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  • 映画「ブルー・スカイ」 アステア・クロスビー共演2作目

    映画「ブルー・スカイ」 アステア・クロスビー共演2作目

     1946年に公開された映画「ブルー・スカイ」(原題は “Blue Skies” )は、ダンスのスター、フレッド・アステアと歌のスター、ビング・クロスビーが共演した映画。

     2人は1942に公開された映画「スイング・ホテル」で初めて共演して、「ブルー・スカイ」は2作目。

     楽曲は「スイング・ホテル」と同じくアーヴィング・バーリン。

     「スイング・ホテル」は白黒であったが、「ブルー・スカイ」はカラー。

     フレッド・アステアが引退作として力の入ったダンスを見せている。


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    映画「ブルー・スカイ」のあらすじ

     ジェド(フレッド・アステア)がラジオ番組で過去を語る。そして過去の映像が流れる。

     ダンサーのジェドは、マリー(ジョーン・コールフィールド)が好きで結婚をもとめていた。

     ところがマリーはジョニー(ビング・クロスビー)のことが好きになった。

     ジョニーもマリーのことが好きになった。

     しかしジョニーには付き合っている女性に言わずに自分の好きなことをやって、女性を苦しめるところがあった。

    映画「ブルー・スカイ」の雰囲気

     3人の関係は映画「スイング・ホテル」と似ているということもできる。(フレッド・アステアが好意を寄せる女性がビング・クロスビーに好意を寄せているという関係)

     「スイング・ホテル」ではその関係はコミカルに描かれていた。

     「ブルー・スカイ」ではその関係はそれより暗く描かれている。

     「ブルー・スカイ」では、主要人物3人が皆苦しんでいる。しかも結婚とか、時間の経過とか、その苦しみに重みがある。

     「ブルー・スカイ」はフレッド・アステアの引退作として作られていた。そのことと関係があるのであろうか?

    (実際には、フレッド・アステアは数年後に復帰している)

    映画「ブルー・スカイ」のみどころ

     映画「ブルー・スカイ」のみどころは、アーヴィング・バーリンの楽曲、ビング・クロスビーの歌、フレッド・アステアのダンス。

     ビング・クロスビーは「ブルー・スカイ」その他多くの歌を歌っている。

     前作「スイング・ホテル」で有名になった楽曲「ホワイト・クリスマス」を「ブルー・スカイ」でもビング・クロスビーは歌っている。

     ”a Couple of song and dance men” では、ビング・クロスビーとフレッド・アステアが2人で歌い、踊り、芸を見せている。

     フレッド・アステアは、引退作ということもあってか、特に力が入っている。

     はじめの “a pretty girl is like a melody” から華やかな衣装の多くの女性の間で、フレッド・アステアは軽やかに遊ぶようなタップダンスをみせている。

     終盤の “Heat Wave” (ヒート・ウェイブ)では、オルガ・サン・ホワンを相手に、背後の多くのダンサーとともに踊っている。

     特にすぐれているのが “Puttin’ on the Ritz” (プッティン・オン・ザ・リッツ)。

     トップ・ハット姿で、タップダンスも杖さばきもキレがあるが、背後の9人のフレッド・アステアとともに踊るところは、映像として面白い。

    狂乱の20年代

     フレッド・アステアが狂乱の20年代(Roaring Twenties)について語っている。

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  • 手を洗う救急医Taka氏、児童死亡の報道を受けてワクチン接種の必要を説く

    手を洗う救急医Taka氏、児童死亡の報道を受けてワクチン接種の必要を説く

     2022年3月10日、新型コロナウイルスによって10歳未満で基礎疾患のない児童が1人死亡したと報道された。

     その報道を受けて、手を洗う救急医Taka氏はツイッターで子どものワクチン接種の必要を説いた。

    手を洗う救急医Taka氏のツイート

     手を洗う救急医Taka氏は次のようにツイートした↓

     手を洗う救急医Taka氏は、今度のことについて、それまで「何度も言ってき」たことが起こったと語る。

     Taka氏はそれまで「感染者が増えたら日本でも」児童が死亡することが「起きる」と言ってきたというのである。

     そして「子どもの接種がもっと早く認められていたら」、児童が死亡することはなかったと考えているようである。

     それまで感染者が増えて児童が死亡するに至ることを防ぐために、子どもの接種が早く認められることを求めてきた。それにもかかわらず、早く認められなかった結果として、児童が死亡するに至ったと考えているようである。

     「日本でも同じことが起きる」というのは、他の国、特に米国と「同じことが起きる」ということのようである。

     次のツイートはそのことと関係がある。

     手を洗う救急医Taka氏は「全世界で10代以下で12,800人がコロナで死亡しており、アメリカでは894人にのぼります」と言う。

     「日本でも同じことが起きる」というのは、日本でも米国で10代以下で894人亡くなったことと同じくらいのことが起きるということのようである。

     ところが日本ではそれまで死亡の例はなかったことから、ワクチンの承認に「かなり時間をかけ」た結果、「接種で回避できたかもしれない」児童の死亡が起きてしまったと考えているようである。

     そして日本でワクチンの承認に「かなり時間をかけ」たことについて、「科学的な態度ではないし検証が必要です」と語っている。

    慎重派の反論

     手を洗う救急医Taka氏の以上の発言に対して、子どものワクチン接種は慎重にすべきだという人々から批判が寄せられた。

     慎重派はこれまで日本で11歳以下は1人も死亡していないゆえにワクチン接種は慎重にすべきだと語ってきた。

     今度手を洗う救急医Taka氏は、11歳以下の児童が1人死亡したという報道をもってワクチン接種の必要を説いている。

     慎重派の主張に反することが起こったと語っているようである。

     それに対して多くの慎重派が反論したのである。

     ここではその代表として宮澤大輔氏をとりあげよう。

     宮澤大輔氏は1人亡くなったことでは、科学的には変わらないという。

     手を洗う救急医Taka氏は日本でも米国と同じことが起きると語ったが、それに対して宮澤大輔氏は、国によってリスク・ベネフィットは違うと考えるのが科学的だと反論している。

    疑問

     手を洗う救急医Taka氏の主張には、気になるところがある。

    ワクチン接種と死亡

     手を洗う救急医Taka氏は、「子どもの接種がもっと早く認められていたら」、今度の児童の死亡はなかったと考えているようである。

     しかしそう言うことのできる根拠はないのではないか?

     ちなみに今度死亡した児童について、NHK、朝日、その他の報道機関は「10代未満の未就学児」と報道していた。

    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220310/k10013524881000.html

    https://www.asahi.com/articles/ASQ3B63PYQ3BPLZB014.html

     3月15日の京都新聞は、その児童の父親が「生後10カ月の女児」と語ったと伝えている。

    https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/750059

     現在進められている5~11歳のワクチン接種では、「生後10カ月の女児」に対して接種が行われることはない。

    米国の死亡者数と日本の死亡者数

     手を洗う救急医Taka氏は、日本でも、米国で多くの子どもが死亡したことと「同じことが起きる」と語っている。

     しかし日本でも米国でも2年以上、新型コロナウイルスの感染が広まって数度の波が起こっている中で、米国と日本とで死者数がけた違いであるにもかかわらず、「同じことが起きる」ということができるのであろうか?

    https://www.ipss.go.jp/projects/j/Choju/covid19/index.asp

    ワクチン接種のリスク

     手を洗う救急医Taka氏は、ワクチン接種のリスクを問題としていないようである。

     ワクチン接種にはベネフィットしかない、それゆえに接種を進めない手はないと考えているようである。

     それでいいのであろうか?

