月: 2021年9月

  • 岩田健太郎氏の気になるところ 第5波収束について

    岩田健太郎氏の気になるところ 第5波収束について

     2021年9月末、新型コロナウイルスの第5波が収束してきたところで、岩田健太郎氏がそのことについて記事を発表した。

    https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20210929-OYTET50011/?catname=column_iwaken

     その中で私が気になったことについて考える。

    間違い

      岩田健太郎氏は、新型コロナウイルスの第5波について「自分の予測が良い方に間違っている」ことを認めている。

     岩田氏の予測は間違っていたと認めているのである。

    巨大に膨れ上がった総感染者数が、これほどの勢いであっという間に激減するとは、僕はちょっと考えていませんでした。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     現実に起こっているような感染者数の激減が起こることを予測していなかったというのである。

     岩田氏の予測が間違っていたということは、問題は岩田氏にあったということである。

     ところが岩田氏はそのことを問題としない。

    緊急事態宣言とワクチン

     岩田氏によると、感染者数が激減するまでの間、「日本がやっていたのは緊急事態宣言の「延長」」であったが、それは「下策」であった。

    通常、ある対策をとっているときに患者が増え続けていたら、対策を変えるのが定石で、うまくいっていない対策を続けるのは下策です。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     ところで岩田氏は感染収束の原因について、「決定的な原因はよく分かっていません」としつつも、英国で1月から2月にかけて感染者数が激減したことについて「大量のワクチン接種とロックダウンのダブルパンチによる効果」だという多くの専門家の考えに同意している。

     そして「日本でもこれと似たようなことが起きたのではないでしょうか。」という。

     「日本ではワクチン接種がかなりスピードアップし、高齢者のみならず、感染を広げていた年齢層にもワクチンが普及して」いった。

     日本で感染者数が激減したのはそれゆえではないかというのである。

    このスピーディーでパワフルな予防接種が、「感染できる人々」の数を激減させ、さらに人々の行動抑制が加味されて、第5波が一気に減少に転じた。今年初めのイギリスがそうだったように。僕はそのような仮説を持っています。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     ところで菅政権が第5波の間にやっていたのは、「緊急事態宣言の「延長」」だけではなく、ワクチン接種であった。

     菅政権が新型コロナウイルスに対する対策で特に力を入れていたのがワクチン接種であった。

     そのことは自他ともに認めることである。

     そのために菅政権は批判もされた。

     岩田氏も認めるように、菅政権によってワクチン接種が進んで、そのことによって感染が収束したとすると、菅政権は感染収束のために正しいことをしていたということになるのではないか?

     そもそも岩田氏は自ら認めるように間違った予測をしていた。

     それに対して菅政権は、岩田氏によると正しいことをしていた。

     ところが岩田氏はそのことを問題としない。

     間違った予測によって、マスメディアやSNSで語ったことの責任は問題とされないのか?

     菅政権のやったことのうち「緊急事態宣言の「延長」」だけをとりあげて「下策」ということに何の意味があるのか?

    ノリ

     岩田氏は、ワクチン接種の他に「ノリ」によって感染は収束したと語る。

     第5波の感染が拡大したことも「ノリ」によることであったという。

    東京オリンピックが開かれていた頃までは、日本は緊急事態宣言中にもかかわらず、ある種の「ノリ」が形成されていました。感染力の強いデルタ株の輸入もあいまって、患者数は激増していきました。感染経路を増やすような社会活動が増加を後押ししたためです。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     そして感染が収束したことも「ノリ」によると語る。

    そして、過去最大の感染者数が更新を繰り返すようになり、今度は逆の現象が起きました。すなわち、「コロナが増えすぎてやばいぞ」という別の「ノリ」です。これが市民の行動制限を促し、人々は活動を自粛しました。これがコンスタントに感染者を減らし続ける持続的な力になったのではないか。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     「ノリ」という心理的要因によって、感染の拡大、減少を説明しているのである。

     しかしそういう「ノリ」があって、それゆえに感染の拡大、減少が起こったということの証拠はあるのであろうか?

    「予測」

     岩田氏は予測の専門家でないゆえに予測しないと語っている。

    まあ、僕は「予測」の専門家ではないので、基本的に「準備」はしますが、予測はしません。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     しかし次のようなことも言う。

    異なる複数の仮定を想定して、最良のシナリオと、最悪のシナリオを考えて、どっちに転んでもよいように準備します。

    コロナの急激な収束をもたらした要因とは ワクチン、行動自粛、そして……

     「複数の仮定」とか「最良のシナリオ」とか「最悪のシナリオ」とかいうのは、「予測」ではないのか?

  • マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアの関係

    マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアの関係

     フレッド・アステアは1899年生まれ。(~1987年)

     マイケル・ジャクソンは1958年生まれ。(~2009年)

     いずれも歌と踊りによってアメリカのエンターテインメントの、そして世界のエンターテインメントの第一人者になった人である。

     二人は年が離れていたが、互いに敬愛し合っていた。

    マイケル・ジャクソンの幼時

     マイケル・ジャクソンは若いころからフレッド・アステアに対して敬意を抱いていたようである。

     マイケルは自伝「ムーンウォーク」において、若い時に観た本物のショーマンとしてフレッド・アステアをジェームズ・ブラウン等とともに挙げている。

    When I was young, the people I watched were the real showmen-James Brown, Sammy Davis Jr., Fred Astaire, Gene Kelly.

    Moon Walk, p.70

    Moonwalk

     日本語版では、田中康夫氏は次のように訳している。

    幼い頃、僕が見てきたのは、本物のショーマンたちでした―ジェームズ・ブラウン、サミー・デイヴィス・ジュニア、フレッド・アステア、ジーン・ケリー。

    「ムーンウォーク」、87頁

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

     マイケルは1993年のグラミー特別功労賞伝説賞(Glammy Legend Award)をプレゼンターの妹ジャネットから受け取ったが、その時のスピーチで、小さいころによくジャネットにジンジャー・ロジャーズになってもらって自分はフレッド・アステアをやったと語っている。

     その映像は「デンジャラス~ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]」に入っている。


    デンジャラス~ザ・ショート・フィルム・コレクション [DVD]

    モータウン25

     マイケル・ジャクソンは早くからフレッド・アステアを尊敬していたが、フレッド・アステアがマイケル・ジャクソンを称賛したのは1983年のテレビ番組でのマイケル・ジャクソンのパフォーマンスによってであった。

     そのことをきっかけとして、二人の関係は深くなった。

     1983年4月、 モータウン25周年を記念する番組「モータウン25:昨日、今日そして永遠」( MOTOWN 25: YESTERDAY, TODAY AND FOREVER)でマイケルは「ビリー・ジーン」( BILLIE JEAN)を歌い、踊った。

