月: 2023年4月

  • 「小西文書」―高市大臣の主張する問題点の考察・整理

    「小西文書」―高市大臣の主張する問題点の考察・整理

     2023年3月初め小西洋之参議院議員が文書を公開して岸田内閣を追及しようとしたが、高市早苗経済安全保障担当大臣はその文書は事実に反すると主張した。

     高市大臣の主張をもとにして、文書の問題点について考察・整理する。

    高市大臣の主張

     高市大臣は、小西議員が公開した文書のうち、高市大臣に関わる4枚について事実に反すると主張している。

     第一に、「高市大臣レク結果(政治的公平性について)」と題する文書について、そのようなレクはなかったと主張している。

     そのことに関して高市大臣が挙げている根拠について考えてみよう。

     まず、礒崎陽輔総理補佐官(当時)に関して。

    私が、礒崎元総理補佐官が放送法にご関心があったこと、また総務省情報流通行政局とやり取りをしていたのかもしれないことを初めて知ったのは、小西参議院議員が当該文書をマスコミに公開された今年(令和5年)の3月2日でした。
    (中略)
     従って、平成27年2月の時点で、当該文書にあるような「補佐官からの伝言」(礒崎元総理補佐官と総務省情報流通行政局とのやり取り)や「平成27年5月12日の参議院総務委員会の答弁案」など、放送法の政治的公平の解釈に関するレクを受けたはずがありません。

    公式ホームページ 総務省文書に関して参院予算委に提出した資料②

     文書には礒崎補佐官からの伝言が高市大臣に伝えられたと記されているが、そういうことはなかったというのである。

     次に「官邸」という言葉について。

    私の発言として、「官邸には『総務大臣は準備をしておきます』と伝えてください」との記載も、明らかに不自然です。
     私は、指示をする時には、「官邸」という曖昧な表現ではなく、相手が「総理」なのか「官房長官」なのか「副長官」なのかを明確に致します。

    公式ホームページ 総務省文書に関して参院予算委に提出した資料②

     高市大臣は、文書にあるような「官邸」という言葉の使い方をしないというのである。

     以上の二つの根拠はいずれも高市大臣の個人的な記憶、認識である。

     しかしさらに深く考えることもできる。

    考察

     まず小西議員が公開した文書の「ストーリー」について、高市大臣がまとめているところをみておこう。

    安倍内閣で総理補佐官を務めておられた礒崎前参議院議員が、前年(平成二十六年)秋以降、『放送法』第四条の解釈について、総務省の情報流通行政局長や放送政策課長と何度かやり取りをし、安倍晋三総理と私も電話でやり取りをし、官邸の意向を受けた私が、平成二十七年五月十二日の参議院総務委員会で、『放送法』第四条の解釈変更をするような答弁をしたというようなストーリーでした。

    「月刊Will」5月号、29頁

     この「ストーリー」には、おかしなところがある。

     問題は、高市大臣が「官邸の意向を受けた」というところである。

     文書にある平成27年2月13日の「高市大臣レク」の時点では、礒崎氏はまだ安倍総理大臣に対する説明を行っていないことになっている。

     礒崎氏は12月18日に「政治的公平に係る放送法の解釈について、年明けに(補佐官から)総理にご説明しようと考えている。」と言ったと記されている。

     12月18日の磯崎氏は「具体的な進め方」について、安藤情報流通行政局長に次のように語ったと記されている。

    磯崎補佐官 もちろん、官邸(補佐官)からの問合せということで、(多分変わらないだろうから)高市大臣にも話を上げてもらって構わない。こちら(官邸)で作るペーパーとそちら(総務省)で作るペーパーの平仄を合わせる作業を進めてほしい。こちらの資料も高市大臣にお見せしてもらって構わないし、こちらのペーパーを埋めるための回答ぶりについても早急に検討してほしい。政治プロセスは来年に入ってからだが、ペーパー自体は年内に整理したい。
    安藤局長 一定の整理が出来た段階で、官邸(補佐官)からの問合せということでそのペーパーで返したいと高市大臣に説明した上で政治プロセスに入る形でお願いしたい。