     慎重派はリスクを問題としている。

    https://cocoro-mi.com/5-11-children-covid-vaccine-risk-benefit/

    「承認にかなり時間をかけた」ということ

     手を洗う救急医Taka氏は、日本で「承認にかなり時間をかけ」たことを問題として、「これは科学的な態度ではないし検証が必要です」とまで言っている。

     「日本では亡くなった例はないことから」、「承認にかなり時間をかけ」たことは「科学的な態度ではない」というのである。

     しかしそれまで児童の亡くなった例のない国で、児童のワクチン接種の承認に時間をかけることは、それこそ「科学的な態度」ではないか?

     逆に、手を洗う救急医Taka氏のように、「日本では亡くなった例はない」にもかかわらず、承認に時間をかけてはならないということは「科学的な態度」であるのか?

    独裁気質

     以上のように、手を洗う救急医Taka氏の考えは異論のあるものである。

     ところが手を洗う救急医Taka氏は自分の考えが正しいと信じて疑わない。科学的だと信じて疑わない。

     そして手を洗う救急医Taka氏と違う考え人は科学的ではないとみなしている。

     5~11歳のワクチン接種が始まる前に慎重な意見が出ていたが、手を洗う救急医Taka氏はそういう意見と議論を戦わせることもなく、すでにきまったことのように「こびナビ」のリーフレットを紹介していた。

     手を洗う救急医Taka氏は、自分は科学的で、自分と異なる者は科学的でないと固く信じていたのである。

  • 新型コロナウイルス第6波収束についての「専門家」手を洗う救急医Taka氏の予測について

    新型コロナウイルス第6波収束についての「専門家」手を洗う救急医Taka氏の予測について

     手を洗う救急医Taka氏は2月初めに日本でのオミクロン株の感染がその後にどうなるか、予測していた。

     それから1カ月たって、振り返ってみた。

    第6波のピークアウト

     手を洗う救急医Taka氏が三浦瑠麗氏の出した予測に対して「ほぼ確実に外すと思います」と言ったことは、前にも取り上げた通り。

     三浦氏とは異なる予測をもっていたわけである。

     実際にはどうなったか?

     2月はじめにピークアウトしたようである。

    オミクロン株の収束のしかた

     手を洗う救急医Taka氏は、オミクロン株の収束のしかたについても予測していた。

    https://maidonanews.jp/article/14542544

     その主張は、佐々木俊尚氏が引用している通りである。

     手を洗う救急医Taka氏は、オミクロン株の「世代時間が短い」ことに着目した。

     そして「デルタに比べて『世代時間が短い』ということが急速な感染拡大に大きく影響しています」という。

     具体的には、

    木下「実効再生産数が2で、世代時間が5日の場合、10日間のうちに感染者は2×2で4倍にしかなりません。しかし、オミクロンのように世代時間が2日の場合、2日に一度2倍の割合で増えていくので32倍にもなるのです」

    まいどなニュース 専門医、オミクロンからは「逃げきれる」 基本的な感染対策の継続が条件

     このように増えるときには「一気に増える」が、減る時には「一気に減る」という。

    木下「感染対策をしたり、集団の中で免疫を持つ人が増えたりすると、実効再生産数が落ちてきて、実効再生産数が1を切った瞬間から収束に向かいます。オミクロンの場合、世代時間が短いので、実効再生産数が0.5になると10日間で32分の1まで感染者が減ります。倍々で増えていくし、倍々で減っていくということです」

    まいどなニュース 専門医、オミクロンからは「逃げきれる」 基本的な感染対策の継続が条件

     記事のタイトルで「オミクロンからは「逃げきれる」」というのはそのことと関係があるようである。

     実際にはどうなったか?

     「一気に増え」たが、「一気に減」ってはいない。

     上に挙げた東京都もそうであるが、全国も同様。

    情報提供:NHK

     1月はじめから2月はじめにかけて、「一気に増え」た。

     2月はじめから減り始めたが、3月になってもまだそれほど減っていない。

     ところで手を洗う救急医Taka氏は3月10日に次のようなツイートをリツイートしている。

     「1月はじめのころには多くの専門家が「ピークを迎えれば急降下」と考えていた第6波。なのになぜ緩やかにしか下がらないのか??」というのである。

     手を洗う救急医Taka氏がそういうことを語っていたのは2月9日の記事であったが、その「専門家」に含まれるのではないか。

     このツイートの主張は次の通り。

    ①感染者に占める子どもの割合が増えている。

    (子どもがワクチン接種していないことを問題としている)

    ②世代期間が短いため、接触者調査や広い検査によって感染者を早期に見つけて隔離する対策の効果が薄れている。(一方で、世代期間が短いと、接触機会の減少や免疫獲得による感染制御の効果は大きく現れる)

    (「接触者調査や広い検査によって感染者を早期に見つけて隔離する対策」ではなく「接触機会の減少や免疫獲得による感染制御」をすべきだということか)

    ③ー1ワクチンや既感染によって獲得した免疫の効果が、経時的に低下している。

    (まず高齢者の免疫効果の低下を問題としている)

    ③ー2感染をひろげやすいと言われている若年~中年層は昨年の夏ごろに一斉にワクチンを接種して第5波の制御に大きく貢献したが、逆にそれから半年程度たったこれからは集団としての免疫の効果が急激に落ちていく可能性がある。

    (若年~中年層のワクチン接種が「第5波の制御に大きく貢献した」として、その層の免疫効果の低下を問題としている)