     そこでマイケルは初めて「ムーンウォーク」を披露した。

     その番組は5月16日にテレビで放送されて、約5000万人が観たといわれている。


    Motown 25: Yesterday Today Forever [DVD]

     「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」には、マイケルの「ビリー・ジーン」のところだけの映像が収録されている。


    ヒストリー・オン・フィルム VOLUME II [DVD]

     その放送の翌日、フレッド・アステアがマイケルに電話をかけてきた。

     フレッド・アステアはその番組を観た5000万人のひとりだったのである。

     そして、マイケルのパフォーマンスを絶賛した。

     マイケルはその讃辞を次のように記している。

    You’re a hell of a mover. Man, you really put them on their asses last night.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition), p.213

     日本語版では、田中康夫氏は次のように訳している。

    ホントよく動くな。昨日の晩、みんな腰抜かしとったぞ。

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝、228頁

     マイケルはそのフレッド・アステアの言葉を人生で最大の讃辞であると言い、唯一信じたいと思ったものであったと語っている。

    It was the greatest compliment I had ever received in my life, and the only one I had ever wanted to believe.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition), p.213

     マイケル・ジャクソンにとってフレッド・アステアの讃辞はそれだけ大きなことであった。

     その後にフレッド・アステアはマイケルを自宅に招いてまた絶賛した。

     マイケルはその時にフレッド・アステアとともに撮った写真を自伝「ムーンウォーク」にも載せて「 My friend Fred Astaire 」(私の友、フレッド・アステア)というキャプションをつけている。(214頁、日本語版では232頁)

     フレッド・アステアは1987年に亡くなった。

     マイケル・ジャクソンの自伝「ムーンウォーク」のはじめにはフレッド・アステアの写真が載せられていて、その上にこの本をフレッド・アステアに捧ぐと書いてある。( “This book is dedicated to FRED ASTAIRE” )


    Moonwalk

     日本語版。訳者は田中康夫。


    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    フレッド・アステアとマイケル・ジャクソン

     マイケル・ジャクソンがフレッド・アステアの讃辞をそれほど大きく受け取ったのは、フレッド・アステアを尊敬していたからであろう。

    完全主義

     フレッド・アステアはマイケル・ジャクソンの「モータウン25」でのパフォーマンスを称賛してから間もなく、1987年に亡くなったが、その後に、フレッド・アステアと親しかった人の言葉を集めた本が出版された。


    Fred Astaire: His Friends Talk

     その中にはマイケル・ジャクソンの言葉もある。

    Nobody could duplicate Mr. Astaire’s ability, but what I never stop trying to emulate is his total discipline, his absolute dedication to every aspect of his art. He rehearsed, rehearsed, and rehearsed some more, until he got it just the way he wanted it. It was Fred Astaire’s work ethic that few people ever discussed and even fewer could even hope to equal.

    Fred Astaire His Friends Talk p.24

     マイケルはフレッド・アステアの完全主義について、誰もその能力を複製することはできないが、その作品のあらゆる面に対する絶対的な献身に対してはいつも負けないようにしてきた、という。

     マイケルはフレッド・アステアが自分が望むようになるまで何度もリハーサルを繰り返したことをとりあげている。

     マイケルも自分の作品に対して自分が望むようになるまで力を注いだ。

     マイケルはフレッド・アステアと自分はそういうことにおいて共通していると考えていたのである。

     マイケル・ジャクソンとフレッド・アステアは、そういう精神だけでなく、パフォーマンスにおいて共通するところがあった。

    パフォーマンス

     フレッド・アステアもマイケル・ジャクソンも、体を細くたもっていた。特に脚が細く長かった。

     二人ともその細い体、長い脚を「エレガント」に見せて踊った。

     足を交差させて体を斜めにするとか体を回転させるとかの動きは、フレッド・アステアがよくやってエレガントに見せたが、マイケル・ジャクソンもよくやった。

     「モータウン25」でのマイケル・ジャクソンの「ビリー・ジーン」の踊りには、フレッド・アステアと共通するところがあるようである。

     フレッド・アステアは重力をものともしないと評されていた。

     映画「恋愛準決勝戦」(原題は “Royal Wedding” )は特にそのことを表現した作品であった。


    Royal Wedding 1951 by Fred Astaire

     マイケル・ジャクソンも、重力をものともしないと評された。


    ポスターMICHAEL JACKSON SMOOTH CRIMINALウォールアート

     マイケルの自伝「ムーン・ウォーク」にジャクリーン・ケネディ・オナシスは次のような言葉を寄せている。(ジャクリーン・ケネディ・オナシスは、元ジョン・F・ケネディ夫人で「ムーン・ウォーク」の担当編集者。)

    He is one of the world’s most acclaimed entertainers, an innovative and exciting songwriter whose dancing seems to defy gravity and has been heralded by the likes of Fred Astaire and Gene Kelly.

    Moonwalk: A Memoir (English Edition)

    Moonwalk: A Memoir (English Edition)

     日本語版。

    世界でもっとも喝采を受けるエンターテイナーのひとりである彼は、革新的で刺激的なソングライターで、フレッド・アステアやジーン・ケリーたちと同様、重力を手玉にとるかのようなダンスの先駆者でもあります。

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    ムーンウォーク: マイケル・ジャクソン自伝

    Smooth Criminal

     マイケル・ジャクソンはその後の楽曲「Smooth Criminal」において、フレッド・アステアを積極的に取り入れている。

     「Smooth Criminal」は、1987年のアルバム「Bad」に収録された曲である。


    Bad

     1988年にシングルとして売り出された。(下は1996年のもの↓)


    スムーズ・クリミナル・5ヴァージョン・コレクション

     マイケル・ジャクソンのミュージックビデオの中でも特にスタイリッシュな作品である。

     「Smooth Criminal」のミュージックビデオは、フレッド・アステアの映画「バンド・ワゴン」の劇中劇「ガール・ハント」バレエをもとにしている。


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     マイケル・ジャクソンの恰好、白のハット、白のスーツ、青のシャツ、白のネクタイ、などは、「ガール・ハント」バレエのフレッド・アステアと同じである。

     いかがわしい酒場に入ってくるところも同じ。

     次々と出て来る悪者をやっつけるところも同じ。

    複数のバージョン

     「Smooth Criminal」のミュージックビデオには複数のバージョンがある。

     「Number Ones」(2004年)に収録されているのは、踊りが編集されたものである。


    Number Ones
    Michael Jackson
    Michael Jackson – Smooth Criminal (Official Video – Shortened Version)

     そのもとになっているのは映画「ムーンウォーカー」(1988年)。


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     「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」(1997年)には映画「ムーン・ウォーカー」の中の「Smooth Criminal」のところが抜き出されている。