    礒崎総理補佐官ご説明結果(2R概要)

     このやりとりの中で「官邸」という言葉は礒崎補佐官のことをさすものとされている。

     そうすると、高市大臣は、「官邸」すなわち磯崎補佐官の「意向を受けた」という「ストーリー」になる。

     高市大臣は、この時点ではまだ安倍総理に説明もしていない磯崎補佐官の「意向を受けた」ことになるのである。

     礒崎氏は、高市大臣レクの直前の1月29日にも安藤局長に対して「高市大臣のご了解が得られれば、自分(補佐官)から今回の整理について総理にご説明し、(国会での質問等について)総理の指示を受ける形にしたい。」と語ったと記されている。

     安倍総理への説明は、高市大臣の了解の後に考えられていたというのである。

     2月13日の「高市大臣レク」で、高市大臣は安藤局長から「大臣のご了解が得られればの話であるが、礒崎補佐官からは、本件を総理に説明し、国会で質問するかどうか、(質問する場合は)いつの時期にするか、等の指示を仰ぎたいと言われている。」と言われたと記されている。

     つまり「高市大臣レク」は安倍総理への説明の前にあったとされている。

     そうだとすると、高市総務大臣は、安倍総理に説明がまだ行われていない、磯崎補佐官が進めているだけのことを、そのまま受け入れたことになる。

     そういうことがあるのであろうか?

     そして高市大臣は次のように答えたと記されている。

    官邸には「総務大臣は準備をしておきます」と伝えてください。補佐官が総理に説明した際の総理の回答についてはきちんと情報を取ってください。総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う。

    高市大臣レク結果(政治的公平について)

     高市大臣はその中の「官邸」という言葉について、「私は、指示をする時には、「官邸」という曖昧な表現ではなく、相手が「総理」なのか「官房長官」なのか「副長官」なのかを明確に致します。」と主張している。

     この「官邸」という言葉は、たしかに奇妙である。

     上に述べたように12月18日の文書では、「官邸」とは磯崎補佐官のこととされていた。

     2月13日の「高市大臣レク」では、「官邸」が何を指すのか、曖昧になっている。

     高市大臣が誰に対しては「総務大臣は準備をしておきます」と伝えようとしたのか、曖昧になっている。

     高市大臣はこのレクが15分で行われたということもおかしいと指摘している。

    そもそも、当該文書では15:45~16:00の15分間でレクが行われたことになっていますが、礒崎総理補佐官からの伝言を伺い、4枚の添付資料も含めて、放送法の解釈について説明を受けた上で、質疑応答を行ったとしたら、15分間では到底収らないはずだと考えております。

    総務省文書に関して参院予算委に提出した資料②

     たしかに15分の間に高市大臣が、磯崎補佐官の考えをそのまま受け入れて、「官邸には「総務大臣は準備をしておきます」と伝えてください」と答えるまでのことをしたということは、理解しがたい。

     それまで磯崎氏と総務省官僚の間で数カ月の間、やりとりを重ねてきたことであるのに、高市大臣は15分のレクですべて理解して受け入れたということは、不自然ではないか?

     そもそも小西議員が公開した文書では、礒崎氏と総務省官僚の間のやりとりが多くて、高市大臣、安倍総理に関するものは少ない。

     「ストーリー」から考えると、高市大臣に関する分、安倍総理に関する分が多くなるはずではないか?

     実際には、高市大臣に関する分には、上に述べたようなことがある。

     高市大臣と安倍総理の電話に関する文書にも問題がある。

  • 「イースター・パレード」における性別の転換について

    「イースター・パレード」における性別の転換について

     1948年に公開された映画「イースター・パレード」では、性別の転換が重要な意味を持っている。


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     映画終盤にジュディ・ガーランドの演ずる人物がアーヴィング・バーリンの名曲「イースター・パレード」を歌うところは、映画の中で重要なところであるが、そこで性別の転換が行われているのである。

     男性が女性に対して歌うところを、女性が男性に対して歌うようにしているのである。

    Warner Bros. Entertainment
    Easter Parade | Digital Trailer | Warner Bros. Entertainment

