スケッチ

    8号
    (2月4日号)
    45

    ロマンティック・ナイト

    9号
    (2月11日号)
    46

    雪夜のふたり

    10号
    (2月18日号)

    表紙「もらって不安なChocolate…!」(JC5巻の表紙と同じ)

    47

    夢色バレンタイン

    11号
    (2月25日号)

    48

    進学えれじい

    12号
    (3月4日号)

    4

    ルージュの伝言

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  4巻

    (1992年3月24日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 4 (集英社文庫 ま 7-4)

    (1998年4月22日)

    49

    誘惑ひなまつり

    13号
    (3月11日号)

    50

    純情ブルース

    14号
    (3月18日号)

    連載50回突破ということで「ついでにとんちんかん」「シェイプアップ乱」とともに表紙

    51

    ルージュの伝言

    15号
    (3月25日号)
    巻頭カラー

    52

    天使の誘惑

    16号
    (4月1日号)

    7

    天使の誘惑!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 7 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1986年5月15日)

    53

    ぱにっくキッド・アゲイン!

    17号
    (4月8日号)

    54

    いけないチーク

    18号
    (4月15日号)

    55

    春=ショック!

    19号
    (4月22日号)

    56

    ジェラス・カード

    20号
    (4月29日号)

    57

    おまかせハリケーン!

    21号
    (5月6日号)

    58

    Hでハプニング!

    22号
    (5月13日号)
    59

    スキンシップに御用心!

    23号
    (5月20日号)
    60

    恋の知能犯

    24号
    (5月27日号)
    61

    プライヴェート・メモリー

    25号
    (6月3日号)

    8

    恋の逃亡者!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 8 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1986年8月15日)

    62

    シャッター・チャンス!

    26号
    (6月10日号)
    63

    パラレル・トリップ!

    27号
    (6月17日号)

    5

    恋の逃亡者

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  5巻

    (1992年4月25日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 5 (集英社文庫 ま 7-5)

    (1998年6月23日)

    64

    だってパラダイス!

    28号
    (6月24日号)
    65

    デンジャラス・ビーチ!

    29号
    (7月1日号)
    66

    目撃者・あかね!

    30号
    (7月8日号)
    67

    堕ちないでダーリン!

    31号
    (7月15日号)
    68

    恋の逃亡者

    32号
    (7月22日号)
    69

    S・Hは恋のイニシャル

    33号
    (7月29日号)
    70

    ホラーはいかが?

    34号
    (8月5日号)

    表紙「おいしいコミック」

    9

    予知夢でチャンス!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 9 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1986年10月15日)

    71

    キャンプでシェイク!

    35号
    (8月12日号)
    巻頭カラー
    72

    ルーツ・パニック!

    36号
    (8月19日号)
    73

    夏雪恋色慕情

    37号
    (8月22日号)
    74

    プールでチェイス!

    38号
    (9月2日号)
    75

    カンニングはダメよ!

    39号
    (9月9日号)
    76

    予知夢でチャンス!

    40号
    (9月16日号)
    77

    妄想カメラ

    41号
    (9月23日号)
    78

    破滅がいっぱい!

    42号
    (9月30日号)
    79

    パラレル・ブギ!

    43号
    (10月7日号)

    スペシャルアニメ制作記念巻頭カラー

    10

    恋の思秋期!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 10 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1986年12月10日)

    6

    恋の思秋期

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  6巻

    (1992年5月25日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 6 (集英社文庫 ま 7-6)

    (1998年6月23日)

    80

    パラレル・ナイト!

    44号
    (10月14日号)
    81

    パラレル・ヒーロー!

    45号
    (10月21日号)
    82

    恋の思秋期

    46号
    (10月28日号)
    83

    危険な転校生

    47号
    (11月4日号)
    84

    ビデオでLOVE!

    48号
    (11月11日号)
    85

    秘密のスナップ

    49号
    (11月18日号)
    86

    なんたって誕生日!

    50号
    (11月25日号)
    87

    スラップスティックきのこ狩り!

    51号
    (12月2日号)
    88

    好きといいなさい!

    52号
    (12月9・16日合併号)

    11

    初夢KISS!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 11 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年2月15日)

    89

    心ジャックWAR!

    1986年
    1-2合併号
    (1月1日号)

    90

    ホワイト・クリスマス

    3-4号
    (1月8日号)

    91

    催眠術をかけないで!

    5号
    (1月15日号)
    新記録435万部達成
    92

    初夢KISS!

    6号
    (1月22日号)
    表紙は作者の写真と漫画の絵
    初詣ポスター(JC16巻の表紙の絵)
    93

    冬山 恐怖伝説

    7号
    (1月29日号)
    94

    ホラー・ストーリー

    8号
    (2月3日号)
    95

    涙なみだのS・U!

    9号
    (2月10日号)

    7

    危険なふたり

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  7巻

    (1992年6月24日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード (7) (集英社文庫―コミック版)

    (1998年8月16日)

    96

    ラブ・フォーカス!

    10号
    (2月17日号)
    97

    バレンタイン・キッド!

    11号
    (2月24日号)

    12

    危険なふたり!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 12 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年4月15日)

    98

    ロボット恭ちゃん!

    12号
    (3月3日号)
    99

    初恋

    13号
    (3月10日号)
    100

    留学するって本当ですか?

    14号
    (3月17日号)
    101

    春がきた!

    15号
    (3月24日号)

    表紙「Rock’n まどかLIVE!」(JC7巻の表紙と同じ)

    連載100回突破で巻頭カラー

    102

    危険なふたり

    16号
    (3月31日号)
    103

    まなみの大冒険!

    17号
    (4月7日号)
    104

    4月の馬鹿に御用心!

    18号
    (4月14日号)
    105

    春霞恋模様

    19号
    (4月21日号)
    106

    凶相・恭ちゃん!

    20号
    (4月28日号)

    13

    感情表現100%!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 13 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年6月15日)

    107

    おしゃべりオウム

    21号
    (5月5日号)
    108

    オレは男だ!

    22号
    (5月12日号)
    109

    フシギな時計

    23号
    (5月19日号)
    110

    おめざめKISS!

    24号
    (5月26日号)
    111

    フォトジェニック・ガール

    25号
    (6月2日号)

    8

    夜の口紅

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  8巻

    (1992年7月25日)

    文庫版
    きまぐれオレンジ★ロード 8 (集英社文庫 ま 7-8)

    (1998年8月16日)

    112

    見せちゃだめだめメッセージ!

    26号
    (6月9日号)
    113

    感情表現100%!

    27号
    (6月16日号)
    114

    恋のバス・ストップ!

    28号
    (6月23日号)
    115

    あぶない教師

    30号
    (7月7日号)

    表紙「つかまえてごらんキミのマーメイド!」(JC9巻の表紙と同じ)

    14

    あぶない教師!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 14 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年8月15日)

    116

    再会のラビリンス

    31号
    (7月14日号)
    117

    失恋予知夢

    32号
    (7月21日号)
    118

    吾輩はネコである!