    ④伝播力が高く、従来のオミクロン株(BA.1)とも免疫的に異なるBA.2が国内で広まり始めている。

     以上の分析は、高齢者、中年層、若年層、子どものワクチン接種を進めることにつながるようである。

    「専門家」の問題

     ここで問題にするのは「専門家」ということである。

     上でとりあげた第6波の収束についての手を洗う救急医Taka氏の記事は「専門医」によるものと題されている。

     手を洗う救急医Taka氏は、新型コロナウイルスに関して「専門」ということを重視する人である。

     上のツイートをリツイートしたその少し前に、専門家でない者がいかに専門家からかけ離れているかについて語っている。

     その次の日にも、専門家でない者が専門家に対して反論することを問題としている。

     たしかに専門家でない者が「最低限の議論の土台となる前提知識もないのに」、専門家に食ってかかっても、意味がない。

     そこで手を洗う救急医Taka氏は、自身のことを当然のように専門家としている。

     上で取り上げた第6波の収束の予測の記事にもタイトルに「専門医」とある。

     しかしその予測は正しくなかった。

     古瀬氏は「1月はじめのころには多くの専門家が「ピークを迎えれば急降下」と考えていた」が、そうならなかったと語っている。

     「多くの専門家」が正しくなかったということである。

     2月はじめに手を洗う救急医Taka氏の予測をとりあげていた佐々木俊尚氏は、陰謀論にとらわれずに「専門家」を尊重することを説いている。

     佐々木氏は、ウクライナ問題でも、新型コロナウイルスに関することでも、陰謀論にとらわれずに「専門家」を尊重することを説いている。

    陰謀論や誤解の数々は、専門家たちの「共有されている認識」とかけ離れている

    東洋経済 ウクライナ侵攻「正しい情報」見抜くプロの読む力「陰謀論、間違った情報」にだまされない秘訣

    https://toyokeizai.net/articles/-/536199

     しかし第6波の予測に関しては、手を洗う救急医Taka氏を含めて「多くの専門家」が正しくなかったと言われている。

  • ロシアのウクライナ侵攻で日本に対立を引き起こす橋下徹氏

    ロシアのウクライナ侵攻で日本に対立を引き起こす橋下徹氏

     2022年2月下旬にロシアがウクライナに侵攻を始めた。

     ウクライナは抵抗の姿勢を示した。様々な国でロシアに対する非難の声が挙がった。

     その中で、日本では橋下徹氏の発言が物議をかもしている。

    橋下氏の主張について考える

     3月4日のグレゴリー・アンドリー氏の発言を取り上げた記事に対する橋下徹氏の発言をとりあげてみよう。

    「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」

     橋下氏は「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」をもとめている。

     橋下氏によると、「日本でも西側諸国でも」、政治家や専門家は「国際秩序が重要!プーチンは許してはならない!」と「感情を爆発させるばかり」。

     それに対して「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」が重要だと主張しているようである。

    「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」の具体的内容

     橋下氏が重要だという「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」とは、具体的にはどういうことか?

     上に引用したところでは「軍事力・兵器比較、今後の見通し、ロシアが瓦解するのはいつなのか、中国の支援があれば経済制裁はどうなるのか、今の経済制裁は中途半端ではないかなどの分析」と言っている。

     また「ウクライナの獲得目標」が重要ともいう。

     「太平洋戦争時の日本」を例として挙げて、「獲得目標抜きで抵抗できるところまで抵抗するの精神論」ではなく、「冷厳な分析と判断力、頭を下げる外交の知恵」がなくてはならないと語っている。

     具体的には、「抵抗」か「住民避難」か「中国の外交的介入」かということのようである。

    「逃げろ!」

     橋下氏の主張は「逃げろ!」ということのようである。そして「戦え!」というアンドリー氏に反対している。

     橋下氏は、ウクライナが抵抗しても、ロシアをやっつけることはできないという「分析」をもとに、ウクライナの国民を国外に避難させて、西側諸国がロシアを倒すべきだ、と考えているようである。

    橋下氏の主張の気になるところ

     橋下氏の主張には色々と気になるところがある。

    誰と戦っているのか?

     第一に、橋下氏の主張は相手のグレンコ・アンドリー氏の主張とかみ合っていないようである。

     グレンコ・アンドリー氏は次のように語っている。

    「ただ現時点で少なくとも食い止められているし、またロシアに対する世界の目が厳しいわけですから、どんどんロシアに対する制裁が強くなっていく一方、その状態でロシアを疲弊させるチャンスでもあるんですね。逆にウクライナはこの時点で降伏したら、世界が今実施した制裁は残るんでしょうけど、これ以上のさらなる措置を実施する動きも鈍ってくる可能性があるんですね。それは最終的に、ロシアはこういう野蛮な侵略戦争を起こしても代償を支払わないということにもつながるんですね。なので、まだ食い止められるうちは戦おうという判断なので、誰も国民の総玉砕を目指しているわけではありません。このあたりはご理解いただきたいです」

    スポニチANNEX ウクライナ出身の政治学者アンドリー氏 橋下氏との討論振り返り「誤解のないように言っときますけど…」

     このようにアンドリー氏は「国民の総玉砕」を目指しているのではなく、「まだ食い止められるうちは戦おうという判断」をしていると語っている。

     そういうアンドリー氏の主張を橋下氏が「抵抗」一辺倒とみなして、それに対して「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」を主張することは的はずれである。

     アンドリー氏は「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」をしている。

     橋下氏は「日本でも西側諸国でも」、政治家や専門家は「国際秩序が重要!プーチンは許してはならない!」と「感情を爆発させるばかり」と語っている。

     中にはそういう人もいるかもしれないが、「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」をしている人も少なくないのではないか?

     橋下氏は頭の中で勝手に敵を作り上げてその敵と戦っているように見える。

     そのことによって余計な対立を引き起こしているように見える。

    流動する現在

     橋下氏の「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」とは、ウクライナが抵抗してもロシアをやっつけることはできないということのようである。

     そういう分析をもとにして、ウクライナの国民は国外に避難することを主張しているようである。

     しかしその前に、アンドリー氏が言うように、流動する現在があるのではないか?

     現に、ロシアが侵攻を始めた時に考えられていたのと比べて、ウクライナが踏みこたえているということもある。

     流動する現在から考えなくてはならないのではないか?

     橋下氏は、その流動する現在を否定しているのではないか?

     橋下氏によると、答えはわかっているのに、他の政治家、専門家はわかっていないかのようである。

     実際には、答えはわかっていないのではないか?

    リアリズム

     橋下氏は、リアリズムを主張しているように見える。

     しかし流動する現在を否定するのではリアリズムに反することにならないか?

     そもそも橋下氏がリアリズムをとるのであれば、自分の主張が現実に行われるようにすべきではないか?

     日本国内の多くの人を説得できず、逆に多くの人に反発されている現状は、橋下氏自身にリアリズムが欠けていることを現わすことではないか?

    ウクライナの主体性

     橋下氏の頭の中では、ロシアに対して戦うというウクライナ国民の主体性がなくなっているようである。

    「太平洋戦争時の日本」

     橋下氏は「太平洋戦争時の日本」を例としてウクライナの「抵抗」に反対している。

     たしかに当時の日本では「勇ましいこと」を言って「感情抜きの冷厳な戦況・見通し分析」をおろそかにするところがあったが、それだけではない。

     抵抗せずに降伏することは必ずしもいいことばかりではない。

     日本は降伏していいこともあったが、悪いこともあった。

     有馬哲夫氏はそのことについて論じている。それに対してまた橋下氏は反論している↓

     橋下氏は、本来の当事者はNATOであるのに、ウクライナを犠牲にしているとみている。そしてそのことを問題としている。

     NATOにも責任があるとか、NATOはもっと努力すべきだとかいうことはできるかもしれない。

     しかしロシアとウクライナの戦争で、ウクライナが主体的にロシアと戦っているのに、ウクライナはNATOの犠牲になっているから、NATOとロシアで政治的妥結をはかるべきだというのは、それこそウクライナの主体性を無視しているのではないか?

    いきすぎ

     池田信夫氏に対する下のような橋下氏のツイートなど、意味がわからない。

  • 中国はロシアのウクライナ侵攻をどう考えるのか?

    中国はロシアのウクライナ侵攻をどう考えるのか?

     2022年2月4日に行われた北京冬季五輪開会式では、米国をはじめ多くの国が政府関係者を送らない「外交的ボイコット」をしたが、ロシアのプーチン大統領は出席した。

     開会式に先立って、プーチン大統領と習近平中国国家主席とは会談を行い、共同声明を発表した。

    https://www.bbc.com/japanese/60262771

     2月20日に五輪の閉会式が行われた。

     その後に、ロシアはウクライナに侵攻を始めた。

     中国はそのロシアの行動をどう考えているのか?