     「イースター・パレード」の歌詞は、女性とイースター・パレードに行く約束をしていた男性が、朝、ドアを開けてその女性の美しい姿をみて、気持ちが高まるというものである。

     映画「イースター・パレード」では、その歌をジュディ・ガーランドの演ずる女性が歌っている。

     そのために歌詞を変えているところがある。

     たとえば、相手をレディ( “lady” )とよぶところを、奴( “fellow” )と変えている。

     しかし変えずにそのままにしているところもある。

    帽子

     たとえば、相手の女性の、帽子の上をフリルで飾った姿の美しさを歌うところを、そのままにしている。

     ジュディ・ガーランドがそう歌う時に、前にいるのはフレッド・アステアである。

     フレッド・アステアはトレードマークのトップ・ハットをかぶっている。

     ただしそのトップ・ハットにはピンクのリボンが巻かれている。

     ジュディ・ガーランドはそのピンクのリボンを巻いたトップ・ハットを指しながら、帽子の上をフリルで飾った姿の美しさを歌うかたちになっている。

     そう見立てているということができる。

     そもそもそのリボンを巻いたトップ・ハットは、その直前にジュディ・ガーランドの演ずる人物が、フレッド・アステアの演ずる人物に贈ったものであった。

    膝の上に

     ジュディ・ガーランドが歌に合わせて膝の上にフレッド・アステアを座らせるところがあるが、男性と女性が入れ替わっていると考えることができる。

    ドアを開けて

     そもそも男性ではなく女性であるジュディ・ガーランドが、朝ドアを開けて、出かける前の相手の姿を見に来るところから、性別の転換が行われている。

     男性が女性の美しさを見て歌うのではなく、女性が男性の美しさを見て歌うというかたちになっている。

     相手の部屋に入ってきて、腕を組んで相手をみて、「まだ支度ができていないの? 男はこれだから」( “Aren’t you ready yet? Just like a man.” )と言うところも。

    性別の転換の理由

     何故に性別の転換は行われたのか?

    裏の事情

     裏の事情を考えると、ジュディ・ガーランドに歌わせたかったからであろう。

     「イースター・パレード」の映画では、当然楽曲「イースター・パレード」を歌うことになる。

     フレッド・アステアは踊りの人、ジュディ・ガーランドは歌の人であるから、「イースター・パレード」を歌うのはジュディ・ガーランドになる。

     しかし「イースター・パレード」は男性が女性に対して歌う歌であるゆえに、ジュディ・ガーランドが歌うと、性別の転換が生ずるのである。

    劇中の意味

     「イースター・パレード」の歌での性別の転換は、劇の中で意味があることになっている。

     ジュディ・ガーランドの演ずる人物が性別の転換を行って「イースター・パレード」を歌うことは、その人物がそれまで抱えていた問題を解決することになっているのである。

     その前の夜、ジュディ・ガーランドの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物が好きであるにもかかわらず、つきはなしてしまう。

     しかしやはり好きなので、その夜は眠れずにすごした。

     次の朝、部屋に訪ねてきた友人(ピーター・ローフォード)を迎え入れて、自分の気持ちを述べると、好きな相手には自分の気持ちを伝えればいいと言われる。

     それに対して、そういうことは男性には容易なことであるが、自分は男性ではないので容易なことではないと答える。

     すると、なぜ? と聞かれる。

     それを聞いて、ジュディ・ガーランドの演ずる人物はひらめいたように目を輝かせる。

     その時ひらめいたのが、性別を転換して「イースター・パレード」を歌うことである。

     そしてニューヨーク五番街のイースター・パレードでのデートに誘うことである。

     ふたりは前にイースター・パレードでデートをしようと約束していた。

     そもそもふたりで仕事を始めたのは前の年のイースターの日であった。ふたりでニューヨーク五番街のイースター・パレードをみて、次の年のイースター・パレードの時にはジュディ・ガーランドの演ずる人物がスターになっているとフレッド・アステアの演ずる人物は語っていた。