    33号
    (7月28日号)
    119

    わかれの夏休み

    34号
    (8月4日号)
    120

    あこがれのハワイ!

    35号
    (8月11日号)
    121

    女の戦場ハワイ!

    36号
    (8月18日号)
    122

    常夏ビーチはサスペンス!

    37号
    (8月25日号)
    123

    ハワイアン・ミステリー

    38号
    (9月1日号)
    124

    サマーナイト・ホラー

    39号
    (9月8日号)

    15

    夜の口紅
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 15 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年10月15日)

    125

    特別編・まつもと泉 千葉をゆく!(愛蔵版では「千葉へゆく」)

    40号
    (9月15日号)
    126

    夜の口紅

    41号
    (9月22日号)
    127

    密室テンプレーション

    1987年12号
    (3月2日号)

    表紙「まどかといっしょに風になれ!」(JC12巻の表紙と同じ)
    「TVアニメ化決定大紹介!!」
    巻頭カラー

    9

    春はアイドル

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  9巻

    (1992年8月25日)

    文庫版
    (文庫版の第9巻は「思いがけないシチュエーション」まで)
    きまぐれオレンジ★ロード (9) (集英社文庫―コミック版)

    (1998年10月21日)

    128

    甘く危険な映画館

    13号
    (3月9日号)
    129

    進級レッドゾーン

    14号
    (3月16日号)
    130

    想い出の樹の下で

    15号
    (3月23日号)
    131

    のぞいてジェラシー

    16号
    (3月30日号)
    132

    ハプニング・キッス

    17号
    (4月6日号)

    16

    春はアイドル!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 16 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1987年12月9日)

    133

    帰れない男

    18号
    (4月13日号)
    表紙「CITY HUNTER」とアニメ放映ダブルスタート
    134

    そしてダ・カーポ

    19号
    (4月20日号)
    135

    春はアイドル

    20号
    (4月27日号)
    136

    街角のハプニング!

    21号
    (5月4日号)
    137

    夜はアドベンチャー

    22号
    (5月11日号)
    138

    悲恋白書

    23号
    (5月18日号)
    139

    思わずキューピッド!

    24号
    (5月25日号)
    140

    夢のステージ

    25号
    (6月1日号)
    141

    スタア誕生!

    26号
    (6月8日号)

    17

    片想いグラフィティ!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 17 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1988年2月15日)

    142

    ハート・オン・ファイア!

    27号
    (6月15日号)
    143

    思いがけないシチュエーション!

    28号
    (6月22日号)

    10

    永遠の夏

    愛蔵版
    きまぐれオレンジ★ロード  10巻

    (1992年9月23日)

    文庫版
    (文庫版第10巻は「いつわりのB・F」から)
    きまぐれオレンジ★ロード 10 (集英社文庫 ま 7-10)

    (1998年10月21日)

    144

    いつわりのB・F

    29号
    (6月29日号)
    145

    ふたりだけの寝室

    30号
    (7月6日号)
    146

    あこがれのひかるちゃん!

    31号
    (7月13日号)
    147

    片思いグラフティ!

    32号
    (7月20日号)
    148

    ロボット恭ちゃんII

    33号
    (7月27日号)
    149

    おさかなになったボク!

    34号
    (8月3日号)
    150

    想い出の湖

    35号
    (8月10日号)

    18

    永遠の夏!
    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 18 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    (1988年7月15日)

    151

    夏のペンダント

    36号
    (8月17日号)
    152

    逃げろや逃げろ!

    37号
    (8月24日号)
    153

    石像に祈りを…

    38号
    (8月31日号)
    154

    夏のフィナーレ!

    40号
    (9月14日号)
    155

    帰れないふたり

    41号
    (9月21日号)
    156

    永遠の夏

    42号
    (9月28日号)

    時系列

    漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の時系列
    • 1984年
      「週刊少年ジャンプ」で連載開始

      「週刊少年ジャンプ」1984年15号

    • 1984年10月
      ジャンプコミックス発売

      1984年10月15日に第1巻発売

    • 1987年
      連載終了

      「週刊少年ジャンプ」1987年42号

    • 1988年7月
      ジャンプコミックス最終巻(第18巻)

      ・18巻は1988年7月15日に発行。
      ・ジャンプコミックス第18巻では、連載時の最終話(155話、156話)に45Pの加筆がなされた。

    • 1991年~1992年
      愛蔵版刊行

      ・1991年12月18日に1巻、1992年9月23日に10巻。それまで出されていた全話を収めた。
      ・最終話(156話)に加筆がある。

    • 1996年
      「パニックin銭湯!」

      ・1996年2月に発売されたデジタルコミック「COMIC ON Vol.1」CD-ROM(東芝EMI)に、「パニックin銭湯!」が描き下ろされた。
      ・「パニックin銭湯!」は「スーパージャンプ」1996年10月号に掲載された。

    • 1998年
      文庫版

      ・1998年に文庫版10巻が出された。
      ・最終話の後に「パニックin銭湯!」が加えられている。
      ・1巻には平井和正氏の解説、10巻には作者の解説が載せられている。

    • 1999年
      「ほんでもってとーめー恭介!」

      「週刊プレイボーイ」1999年44号に「ほんでもってとーめー恭介!」が掲載された。

    • 2011~2012年
      コンビニ本

      2012年に集英社ジャンプリミックスの一つとして全6冊のコンビニ本が出された。内容は、愛蔵版、「パニックin銭湯!」、「ほんでもってとーめー恭介!」。

     ジャンプコミックス


    きまぐれオレンジロード 全巻 全18巻 まつもと泉 1巻以外 17冊初版

     愛蔵版


    きまぐれオレンジロード 愛蔵版 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10巻 まつもと泉 全巻セット 初版本 絶版 少年ジャンプ 集英社

     文庫版


    きまぐれオレンジロード 文庫版 完結 全10巻初版セット 栞付き まつもと泉

     コンビニ本


    きまぐれオレンジロード 1―美女ジャンプ6 (SHUEISHA JUMP REMIX)

    気になるところ

    休載期間

     「週刊少年ジャンプ」1986年41号から1987年12号までの間、「きまぐれオレンジ☆ロード」の連載がとまっている。

     当時編集長であった西村繫男氏はそのことについて「休ませたんですよ、遅くて」と語っている。(「まんが編集術」、白夜書房、1999年、261頁)

     1987年12号で連載を再開した。その時にTVアニメ化決定が伝えられている。


    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 15 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    ジャンプコミックスの間隔

     ジャンプコミックス第1巻と第2巻の間は4カ月、第2巻と第3巻の間は3カ月、それから8巻まで3カ月おきに出ていたが、それから2カ月おきになった。

     ところが第17巻と第18巻の間は5カ月空いている。


    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 18 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    最終話

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の最終話は三通り。

    ・「週刊少年ジャンプ」(1987年41~42号)に掲載されたもの

    ・ジャンプコミックス(第18巻)で加筆されたもの(1988年)