    いとぐち

     ロシアがウクライナ侵攻を始めるまで、中国の人は、ロシアの侵攻などない、英米が自分の利益のために煽っているだけだと語っていた。

     「人民網」も、「中国に帰った中国人」宋文洲氏も、そうであった。

     実際には、ロシアが侵攻を始めた。

     「人民網」も、宋文洲氏も、間違えていたわけである。

     その間違いは、個人の問題にとどまることでなく、中国と関わることである。

     宋文洲氏は、中国を代表しているように見える。

     人民日報は、中国共産党中央委員会の機関紙である。

     宋文洲氏も、「人民網」も、中国と親しいロシアは、英米のような悪いものではないゆえに侵攻などしない、と語っていた。

     ところがロシアは侵攻という悪いことをした。

     中国側は、あれほど自信をもってしていた予測を外したことになっている。

     あれほど英米を馬鹿にしていたのに、英米が警戒したような悪いことをロシアが実行したので、英米が正しくて、中国は間違っていたことになっている。

     中国はロシアに裏切られたのであろうか?

     とはいっても、中国はその後もロシアより米国を攻撃し続けているようである。

     それとも実は知っていたのであろうか?

     ウクライナ国境にロシアが軍を集結させていた状況では、米英のように侵攻に警戒する方が自然で、中国のように米英が自分の利益のために煽っているときめつける方が不自然ではないかとも思うが、中国にとっては自然だったのであろうか?

    検証

    問題提起

     五輪が開幕して間もない2月6日、宋氏は「ロシアがウクライナを侵攻する」というのは、米国が「政治作戦」として言っていることだと語っていた。

     米国が悪い、米国が「陰湿」だというのである。

     そして「結果を見守ってください」と語っている。それほどその予想に自信をもっていたわけである。

     漫画は前から引用していたと思うが、米国が各国を従わせているということをあらわしているようである。

     今度のことも、米国が悪い企みに各国を従わせようとしているということであろうか。

     宋氏はこのようにその予想によって米国をはじめとする様々な国、人を馬鹿にしてきていた。

     宋氏の予想が覆ると、そのことも覆ることになる。―上に挙げられた国々ではなく、宋氏自身が誤解のとりこになっていたわけである。

     2月9日に宋氏は、米国とロシアと、「誰が嘘吐きかを確認する良い機会」だと言っている。

     たしかに「良い機会」である。

    2月16日侵攻説

     2月16日にロシアが侵攻する、とバイデン米大統領が語った。

     宋氏はそのことを問題としている。

     その予測は外れると思っていたようである。

     2月15日。

     そして2月16日。

     予測は外れた、というわけである。

     しかし実際には、それから間もなくロシアがウクライナに侵攻した後から振り返ると、必ずしも予測が正しくなかったとは言えない。

     ロシアは、予測通り、ウクライナに侵攻する意図を持っていたからである。

     この場合、時期の予測が当たらなかったことは、それほど大きな問題ではない。駆け引きがあるからである。

     ロシアが侵攻する意図をもっていなかった場合には、米国が空騒ぎしただけであったということになる。そうであったならば、宋氏の批判は正しい。しかし今回そうではなかった。

     逆に、宋氏が何故にあれほど自信満々にロシアは侵攻しないと思い込んでいたのか、気になる。

    英米の目標

     宋氏は当初、英米がロシアによるウクライナ侵攻に警鐘を鳴らすのは、英米自身の利益のためときめつけていた。

     まず米国は次のような利益のためにロシアがウクライナに侵攻すると煽ったと語っている。

     次に、「米国がEU経済と独自軍事体制を打撃するため」という。

     「ロシアと欧州との連帯を阻止する」という目標があるという。

     米国の真の狙いはロシアから欧州へのエネルギー供給を排除することだと語っている。

     本質は欧州と米国の戦いと語っている。

     ここまでのことをまとめると、パイプラインによるロシアから欧州へのエネルギー供給を止めることによって、ロシアと欧州との連帯を阻止し、その代わりに米国のガスと武器を押収に売るために米国は動いているというのである。

     英国も米国とともに欧州とロシアとの連帯を阻止しようとしているということであろうか。

     人民網でも同様に、米国が扇動して、欧州と対立していると言われている。

    内政面で実績に劣るバイデン政権は、ウクライナ問題を利用して国民の関心をそらすとともに、ロシアを共通の敵に仕立て上げることで欧州の同盟国を抱き込み、米国が主導・掌握・コントロールする欧州秩序を維持する必要がある。そのため、ウクライナ情勢の緊張が続くことは米国の利益に資するのだ。しかし、ウクライナをめぐる軍事衝突の発生が米国に及ぼす影響は限定的だが、欧州諸国には難民の大量流入、対露制裁による巨額の経済的損失、「ノルドストリーム2」プロジェクトの頓挫といった耐え難い結果をもたらす。だからこそ、欧州はウクライナをめぐる衝突の回避を最重要目標としているのだ。

    人民網日本版 2月17日 ウクライナ情勢の誇張、米欧それぞれに思惑

    http://j.people.com.cn/n3/2022/0217/c94474-9959431.html

     この記事にあるように、バイデン政権が現在低下している支持率の対策として、ロシアによるウクライナ侵攻を言い出したということは、宋氏も言っている。

     次の記事も同様。

     2月21日の記事でこういうことを言っていることからも、ロシアと中国との間で意思疎通がなかったのではないかと思われる。

    米国政府はロシアが近くウクライナに「侵入」するとの宣伝を連日繰り返している。ロシア側がウクライナへの武力行使の意図はないと繰り返し強調し、米国と始めとする西側に対しその安全保障上の懸念を真剣に受け止めるよう望む中でもなお、米政府は「侵略はいつでも起こり得る」と言い張っている。戦争の危機を誇張・宣伝し、意図的に緊張をつくり出す米側のこうした行為は、不信と分断を激化させ、ウクライナ危機及びこれに関係する問題の適切な解決を妨げるだけだ。

    人民網日本語版 2月21日 戦争の危機の誇張・宣伝はウクライナ危機の解決に無益

    http://j.people.com.cn/n3/2022/0221/c94474-9960881.html

     ロシアがウクライナに侵攻した後からみると、米英は警戒すべきことを警戒していたと思われる。

     宋氏や人民網が語ることは、空想のようである。

    イラク戦争

     米国がロシアはウクライナに侵攻すると語ったことを、宋氏は、イラク戦争の時に米国が語っていたことと同じようなこととみなしていた。

     2月18日のツイート。

     2月21日のツイートでも、両者を全く同じようにみなしている。

     イラク戦争の時と同じように、今度も米国は自国の利益のために口実を設けて戦争を始めようとしているというのである。

     英国に対しても同じように批判している。

     こういう論法は2月10日に趙立堅氏がやっていた。

     これをみると、中国政府もそう考えていたように見える。

     実際には、米国が語っていたように、ロシアはウクライナに侵攻した。

     中国政府も、米国の過去の行動から導き出したパターンにとらわれていて、ロシアの実情を知ることができなかったのであろうか?