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    Michael Jackson
    Michael Jackson – Smooth Criminal (Official Video)

    「ムーン・ウォーカー」

     「Smooth Criminal」は映画「ムーン・ウォーカー」(原題は “Moon Walker” )に入っていた。

     「ムーン・ウォーカー」はマイケル・ジャクソンが総指揮を務めて1988年に公開されたミュージカル映画である。

    内容

     この映画は様々な映像によって構成されている。

    Man in the Mirror

     まずマイケル・ジャクソンがライブで「Man in the Mirror」を歌い踊る映像に、キング牧師、ケネディ、マザー・テレサ、ジョン・レノンなどの映像がさしこまれているもの。

    Michael Jackson
    Michael Jackson – Man In The Mirror (Official Video)

     その次にジャクソン5時代のマイケルの歌う映像。

     そして成長してソロで歌い踊るマイケルの映像。

     「Bad」を子役がやった後に、マイケルが出て来たところをスタジオツアーの客に見つかって、追いかけられる。

     マイケルが逃げるところが、アニメーションを交えた映像によって描かれている。

    Leave me Alone

     そして「Leave me Alone」のミュージックビデオ。

    Michael Jackson
    Michael Jackson – Leave Me Alone (Official Video)

     ここまでで35分くらい。

     それから1時間弱のマイケルと子どもが悪者に追われるという話がある。

     「Smooth Criminal」はその話の中で出て来る。

     悪者はジョー・ペシ (Joe Pesci、「ホーム・アローン」の悪者)。

     マイケルが夜の街で悪者に追い詰められて、空も飛ぶ高性能の車で逃げるところは、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか「バットマン」とかのようである。

     「Club 30’s」で、子どもたちはマイケルと待ち合わせていたが、「Club 30’s」は廃墟のようであった。

     そこに、白のハット、白のスーツ、青のシャツ、白のネクタイのマイケルが現れた。

     入り口から入る時に光る煙に包まれる。

     そうして入ると多くの着飾った男女がいるいかがわしい店になっていた。

     「Smooth Criminal」はそこから始まる。

     「Club 30’s」というのは1930年代のことを示しているのであろうか?

     「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のようでもある。


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    フレッド・アステアとの比較

    物を投げる

     「Smooth Criminal」のはじめにマイケル・ジャクソンがコインを投げて遠くのジュークボックスに入れる。

     物を投げてうまくおさめるということは、フレッド・アステアもよくやっていたことであった。

     フレッド・アステアはよく杖を投げてうまくとるということをやっていた。映画「パリの恋人」では、傘を投げて遠くの箱に入れた。

    女性

     フレッド・アステアの「ガール・ハント」バレエは、ミステリアスな、危険な女性の話である。

     その女性が中心になっているということもできる。

     「Smooth Criminal」は、「ガール・ハント」バレエのような、ミステリアスな危険な女性の話ではない。女性の存在はそれほど大きくない。

     そもそも「ムーン・ウォーカー」という映画は、マイケルと子供たちの話であって、マイケルが女性と恋愛する話ではない。

     子供目線の映画であることは、1980年代のスピルバーグ監督作品「E.T.」などに通ずるところがあると思われる。

     ただし「Smooth Criminal」でも、危険な雰囲気の場所で、マイケルがドレスを着た女性と踊るところがある。

     マイケルが赤のドレスの女性と少し踊るところの動きには、フレッド・アステアと似たところがある。

    映画

     フレッド・アステアもマイケル・ジャクソンも歌と踊りのスターであるが、映画との関係は違う。

     フレッド・アステアは映画スターであった。

     フレッド・アステアの多くの歌とダンスは映画で観ることができる。

     マイケル・ジャクソンも歌と踊りのスターであったが、フレッド・アステアのように映画出演を中心としていたのではない。その力はミュージックビデオに注がれた。

     「ムーン・ウォーカー」が作られた1980年代には、1930年代から1950年代と違って、歌と踊りのスターがミュージカル映画のスターとなることは少なくなっていた。

     そういう時代においてマイケル・ジャクソンはそれまでの時代のように映画というかたちではなく、ミュージックビデオというかたちで自分の歌と踊りを映像で表現した。

     マイケル・ジャクソンは自分の作ったミュージックビデオのことを「ショート・フィルム short films 」と呼んでいた、と自伝「ムーン・ウォーク」の担当編集者を務めたシェイ・アーハート Shaye Areheart は伝えている。(「ムーン・ウォーク」の2009年版に寄せた言葉)

     マイケル・ジャクソンのミュージックビデオは、その前の時代においてミュージカル映画というかたちでやっていたことを違うかたちでやっているという面がある。

     しかしまたマイケル・ジャクソンは、数は少ないがミュージカル映画もやった。


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     「ムーン・ウォーカー」は、マイケル・ジャクソンが映画として自分の思うように作ったものであった。

     そこでマイケル・ジャクソンはフレッド・アステアの「ガール・ハント」バレエを学んだのである。


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    Dangerous

     マイケル・ジャクソンが1991年に出したアルバム「Dangerous」に収録された「Dangerous」という楽曲にも、フレッド・アステアの映画「バンド・ワゴン」の劇中劇「ガール・ハント」バレエの影響があると思われる。


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     「彼女は危険だ」というマイケルの初めの独白は、「バンド・ワゴン」の「ガール・ハント」バレエでのフレッド・アステアの独白に似ている。

     「ガール・ハント」バレエのフレッド・アステアの独白は、アラン・ジェイ・ラーナー(「マイ・フェア・レディの作詞者)が作ったものであった。

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    Michael Jackson – Dangerous (Audio)

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     1995年のMTV VIDEO MUSIC AWARDSで、マイケルは「Dangerous」を歌い、踊っている。

     銃撃のところなど、「ガール・ハント」バレエのマイケル・キッドの振り付けに似ている。

     「SMOOTH CRIMINAL」が「Dangerous」の間に差し込まれているところがある。

     そのパフォーマンスは「ヒストリー・オン・フィルムⅡ」に収録されている。


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  • フレッド・アステアの出演した映画リスト

    フレッド・アステアの出演した映画リスト

     フレッド・アステア( Fred Astaire )の出演した映画を年代順にまとめた。

     フレッド・アステアは1930年代からアメリカのミュージカル映画のスターであって、多くの人に影響を与えた。

     現在日本語版で手に入るものをまとめた。英語版しかないものもある。(敬称略)