    ・愛蔵版(第10巻)で加筆されたもの(1992年)

    タイトル

     ジャンプコミックス、愛蔵版のそれぞれの巻のタイトルは、その巻に収められた話のうちの一つの話のタイトルからとられている。

     文庫版には、巻ごとのタイトルはない。


    きまぐれオレンジ★ロード カラー版 6 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    作者の死

     2020年10月6日に「きまぐれオレンジ☆ロード」の作者まつもと泉先生は亡くなった。

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」 キャラクターの改変とストーリーの難点

    「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」 キャラクターの改変とストーリーの難点

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」においては、登場人物の性格が原作とは大きく違うものになっている。

     「あの日にかえりたい」は、登場人物の性格が原作と大きく違うことによって、話も原作と大きく違うものになっている。

     「あの日にかえりたい」の檜山ひかるの性格が原作と大きく違うものになっていることについては、前にも述べた。

    鮎川まどかの改変

     第一に、「きまぐれオレンジ☆ロード」のヒロイン、鮎川まどかが、「あの日にかえりたい」においては、原作と大きく違うものにされている。

    冒頭

     「あの日にかえりたい」のはじめに、春日恭介、鮎川まどかの二人が大学の合格発表を見に行く途中、春日恭介の後を鮎川まどかがついていくところが描かれている。

     私はそこから違和感がある。

     鮎川まどかが春日恭介の後について二人で大学の合格発表を見に行く姿は、私の頭の中にある春日恭介、鮎川まどかと一致しない。

    キャラクターの容姿

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかの性格が原作から大きく離れていることは、絵によっても現わされていると私は思う。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかの絵は、容姿も衣装も、原作から離れている。原作と同じ精神を表現しようとしたとも思えない。

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」の鮎川まどかの絵は、その容姿、衣装によって、孤高の性格を表現している。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかの絵は、原作から離れたことによって原作の精神からも離れている。原作の鮎川まどかのかっこよさが全くなくなっていると私は思う。―「あの日にかえりたい」の鮎川まどかの顔は、原作に比べてかっこよさがなくなっている。「あの日にかえりたい」の鮎川まどかの髪型も衣装も、原作の鮎川まどかがしないと思われるものが多いが、いずれも原作に比べてかっこよさがなくなる方向に進んでいると思われる。

    キスのことを聞いて怒る

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、春日恭介が檜山ひかるとキスしたと聞いて、怒って春日恭介と会わなくなる。

     そのことについて、深草プロデューサーは「アニメディア」1988年10月号で次のように説明している。

    まどかにとっては、二人のキスは衝撃なんですね。「恭介は自分を愛してる」そんなまどかの自信は崩れ去り、ひかる、恭介との関係を本気で考え始めるんです。(深草P・D)

    「アニメディア」1988年10月号、119頁

     鮎川まどかは勝手に「恭介は自分を愛してる」という「自信」を持っていて、二人のキスを聞いて、その「自信」が崩れ去って、ひかる、恭介との関係を本気で考え始めるというのである。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、勝手に「恭介は自分を愛してる」という「自信」を持っているようなかっこわるいキャラクターになっている。二人のキスを聞いて、勝手に持っていた「自信」が崩れ去ったということもかっこわるい。

     原作の鮎川まどかは、そのようなかっこわるいことはしない。勝手に「自信」を持つこともなく、その「自信」が崩れ去って衝撃を受けることもない。

    内面

     望月智充監督は、「あの日にかえりたい」について次のように語っていた。

    ひかると恭介との間にはいって苦しむまどかの姿を中心に、少女ふたりの内面を心理ドラマとして見せたいと思っています。

    「アニメージュ」1988年8月号、25頁

     ところが「あの日にかえりたい」においては、鮎川まどかの「内面」は「心理ドラマ」として描かれていないようである。

     原作の鮎川まどかは、檜山ひかるのことを思いやっていた。そのことによってその「内面」は複雑になっていた。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、檜山ひかるのことを思いやらず、春日恭介を自分のものにすることばかり考えている。その「内面」は単純である。―春日恭介は自分のものだという「自信」を勝手に持っていた、しかしその「自信」が崩れ去って衝撃を受けた、それから「自信」を取り戻した。このように単純である。

     「ひかると恭介との間にはいって苦しむまどかの姿」は、原作にはあったが、「あの日にかえりたい」にはない。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、「ひかると恭介との間にはいって苦しむ」ことはない。

     「あの日にかえりたい」では、鮎川まどかが、自分の部屋でそのことを思って、ひとりで泣き出す場面があるが、自分のものだと思い込んでいたものがとられたことを悲しんでいるだけであって、幼児がおもちゃをとられて泣いているのと同じような精神性である。

     ついでに、「あの日にかえりたい」の鮎川まどかが春日恭介と予備校の授業中に痴話げんかをしているところが気になったので書いて置こう。
     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、ひかるが恭介とキスしたと聞いて、予備校で恭介を待って、そのことについて聞いて、けんか別れしているのであるが、予備校の授業中に、他の人が聞いているところで、そういう話をすることを、恥ずかしいと思わないのであろうか? たとえば予備校に行く前の電話で聞いて、そしてつき放すのでいいのではないか?

    夏祭りの夜の電話

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、春日恭介が檜山ひかるとキスをしたと聞いて、春日恭介に会わなくなる。

     ところが夏祭りの夜、突然春日恭介に鮎川まどかから電話がかかってきた。

     鮎川まどかは電話口で泣いていた。そして「あなたの気持ちわかってたつもりで安心してたから、その気持に甘えてた罰かもしれない。今回のひかるのこと」といった。

     それに対して春日恭介は「そんな・・・俺の方こそ、俺の方こそ・・・。俺、鮎川のこと・・・好きだよ」といった。

     鮎川まどかは「春日君、会いたい」と言い、「(すすり泣いて)馬鹿だね私。春日君、私、そんなに強くないよ」と言った。

     春日恭介は鮎川の家に駆けつけた。

     ところが春日恭介がキスをしようとすると、鮎川まどかは顔をそむけた。春日恭介が「あの、やっぱり、ひかるちゃんのことが?」と聞くと、鮎川まどかは「ううん。ひかるのことは別に。それよりも春日君の気持ちの問題なの」と答えた。それを聞いて春日恭介は「わかった」と言った。