     ふたりでディリンガムのショーをやることになった時にも、ふたりでイースター・パレードに行こうと言い合っていた。

     ふたりはそのディリンガムのショーで成功した。

     ところがジュディ・ガーランドの演ずる人物は、フレッド・アステアの演ずる人物をつきはなしてしまった。

     そしてどう関係を修復すればいいか、わからなくなっていた。

     そういう状況で、ジュディ・ガーランドの演ずる人物が男性のように振る舞って、「イースター・パレード」を歌うと、関係は修復した。

    第三段階

     映画「イースター・パレード」は、性別の転換だけで終わっていない。

     ジュディ・ガーランドはピンクのリボンを巻いたトップ・ハットを指して歌うが、その歌の途中でフレッド・アステアはトップ・ハットに巻かれたリボンを取り除いている。

     ジュディ・ガーランドはフレッド・アステアを膝に乗せるが、フレッド・アステアはすぐに立ち上がっている。

     フレッド・アステアは女性のようにも振る舞うが、男性に戻る。

     元の歌詞では、男性が相手の女性の美しい姿をみて自分はイースターパレードで最も誇らしい男になると歌うが、ジュディ・ガーランドは、自分たちは最も誇らしいカップルになると歌う。

     いわば男性の目線の歌であったのを、ふたりの目線の歌にしているということができる。

     フレッド・アステアはリボンをとり除いたトップ・ハットを、ジュディ・ガーランドは自分で持ってきた飾りのついた帽子をかぶって、ふたりで部屋を出てイースター・パレードに行く。

     そもそもこの映画は、フレッド・アステアの演ずる人物が女性(アン・ミラー)のためにイースターの帽子を買うところから始まっていた。

     その女性は去って、一年後にフレッド・アステアの演ずる人物にトップ・ハットを贈る女性とともにイースター・パレードに行くことになっているのである。

     そしてニューヨーク五番街のイースター・パレードでは、フレッド・アステアが「イースター・パレード」の後半を歌っている。


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  • 「小西文書」問題からの小西洋之参議院議員とマスメディアの戦い

    「小西文書」問題からの小西洋之参議院議員とマスメディアの戦い

     2023年3月初め、小西洋之参議院議員は総務省の「内部文書」を公開して、参議院予算委員会などで岸田首相、高市経済安全保障担当大臣を追及したが、3月28日、予算は滞りなく成立した。

     そこで問題は一段落したと思われた。

     ところがその後の小西議員の言動によって事態は意外な方向へ進んだ。

    小西議員とマスメディアの対立

     小西議員が総務省の「内部文書」なるものを公開して、放送法に関して岸田首相、高市大臣を追及し始めると、マスメディアも同様に放送法に関して岸田首相、高市大臣を追及した。

     高市大臣がその文書について捏造されたものといい、そうでない場合は辞職すると言ったことを受けて、マスメディアにも力が入ったようであった。

     3月28日までは、小西議員とマスメディアとは同じ方向に向かっているように見えた。

     ところが3月28日以後、小西議員の言動によって両者は対立する方向へ進んだ。

    時事通信に対して

     まず3月28日の時事通信の記事に対して、小西議員は次のように批判している。

     時事通信の記事は、高市大臣の捏造発言によって文書の正確性が焦点となって、本丸の放送法の解釈に関しては議論が深められず、うやむやになっているというものである。

     放送法の解釈には問題があるということでは、小西議員と同じような方向を向いている。

     ただし小西議員によると、3月17日の参議院外交防衛委員会で、2015年の高市大臣の答弁以降の放送法の解釈の変更を小西議員が全面撤回させたことになっている。

     それゆえに時事通信の「新解釈の撤回を目指したが、予算委で議論が深まったとは言い難い」というのは「誤報」だということになる。

     しかし小西議員が挙げる3月17日の外交防衛委員会で総務省は2015年の高市大臣の答弁でも放送法の解釈は変わっていないと語っている。解釈の変更がなかったということは、小西議員による撤回もなかったということではないか?