    米国の情報網

     宋氏は、はじめ米国の情報力を馬鹿にしていた。

     2月19日には、『米国の「情報力」は凄い』と皮肉を言っている。

     「偽情報をばら撒く米国」と言うのである。

     2月20日にも『米国の「情報力」』を馬鹿にしている。

     イラク戦争などのパターンによってみるのが正しいと思い込んでいたようである。

     2月20日にも、米国の「情報力」を馬鹿にしている。

     アフガニスタンの時のことをもちだしている。

     このように宋氏は米国の「情報力」を繰り返し馬鹿にしていた。

     ところが、2月25日には、宋氏は米国の情報力がすぐれていることを認めている。

     米国の情報が正しかったことが明らかになったからである。

     ついでに宋氏がリツイートした中華人民共和国駐大阪総領事のツイートもとりあげておこう。

     2月19日のツイートで、米国に対して「戦争デマをばらまく」と語っている。

     「戦争で血をすってきた凋落覇権アメリカが世界平和が続くと持たない」というのは、宋氏と同様の見方。

     逆にそれこそ「デマ」ではないか?

     それにしても総領事として言葉遣いが「異常」。

    謝罪

     宋氏の以上の見通しは外れた。

     現実にロシアはウクライナに侵攻した。

     米英が自国の利益のために語っていたのではなかった。

     宋氏自らそのことを認めて謝罪している。

     宋氏は、「プーチンはまるで別人のようで…」と語っている。

     宋氏がそれまで見て、予想していたのとは別人のようにプーチン大統領は動いたというのである。

     それまで宋氏はプーチン大統領を擁護していたが、現実のプーチン大統領は擁護できないことをしたと考えているようである。

     しかしまた「そこまで追い込まれたのか」というように同情してもいる。

     宋氏はロシア国内の専門家にとっても想定外であったという記事を引用している。

     宋氏は侵略を支持しないという。

     ただし同時に米国に反対することを忘れない。

    中国の態度

     宋氏はそれぞれの時の中国の態度を伝えている。

     2月13日のツイート。

     後から見ると、事情を知っていたロシア、米国に対して、中国は事情を知らずにいたのではないかとも思われる。

     2月22日。ウクライナ東部の親ロ派地域の独立をプーチン大統領が承認したことを受けて。

     ロシアに対しては賛成できないという。

     しかしまた米国も悪いということは言い続ける。

     2月25日。ロシアによるウクライナへの全面侵攻開始を受けて。

     やはりロシアも悪いが米国も悪いという主張。

     「ロシア」という言葉が出てこない。

    まとめ

     ロシアがウクライナに侵攻するまで、宋文洲氏も人民網も、英米がそのことをいうのは自分の利益のためだと語っていた。

     実際にはロシアはウクライナに侵攻した。

     宋氏等の予想は外れた。

     ロシアと中国とは一致していないようにも見える。

     それとも実は一致しているのであろうか?

     いずれにせよ宋氏等はその後、ロシアと距離をとりながらも、ロシアを攻撃せず、米国等に対する批判を続けている。

     2月25日には、プーチン大統領と習近平国家主席との間で電話会談が行われた。

    ロシアのプーチン大統領は25日、中国の習近平国家主席と電話会談し、ウクライナとハイレベル協議を開催する意向があると述べた。習主席は、ロシアとウクライナの対話を通じた問題解決を支持すると伝えた。中国外務省が協議内容を公表した。

    REUTERS 2022年2月25日 プーチン氏「ウクライナとハイレベル協議の意向」、中国主席に表明

    https://jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-china-xi-idJPKBN2KU1CO

     距離をとりながらも連携するかたちか。

     ちなみに3月4日から13日まで開催される北京パラリンピックはどうなるのであろうか?

     プーチン大統領は、北京五輪の開会式に出席して、閉会式の後にウクライナへの侵攻を始めたので、北京五輪を立てたようである。

     しかしウクライナ侵攻という大事件によって、北京五輪の印象は薄れているのではないか?

  • なぜか宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏 5~11歳のワクチンをめぐって

    なぜか宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏 5~11歳のワクチンをめぐって

     2022年2月21日、泉大津市は5~11歳のワクチン接種について、接種券を送付せず、希望者が申請すると発表した。

     それに対して知念実希人氏は、「とんでもない決定」、「許されない」こととするツイートを拡散した。

     そういう知念氏のやり方に疑問を感じた。

     そもそも接種券を送付しないということは、宮澤大輔氏によるところが大きい。ところが知念氏はなぜか宮澤氏と対決しない。そのことにも疑問を感じた。

    泉大津市の決定

     そもそも今度の5~11歳のワクチンは、オミクロン株に対するエビデンスが十分にないことから、努力義務の規定は適用されないことになっている。

     厚生労働省も次のように説明している。

    小児については、現時点において、オミクロン株に対するエビデンスが確定的でないことも踏まえ、小児について努力義務の規定は適用せず、今後の最新の科学的知見を踏まえ、改めて議論することが適当であるとされました。

    新型コロナワクチンQ&A なぜ小児(5~11歳)の接種は「努力義務」が適用されていないのですか。

     泉大津市の決定は、その厚生労働省の決定をもとにしている。

    現在、この年齢層への接種の安全性やワクチンの効果などに関する十分な情報やデータが揃っておらず、予防接種法の努力義務の規定は適用されていないことから、接種券の一括送付は行わないため、接種を希望する人は、必ず事前に申請をしてください。

    泉大津市 5歳から11歳の新型コロナワクチン接種について

     努力義務ということは、予防接種法に次のように定められている。

    (予防接種を受ける努力義務)
    第九条 第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項の規定による予防接種の対象者は、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第三項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない。
     前項の対象者が十六歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者は、その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(第六条第三項に係るものを除く。)を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

    昭和二十三年法律第六十八号 予防接種法

     努力義務とされると、「対象者」は「予防接種」を「受けるよう努めなければならない。」のであり、「保護者」は「予防接種」を「受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。」のである。

     知念氏は、「努力義務」ということは「任意」ではないということだと語っている。

     そして今度の5~11歳のワクチンでも「任意でいい」と語っている。

     泉大津市が接種券を一括送付せずに、希望者が申請するようにしたことは、接種を任意にするためではないか?

     それを知念氏のように「とんでもない決定」とか「許されないこと」とかいって、たたきつぶそうとすることには違和感がある。

     逆に、道徳義務の規定は適用しないとされたにもかかわらず、接種券を一括送付しなくてはならないという方が説明を要するのではないか?

     知念氏はツイッターの自己紹介に「エビデンスに基づいた有用な情報提供を心掛けております」と書いているが、今度のワクチンが「小児については、現時点において、オミクロン株に対するエビデンスが確定的でないこと」に「基づいた有用な情報提供」はできているのか?

    反「反ワクチン」の問題

     知念氏は泉大津市長を「反ワクチン活動を行っている」として、その市長による決定を批判している。

     次のツイートでも、泉大津市長を「様々な反ワクチン運動にかかわっている危険人物」とよび、「非科学的なイデオロギーで市民の生命を危険に晒しています」と語っている。

     しかし接種券を一括送付しないということは、必ずしも「反ワクチン」ではない。必ずしも「非科学的なイデオロギー」ではない。

     それを「反ワクチン」ときめつけて攻撃することは、正しくないのではないか?

     接種券を送付するかどうかを問題としている時に、市長のその他の活動は関係ないのではないか?

    なぜ宮澤大輔氏と対決しないのか?