     この場面を初めて見た時、私はびっくりした。原作の鮎川まどかと相いれないからである。

     この場面はこの映画の重要な転換点である。しかしどうも筋が通っていないのではないかと思われる。

    鮎川まどか

     まずこの場面の鮎川まどかの言動が原作の鮎川まどかと相容れないということについて。

     深草プロデューサーはこの場面について次のように語っている。

    三人の関係に思い悩むまどかは混乱し、どうしていいのかわからないまま、恭介に電話をしてしまいます。これはテレビシリーズではありえない、まどかの生身の姿ですね。

    「アニメディア」1988年10月号、120頁

     理性によって感情を制御することができないまま、そういう状態の自分を春日恭介にさらけ出したというのである。

     脚本を書いた寺田憲史氏はこの場面について次のように語っている。

     大人向けは別にして、漫画のヒーロー、ヒロインは、とかく「陽」の部分が前面に出ていて、「陰」の部分を丁寧に描くことが少ない。だがこの作品では、鮎川まどかというなんでも格好いいヒロインが、どこにでもいる一八歳の少女のようにボロボロと泣きながら、切ない自分の気持ちをしゃべるシーンが出てくる。
     ぼくはそういった彼女の「孤独」を描くことで、観客である若者たちに、今まで「強く、凛とした」少女が、じつは彼らと同様に、もろくはかない魂の持ち主であることを気づかせたかったのである。

    「ルーカスを超える」、194~195頁

     寺田憲史氏は、「なんでも格好いいヒロイン」の「陰」の部分を描いたという。

     私はこの場面で「なんでも格好いいヒロイン」の「陰」の部分が描かれているとは思わない。この場面の鮎川まどかの言動はあまりにかっこ悪い。

     そもそも「あの日にかえりたい」において鮎川まどかは「なんでも格好いいヒロイン」として描かれてはいない。いつでも自分の欲望を優先するという「陰」の部分だけが描かれたキャラクターである。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは春日恭介に「会いたい」と言いながら、駆け付けてきた春日恭介にキスを許さず、恭介の「気持ち」を問題としている。自分のものはなるべく人に与えず、人からそれより多くを受け取るというのである。自分の所有欲を第一とする考え方は揺るがない。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、ひかるのことを全く思いやらず、春日恭介に檜山ひかるをつき放させている。

    春日恭介

     鮎川まどかの電話は、春日恭介の気持ちを変えた。それまで檜山ひかるに傾いていたのに、それから鮎川まどかに傾いて、檜山ひかるをひたすらつき放している。この映画の重要な転換点である。

     しかし、そういう春日恭介の心の動きはおかしいのではないかと私は思う。

    関係の逆転

     この場面で鮎川まどかが電話をかけてきた時に、恋愛ゲームにおいて優位にあったのは春日恭介であった。

     関係の再開を求めているのは、鮎川まどかであって、春日恭介ではない。

     春日恭介は、鮎川まどかが春日恭介と会おうとしなくなった時に、鮎川まどかを追いかけて電話をかけたが、その後にいつしか追いかけることをやめている。そして、ひかるとの関係を進めている。

     春日恭介は鮎川まどかを追い求めていないところに、鮎川まどかが春日恭介を求めて電話してきたのである。

     ところがその電話の後に、春日恭介が鮎川まどかの家に行った時には、春日恭介は鮎川まどかに「気持ち」を求められて、そのまま従っている。そしてそれから檜山ひかるをつき放している。

     いつの間にか鮎川まどかが優位になっている。

    逆転の理由

     どうしてそのような逆転が起こったのか?

     深草プロデューサーは次のように説明している。

    三人の関係に思い悩むまどかは混乱し、どうしていいのかわからないまま、恭介に電話をしてしまいます。これはテレビシリーズではありえない、まどかの生身の姿ですね。そんなまどかを見せられることで、遅まきながら、恭介は決断をするわけです。「僕はまどかが好きなんだ」と。(深草P・D)

    「アニメディア」1988年10月号、120頁

     「まどかの生身の姿」を「見せられること」によって、「恭介は決断をする」というのである。

     しかし「まどかの生身の姿」とは、「混乱し、どうしていいのかわからないまま、恭介に電話をして」しまった姿である。そういう姿を見て、「まどかが好き」と決断するであろうか?

     まどか自身「どうしていいのかわからない」のであるから、恭介はそれにもまして「どうしていいのかわからない」であろう。それでは「好き」と思うより、煩わしいと思うのではないか?

     要するに、春日恭介の気持ちに大きな変化が起こらなくてはならないのに、その変化の原因になることがこの映画にはないのである。

    考察

     この場面は、この作品の重要なところであるにもかかわらず、脚本がおかしなことになっている。

     この場面では、鮎川まどかは、春日恭介の心を決定的に動かすだけのことをしなくてはならないはずである。

     それまでの話では春日恭介の心は檜山ひかるに傾いていたと描かれていたのであるから、その心を動かすだけのことがなくてはならない。

     この場面で鮎川まどかが浴衣を着ているところを見ると、その浴衣によって心を動かそうという考えがあったようにも見えるが、実際には全く役に立っていない。

     そしてあのわけのわからない泣き言によって「好き」と決断するといわれてもついていけない。

     それまでに春日恭介の本命は鮎川まどかだと描かれていれば、春日恭介の決断も受け入れやすい。ところが「あの日にかえりたい」においては、そういうことは描かれない。逆に、春日恭介が鮎川まどかを追いかけずにいるところが繰り返し描かれている。

    ・春日恭介は、鮎川まどかを追いかけるのをやめて、ひかるとデートして再びキスをする。

    ・予備校の講師に、鮎川まどかのプリントを届けるように言われて、鮎川の家にプリントを届けるが、本人に会おうともせず、言葉も残さない。

    ・鮎川まどかからの電話を受けた時も、受験勉強をしていたのか、休んでいたのか、よくわからないが、いずれにせよ、鮎川まどかのことを考えていなかったようである。

     このように、春日恭介は鮎川まどかを追い求めていなかったことにしておいて、その心が鮎川まどかのわけのわからない泣き言によってひっくり返ったと描いているので、ついていけないのである。

     そもそもこの映画の春日恭介は鮎川まどかと同じ大学に行くつもりで同じ予備校の夏期講習を受講していたはずである。その鮎川まどかが途中から予備校に行かなくなったことは、春日恭介の大学受験とかそのための予備校の夏期講習とかに影響を与えることと思われるが、春日恭介は何事もなかったかのように、そのまま受験勉強を続けて、予備校に通い続けている。

    予備校の授業中

     予備校の授業中、鮎川まどかは春日恭介に紙を渡して、ひかるをつき放すことをどれだけ進めたか、聞いている。

     鮎川まどかの性格が悪く描かれている。

     「あの日にかえりたい」の鮎川まどかは、妹分の檜山ひかるが傷つけながら、その傷を癒すために動くことは全くない。

    夜のアバカブ

     夜のアバカブにひかるが訪ねてきて、鮎川まどかと言葉を交わす。ここでもなぜか鮎川まどかの性格が悪く描かれている。

    謝罪

     鮎川まどかはそこで檜山ひかるに対して「わかったわ、ひかる。ごめんなさい」と言っている。

     ひかるが訪ねて来たことを受けてはじめてしかたなく謝罪する、というかたちになっているのである。

     妹分を傷つけたのに、自分から謝罪することもしない、悪い性格に描いているのである。

    別れ

     ひかるがアバカブから出て行こうとするときに、鮎川まどかは「ひかる、私たちもう、三人ではいられないんだね」と言っている。

     鮎川まどかがひかるに三人でいることを求めるのが自然ではないか?