    映画

    Photo by Felix Mooneeram on Unsplash

    「ダンシング・レディ」

     原題は「 Dancing Lady 」

     1933年。

     MGM。

     フレッド・アステアが初めて出演した映画。

     フレッド・アステアはRKOと契約していたが、その契約が開始する前に、このMGMの映画に少しだけゲスト出演したのである。

     主役は、クラーク・ゲイブル( Clark Gable )とジョーン・クロフォード( Joan Crawford )。

     フレッド・アステアは、フレッド・アステア役で、ジョーン・クロフォードとダンスしている。


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    「空中レヴュー時代」

     原題は「 Flying Down to Rio 」

     1933年。

     RKOでの第1作。

     主役はドロレス・デル・リオ( Doroles Del Rio )。

     フレッド・アステアはまだ主役ではない。

     この映画でフレッド・アステアはジンジャー・ロジャーズ( Ginger Rogers )と初めて共演した。

     2人で踊った「カリオカ」の評判が非常によくて、それから2人は組むことになった。

     作曲はヴィンセント・ユーマンス。

    https://cocoro-mi.com/flyingdowntorio/


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    「コンチネンタル」

     原題は「 Gay Devorcee 」

     1934年。

     RKO。

     フレッド・アステアはこれまでの2作で主役でなかったが、この映画で主役になっている。

     相手役はジンジャー・ロジャーズ。

     「夜も昼も」(原題は “Night and Day” )の作曲はコール・ポーター。

    https://cocoro-mi.com/fredastaire-gaydevorcee/


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    「ロバータ」

     原題は「 Roberta 」

     1935年。

     RKO。

     出演は、アイリーン・ダン( Irene Dunn )、ランドルフ・スコット( Randolph Scott )、フレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     話の中心は、アイリーン・ダンの演ずる女性とランドルフ・スコットの演ずる男性の恋愛。

     フレッド・アステアは主役ではない。

     作曲はジェローム・カーン。


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    「トップ・ハット」

     原題は「 Top Hat 」

     1935年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     フレッド・アステアの代表的な作品。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


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     「トップ・ハット」と「コンチネンタル」の比較↓

    「艦隊を追って」

     原題は「 Follow the Fleet 」

     1936年。

     RKO。

      主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


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    「有頂天時代」

     原題は「 Swing Time 」

     1936年。

     RKO。

     監督はジョージ・スティーヴンス( George Stevens )。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作曲はジェローム・カーン。作詞はドロシー・フィールズ。


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    「踊らん哉」

     原題は「 Shall We Dance 」

     1937年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


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    「踊る騎士」

     原題は「 A Damsel in Distress 」

     1937年。

     RKO。

     フレッド・アステアの相手役はジョーン・フォンテーン( Joan Fontaine )。

     フレッド・アステアがジンジャー・ロジャーズから離れて作った作品。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


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    「気儘時代」

     原題は「 Carefree 」

     1938年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     フレッド・アステアがまたジンジャー・ロジャーズと組んだ作品。

     作詞・作曲はアーヴィング・バーリン。


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    「カッスル夫妻」

     原題は「 The Story of Vernon and Irene Castle 」

     1939年。

     RKO。

     主役はフレッド・アステア、ジンジャー・ロジャーズ。

     2人のRKOでの最後の作品として作られたもの。


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    「踊るニューヨーク」

     原題は「 Broadway Melody of 1940 」

     1940年。

     MGM。

     フレッド・アステアは、MGMのタップダンスのスター、エレノア・パウエル( Eleanore Powell )と共演。

     作詞・作曲コール・ポーター。


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    「セカンド・コーラス」

     原題は「 Second Chorus 」

     1940年。

     パラマウント。

     ポーレット・ゴダード( Paulette Goddard )と共演。

     ポーレット・ゴダードは同じ年にチャップリンの「独裁者」に出演している。


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    「踊る結婚式」

     原題は「 You’ll Never Get Rich 」

     1941年。

     コロンビア。

     フレッド・アステアの相手役はリタ・ヘイワ―ス( Rita Hayworth )。

     作詞・作曲コール・ポーター。


    踊る結婚式 (字幕版)

    「スイング・ホテル」

     原題は「 Holiday Inn 」

     1942年。

     パラマウント。

     フレッド・アステアはビング・クロスビー(Bing Crosby )と共演。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。

    https://cocoro-mi.com/holidayinn/


    スイング・ホテル [DVD]

     「スイング・ホテル」とその後に続く「ブルー・スカイ」、「ホワイト・クリスマス」との関係について↓

    「晴れて今宵は」

     原題は「 You Were Never Lovelier 」

     1942年。

     コロンビア。

     フレッド・アステアはふたたびリタ・ヘイワ―スと組む。

     作曲ジェローム・カーン、作詞ジョニー・マーサー。


    晴れて今宵は [DVD]

    「青空に踊る」

     原題は「 The Sky’s the Limit 」

     1943年。

     RKO。

     相手役は、ジョーン・レスリー( Joan Leslie )。

     ジョニー・マーサーの楽曲。


    青空に踊る 《IVC BEST SELECTION》 フレッド・アステア セレクション [DVD]

    「ジーグフェルド・フォリーズ」

     原題は「 Ziegfeld Follies 」

     1946年。

     MGM。

     様々な人による、様々な芝居、歌、踊り。

     その中でフレッド・アステアの出番は多い。―はじめのところ、ルシル・ブレマーとのダンス、ジーン・ケリーとの共演。


    ジーグフェルド・フォリーズ [DVD]

    「ヨランダと泥棒」

     原題は「 Yolanda and the Thief 」

     1945年。

     MGM。

     相手役は、ルシル・ブレマー( Lucille Bremer )。

     ファンタジー。


    Yolanda & The Thief [DVD] [Import]

    「ブルー・スカイ」

     原題は「 Blue Skies 」

     1946年。

     パラマウント。

     ビング・クロスビーとの共演。

     フレッド・アステアはこの映画で一度引退した。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。


    ブルー・スカイ [DVD]

    「イースター・パレード」

     原題は「 Easter Parade 」

     1948年。

     MGM。

     相手役はジュディ・ガーランド( Judy Garland )。

     作詞・作曲アーヴィング・バーリン。

     「イースター・パレード」は、製作の途中で変わったことの多い作品であった↓

     考察↓


    イースター・パレード [Blu-ray]

    「ブロードウェイのバークレー夫妻」

     原題は「 The Berkleys of Broadway 」

     1949年。

     MGM。

     相手役は久しぶりのジンジャー・ロジャーズ。

     アイラ・ガーシュウィン作詞。


    ブロードウェイのバークレー夫妻 [DVD]

    「土曜は貴方に」

     原題は「 Three Little Words 」

     1950年。

     MGM。

     相手役は、ヴェラ・エレン (Vera-Ellen )。

     作曲ハリー・ルビー、作詞バート・カルマ―。


    土曜は貴方に [DVD]