     小西議員と同様に、放送法の解釈の問題を追及してきた時事通信も、小西議員によるそれまでの解釈の撤回を認識していなかった。

     小西議員の語る、2015年の解釈変更の「全面撤回」は、総務省にも時事通信にも認められていないが、本当にあったのであろうか?

     いずれにせよ、予算成立後、小西議員はマスメディアを攻撃しだした。

     時事通信だけでなく日経新聞に対してもその報道を問題としている。

    「サル」発言

     次に、3月29日に小西議員が衆議院の憲法審査会について「サル」とか「蛮族」とか評していたことが問題とされた。

     そのことについて小西議員はオフレコだったと主張。

     オフレコを報道されたということは、2月3日の荒井総理大臣秘書官(当時)のオフレコの発言が報道されて問題とされ、更迭されたことを思い起こさせる。

    https://mainichi.jp/articles/20230204/k00/00m/010/203000c

     しかし毎日新聞は、オフレコということも、撤回したということも、否定している。

     29日の小西氏への取材は、毎日新聞を含む複数社が参加。実名報道を前提とする「オンレコ」取材で、ICレコーダーで録音していた。小西氏は「サル発言」の前後に「オフレコ発言しないほうがいいかもしれないけど」「サルって言ったら差別発言になるのかな?」などと述べたが、撤回や修正はしなかった。

    毎日新聞 立憲・小西氏が発言陳謝 「憲法審、毎週開催ってサルのやること」

    https://mainichi.jp/articles/20230330/k00/00m/010/228000c

     FNNも明確な発言撤回はなかったと語っている。

    小西氏は、“あくまでもオフレコ取材と認識していて、すぐに撤回修正した”と主張している。

    しかしFNNが、29日の小西氏の発言内容を精査したところ、記者団に対し、発言を撤回するとは明確に述べてはいなかった。

    FNNプライムオンライン 小西議員「サル」発言を陳謝 「冒とくだ!」批判相次ぐ

    https://www.fnn.jp/articles/-/507096

     3月30日、小西議員は国会内で会見を開いて、「サル」などの発言について謝罪した。

     ところが「お詫び」のツイートでも、オフレコの場での発言で、即時に撤回の意志を表示したにもかかわらず、前半だけが切り取られて報道されたと主張している。

     自分が悪かったというより、報道機関が悪かったというのである。

     テレビ東京がその会見を「ほぼノーカット」で配信している。

    テレ東BIZ 【ほぼノーカット】立憲・小西議員「サルがやること、蛮族行為だ」の発言で謝罪・釈明(2023年3月31日)

     ここでも小西議員は、オフレコでの発言であって即時に撤回したにもかかわらず、前半だけが切り取られて報道されたと語っている。

     しかし小西議員の説明を聞いても、オフレコであったとか、即時に撤回したとかいうことは明確でないようである。

     3月の間、小西議員が公開した文書の正確性をめぐる議論が行われてきたからか、正確性が気になるが、小西議員の言動に十分な正確性はあるであろうか?

     上の動画の35分くらいから、産経新聞の記者が前の晩、小西議員からその記事に関してLINEを受けたと語っている。

     次のような文面であったという。

    オフレコで、しかもその場で撤回した発言を、よくも書くなあと呆れますが、書くのであれば、以下の発言をちゃんと追記するように伝えて下さい。修正しないなら、意図的な記事として法的措置をとります。

    産経新聞記者

     小西議員も認めているので事実であったようである。

     産経新聞の記者は、まずその記事は共同通信の記事だという。

     そして小西議員の言動は、編集権への介入ではないかと小西議員に問うた。

     それに対して小西議員は、(その記事を出したことが?)違法行為であるゆえに、編集権への介入ではないと語っている。

     そして記者会見における産経新聞の記者の「態度」も含めて法的措置をとるという。

     小西議員は3月の間、高市大臣等によって、政治権力が報道の自由に対して圧力をかけてきたとして、それに対して報道の自由を守る立場をとってきたかのように語ってきた。

     ところがその小西議員自身が報道の自由に対して政治権力によって圧力をかけているのではないかと疑われることになったのである。

    フジテレビと産経新聞に対して

     小西議員はフジテレビ(と産経新聞)を責めるツイートを連投した。

     まず「産経とフジテレビについては今後一切の取材を拒否します」

     そしてフジテレビを放送法第4条違反でBPO等に告発することができるという。

     放送法がどのように適用されるかが問題となっていたが、小西議員は積極的に適用されると考えているようである。

     「フジテレビは政治圧力以前に局内に元々そうした歪んだ人材がいることが深刻だ」

     「元放送政策課課長補佐に喧嘩を売るとはいい度胸だと思うが」

     政治権力による圧力にならないのか?