     それに対してひかるが拒んでもしかたない。

     ところがこの場面の鮎川まどかは、なぜか自分から、「三人ではいられない」と言っている。

     三人でいる努力を全くせず、三人でいることを否定してしまっている。

    吹きすさぶ風

     春日恭介にひかるとの最後の別れのことを聞いた鮎川まどかは「こんなふうになっちゃったけど、私には信じさせてくれるよね、春日君の気持ち? 春日君のこと、責めないよ。私まで責めたら、春日君、気持ちのやり場がなくなっちゃうもんね。」と言う。

     この映画では、鮎川まどかが春日恭介にひかるとの関係を絶たせた、と我らは思っていたが、この映画の鮎川まどかは、春日恭介が責められるべきであって、鮎川まどかも春日恭介を責めることができる立場にいる、と考えているようである。

     わけがわからない。

    檜山ひかる

     「あの日にかえりたい」の後半の檜山ひかるに関してはすでに論じた。

     「あの日にかえりたい」の檜山ひかるは、その他にも原作と違うところが少なからずある。

    演劇

     「あの日にかえりたい」においては、檜山ひかるは演劇に打ち込んでいることになっている。

     春日恭介と鮎川まどかが大学受験のために予備校の夏期講習に行くことに対して、檜山ひかるは演劇に打ち込むことにしたのではないかと思われる。

     春日恭介と鮎川まどかは、大学受験のために同じ予備校に行くことによって、関係を深める。

     それに対して檜山ひかるは、春日恭介と離れて演劇に打ち込んで、春日恭介と別れることになる。

     そういうかたちになっている。

     しかし私の頭の中にある檜山ひかると、演劇に打ち込むということとは、どうにも調和しない。

     この後の小説版で、それぞれの登場人物のその後の姿が描かれているが、どれも私には木に竹を継いだように見える。全く自然に見えない。

    恋愛対象としての魅力

     「あの日にかえりたい」の檜山ひかるは、絵も、言動も、恋愛対象としての魅力がないように私には見える。

     私は「あの日にかえりたい」の檜山ひかるの絵に全く魅力を感じない。原作のひかるの絵には魅力を感ずることもある。

     原作では軽い感じのショートカットが、「あの日にかえりたい」では妙に重い感じになっているところなど好きになれない。

     あの甲高い猫なで声は、私にはどうにも耳障りである。

     ひかるが春日恭介の部屋で風鈴の音について「うるさいですか?」と聞くところがあるが、私は「ひかるも自分の声がうるさいとわかっているのか」と思ってしまった。

    口調①

     相手の顔を指さして「もやもやもや~ぱっぱっ」とか、「おちゃ~めさん」とか、「ダーリン! あは、ピンポンピンポン!」とかいう高校生の女の子は、私には恋愛対象として魅力的に見えない。

    口調②

     その一方で、「お名残り惜しい」など、いやに丁寧な言葉遣いをしているが、上のようなことを言う人の言葉としても、高校一年生の女の子が高校三年生の男の子に対してつかう言葉としても、どうも私には違和感がある。

    デート

     この映画で春日恭介と檜山ひかるが二人でデートしている場面は多い。

    ・はじめのアバカブで話している場面
    ・ひかるが春日家に来た場面
    ・ファーストフード店で二人で飲食している場面
    ・二人で飛行船を見上げている場面
    ・池端のベンチで会った場面

     どの場面を見ていても、ひかるとのデートはたのしいようには見えない。上に挙げたように、絵も声も口調も魅力ない上に、話している内容がちっとも恋愛感情を高めているように見えない。

     原作では、たとえば第55話「春=ショック!」のはじめに、3頁かけてひかるとのデートが描かれているが、そちらのデートはたのしそうに見える。

     「あの日に帰りたい」の前半では、春日恭介の心は檜山ひかるに傾くことになっている。

     ところが、「あの日にかえりたい」の檜山ひかるにそれだけの魅力があるように見えないので、話についていけない。

     それでも、春日恭介の心が檜山ひかるに傾いているところが描かれていたならば、そういう場面として受け取ることはできる。ところがなぜか春日恭介の心はほとんど描かれていない。何を見せられているのかと思ってしまう。

    キスの場面

     ひかるが春日恭介とキスをするところは、話が動く重要なところである。

     ところがそこでも、春日恭介がひかるとキスをしてしまうほど魅力的に描かれているとは思えない。

     春日恭介は檜山ひかるとキスをすることによって、それまでの人間関係を動かしてしまうことを知っているはずである。それにもかかわらず、ひかるとキスをしてしまうほどの魅力は、私にはちっとも感じられない。

     詳しく論じてみよう。

     キスの前に、ひかるがもってきた甘いものを春日恭介と二人で食べている時に、ひかるが「何だかこうしてると、あたしたち新婚さんみたいに思いません?」と言っているが、これがまずうまくないと思う。現在二股かけている男がそう言われても、気持ちが重くなるだけだと私は思う。

     問題のキスをするところについて、深草プロデューサーは「この時の恭介の気持ちは、ひかるの一途な心をいじらしく感じて飛びついちゃった・・・。そんなところでしょう。」と語っている。(「アニメディア」1988年10月号、118頁)

     しかし、高校3年生の男の子が、高校1年生の女の子に、大学受験に関して「何かもっとしてあげられることないかなって思って」とか、「大変さがわかってあげられない気がして」とか言われただけで、その「一途な心をいじらしく感じて」キスをしてしまうほど気持ちが高まるものであろうか?

     この場面では、「和田加奈子の歌」はたしかに気持ちを盛り上げることに役立っていると思う。しかしその歌を除くと、絵も話も十分でないと私は思う。

     和田加奈子の「鳥のように」は↓


    和田加奈子 ゴールデン☆ベスト

    まとめ

     私は「あの日にかえりたい」の檜山ひかるに全く恋愛対象としての魅力を感じない。それゆえに檜山ひかるに心惹かれる春日恭介の気持ちが全くわからない。

     他の人は「あの日にかえりたい」のひかるに、恋愛対象としての魅力があると思うのであろうか?