    「レッツ・ダンス」

     原題は「 Let’s Dance 」

     1950年。

     パラマウント。

     相手役は、ベティ・ハットン( Betty Hutton )。


    Let’s Dance [VHS]

    「恋愛準決勝戦」

     原題は「 Royal Wedding 」

     1951年。

     MGM。

     共演は、ジェーン・パウエル( Jane Powell )、ピーター・ローフォード( Peter Lawford )、サラ・チャーチル( Sarah Churchill )(ウィンストン・チャーチルの次女)。

     監督はスタンリー・ドーネン( Stanley Donen )。

     作詞・脚本はアラン・ジェイ・ラーナー、作曲はバートン・レイン。 


    恋愛準決勝戦 《IVC BEST SELECTION》 フレッド・アステア セレクション [DVD]

    訃報

     「恋愛準決勝戦」でフレッド・アステアの妹の役を演じたジェーン・パウエルが2021年9月16日に亡くなった。

     92歳であったという。

    https://www.foxnews.com/entertainment/jane-powell-dead

    「ベル・オブ・ニューヨーク」

     原題は「 The Belle of New York 」

     1952年。

     MGM。

     相手役は、ヴェラ・エレン。

     作詞ジョニー・マーサー、作曲ハリー・ウォーレン。


    ベル・オブ・ニューヨーク [DVD]

    「バンド・ワゴン」

     原題は「 The Band Wagon 」

     1953年。

     MGM。

     相手役は、シド・チャリース( Cyd Charisse )。

     作曲アーサー・シュワルツ、作詞ハロルド・ディーツ。


    バンド・ワゴン [Blu-ray]

     作品の紹介↓

     作品の考察↓

     マイケル・ジャクソンとの関係↓

    「足ながおじさん」

     原題は「 Daddy Long Legs 」

     1955年。

     20世紀フォックス。

     相手役は、レスリー・キャロン( Leslie Caron )。

     作詞・作曲ジョニー・マーサー。


    足ながおじさん [AmazonDVDコレクション]

    https://cocoro-mi.com/fredastaire-daddylonglegs/

    「パリの恋人」

     原題は「 Funny Face 」

     1957年。

     パラマウント。

     相手役は、オードリー・ヘプバーン( Audrey Hepburn )。

     監督はスタンリー・ドーネン。

     作曲ジョージ・ガーシュウィン、作詞アイラ・ガーシュウィン。


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    https://cocoro-mi.com/funnyface-movie/

    「絹の靴下」

     原題は「 Silk Stockings 」

     1957年。

     MGM。

     相手役は、シド・チャリース。

     エルンスト・ルビッチ監督の「ニノチカ」をもとにしたミュージカル。

     作詞・作曲コール・ポーター。


    絹の靴下 特別版 [DVD]

    ミュージカル以外

     「絹の靴下」の後、フレッド・アステアはミュージカル映画でない映画に出演している。

    「渚にて」

     原題は「 On the Beach 」

     1958年。

     スタンリー・クレイマー・プロダクション。

     ミュージカルではない。

     主演は、グレゴリー・ペック。


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    「結婚泥棒」

     原題は「 The Pleasure of His Company 」

     1959年。

     パラマウント。

     共演は、デビー・レイノルズ等。


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    「悪名高き女」

     原題は「 The Notorious Landlady 」

     1962年。

     コロンビア。

     共演は、キム・ノヴァク等。


    悪名高き女 (1962年)

     英語版。


    The Notorious Landlady

    「フィニアンの虹」

     原題は「 Finian’s Rainbow 」

     1968年。

     ワーナー・ブラザーズ。

     ミュージカル。

     監督は、フランシス・フォード・コッポラ。


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    ミュージカル以外

    「強奪超特急」

     原題は「 The Midas Run 」

     1969年。

     シネラマ。

     共演は、アン・ヘイウッド等。


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    「ザッツ・エンタテインメント」

     原題は「 That’s Entertainment 」

     1974年。

     MGM。

     MGMの過去のミュージカルを集めたもの。

     フレッド・アステアは、ジーン・ケリー等とともに過去の映画について語っている。


    ザッツ・エンタテインメント [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

    ミュージカル以外

    「タワーリング・インフェルノ」

     原題は「 Towering Inferno 」

     1974年。

     20世紀フォックス。ワーナー・ブラザーズ。

     共演は、スティーヴ・マックイーン、ポール・ニューマン等。


    タワーリング・インフェルノ [Blu-ray]

    「ザッツ・エンタテインメントPARTII」

     原題は「 That’s Entertainment Part2 」

     1976年。

     MGM。

     ジーン・ケリーとの共演がある。


    ザッツ・エンタテインメント PART 2 [WB COLLECTION][AmazonDVDコレクション] [DVD]

    ミュージカル以外

    「ドーベルマンギャングⅢ」

     原題は「 The Amazing Dobermans 」

     1976年。

     ゴールデン・フィルムズ。

    「Un Taxi Mauve」

     1977年。

     ソフラチマ・リゾラ。

     共演は、シャーロット・ランプリング等。


    Un Taxi Mauve

    「ゴースト・ストーリー」

     原題は「 Ghost Story 」

     1981年。

     ユニヴァーサル。

     共演は、メルヴィン・ダグラス、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア等。


    ゴースト・ストーリー [Blu-ray]

    自伝

     フレッド・アステアは1959年に自伝「 Step in Time 」を発表した。(Harper and Brothers)

     それを篠儀直子が日本語に訳した「フレッド・アステア自伝」は2006年に出た。(青土社)


    フレッド・アステア自伝 Steps in Time
  • エルンスト・ルビッチのフィルモグラフィ

    エルンスト・ルビッチのフィルモグラフィ

     エルンスト・ルビッチ Ernst Lubitsch は1920年代から1940年代にかけて、アメリカで多くの映画の監督を務めた人物である。

     その演出は異彩を放っていて、「ルビッチ・タッチ」と言われて、多くの人に影響を与えた。

     ルビッチがアメリカで撮った映画を年代順にまとめてみた。

     現在日本で手に入るものについてもまとめてみた。

     ルビッチはアメリカで映画を撮る前にドイツで多くの映画を撮っているが、数が多く、今手に入らない作品が多いゆえに、ここでは扱わない。

    略歴

    Myriams-FotosによるPixabayからの画像

     エルンスト・ルビッチは1892年にドイツ・ベルリンで生まれた。

     1910年代にドイツで映画監督を始めた。

     1920年代にハリウッドに招かれた。

     多くの映画を撮って、1947年に亡くなった。

    アメリカ映画

    Photo by Cameron Venti on Unsplash

    「ロジータ」

     原題は「 ROSITA 」

     1923年。

     ユナイテッド・アーティスツ United Artists 。

     ロマンス。

     主演はメアリー・ピックフォード Mary Pickford 。

     メアリー・ピックフォードは、サイレント映画の大スターである。

     ユナイテッド・アーティスツは、メアリー・ピックフォードがチャップリン、D.W.グリフィス、ダグラス・フェアバンクスとともに設立した映画製作会社である。

     ルビッチはそういうところに招かれたわけである。


    DVD “Rosita” (1923) Ernst Lubitsch, Mary Pickford, Holbrook Blinn, Classic Silent Drama

    https://en.wikipedia.org/wiki/Rosita_(film)

    「結婚哲学」

     原題は「 The Marriage Circle 」

     1924年。

     ワーナー・ブラザーズ Warner Bros. 