     泉大津市のように、5~11歳のワクチン接種について、自治体が接種券を送付せず、希望者が申請するようにすべきだということは、宮澤大輔氏によるところが大きい。

     宮澤氏がその考えをツイッターで広めてきたのである。

     宮澤氏がツイッターでその考えを広めていく間、知念氏は放っていて、泉大津市の決定が出て突然大変なことが起こったかのように問題としていることは、奇妙に見える。

     知念氏が泉大津市の決定に対して「とんでもない」とか「許されない」とか考えるのであれば、それより前からそういう考えを広めていた宮澤氏と対決すべきではなかったか?

     日本全国の5~11歳の子どもにとっても、保護者にとっても、できるだけ議論を尽くすべきだと思われるのに、何故に知念氏は宮澤氏と議論を尽くさなかったのか?

     宮澤氏は繰り返し議論を求めていたのに、何故に答えなかったのか?

    宮澤大輔氏と対決しない知念実希人氏

     知念氏はなぜか宮澤氏と直接に対決せずに、次のようなことをしている。

    「殺害予告」

     知念氏は宮澤氏を「私に殺害予告をした医師」とよんでいる。そしてその証拠を出している。

     これは「殺害予告」であろうか? これをもって宮澤氏を「反社会的な人物」とよぶことができるであろうか?

     知念氏にとって宮澤氏は「殺害予告をした医師」として印象づけられたのかもしれない。

     しかし宮澤氏は多くの場合、新型コロナウイルスに関すること、ワクチンに関することで知念氏に問いかけていた。

     それにもかかわらず宮澤氏を「殺害予告をした医師」とよぶことは、偏った印象を与えることではないか?

     宮澤氏の主張と対決せずに、「殺害予告をした医師」という印象を与えているように見える。

     ここでも宮澤氏について「私に殺人予告をした眼科医」と言っている。

     知念氏が宮澤氏と対決してその主張をことごとく論破しているならば、「専門家でもなんでもなく、適当なことを言っているだけですよ」と言うことにも説得力があったかもしれない。

     実際にはそういうことはないので説得力はない。

    「ありきたりの情報」

     宮澤氏の批判を受けた知念氏のツイート。

     宮澤氏が知念氏について「ありきたりの情報を偉そうに語ってる」というのは、下のツイートをもとにしている。

    https://twitter.com/blanc0981/status/1496371195557855234?s=20&t=6H42788JWRGJSvhR8py37g

     宮澤氏のツイートと、それに対する知念氏のツイートとを比べてみると、知念氏に対して疑問を抱かざるを得ない。

     宮澤氏は知念氏に対して具体的な反論を出している。

     それに対してエビざんす氏のように「コロナ情報にオリジナリティはいらんやろ」と言い、「それこそ『ぼくのかんがえたさいきょうのころなたいさく』でしかない」と言っても、宮澤氏を論破したことにはならない。

     そういうエビざんす氏の、宮澤氏と対決せずに戯画化しただけツイートを、知念氏が引用して笑っている。

     ここでも、宮澤氏との対決という中身なしに、宮澤氏が笑うべき存在であるかのような印象をつくっているのである。

     前に書いたこともそのことと通ずるところがある↓

    おわりに

     知念実希人氏等「医クラ」と言われる人々が子どものワクチン接種について積極的な発言をなす中で、宮澤大輔氏が異論を出していたにもかかわらず、知念氏等が宮澤氏に答えず、対決しないままで、子どものワクチン接種が進められていったことは、奇妙なことであった。

     そして泉大津市の決定が出たところで、知念氏が突然「非科学的」な「反ワクチン」として否定するように扇動したことも、奇妙なことであった。

     何故に議論を尽くさないのか?

  • 【朗報】手を洗う救急医Taka氏、第6波のピークアウトについて予測した上、検証しましょうという!

    【朗報】手を洗う救急医Taka氏、第6波のピークアウトについて予測した上、検証しましょうという!

     2020年2月4日に三浦瑠麗氏が発表した新型コロナウイルス第6波の「ピークアウト」予測に対して、手を洗う救急医Taka氏が次のように発言した。

     「ほぼ確実には外すと思います」と言った上で、「しっかり検証しましょう」と言ったのである。

     これまでの新型コロナウイルスについての「専門家」の予測にモヤモヤしてきた人にとって朗報ではないか?

    予測をめぐる問題

     これまで新型コロナウイルスについての「専門家」の予測には、モヤモヤするところがあった。

    ・2021年夏の第5波について、西浦博氏等の「専門家」の予測は、現実より過大であったとか、

    ・2021年に、手を洗う救急医Taka氏などワクチン接種を推し進める人がワクチンの力について語ったことは過大であったとか、

     そういうことがあったにもかかわらず、「専門家」はそのことを問題とせずに、先に進もうとしているように見える。

     一方で「専門家」は、「専門家」でないと言われる人の予測を見下しているようである。

    期待

     今回、手を洗う救急医Taka氏は、三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言った上で、「しっかり検証しましょう」と言っている。

     三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言うことは、手を洗う救急医Taka氏が自ら、三浦氏の予測は「ほぼ確実に外す」という予測を出しているということである。

     手を洗う救急医Taka氏はどういう根拠によってそういう予測を出すことができたのか? 三浦氏の予測に対して「ほぼ確実に外すと思う」と言うことができるほどの根拠とはどういうものであったのか? 知りたいところである。

     手を洗う救急医Taka氏のような専門家がここまで強く言っているのであるから、十分な根拠があると思うが、手を洗う救急医Taka氏の予測が現実に正しかったかどうかも、確かめておかなくてはならない。

     手を洗う救急医Taka氏は「しっかり検証しましょう」と言っている。

     手を洗う救急医Taka氏は、予測に対して「しっかり」とした「検証」が行われなくてはならないという考えを示しているのである。

     三浦氏の予測に対しても、手を洗う救急医Taka氏の予測に対しても、「しっかり」とした「検証」が行われなくてはならないということである。

     三浦氏の予測、手を洗う救急医Taka氏の予測が、現実に合っていたかどうかということについて「しっかり」とした「検証」が行われたならば、モヤモヤはなくなって、感染の動向についての理解が深まるとともに、「専門家」に対して敬意をもつこともできる。

  • 大阪の感染対策は忽那賢志氏によって改善されたのではなかったのか?

    大阪の感染対策は忽那賢志氏によって改善されたのではなかったのか?

     新型コロナウイルス第6波で大阪は大変なことになっているという。

     大阪ではこれまでにも感染が拡大して東京を上回ることがあった。

     2021年7月に忽那賢志氏が大阪の感染対策に加わるという話があって、知念実希人氏などはそのことによって大阪の感染対策が劇的に改善されるかのように語っていた。

     ところが2022年はじめからの第6波でもまた大阪は感染拡大に苦しんでいるようである。

     知念氏などの語ったことに問題があったのではないか?

    これまで

     第6波より前にも、大阪の感染者数が東京を上回ったことはあった。

     たとえば2021年4月。

    https://www.jiji.com/jc/article?k=2021040400251&g=soc

     東京より人口の少ない大阪で何故にそういうことが起こるのか?