    春日恭介 

     「あの日にかえりたい」においては春日恭介も、原作と違うキャラクターになっている。

    前半

     「あの日にかえりたい」の春日恭介は、原作の春日恭介と違って、その時々に何を考えているか、よくわからない。

     すでに書いたように、春日恭介がひかるのキスを受け入れた気持ちはよくわからない。その後にそのことについてどう考えていたのかもよくわからない。

     深草プロデューサーは、その時に恭介はまだまどかにもひかるにも心を決めておらず、「一時的に、ひかるに心が傾いて」いる、と語っている。

    恭介はこの時、まどかにもひかるにも心を決めてません。ただ一時的に、ひかるに心が傾いてますね。(解説/深草礼子プロデューサー)

    「アニメディア」1988年10月号、118頁

     しかしどう心を決めていないのかも描かれていない。

     「あの日にかえりたい」の春日恭介は、原作と違って誰も本命としていなかったようである。

     まどかにひかるとのキスについて聞かれた時にも、決めることはできなかったという。

     ひかるとのキスをまどかに知られた恭介の胸中は、再びどっちつかずの思いでいっぱいです。

    「アニメディア」1988年10月号

     ここでもその恭介の気持ちは十分に描かれていない。

     その時に鮎川まどかにひかるとキスしていないと言っているところを見ると、嘘をついて二人とうまいことやろうと思っていたようである。

     「あの日にかえりたい」において春日恭介の気持ちが描かれることは少ない。描かれているところでも理解しがたいことは多い。そして原作より悪い性格にされている。それゆえについていけない。

    つき放す

     この作品の中盤以降、春日恭介はひたすら檜山ひかるをつき放している。

     別れた後にひかるが二度目に電話した時も、ひかるが春日の家に来て駅までついてきたときも、階段の上で二人が会った時も、夜、ひかるが春日の家に来て二人で外を歩いた時も、春日恭介は厳しい表情で、厳しい口調で、ひかるをつき放している。ひかるを憎んでいるのではないかと思われるような表情になっている。

     多くの人に批判されているところである。

     春日恭介のひかるに対する思いやりをちゃんと表現していれば、観客も同情することができたであろう。しかしそういうことはほとんど描かれない。最後に痛みをかみしめるような表情を見せているが、それだけでは弱い。ひかるを憎んでいるかのような表情で突き放すところが繰り返し描かれている。それでは、主人公は悪者のようである。

     深草プロデューサーはそのことについて次のように説明している。

    恋愛に不器用な恭介は、ひかるとの別れ方も不器用で、彼女をつき放すだけなんですよね。監督によれば、恭介がひかるを家に入れない場面は、ひかるを自分の心の中に入れない恭介の信念を意味するのだそうです。三角関係に決着をつける三人の姿に注目です。(深草P・D)

    「アニメディア」1988年10月号、121頁

     作り手は、春日恭介の「不器用」なところを表現しようと考えていたようである。

     しかし原作にない主人公の「不器用」さをぶちこんで、ラブコメをラブコメでなくしてしまうことはどうなのか、という問題がある。

     主人公の「不器用」さより性格の悪さが伝わるのでは、作り手が「不器用」だったということになるようである。

    まとめ

     劇場版「あの日にかえりたい」においては、登場人物の性格が一々原作より悪くされている。そして性格の悪い描写が繰り返されている。

     原作ファンの反発を買う作りになっているのである。

     登場人物の性格を変えて、筋が通らなくなっているところもある。

     主人公は、前半に檜山ひかるに傾き、後半に鮎川まどかに傾くが、いずれも、主人公の心がそのように傾くほど恋愛対象として魅力があるように描かれていないと私は思う。それゆえに筋が通らなくなっていると思う。若者の恋愛を中心とした映画であるのに、そういう映画の醍醐味と思われる恋愛感情の高まりが描かれていないと思うのである。

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」の問題

    「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」の問題

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」は、原作の漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」と大幅に違うものになっている。

     そのことによって、多くの人に嫌われ、一部の人に支持されている。

     「あの日にかえりたい」の作り手はどういう考えから原作と大幅に違う作品を作ったのであろうか?

    漫画と現実

     望月智充監督は、「あの日にかえりたい」の製作中に「アニメージュ」に次のように語っている。

    ストーリーは、原作とかなり違えて雰囲気もいままでの明るくて陽気、という感覚ではなくて、もっとずっとシリアスなものにしていきます。というのも、僕はやはりあの三角関係の決着がそう簡単につくとは思えないからなんです。

    「アニメージュ」1988年6月号、76頁

     原作に対して「あの三角関係の決着がそう簡単につくとは思えない」というのである。それゆえに映画でやり直すというのである。

    原作では恭介とまどかの関係に気がついたひかるは、恭介のほほを1度ひっぱたいただけで恭介をあきらめます。現実には、女の子ってあれだけで済ませるわけがない。そこで、映画ではその部分をじっくりとやってみました。ひかると恭介との間にはいって苦しむまどかの姿を中心に、少女ふたりの内面を心理ドラマとして見せたいと思っています。

    「アニメージュ」1988年8月号、25頁

     望月監督は原作に対して「現実には、女の子ってあれだけで済ませるわけがない」という考えから「あの日にかえりたい」を作るというのである。

     要するに、望月監督は「現実」を基準として、原作は「現実」通りでないと言い、それに対して「現実」通りに「あの日にかえりたい」を作るというのである。

    問題

     ところで、望月監督の主張は正しいのであろうか?

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」には、望月監督の言うように正しくないところがあって、「あの日にかえりたい」はそれを正しくしているのであろうか?

     小黒祐一郎氏は、「あの日にかえりたい」は「『オレンジ☆ロード』というタイトルが抱えている問題」を「えぐる内容となった」と語っている。小黒氏も、原作には問題があって、「あの日にかえりたい」はその問題をついた、というのである。

    「ラブコメ」と「現実」

     望月監督が「現実」を基準として、漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を批判して、それに対して「あの日にかえりたい」を作ったことは、「現実」より甘いラブコメに対して厳しい「現実」をつきつけたものと考えることもできる。

     しかし、たとえば「めぞん一刻」なども、「現実」より甘いラブコメということになるのではないか? こずえの身の引き方も、三鷹の身の引き方も、「現実」より甘く作られているのではないか? いずれも「きまぐれオレンジ☆ロード」のひかるの身の引き方と比べても、甘く作られているのではないか?

     要するに、望月監督の批判は、必ずしも特に「きまぐれオレンジ☆ロード」という作品に対するものではなく、「めぞん一刻」のような作品をも含めた作品群に対するものではないか?

     ところで望月監督が「現実」を基準としたと言っても、「あの日にかえりたい」は作り物にすぎない。

     「めぞん一刻」のような作品群と、「あの日にかえりたい」のような作品とは、作り物の様式が違うということができる。

     そこでまず、一方の様式が正しくて、もう一方の様式が正しくない、ということができるのか、ということが問題となる。ラブコメにはラブコメの様式があって、それに対して「現実」ではないということはその様式を無視したことにすぎないのではないか、ということである。

    「きまぐれオレンジ☆ロード」

     次に、漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」は、「めぞん一刻」などと比べると、甘いラブコメにとどまらずに、「現実」をも描こうとしたものではないか? たとえば最終回の一つ前の話(「帰れないふたり!の巻」)では、それまでの三角関係が壊れていく中で、ひかるの悲しみも、まどかの苦しみもまじめに描かれている。

    (ひかるの悲しみ、まどかの苦しみは、JC18巻で加筆されたところに描かれている。JC18巻が出版されたのは1988年7月15日であるから、望月監督の上の発言の時にはまだ出ていなかったのではないかと思われる。加筆は、原作者が「あの日にかえりたい」の企画を知った上で作ったかもしれない。)

     漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」は、甘いラブコメの外に厳しい現実があるということを自ら示していた。

     たとえばJC5巻第40話「タイムスリップ・クリスマス!の巻」では、本編が甘く終わっているのに、扉絵には厳しい表情が描かれている。扉絵の厳しい表情は、その前の第39話の最後の頁の「本当に―/このままで/い―の?」という言葉を受けたもののようである。そこで、作者は、甘い話の外に厳しい現実があることを示しているのである。

     まつもと泉氏は「きまぐれオレンジ☆ロード」の終盤で「少女マンガ」がやりたかったと言っていた。「少女マンガ」とは、甘いラブコメではなく、厳しい現実をも描くものではないかと思われる。

     要するに、漫画「きまぐれオレンジ☆ロード」を、単に甘いラブコメにとどまらずに、厳しい「現実」をも描こうとしたものである。

     それに対して「あの日にかえりたい」の方が厳しい「現実」を描いていると言っても、相対的な違いに過ぎないのではないか?