     ルビッチはワーナー・ブラザーズと契約した。

     コメディ。

     この中年の恋愛喜劇は、ルビッチの洗練された演出、「ルビッチ・タッチ」の代表作の一つである。

     ルビッチはプロデューサーも務めている。

     出演は、アドルフ・マンジュ― Adolphe Menjou 、マリー・プレヴォスト Marie Prevost 、モンテ・ブルー Monte Blue 、フローレンス・ヴィダー Florence Vidor 他。


    結婚哲学 [DVD]

    「3人の女」

     原題は「 Three Women 」

     1924年。

     ワーナー・ブラザーズ。

     ドラマ。

     ルビッチは脚本も務めている。

     出演は「結婚哲学」のマリー・プレヴォスト他。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Three_Women_(1924_film)

    「禁じられた楽園」

     原題は「 Forbidden Paradise 」

     1924年。

     フェーマス・プレイヤーズ・ラスキー Famous Players Lasky

     コメディ。

     出演はポーラ・ネグリ Pola Negri 、アドルフ・マンジュ―等。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Forbidden_Paradise

    「当世女大学」

     原題は「 Kiss Me Again 」

     1925年。

     ワーナー・ブラザーズ。

     コメディ。

     出演は、マリー・プレヴォスト、モンテ・ブルー等。

     現在フィルムが失われているらしい。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Kiss_Me_Again_(1925_film)

    「ウィンダミア卿夫人の扇」

     原題は「 Lady Windermere’s Fan 」

     1925年。

     オスカー・ワイルド原作。

     ワーナー・ブラザーズ。

     ロマンス。

     ルビッチはプロデューサーをも務める。

     DVD。


    ウィンダミア夫人の扇《IVC BEST SELECTION》 [DVD]

    「陽気な巴里っ子」

     原題は「 So This Is Paris 」

     1926年。

     ワーナー・ブラザーズ。

     コメディ。

     出演はモンテ・ブルー、リリアン・タッシュマン Lilian Tashman 等。

     これもないのか? 面白いのに。

    https://en.wikipedia.org/wiki/So_This_Is_Paris_(1926_film)

    「思ひ出」

     原題は「 The Student Prince in Old Heidelberg 」

     1927年。

     MGM。

     ここでワーナー・ブラザーズから離れている。

     ロマンス。

     ルビッチはプロデューサーをも務めている。

     出演はレーモン・ナヴァロ Ramon Navarro 等。


    Student Prince in Old Heidelburg [VHS]

    https://en.wikipedia.org/wiki/The_Student_Prince_in_Old_Heidelberg

    「愛国者」

     原題は「 Patriot 」

     1928年。

     パラマウント。

     パラマウントとの関係はこの映画から。

     ドラマ。

     出演はエミール・ヤニングス Emil Jannings 等。

     失われたという。

     この映画は大体においてサイレントであったが、有声のところもあったという。

    https://en.wikipedia.org/wiki/The_Patriot_(1928_film)

    「山の王者」

     原題は「 Eternal Love 」

     1929年。

     ユナイテッド・アーティスツ。

     ロマンス。

     出演は、ジョン・バリモア John Barrymore 等。

     サイレント。


    山の王者 [DVD]

    https://en.wikipedia.org/wiki/Eternal_Love_(1929_film)

    「ラヴ・パレード」

     原題は「 The Love Parade 」

     1929年。

     パラマウント。

     ミュージカル。(有声)

     出演は、モーリス・シュヴァリエ Maurice Chevalier 、ジャネット・マクドナルド Janet MacDonald 等。

     モーリス・シュヴァリエ、ジャネット・マクドナルドとの関係はここから。


    ラヴ・パレード [DVD]

    パラマウントのパレード

      Paramount on Parade

     1930年。

     パラマウントによる、多くの監督、多くのスターを起用したレヴューだという。

     ルビッチはその監督の1人。

     出演者はジーン・アーサー、モーリス・シュヴァリエ、ジョージ・バンクロフト、ケイ・フランシスなど。

    https://en.wikipedia.org/wiki/Paramount_on_Parade

    「モンテカルロ」

     原題は「 Monte Carlo 」

     1930年。

     パラマウント。

     ルビッチはプロデューサーをも務める。

     ミュージカル。

     出演はジャネット・マクドナルド、ジャック・ブキャナン Jack Buchanan 等。

     ジャック・ブキャナンは23年後の「バンド・ワゴン」(フレッド・アステア主演)で天才演出家の役を演じている。


    モンテカルロ [DVD]

    「陽気な中尉さん」

     原題は「 The Smiling Lieutenant 」

     1931年。

     パラマウント。

     ミュージカル。

     出演はモーリス・シュヴァリエ、クローデット・コルベール Claudet Colbert 、ミリアム・ホプキンス Miriam Hopkins 。

     ミリアム・ホプキンスはここから。


    陽気な中尉さん [DVD]

    「私の殺した男」

     原題は「 The Man I Killed Broken Lullaby 」

     1931年。

     パラマウント。

     ドラマ。

     出演はライオネル・バリモア Lionel Barrymore 等。


    私の殺した男 [DVD]

    「君とひととき」

     原題は「 One Hour With You 」

     1932年。

     パラマウント。

     ミュージカル。

     出演は、モーリス・シュヴァリエ、ジャネット・マクドナルド。


    君とひととき [DVD]

    「極楽特急」

     原題は「 Trouble in Paradise 」

     1932年。

     パラマウント。

     コメディ。

     出演は、ハーバート・マーシャル Herbert Marshall 、ミリアム・ホプキンス、ケイ・フランシス。

     ポスター。


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     DVD。


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    「百万円貰ったら」

     原題は「 If I Had a Million 」

     1932年。

     パラマウント。

     コメディ。

     複数の監督によるアンソロジー。


    百万円貰ったら [DVD]

    「生活の設計」

     原題は「 Design for Living 」

     1933年。

     パラマウント。

     コメディ。

     出演は、ゲーリー・クーパー Gary Cooper 、フレデリック・マーチ Fredric March 、ミリアム・ホプキンス等。

     ゲーリー・クーパーはここから。


    生活の設計 [DVD]