     「放送法に違反し偏向報道を続けるNHKとフジテレビに対し、放送法などあらゆる手段を講じて、その報道姿勢の改善を求めたいと考えます」

    https://twitter.com/konishihiroyuki/status/1641072454914416645?s=20

    TBS

     小西議員はTBS社長の発言をも問題としている。

    https://mainichi.jp/articles/20230401/dde/018/040/008000c

     TBSの社長は「小西文書」に関して「現場は委縮していない」と言ったという。

     それに対して小西議員は「文書が示す報道の自由への侵害、今国会での違法解釈の全面撤回など、自らの見解を国民に説明する責務を負っている」と語っている。

     しかし「文書が示す報道の自由への侵害」ということも「今国会での違法解釈の全面撤回」ということも小西議員が言っていることではあるが、必ずしも他の人が同意していることではない。

     総務省は、解釈は一貫して変わっていないと言っている。

     それにもかかわらず、報道機関は小西議員の主張を「国民に説明する責務を負っている」のか?

     そういうことは「報道の自由への侵害」にならないか?

    テレビ朝日

     ついでに、テレビ朝日の社長が、「小西文書」に関して現場への影響はなかったと語ったことを取り上げて置こう。

     テレビ朝日の篠塚浩社長は28日の定例記者会見で、放送法の「政治的公平」の解釈に関する総務省の行政文書を巡り「これまでも常に放送法に基づいて公平・公正な報道に努めてきたし、今後も同じように公平・公正な報道に努めたい」と述べた。

     2015年作成の行政文書には、同局の「報道ステーション」の番組名も登場していた。篠塚社長は文書の中身の評価は避けた上で「当時、何かがあったかというと一切ないし、現場への影響もありません」と強調した。

    「今後も公平公正に報道」 テレビ朝日の篠塚社長 | 共同通信

    朝日新聞

     3月31日には、小西議員と朝日新聞との対立が生じている。

     朝日新聞政治部記者の鬼原民幸氏は、「放送法の政府統一見解は、今この瞬間も現存し続けて」いると考えていた。

     それに対して小西議員は、2015年の高市大臣の答弁以来の放送法の解釈は、3月17日に小西議員によって撤回されたことになっていると反対している。

     3月28日の時事通信の記事に反対したのと同じである。

     朝日新聞は3月初めに小西文書が総務省の「内部文書」を公開した時から、小西議員と近い立場をとってきたようであったが、他のテレビ局、新聞とともに距離を置いているようである。

     朝日新聞の記事を批判↓

     朝日新聞官邸クラブが小西議員の発言を、「小西文書」における磯崎陽輔氏の発言と並べた。

     それに対して小西議員が反発している。

    終わりに

     3月初めに小西議員が総務省の「内部文書」を公開して、参議院の予算委員会などで高市大臣などを追及した時には、マスメディアも同じように高市大臣等による放送法の解釈の変更を問題としていた。

     ところが28日に予算が成立して、小西議員と高市大臣の対立が一段落ついて間もなく、小西議員とマスメディアの対立が生じたことで、情勢は変わった。

     それまで小西議員は、報道の自由を守るために高市大臣等と戦っているようなことを語っていた。

     マスメディアが小西議員の側についたのはそれゆえでもあった。

     ところが今度は、小西議員は自分を守るために報道に対して圧力をかけているように見える。

     それまで主張していたのは何だったのか?

     法のためではなく自分のためだったのではないか?

     そのことは直接にマスメディアと対立することであるゆえに、マスメディアも小西議員と対立するに至った。