    忽那氏、大阪へ

     2021年7月に忽那賢志氏が大阪の感染対策に加わるという話があった。

     大阪府知事が忽那氏の意見を聞くようになったようである。

    「医クラ」の反応

     このことを受けて、「医クラ」はよろこびの声をあげた。

     このように絶賛している。

     知念氏等の語るところによると、

    ・忽那氏は「本物の専門家」である。

    ・忽那氏の意見が用いられることによって、感染対策は改善される。

    ・大阪府知事が忽那氏以前に聞いていたのは「本物の専門家」ではなかった。

    ・大阪府は「本物の専門家」の意見を用いなかったために、正しい感染対策ができなかった。

     たとえば知念氏は、忽那氏が東京を去って大阪に行ったことによって、東京で感染爆発が起こったと語っている。

     「本物の専門家」とそうでないものとを区別して、政治家が「本物の専門家」の意見を聞けば感染はおさまるが、そうでないと感染爆発すると語っている。

     吉村知事が忽那氏の意見を聞くようになって、「見違えるほどに感染対策がまともになった」と語っている。

     吉村知事が忽那氏の意見を聞くようになるまで、「大阪の新型コロナ対応は最悪だったというのが、医療関係者の共通認識だと思います」と言い切っている。

    第6波

     ところが第6波でもまた、大阪は感染拡大に苦しんでいるようである。

     2022年2月10日に、大阪府内の死者の総数が東京都の死者の総数を上回ったという報道があった。

    府内の死者総数は9日発表で3278人となり、東京都(3269人)を再び上回った。

    朝日新聞 大阪府でコロナ死者増加、東京の総数上回る 高齢者へ感染拡大

    https://www.asahi.com/articles/ASQ2B6QNKQ2BPTIL00W.html

     2月11日には、病床使用率が「全国ワースト」という報道があった。

     「人口10万人あたりの感染者数では、大阪が全国で最も多」いとも言われている。

    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000244598.html

     2月16日の記事では「大阪府のコロナ確保病床の使用率が100%を超えています」と言われている。

     忽那氏は「東京などと比べて大阪で多い理由の一つは、まん延防止等重点措置のタイミングが遅かったことがあるかもしれません。」と語っている。

    https://www.asahi.com/articles/ASQ2H5SDRQ2GULBJ015.html?twico

     病床使用率100%ということについて。

    https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20220216-00282294

    批判

     こういう批判もある。

    https://twitter.com/chaosbalance_/status/1492254717225107456?s=20&t=6AGDe6nHhOZSgUj5_piW3Q

    大阪コロナ大規模医療・療養センター

     忽那氏は2月11日の記事で「これまでにないスピードで、軽症・中等症病床は埋まっている」と語っている。

     ところで大阪ではオミクロン株以前に、大阪コロナ大規模医療・療養センターというものがつくられていた。

     吉村知事の依頼で忽那氏が監修、責任医師をしている施設である。

     この施設の入所対象者は、

    ・宿泊療養施設がひっ迫した際の、軽症患者及び無症状患者(家族での療養なども想定)

    ・軽症中等症病床がひっ迫した際の、入院が必要な軽症患者及び中等症I患者

    とされている。

    https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20211107-00266989

     ところが利用者は少ないと報道されている。

    https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000244655.html

     大阪府の発表↓

    https://www.pref.osaka.lg.jp/default.html

     2月18日の大阪府新型コロナウイルス対策本部会議で忽那氏は次のように言われたという。

     何故に2月18日になってもそういうことができないのであろうか?

    https://www.pref.osaka.lg.jp/kikaku_keikaku/sarscov2/70kaigi.html

    問題

     知念実希人氏等は、忽那賢志氏が加われば大阪の感染対策は「劇的に改善」するかのように語った。

     ところが忽那氏が大阪の感染対策に加わっているにもかかわらず、第6波において大阪の成績は全国最悪と言われている。

     どういうことであろうか?

     忽那氏による感染対策は、それほどすぐれたものではなかったのか?

     忽那氏が悪いのではなく、大阪にもともと感染拡大の原因になることがあるのか?

     いずれにせよ、忽那氏がいれば感染を抑えることができる、とは限らないということになる。

     また、忽那氏がいてもこれほど感染拡大するのでは、忽那氏より前も、忽那氏と比べて「最悪」と言われるほど悪くなかったかもしれない。

     「医クラ」と言われる知念実希人氏等は、実際にどうなるかわからないのに、甘い期待をもっていたのではないか。

     また、味方を過度に持ち上げて、考えの異なるものを過度におとしめているようにも見える。

     ワクチンに関しても、持ち上げすぎたのではないか?

     先のことをよく考えずにものを言っているのではないか? と思ってしまう。

    追記

     知念氏、大阪の感染状況の悪化の原因を次のように推測している。

    https://twitter.com/MIKITO_777/status/1496443276848943107?s=20&t=IVxS22paVHGqjlTLDPl3ag

    ・「泉大津市にガチガチの反ワクチン市長」がいることが大阪の感染状況の悪化の原因になっているとか(泉大津市長にそのような力があるのか?)

    ・反ワクチンの長尾医師が「吉本興業に所属して芸人に影響を及ぼし、そこから関西メディアでかなりのコロナ軽視、反ワクチン思想が蔓延している」とか(長尾医師にそのような力があるのか?)

     「エビデンス」のない陰謀論を展開している。

     大阪で何故に感染が拡大するのか、知りたいことではあるが、知念氏の語るようなことであろうか?

     長尾医師に対してそこまで言うか、ということも気になる。

     知念氏は「吉村知事はくつ王がバックについてから、見違えるほどに感染対策がまともになった」と語っていた。

     今も忽那氏は吉村知事のバックについていると思うが、そのことと現在の「感染状況の悪化」とはどういう関係にあると考えているのであろうか?

  • 映画「やさしく愛して」―エルヴィス・プレスリーの映画デビュー作

    映画「やさしく愛して」―エルヴィス・プレスリーの映画デビュー作

     1956年に公開された映画「やさしく愛して」(原題は “Love Me Tender” )は、エルヴィス・プレスリーの映画デビュー作。

     エルヴィス・プレスリーは1956年1月に発売したシングル「ハートブレイク・ホテル」が大ヒットして有名になっていた。

     タイトルの「やさしく愛して」( “Love Me Tender” )は、エルヴィス・プレスリーが劇中で歌う楽曲から来ている。


    やさしく愛して [DVD]

    映画「やさしく愛して」のあらすじ

     南北戦争が終わるところから話は始まる。

     南軍で戦っていた三人の兄弟は、南北戦争が終わって、母と末の弟の待つ家に帰ってきた。

     長兄は家の近くに住む女性と結婚するつもりであった。

     ところがその女性は、愛する男性が戦死したと聞いて、末の弟(エルヴィス・プレスリー)と結婚していた。

     長兄は自分の気持ちを隠して立ち去ろうとする。

     そこに連邦政府から派遣された者が現れて、長兄たちが南北戦争の時に北軍から奪った金のことを追及する、という話になる。

     女性をめぐる兄弟の話と、連邦政府の追及にどう対処するかという話が絡み合っていく。

    映画「やさしく愛して」におけるエルヴィス・プレスリー

     映画「やさしく愛して」はエルヴィス・プレスリーのデビュー作であるが、エルヴィス・プレスリーの映画というより、西部劇の中にエルヴィス・プレスリーが入っているという感じ。

     映画の主人公は、エルヴィスの演ずる末の弟ではなくて、長兄。(リチャード・イーガンが演じている)