    「メリー・ウィドウ」

     原題は「 The Merry Widow 」

     1934年。

     MGM。

     ミュージカル。

     出演は、モーリス・シュヴァリエ、ジャネット・マクドナルド等。


    メリィ・ウィドウ《IVC BEST SELECTION》 [DVD]

    「真珠の首飾り」

     原題は「 Desire 」

     1936年。

     「真珠の頸飾り」という表記のものもある。

     パラマウント。

     コメディ。

     ルビッチはプロデューサーで、監督はフランク・ボーゼイジ Frank Borzage 。

     出演は、ゲーリー・クーパー、マルレーネ・ディートリヒ Marlene Dietrich 等。


    真珠の首飾り [DVD]

    「天使」

     原題は「 Angel 」

     1937年。

     パラマウント。

     ロマンス。

     出演は、マルレーネ・ディートリヒ、ハーバート・マーシャル、メルヴィン・ダグラス Melvyn Douglas 等。

     VHS。


    天使【字幕版】 [VHS]

     DVD。


    天使 [DVD]

    「青髭八人目の妻」

     原題は「 Bluebeard’s Eighth Wife 」

     1938年。

     パラマウント。

     コメディ。

     出演は、ゲーリー・クーパー、クローデット・コルベール等。


    青髭八人目の妻 [DVD]

    「ニノチカ」

     原題は「 Ninotchka 」

     1939年。

     MGM。

     コメディ。

     出演は、グレタ・ガルボ Greta Garbo 、メルヴィン・ダグラス等。


    ニノチカ [DVD]

    「街角 桃色の店」

     原題は「 The Shop around The Corner 」

     1940年。

     MGM。

     コメディ。

     出演は、ジェームズ・スチュアート James Stuart 、マーガレット・サラヴァン Margaret Sullavan 等。


    街角 桃色の店(字幕版)

    「淑女超特急」

     原題は「 That Uncertain Feeling 」

     1941年。

     ルビッチ・プロダクション。

     コメディ。

     出演は、メルヴィン・ダグラス、マール・オベロン Merle Oberon 等。


    淑女超特急 [DVD]

    「生きるべきか死ぬべきか」

     原題は「 To Be or Not to Be 」

     1942年。

     アレクサンダー・コルダ・プロダクション。

     コメディ。

     出演は、キャロル・ロンバード Carole Lombard 、ジャック・ベニー Jack Benny 等。


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    「天国は待ってくれる」

     原題は「 Heaven Can Wait 」

     1943年。

     20世紀フォックス。

     ロマンス。

     出演は、ジーン・ティアニー Gene TIerney 、ドン・アメチー Don Ameche 等。


    天国は待ってくれる [DVD]

    「ロイヤル・スキャンダル」

     原題は「 A Royal Scandal 」

     1945年。

     20世紀フォックス。

     コメディ。

     出演は、タルラ・バンクヘッド Tallulah Bankhead 等。


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    「ルービッチュの小間使い」

     原題は「 Cluny Brown 」

     1945年。

     20世紀フォックス。

     ロマンス。

     出演は、ジェニファー・ジョーンズ Jennifer Jones 等。


    ルービッチュの小間使 クルニー・ブラウン [DVD]

    「あのアーミン毛皮の貴婦人」

     原題は「 That Lady in Ermine 」

     1945年。

     20世紀フォックス。

     ミュージカル。

     出演は、ベティ・グレイブル Betty Grable 、ダグラス・フェアバンクス・ジュニア Douglas Fairbanks Jr. 等。


    あのアーミン毛皮の貴婦人 [DVD]

    気になること

    Engin AkyurtによるPixabayからの画像

     いくつか気になることを書いておこう。

    ミュージカル

     ルビッチは1920年代末から1930年代前半にかけて、ミュージカル映画を撮っている。

     映画がサイレントからトーキーになる時に、多くのミュージカル映画が作られた。

     ルビッチの作品はその一つである。

     そしてルビッチのミュージカルは、バズビー・バークレイのもの、フレッド・アステアのものの他に独特なものとなっている。

    恋愛喜劇

     ルビッチのミュージカルは、歌、踊りの他は、話も演出も、ミュージカルでない恋愛喜劇と共通するところが多い。

     上で「ロマンス」に分類した作品の中にも、恋愛喜劇と共通するところがある。

    俳優

     ルビッチの作品には繰り返し主役を演ずる俳優がいる。

    モーリス・シュヴァリエ

     トーキー初期の1920年代末から1930年代初めにかけて、モーリス・シュヴァリエが繰り返し起用されている。

     ジャネット・マクドナルドも。

    ハーバート・マーシャル

     ハーバート・マーシャルは多くないが、印象深い。

     ミリアム・ホプキンスはそれより多く、印象深い。

    メルヴィン・ダグラス

     メルヴィン・ダグラスは1940年前後に繰り返しルビッチの作品に出演している。

     この人も、私にはルビッチ作品の印象が強い。

    ゲーリー・クーパー

     ルビッチがゲーリー・クーパーを繰り返し起用して、ケーリー・グラントを一度も起用しなかったことは、興味深い。

    参考文献


    ルビッチ・タッチ
  • フレッド・アステアの映画「足ながおじさん」

    フレッド・アステアの映画「足ながおじさん」

     1955年に公開された映画「足ながおじさん」は、ジーン・ウェブスターの有名な小説「あしながおじさん」をもとにしたミュージカル映画。

     フレッド・アステアとレスリー・キャロンが共演して様々なダンスを見せている。

     ジョニー・マーサーの名曲に包まれるような気持ちになる映画。


    足ながおじさん [DVD]

    「足ながおじさん」原作と映画の違い

    蜘蛛
    BlueSeaShellによるPixabayからの画像

    脚本家

     映画「足ながおじさん」の脚本はヘンリー・エフロンとフィービ・エフロンによる。

     ヘンリー・エフロンとフィービ・エフロンは、「恋人たちの予感」などの脚本で有名なノーラ・エフロンの両親。

    同じところ

     話は大体においてウェブスターの小説と同じ。

    ・孤児院にいた少女が、見知らぬ男性の支援によって、大学に入ることになる

    ・大学に入った主人公はその見知らぬ男性に対して繰り返し手紙を書く


    あしながおじさん(新潮文庫)