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」を、「うる星やつら」の劇場版「ビューティフル・ドリーマー」と比べてみよう。

     「うる星やつら」の劇場版「ビューティフル・ドリーマー」は、原作漫画の繰り返す楽しい日常を問題としたことによって、原作漫画の抱える問題をついた。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」は、終わり方を原作漫画よりドロドロさせた。

     「あの日にかえりたい」は、「ビューティフル・ドリーマー」のように原作漫画の抱える問題をついたとは言えないのではないか?

     もう一つ大きな問題がある。

     「あの日にかえりたい」は登場人物の性格が原作と違うものになっている。

     望月監督は、原作の終盤のひかるの言動に対して「現実」を基準として反対していた。しかし、その「現実」が原作のひかると違う性格の人物になってしまうのでは、原作を正したことにはならない。勝手に違う土俵に移っているわけである。

     原作では登場人物の性格を変えずに終わらせている。その方が正しいのではないか?

    泥沼

     望月智充監督は、「あの日にかえりたい」において、檜山ひかるというキャラクターを改変した。

     原作の檜山ひかるは、春日恭介の心が自分でなく鮎川まどかに向かっていると知った後、あきらめて、「恭介のほほを1度ひっぱたいた」ことによって済ませた。

     「あの日にかえりたい」の檜山ひかるは、春日恭介に鮎川まどかが好きだからと別れを告げられた後も、春日恭介につきまといつづけた。

    理性

     原作のひかるのように潔くあきらめることは理性的なことである。

     「あの日にかえりたい」のひかるのように、つきまといつづけることは、理性的なことではない。相手を振り向かせるという目的は、相手によって否定されている。相手を振り向かせるためにつきまとうことは、逆に相手に嫌われることである。

     「あの日にかえりたい」のひかるは、自分を傷つけ、自分の好きな人を傷つける行動を繰り返しているのである。

    ひかるの内面

     望月監督は「アニメージュ」1988年8月号で、「少女ふたりの内面を心理ドラマとして見せたい」と語っていた。

     しかし、実際にできた「あの日にかえりたい」では、ひかるは、恭介につきまとう、という外面的な姿ばかり描かれて、その内面はほとんど描かれていない。

     「あの日にかえりたい」のひかるは、理性的でないことをしているのであるが、そのことを自分でどう考えているのか、よくわからない。

     この映画の観客は、ひかるの内面に共感するのではなく、ひかるの外面にかわいそうだと思うのである。

    設定の変更

     「あの日にかえりたい」においては、ひかるは、春日恭介と鮎川まどかの関係を前から知っていたことになっている。ひかるはそのことを、春日恭介に対しても、鮎川まどかに対しても、明らかにしている。これは原作にもTVシリーズにもないことである。

     その改変によると、「あの日にかえりたい」のひかるは、原作、TVシリーズと違って、春日恭介に真意を隠されていたということがなくなる。

     春日恭介の罪悪感がなくなる。

     檜山ひかるがそのことゆえに苦しむということがなくなる。

     檜山ひかるは二人の関係を知りながら割り込もうとしたことになっている。

     この改変では、ひかるに同情しにくくなっているのではないか?

    TVシリーズとの関係

     劇場版「あの日にかえりたい」と原作との間にはTVシリーズがあった。

     「あの日にかえりたい」は、大体においてTVシリーズの作り手によって、TVシリーズに続くものとして、作られたものである。

     「アニメージュ」1988年6月号で望月智充監督は「恭介とまどかが高校3年生頃、つまりひかるが高校1年生の時を描くことになります。つまりテレビシリーズの最終話のかなり後、ということです」と語っている。(76頁)

     「アニメージュ」1988年8月号には「映画「きまぐれオレンジ★ロード」は、TVシリーズ最終回から3年後、まどかと恭介は高3、ひかるは高1の夏休みの物語。」とある。(24頁)

     TVシリーズにおいてすでに、登場人物も、話も、原作と違うものになっていた。

     望月監督は、「あの日にかえりたい」によって、原作の正しくないところを正しくすると語った。しかし原作の正しくないところを正しくするためには、TVシリーズとのつながりをなくさなくてはならないのではないか? すでに原作と違うものになっていたTVシリーズとつながっているのでは、原作を正しくすることはできないのではないか?

     望月監督は「アニメージュ」1988年8月号において、望月監督が担当したTVシリーズの最終回は失敗だったと語っている。

    ぼくが最終回をやったときに、これは失敗だった、と感じたのは現在の時点でのひかるの存在が忘れられていたこと。そのせいで、3角関係の部分を無視した形になってしまった。あの最終回はまどかと恭介だけの世界でした。

    「アニメージュ」1988年8月号、25頁

     TVシリーズの最終回で失敗しておいて、原作の最終回はおかしい、というのは、奇妙なことではないか?

     TVシリーズには、原作にはない問題がある。

     たとえば、TVシリーズの檜山ひかるには、原作にはない幼児性がある。

     TVシリーズのひかるの絵は、「魔法の天使クリィミーマミ」の主人公の小学生の絵に近いものになっている。セリフも、ドタバタコメディにするためか、原作にあった落ち着いたところがなくなっている。

     幼児性をもっている人とは別れにくい。

     TVシリーズは、ひかるに原作にない幼児性を付け加えたことによって、主人公がひかると別れることに、原作にない困難が付け加わったのである。

     小黒祐一郎氏はそのことに関して次のように語っている。

    TVシリーズでは、ひかるが原作よりも明るい女の子として描かれており、もう一度意地悪な言い方をすると、彼女は道化師的な役回りになっている。後に制作された劇場版『きまぐれ オレンジ☆ロード あの日にかえりたい』を観た後に、あるいは原作最終回を読んでからTVシリーズを観返すと、その明るい振る舞いに悲哀を感じてしまうくらいだ。

    「WEBアニメスタイル」、「アニメ様365日」、「第374回 続々・伝説の「追いかけて冬海岸」」

     TVシリーズにおいてひかるを原作と違う「道化師」にしたことによって、最後の別れに「悲哀」が加わったというのである。

     小黒氏は「あの日にかえりたい」は「『オレンジ☆ロード』というタイトルが抱えている問題」を「えぐる内容となった」と語ったが、その問題はTVシリーズにあって、必ずしも原作にはないのではないか?