     長兄が悲劇的な運命に対して、苦しみつつも理性的に対処していこうとするところを中心に描いている。

     それに対してエルヴィスの演ずる末の弟は、映画の終盤まで、周りで起こっていることを知らずに突き進んでいる。

     初めて出て来るのも映画が始まってから20分くらいたってからである。

     主人公として活躍することはない。

     それでもエルヴィス・プレスリーは熱演している。

     ポスターの絵ではエルヴィス・プレスリーが最も大きくなっている↓


    ELVIS PRESLEY エルヴィスプレスリー – LOVE ME TENDER Movie(復刻ポスター・木製額入り) / インテリア額 【公式/オフィシャル】

    映画「やさしく愛して」の楽曲

     映画「やさしく愛して」の見どころはエルヴィス・プレスリーが歌うところ。

    「やさしく愛して」( “Love Me Tender” )

     特に映画のタイトルにもなっている楽曲「やさしく愛して」( “Love Me Tender” )は大ヒットして、スタンダードとなった。(映画より前に大ヒットしていた)

     映画の中では、夜、家族の前でエルヴィスが弾き語りする。そして映画の終わりにもエルヴィスが弾き語りしている。

     「やさしく愛して」は、南北戦争中の1861年に発売された楽曲「オーラ・リー」(原題は “Aura Lee” )をもとにしてエルヴィス等が作り替えたもの。

    “We’re Gonna Move”

     夜、家族の前でエルヴィスが「やさしく愛して」を歌う前に歌うのが “We’re Gonna Move”

     軽快な楽曲にあわせたエルヴィスの下半身の動き。

    “Let Me” “Poor Boy”

     学校の屋外のステージでエルヴィスが2曲続けて弾き語り。

     ステージの前に若い女性が集まっていて、エルヴィスが下半身を動かすたびに声を上げる。


    監獄ロック&やさしく愛して

    その他

     映画「やさしく愛して」は白黒映画である。

     20世紀フォックスのシネマスコープという横に長い画面になっている。(シネマスコープが初めて導入されたのは1956年の「やさしく愛して」の3年前の1953年の映画「聖衣」)

    映画「やさしく愛して」のDVD


    やさしく愛して [DVD]
  • 「マイ・フェア・レディ」とオードリー・ヘプバーン

    「マイ・フェア・レディ」とオードリー・ヘプバーン

     1964年に公開された映画「マイ・フェア・レディ」では、オードリー・ヘプバーンが輝いている。

     しかし「マイ・フェア・レディ」という作品には、オードリー・ヘプバーンと合っていないところもある。


    マイ・フェア・レディ<4Kデジタル・リマスター版日本語吹替音声付>Blu-ray2枚組

    ブロードウェイの「マイ・フェア・レディ」

     オードリー・ヘプバーンは「ローマの休日」で「映画スター」になった。

     それからはオードリー・ヘプバーンを生かすような映画が作られた。

     その中で「マイ・フェア・レディ」は、オードリー・ヘプバーンを生かすように作られた映画ではなかった。

     映画「マイ・フェア・レディ」は、ブロードウェイで歴史的な成功を収めたミュージカル「マイ・フェア・レディ」をもとにして作られた。(もとはバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」)

     ブロードウェイの「マイ・フェア・レディ」ではジュリー・アンドリュースがイライザを演じて評判が良かった。


    My Fair Lady: The Original Broadway Cast Recording

     「マイ・フェア・レディ」のイライザ役は、ジュリー・アンドリュースに合っていたのである。

     ところがジャック・ワーナーは、映画「マイ・フェア・レディ」が成功するためには、無名のジュリー・アンドリュースではなく、有名なオードリー・ヘプバーンが主役を演じなくてはならないと考えた。

     ジュリー・アンドリュースは映画「マイ・フェア・レディ」と同じ年に映画「メリー・ポピンズ」に出演して、映画女優として有名になるが、それまでは映画女優として有名でなかったのである。

     そうしてオードリー・ヘプバーンは映画「マイ・フェア・レディ」のイライザ役をやることになった。

    変身の物語としての「マイ・フェア・レディ」

    合っているところ

     「マイ・フェア・レディ」にはオードリー・ヘプバーンに合っているところがある。オードリーの素質が十二分に発揮されているところがある。

     変身するところである。

     「マイ・フェア・レディ」は、下層階級のイライザが、上流階級であるかのような輝かしい姿に変身する物語である。

     オードリー・ヘプバーンはそれまで変身する物語を多くやっている。―「ローマの休日」、「麗しのサブリナ」、「パリの恋人」など。

     オードリー・ヘプバーンは変身して輝くことである。それゆえに変身する物語が合うのである。

     映画「マイ・フェア・レディ」でも、イライザが上流階級に変身するところは輝いている。

    合っていないところ

     ところでイライザが変身する前は、それまでのオードリー・ヘプバーンの変身する映画と違うところがある。

     それまでの映画では、変身する前にも実は輝いていた。―「麗しのサブリナ」のパリに行く前、「パリの恋人」のファッションモデルでない時、いずれもそれはそれで輝いていた。

     「ローマの休日」では、もともと王女であったのが、庶民に変身して輝いている。

     それに対して「マイ・フェア・レディ」では、変身する前のイライザは、衣装も言葉づかいも汚いものとされている。

     変身する前のイライザは、オードリー・ヘプバーンがそれまでにやってきた役とは違う。オードリー・ヘプバーンの素質から離れていると思われる。

    オードリー・ヘプバーンの歌声

     映画「マイ・フェア・レディ」のイライザの歌は、大体においてマーニ・ニクソンが歌っている。

     オードリー・ヘプバーンの歌声は生かされず、そのかわりにマーニ・ニクソンの歌声が用いられているのである。

     このことも、映画「マイ・フェア・レディ」においてオードリー・ヘプバーンに合っていなかったところということができる。

     オードリー・ヘプバーンは特に高い音に関して技術的な問題をかかえていた。

     ただし映画「マイ・フェア・レディ」でマーニ・ニクソンが高い音をのびのびと歌っているところは、歌としてはすぐれているが、オードリー・ヘプバーンの声質とかけ離れたものになっている。

     たとえば「スペインの雨」( “The Rain in Spain” )は、物語の感動的なところで歌われるが、その歌声はオードリー・ヘプバーンの口から出ているように聞こえない。

     その後の「踊り明かそう」( “I Could Have Danced All Night” )も快く歌われているが、オードリー・ヘプバーンの声質からかけ離れている。

    まとめ

     評判のよかったジュリー・アンドリュースの代わりに映画「マイ・フェア・レディ」でイライザの役を演じたことによって、オードリー・ヘプバーンは批判された。

     映画「マイ・フェア・レディ」はアカデミー賞8部門を受賞したが、オードリー・ヘプバーンは主演女優賞にノミネートされず、ジュリー・アンドリュースがその年の主演女優賞を受賞した。

     ここで映画「マイ・フェア・レディ」におけるオードリー・ヘプバーンについてまとめる。

     オードリー・ヘプバーンの、「変身した後のイライザ」はよくできている。

     しかし「変身する前のイライザ」は、それほどではない。

     また、マーニ・ニクソンの歌はうまいが、オードリー・ヘプバーンと合わないところがある。


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