    違うところ

     違うところは色々ある。

    視点

     第一に視点が違う。

     原作小説は、はじめを除くと、その手紙によって構成されている。―読者は、主人公の見たこと、考えたことを伝えられる。

     映画は、男性の視点から話が始まって、男女それぞれの視点から描かれている。

    フランス

     映画では、主人公の孤児をフランス人のレスリー・キャロンが演じているからか、フランスの孤児の話になっている。

     原作の主人公はアメリカ生まれ、アメリカ育ちで、フランス語を苦手にしている。

    歌、踊り

    Photo by Yogendra Singh on Unsplash

     映画「足ながおじさん」の作詞作曲はジョニー・マーサーが担当している。

    「ビートの歴史」”History of the Beat”

     フレッド・アステアがドラムスティックを使ったダンス。

    「足ながおじさん」”Daddy Long Legs”

     レスリー・キャロンの演ずる孤児がアメリカの大学に行くことができると聞いて、よろこびをかみしめながら、夜の庭の灯りを消していくところで背後に流れる女声のコーラス。

     やさしい歌で心に残る。

     映画の中で繰り返し流れる。

    孤児の空想

     主人公の孤児が「足ながおじさん」に宛てて書いた手紙の中で、相手のことを空想しているところがある。

    ・テキサスの億万長者

    ・国際的なプレイボーイ

    ・守護天使

     それぞれをフレッド・アステアがそれぞれの衣装で、それぞれの音楽、それぞれの踊りで演じている。

     守護天使の踊りは、レスリー・キャロンと二人。

    スルーフット “Sluefoot “

     大学のダンスパーティで大勢で踊る「スルーフット」( “Sluefoot” )に、フレッド・アステアとレスリー・キャロンが加わる。

     大勢の中で二人が向き合うまでとか、二人が中心となっていくところとか、大勢で盛り上がっているところとか、演出がうまい。

     バンドリーダーはレイ・アンソニー。

     コミカルなところのあるダンス。

    「サムシングズ・ガッタ・ギヴ」 “Something’s Gotta Give”

     「サムシングズ・ガッタ・ギヴ」 “Something’s Gotta Give” はこの映画からの名曲。

     フレッド・アステアの演ずる人物が歳の差にもかかわらずレスリー・キャロンの演ずる人物を愛する気持ちをうたう。

     二人が踊りに陶酔して夜を明かす感じ。

     ビング・クロスビー。


    Something’s Gotta Give

     ジョニー・マーサー自ら歌ったものもある。


    Something’s Gotta Give

    悪夢のバレエ

     映画終盤の大がかりなバレエ。

     ローラン・プティによる振り付けで、レスリー・キャロンが大勢の踊り手とともにバレエを見せる。

    「ドリーム」 “Dream”

     ジョニー・マーサーの名曲「ドリーム」( “Dream”)はこの映画の前に作られた作品であるが、この映画の重要なところで流れて感動を高めている。


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    シネマスコープ

    イラストACから

     「足ながおじさん」は、20世紀フォックスが開発したばかりの「シネマスコープ」で撮られている。

     「シネマスコープ」とは横の長さが縦の長さの2倍以上もある横長の画面である。

     アメリカ映画では、1932年に映画芸術科学アカデミー( Academy of Motion Picture Arts and Sciences 、アカデミー賞を出しているところ)が、映画の縦横の比率について、1.375 : 1をスタンダードとしていた。

     ところが、テレビに対抗するために20世紀フォックスは「シネマスコープ」を開発して、1953年の「聖衣」( “Robe” )から導入した。

     「足ながおじさん」はそれからまもなく「シネマスコープ」で作られた。

     ジーン・ネグレスコ監督は、「シネマスコープ」をうまくつかいこなしている。


    映画パンフレット 「足ながおじさん(東宝/A4弱版)」 監督 ジーン・ネグレスコ 出演 フレッド・アステア/レスリー・キャロン/テリー・ムーア/セルマ・リッター/フレッド・クラーク

    レスリー・キャロンのインタビュー

    anncapicturesによるPixabayからの画像

     レスリー・キャロンの2021年のインタビューで「足ながおじさん」に触れているところがあったのでとりあげておこう。

     インタビュアーは父親ほど年の離れた男性の相手役にされることについておかしいと思ったかと聞いている。それに対してレスリー・キャロンは問題としなかったと答えている。

     ただ偉大な俳優と仕事をすることに緊張していたという。

     当時の映画は、近年の映画と比べて現実から離れていたという。

    Did she find it strange being cast opposite men who were old enough to have been her father? “No. I didn’t question it. I was thrilled to be asked by those great actors. I think the movies have caught up with reality a little more these days.”

    The Guardian
    ‘I am very shy. It’s amazing I became a movie star’: Leslie Caron at 90 on love, art and addiction

     レスリー・キャロンは1931年生まれ。

     初めて共演したジーン・ケリーは1912年生まれ。レスリー・キャロンと20近く離れている。

     フレッド・アステアは1899年生まれ。「足ながおじさん」を撮影した時には、フレッド・アステアは55歳、レスリー・キャロンは23歳であった。

     映画「足ながおじさん」はその年の差に向き合って、解決してみせた作品ということができる。

    https://www.theguardian.com/lifeandstyle/2021/jun/21/i-am-very-shy-its-amazing-i-became-a-movie-star-leslie-caron-at-90-on-love-art-and-addiction

     ついでにこの記事でレスリー・キャロンがジーン・ケリーとフレッド・アステアの違いについて聞かれているところをとりあげよう。

    Caron is one of only six women who danced with Kelly and Fred Astaire in movies. She says that while Kelly always danced close to the ground, with Astaire (in 1955’s Daddy Long Legs) she felt as if she was floating. Who did she prefer? She gives me a look. “It’s not fair to ask me that. For 70 years, I’ve refused to answer that. A great dancer is a great dancer.” She says they were such different men – Kelly tough and generous, Astaire urbane and genteel.

    The Guardian
    ‘I am very shy. It’s amazing I became a movie star’: Leslie Caron at 90 on love, art and addiction

     レスリー・キャロンはどちらが好みかという質問には70年間答えることを拒んできたという。

     2人とも偉大なダンサーであるといい、次のような違いがあるという。

     ジーン・ケリーは地に足のついた感じ、フレッド・アステアは宙に浮く感じ。

     ジーン・ケリーは力強く寛大、フレッド・アステアは都会的で上品。

    フレッド・アステアの妻の死

    Photo by Jonathan Farber on Unsplash

     「足ながおじさん」は、1954年7月にリハーサルを始めていたが、9月にフレッド・アステアの妻フィリスが病気で亡くなった。

     フレッド・アステアはそのために「足ながおじさん」に「打ち込めない」とプロデューサーのサミュエル・エンゲルに語った。製作にかかった全費用を自腹をきって支払いたいとまで言った。

     結局、サミュエル・エンゲルが説得してフレッド・アステアは映画に出演することにした。

     以上は「アステア ザ・ダンサー」、280~282頁


    アステア―ザ・ダンサー

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