    終わりに

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」について、「うる星やつら」の劇場版「ビューティフル・ドリーマー」のように、原作の問題をついたと評されることがある。

     しかしこれまで述べてきた理由で、私はそうは思わない。

     

  • 「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」と「アニメージュ」

    「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」と「アニメージュ」

     「アニメージュ」は、「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」に対しても、もちあげる動きをとっていた。

     「アニメージュ」はその前にも「きまぐれオレンジ☆ロード」のTVシリーズをもちあげる動きをとっていた。

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」が出来る前に「アニメージュ」であったことについては、前に書いた。

     ここでは「あの日にかえりたい」が公開された後に「アニメージュ」であったことについて書く。

    「アニメージュ」1989年1月号

     「アニメージュ」1989年1月号の投稿欄では、「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」の感想で特集が組まれている。(195頁)

     「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」は、原作ファン、TVシリーズファンの反発を買うような出来になっている。

     この特集のはじめに「それぞれの「オレンジ★ロード」」という題で、「10月に公開された「きまぐれオレンジ★ロード~あの日にかえりたい」について、それぞれの“思い”を読んでください」とあるのは、反発があったことを認めているのである。無視することはできなかったのである。そしてその批判的な投稿をもとりあげるというのである。

     そうして取り上げられた投稿は次の通り。

    投稿

     四本の投稿が載せられていた。

     第一は、「心の動きが現実的だ」と題する投稿で、「周囲からは「ゼンゼン「きまぐれ」じゃない」とか「恭介がひどすぎる」との声が聞かれましたが、自分としてはよかったと思います。」というもの。

     第二は、「“受験生”という立場から見た「きまぐれ」」と題する投稿で、「「アニメージュ」でも「暗い」とか「ノリがテレビとちがう」と書いてありましたが、受験と三角関係を明るくやればウソになると思います。」と劇場版を擁護して、「私にとってこの映画は、いつまでも心の奥に名作としてしまっておけると確信しています。」というもの。

     第三は、「キャラのよさを無視、本来の魅力がない」と題する投稿で、「けっこう期待していたのに、まさに裏切られたという感じである。」、「けっきょく、しりきれトンボで終ったテレビのラストのほうがマシである。」というもの。

     第四は、「マジメに青春していて、やっぱり「きまぐれ」」と題する投稿で、「たしかに、原作ともテレビシリーズとも、ちがったふんい気をただよわせ、一部その批判はあたっているでしょう。」と認めつつ、「しかし、この作品もまたマジメに青春しているという点において「オレンジ★ロード」の世界です。」というもの。

    問題

     この四本の投稿の選び方は偏っている、と私は思う。

     第一の投稿、第四の投稿は劇場版「あの日にかえりたい」をよしとするものでありながら、批判の存在を前提としていることは、「あの日にかえりたい」に対して反発が大きかったことをあらわすことである。反発の方が大きかったことをあらわすことである。

     この特集では、劇場版を批判する投稿を多く載せなくてはならなかったと私は思う。称賛する投稿を載せてもいい。賛成反対同数でもいい。いずれにせよ、批判する投稿を多く載せなくてはならなかったと思う。

     ところが実際には、称賛する投稿が3、批判する投稿が1となっている。称賛する投稿の方が多くなっているのである。

     これでは「あの日にかえりたい」に対する当時のファンの反応を反映していないと思う。

     選者はコメントで「いずれにしても「早く決着をつけてほしい」というお便りも多かったわけで、そんなファンはどう見ていたのかな。」と言っている。1988年8月号のコメントでもそうであったが、劇場版の作り手の意に沿うファンの存在に言及することによって、劇場版を擁護しようとしているようである。

     「アニメージュ」がアニメ版を擁護する立場をとることは、必ずしも悪いことではない。問題は、「アニメージュ」の姿勢が一貫していないことにある。「アニメージュ」はそれまで反対の姿勢をとっていたのである。

     たとえば、ちょうど2年前の1987年1月号の投稿欄では、「那由他」のアニメ版を原作と比較して批判する投稿を載せて、選者のコメントに「11月号には「那由他よかった」というおたよりが載りましたが、全体の数からいくと「よくない」という意見が多かったことを報告しておきましょう」と書いている。(135頁)

     「那由他」に関しては、「よくない」という意見が多かったことをわざわざ報告しているのである。

     ところが、「きまぐれオレンジ☆ロード」に関しては、「よくない」という意見が多かったかどうか、明らかにすることはない。逆に擁護する意見を多くとりあげている。

    「劇場アニメ70年史」

     「アニメージュ」との関係でもう一つ気になるのは、「劇場アニメ70年史」のことである。

     「劇場アニメ70年史」については、小黒祐一郎氏が次の記事で説明している。

    http://style.fm/as/05_column/365/365_473.shtml

     「劇場アニメ70年史」は「TVアニメ25年史」とともに「アニメージュ創刊10周年を記念して企画されたもの」である。「編集のメインとなったのは、データ原口こと原口正宏さん」で、小黒祐一郎氏は「解説原稿の担当」であったという。

     この「劇場アニメ70年史」の帯には「大正6年「芋川椋三玄関番之巻」から昭和63年「きまぐれオレンジ★ロード」まで」とある。「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」は、「劇場アニメ70年史」の最後の作品という重要な位置に置かれているのである。

     「あの日にかえりたい」の解説には次のような言葉がある。

    三角関係が崩壊したあとの現在をモノトーンで、過去の部分をカラーにした画面は、3人の過去をなつかしむ心情を表現して、印象的だった。

    「劇場版アニメ70年史」、136頁

     その表現を称賛しているようである。

     ところで、併映された「陽あたり良好!」の劇場版「KA・SU・MI 夢の中に君がいた」の解説には次のような言葉がある。

    あだち充の原作からはかけ離れた展開となり、キャラクターの持つ魅力も生かせずに終わった感がある。

    「劇場版アニメ70年史」、137頁

     こちらは「原作からはかけ離れた展開となり、キャラクターの持つ魅力も生かせずに終わった」ことを批判しているようである。

     しかし「原作からはかけ離れた展開となり、キャラクターの持つ魅力も生かせずに終わった」ということは、「きまぐれオレンジ☆ロード」の「あの日にかえりたい」にも言うことができることである。

     「陽あたり良好!」劇場版に対しては、そのことによって批判しながら、「あの日にかえりたい」に対しては、そのことを言わないことは、おかしい。

    まとめ

     これまで明らかにしたように、「アニメージュ」は「きまぐれオレンジ☆ロード」の劇場版「あの日にかえりたい」を、他の作品と比較して不公平なことをしてまで擁護していた。

     その数年後に、「あの日にかえりたい」の望月監督がジブリで「海がきこえる」の監督をしたことと関係があるのであろうか?